これからも頑張ります!
最初の襲撃があってから早3か月。実は同日にもう一度襲撃が起きていたのだが、勇者でもない暁葉がそれを感知できるわけもなく、週末に帰省した時にかなたから初めて聞いた。同じ日に二度の襲撃という事態は前例がなく、大赦は最大限の警戒をしていた。しかしその異常事態が嘘だったかのように、3か月間バーテックスの襲撃はない。不気味なまでの平穏だが、暁葉はその事を頭の隅に追いやり、毎週園子と会話をしていた。
3か月も経てば制服も冬服から夏服へと変わり、体育の授業が水泳へと変わる。授業ではあるのだが、生徒たちにとってはただのボーナスタイム。学校にいることを忘れてはしゃぐのも必然。
そんな大きな変化とは別に、一つ新たな変化があった。2年生に転入生が来たのだ。転校生という存在は珍しくないのだが、いざ自分たちの通う学校にその人が来るとざわついてしまうもの。まるで芸能人を迎えるように浮足立つ。
「うちのクラスにも来ねぇかなー」
「中学での転校生は珍しいし、うちのクラスとかないでしょ」
「夢を持たせてくれよ!」
転入生がくるクラスが盛り上がるのはもちろんのこと。そしてその話題は他クラスだけでなく他学年にも及ぶ。阿田和はこういう情報に耳聡く、2年生に来た転入生のことも既にある程度把握している。
「三好先輩も美少女なんだぜ!」
「なぜドヤ顔するのか」
「スポーツ万能で負けず嫌い。けどあれはツンデレキャラだと予想したね! にぼしが好きなのだとか」
「なぜ初日の午前中にそこまで情報を得ているのか」
「ストーカーでもしましたか?」
「してねぇよ! 部活の先輩からの情報だよ!」
転入生こと三好夏凜の情報は、どうやら阿田和と同じ部活の先輩から得たらしい。仲がいいのはめでたいことなのだが、余計な情報まで回っていくと咎められかねない。そこは注意すべきだろう。誰も忠告はしないが。
今転入生がこの学校に来たということは、それは勇者がとうとう派遣されたということ。凛がスマホに届いているメールを見てみると、たしかにそこには大赦からのメールも来ていた。一般生徒が二人目の前にいるため、すぐに画面を暗くしたが、件名には勇者の派遣のことが書かれていた。
(そうなると、三好先輩も勇者部に入るのかな)
そのあたりについては、同じクラスにいる勇者こと樹に聞くほうが早い。特段聞かないといけないわけでもないが。
「ところで阿田和さんはなぜ悔しそうに涙を流しているのですか?」
「あ、話聞いてなかったんだ」
「考え事をしていたので」
「聞いてくれよ下田! 夏服になったらさ? 女子たちの制服も上が白くなるじゃん?」
「涼しさ重視ですかね」
「そこじゃない! 模範優等生め!」
聞き慣れないツッコミだと思ったが、凛が聞きなれないのも仕方ない。知らぬ間につけられた二つ名なのだから。ちなみに滅多に使われることはない。なにせ一部の男子たちが、「別に普段呼ばない二つ名をつけていこうぜ」と言ってつけられていった二つ名なのだから。
根本的に着眼点が異なり、思考も異なるのだと改めて認識しつつ、阿田和は悔し涙を流す理由を打ち当てた。女子にドン引きされる理由を。
「結城先輩が……スポーツブラだった……」
「110番を押せばいいんでしたっけ?」
「鬼かよ!」
「下着を窃盗するのは犯罪ですよ?」
「してねぇよ! 盗み見ただけだよ!」
「言い得て妙だな」
阿田和の弁明は以下の通りである。
夏服って白色だから服の下が透けて見えるじゃん? それを見てしまうのは男の
この弁明を受けて、凛は判断を下す。
「やはり有罪ですね」
「許してくれよぉ! むしろ見ない下田がおかしいくらいなんだぜ!?」
「そうなのですか? 廣坂さん」
「女子に聞いた方がいいんじゃないですかねー」
「てめっ! 逃げやがったな!」
廣坂に促された通り、凛は周りの女子へと視線を向ける。一番最初に目があったのは樹なのだが、樹は困ったように笑うだけ。そこから横へとずらしていくと、ほとんどの女子の目が怒りの炎を灯していた。
「やはり許されないことのようですね」
「この賢者め!」
「罰は後として、なぜそれで悔し涙を流していたか話してください」
「追い打ち!? ……男の性です」
真面目になってみたら本当に恥ずかしいだけ。バカなノリでやるからこそ盛り上がるのだが、相手が悪かった。その手の話に無頓着な凛が相手では、冷静になった状態で性癖を暴露させられるだけになるのだ。
急に恥ずかしくなった阿田和は、それを誤魔化すように発狂して教室を飛び出す。阿田和の気持ちが分かる一部の男子たちもそれを追いかけていき、教室が静かになる。
