朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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 本日はベストアルバム「勇気の歌」の発売日ですね。とりあえず気になっていた新曲であったり、聞いたことのなかった曲を聴きました。東郷さんのあの曲にやられその直後の園子のあの曲で死体蹴りされましたね。
 これ以上は言いません。(ネタバレよくない) まだ聴いていない方。ぜひ聴いて(死体)仲間入りしましょう。買うのを悩んでいる方。オススメですよ。
 では本編どうぞ。



8話

 

 学校生活を送る以上、テストというものは付き纏うもの。中間テストや期末テスト。授業の合間に行われる小テストも。それは主要科目で当たり前のようにあるわけだが、副教科であっても存在する。美術や技術の授業では、製作した作品がそのまま採点されるだろうか。体育では実演であり、そして音楽もまた実演である。

 楽器を演奏して採点、というパターンもあるわけだが、9割方歌を歌う場合がほとんどだ。課題曲が決められ、それを一人ずつ歌う。人前で緊張するタイプの生徒にとって、これほど嫌なテストはない。しかし、凛は緊張するタイプではないため、この手のテストで困るわけではない。

 ただ──

 

「下田くん。もう少し感情を込めることできる?」

 

 個性を殺して生きる凛にとって、違う意味で難関なテストではあるのだ。

 

「先生。どう直せばいいでしょうか」

「歌なわけだし、楽しんで歌ってくれたらいいのだけど……。成績はもちろん大事ではあるのだけど、先生は歌を好きになってもらう方が大事だと思っているから」

 

 なるほど。それはたしかに副教科を担当する先生たちにとって、大切な思いなのだろう。アイドルやアーティストは注目されるが、音楽家はなかなか注目されない。楽器を演奏する人たちはさらに厳しい世界だ。日常的には見かけない存在。そういった世界に目を向け、知見を広めるのも人として大切なのだろう。そしてそれを教員としての役割に組み込む先生がいてもおかしくはない。同志が増えるのは誰だって嬉しい。

 

「私は歌が嫌いというわけではないのです。どちらかと言えば演奏する方が好きです」

「そうなの? 合唱コンクールでは担当してもらおうかしら。でもね、歌のテストを行うのよ」

「そうでした。それはテストまでの課題ということにしますね。私一人で時間を取るわけにもいきませんから」

「物分かりが良すぎて怖いわ〜」

 

 凛が自分の席に戻り、次の生徒が前に出る。今日はテスト形式での予行練習。ぶっつけ本番でやるよりも、一回やっておいた方が少しは緊張も和らぐだろうという配慮だ。

 

「下田ってちょくちょく不器用だよな」

「自覚はしています」

 

 凛の隣に座る廣坂が小声で話しかける。お互いに顔を向けて話していたら注意されるため、視線はあくまで発表者に向けている。こうやって話すこと自体凛は避けたいのだが、話しかけられたら返してしまうのだ。

 

「俺はある意味器用だと思うけどな」

「それは褒めてませんね」

「どっちに受け取ってくれてもいいぜ?」

 

 反対側から阿田和も会話に加わる。他の二人とはとは異なり、阿田和だけはガッツリと横に顔を向けている。ジェスチャーで前を向くように促すのだが、残念なことに従ってくれない。これくらいなら大丈夫だとタカをくくっているらしい。

 

「音程が外れてるとか、リズムがおかしいとかじゃないんだぜ? それなのに歌声が寂しいって器用だろ」

「そこだけができないと考えれば、不器用だと言ったほうが合ってる気がするんだけどなー」

「どちらでも構いませんよ。内容は同じなんですから」

 

 そう返しながら考え込む。阿田和はムードメーカーでバカに見えるのだが、凛の歌をしっかりと聞いていた。それは他の人の歌でも同じようで、今も会話しながら歌を聞いている。そういった一面があるからこそ、憎まれない人物なのだ。誰とでも気さくに話している姿は、よく見られる光景。

 

「阿田和くん。ちゃんと前を向いていなさい」

「すみません!」

 

 歌が終わったタイミングで先生から注意が入る。先生に聞こえない程度の小声であったため、凛と廣坂には注意が飛ばなかった。先生の目には、せいぜい阿田和が凛に絡んでいると映ったのだろう。

 姿勢を正して前へと向き直る。すぐさま授業に集中できる切り替えの速さ。正直な性格も相まって、問題児として見られることもない。むしろ、集中している時は模範生と呼べるほどだ。根が真面目な証である。それが分かるからこそ、先生も一度注意するだけで終わる。

 その後も順番に歌っていき、やがて女子へと順番が回ってくる。女子のトップバッターは樹だ。誰の目からしても緊張しているのは明らか。そしてそれは歌にも表れた。上ずった声。リズムはまだしも、音程は明らかに外れている。歌い終わるとさらに表情が暗くなる。緊張ばかりはどうしようもなく、先生もアドバイスに困っていた。

 

「犬吠埼さん。少しいいかな」

 

 放課後、凛は樹に声をかけた。話題はもちろん次回に控えた音楽のテスト。凛も凛で課題があるわけだが、樹のことも放っておけなかった。それは樹が勇者で、自分の仕事の範疇と判断したからなのか。それとも凛個人の意志でそう判断したからなのか。どちらにせよ、凛は樹に提案を持ちかけた。

 

「放課後はお互い部活があるので、朝いつもより早く来て少し練習をしませんか?」

「え……。練習って……」

「もちろん歌のテストに向けてです。あ、伴奏は心配しないで下さい。ピアノ弾けるので。それと、先生には許可を頂いてます」

「授業の後に残ってたのって、そういう事だったんだ」

「はい」

 

 先に許可を取ったということは、樹が不参加であっても凛一人で練習するつもりなのだろう。いや、凛と一緒にいるメンバー的に、一人となった場合は一緒に練習するか。そうなると、樹が参加した場合でも駆けつけてくる可能性があるわけだが。

 

「ご心配なく。犬吠埼さんが参加される場合は、二人だけですので。ギャラリーはいません」

 

 既に配慮されていた。断言しているあたり、先に友人間で話をつけているわけだ。二人きりというのは、たしかに緊張も和らぐ。凛を先生だと置き換えて考えればいいわけだ。しかし、そこまで器用にもできない。異性と二人きりという状況になることに、変わりはないのだから。

 

「どうするかはお任せします。今お決めにならなくても構いません。練習は明日から。朝の7時40分から音楽室を使わせてもらえるので、適当に来てもらえば結構ですよ」

 

 決断できなかった樹は、凛の言葉に甘えて返答を後回しにさせてもらった。連絡先を知らないのだから、朝に行動で示すということになるわけだが。凛が先に教室から出ていく。樹は視線の行き先さえ迷い、透き通る青空を眺める。当然そこに答えもなく、とりあえず勇者部で相談することは決めて教室を後にした。

 勇者部に掲げられる五箇条の一つ。『悩んだら相談』。

 

 

 

「サプリね!」

 

 少し後悔した。後悔……は言い過ぎだが、これでよかったのか迷った。だが、夏凜はいたって真剣だ。にぼしをうどん並みに愛し、サプリに精通する夏凜なりの提案なのだから。数多く所