「そういうやり取りがあったわけです」
「なるほどね〜。それで1年生の階から叫び声が聞こえたわけだ」
放課後になり、部室に入ったところで凛は結実にその話をさせられた。3年生が来るまでの時間の繋ぎ。そのための話題を結実が用意し、凛に話させたのである。隠す理由もなく、淡々と事のあらましを凛は話したわけだが、結実はそれを楽しそうに聞いていた。
報告という言い方が合っているような話し方だが、結実はそれでも楽しんでいた。今の話し方で、いったいどこに楽しめる要素があったのか。凛には分からなかった。
「んー? ちゃんと物語風だったよ?」
聞いてみたらこんな返しをされた。どうにも実感が湧かない。なんせ、今までと話し方が変わったとは思えないのだから。
しかし、実際には変わっていた。口調が変わったわけでもなく、大きく話し方を変えたわけでもない。あったことを話しただけだ。報告と変わらないはずのものだが、凛の話は報告とはたしかに違っていた。
主観を除けば報告になるだろう。だが凛は主観を入れて話をしていた。それはたしかに変わる。内容が同じだろうと、言葉が同じであろうと、そこに主観を入れることで、下田凛がその場で感じた話へと変わるのだ。
それは園子との会話によって伸びた力だ。物語風に話すようにさせたことで、凛は話す力が伸びた。噺家には遠く及ばなくても、話が上手い人には並ぶ。
「それはともかくとして、凛は興味ないの?」
「そうですね」
「ふーん? あたしのやつも?」
「なぜ遠藤先輩のなら興味を持つと思われたのですか?」
「すっごい傷ついたんですけど!?」
思ってもいない形で放たれたボディブロー。ダメージはしばらく残り続け、部室の机に突っ伏してしばらく自分の世界へと入り込む。
凛は無自覚なわけだが、結実の様子を見て失礼なことをしたということは理解できた。謝罪をしたいのだが、何がいけなかったのかが分からないために謝罪ができないでいる。
「言外にあたしが女子としての魅力がないって言われた」
「え? …………あ、いえ。そういうつもりで言ったわけではないのですが……。大変失礼しました」
机に顎を乗せ、答えをぼやかれる。それでやっと合点がいき、凛は深々と頭を下げた。自分にそのつもりがなかろうと、自分の発言が相手を傷付けたのは事実。何よりも内容が内容だ。傷が深くなってしまってもおかしくない。
「遠藤先輩に女性として魅力がないとは思っていません」
「うーん。下の名前で呼んでくれたら許してあげようかな〜」
「……それは……」
言葉を詰まらせる。三年生たちでも、名字で呼ぶ人は名字で呼んでいるのだ。名字呼びが嫌というわけでもないはず。しかしそれを言い訳にすることもできない。上下関係を気にして、伝えていない可能性もあるのだから。
では凛は下の名前で呼ぶのか。それはどうにもその気になれなかった。断りたいわけではない。絶対に呼びたくないという拘りがあるわけでもない。結実のことを嫌っているわけでも、苦手意識を持っているわけでもない。むしろ好印象だ。それなら呼んでも問題ないのではないか。凛だってそう思っている。
しかし、園子の姿が脳裏にちらつく。身内を除けば、唯一下の名前で呼んでいる存在。彼女の姿が脳裏に現れ、言葉が堰き止められるのだ。
「……気になっている子でもいるのかな?」
「気になっているわけだはないのですが……あの方は……」
「そっか〜。ならいいや。収穫があったわけだし、それで許してあげる」
「え……」
なぜ水に流してもらえたのか。収穫とは何のことなのか。新たに疑問が湧いてくるのだが、それを詮索するのも野暮に思えた。この話はこれ以上広げても仕方ない。ここで打ち止めにするべきなのだ。
ニコッと微笑む結実の前に、凛は黙って頭を下げた。謝罪なのか礼なのか。それは凛にも分からない。
「あ、そういえばうちのクラスに来た転入生なんだけどね。友奈と東郷とは顔見知りっぽかったんだよね〜。放課後一緒に教室からいなくなったし、勇者部に行ったんだろうけど、何かありそうじゃない?」
「たしかに何かありそうですけど、それは詮索しない方がいいと思いますよ」
「あはは、やっぱり? あたしの直感もやめとけって言っててね。凛もそう思うなら、詮索するのやめとくよ」
「それがいいかと」
少しばかり焦った凛だったが、結実が興味本位だけで動く人間ではないおかげで踏みとどまれた。今の話の振り方からしても、止めてほしかったのかもしれない。気になるという思いはたしかにあるのだが、やめておけという判断も下せる。そこにさらに、別の人間からの反対意見も欲しかったんだろう。だから結実はすぐに身を引けた。
「さてと、それじゃあこれはボツとして。この前言ってた件はどう?」
新入生である凛の教育役。それが結実の役割だったのだが、意気投合した結果共に行動した方がいいのでは? という結論に至る。そのため今も共に行動し、二人で一つの案件を取り扱っている。
現在取材を進めてる案件を、3年生が来るまでの間話し合う二人だった。
〜〜〜〜〜
「あっきー最近その人といい感じ?」
いつも通り話をしていたわけだが、話を聞いた園子にはそう思えたらしい。いい感じ、とはどういう意味なのか。その解釈を間違えてはいけない気がした。だから暁葉はその意図を聞くことにした。
「いい感じとは、どういう意味合いでしょうか?」
「あっきーはどう受け止めたかな?」
「仲良くなった、という意味合いとして受け止めました。先輩後輩の関係としては、その通りになったかと思っています」
「それ以外は?」
「それ以外……ですか?」
それ以外ということは、上下関係ではない内容を聞かれているというわけだ。そうなれば真っ先に思い当たるのは友人関係なのだが、それならば問われることでもないだろう。しばらく考える。そして一つの可能性が思い当たる。
「男女関係について問われているということでしょうか?」
仮面によってその表情こそ園子には見えなかったが、仮面の下で暁葉は僅かに驚きを顕にしている。そしてそれは、声色では出ていた。園子がそこを聞いてくるとは、思っていなかったからだ。
小説のネタにするつもりなのだろうか。しかしそれにしては聞き方が鋭すぎる。問い詰めている、と言ってもいい具合だ。
園子は答えなかった。口を閉じ、視線も暁葉から外す。
「私と遠藤先輩がそのような関係になることはありません」
否定する。この可能性が当たっている確信はないが、ひとまず否定することにした。嘘をついてるわけでもない。むしろ疑われる方が心外だった。
「……その人、可愛い?」
唇を尖らせて呟く。
「たしかに可憐な方だとは思います」
「ふーん?」
外された視線が戻されるも、その視線は冷たかった。心が凍てつかされそうな視線。だが、暁葉には違って思えた。恐怖はあるのだが、それと並行して自分の内側からそれを溶かす熱さが生まれる。
「ですが、園子様のほうが可憐ですし。私は園子様が好きです」
「ぇっ……」
気づけば自然と言葉を発していた。内側にある熱に促されるままに、思考することなく。
自分が言ったことを遅れて理解する。脳内でその言葉が反芻され、暁葉は視線を逸した。園子を真っ直ぐ見ることができない。顔が熱くなる。まるで今まで止まっていたのではないかと疑うほどに、心臓が激しく主張してくる。
「い、今のは人としてでありまして。尊敬しているとか、そういった類の想いであります」
「そ、そっか……。あー、びっくりした〜」
慌てて言葉を紡いだ。今言ったことは違うのだと。男女の関係としての好意ではないのだと主張した。
「今日は三好さんにもお会いしなければいけないので、そろそろ失礼します」
予定よりも早く切り上げ、暁葉は部屋を後にした。園子の返事に、若干の寂しさを覚えて。
(さっきのは何かの間違いだ。私がそのようなことを思うはずがない)
そして、廊下を歩いている間に己を修正していく。
夏凜の兄、春信に
「あっきー……」
いつもより足早に出ていった暁葉の背を思い出しながら名前を呟く。事の発端は自分の発言なのだろう。同じ学校の異性では一番暁葉の側にいるであろう結実。コンビを組んでいるため、部活の話となれば彼女の話が出るのも仕方ない。分かっているのだが、少しばかり……面白くないと思ってしまう。
「ねぇ、さっきのは……どっちなの?」
返事のない質問をする。それは誰にも拾われず虚空に消えていくのだが、園子は体温が上がっていることに気づく。胸が苦しく、顔が熱い。風邪を引いてしまったのだろうか。それなら、今日が日曜日でよかった。これが土曜日だったら、翌日に暁葉に感染させてしまったかもしれない。
生まれてから一度も風邪など引いたことがなく、今の生活になってから一度も体を崩したこともないのだが、今の園子はその事を忘れていた。
「体調が悪いと人に会いたくなるっていうの、本当なんだね」
小説のネタにしたことはある。体験したこともなかったが、よくある手法だから使ったことがある。それを今体感してる。
「会いたいよ。わっしー、ミノさん──あっきー」
三歩進んで二歩下がる。
亀みたくスローなくせに中々進み続けないのが暁葉です。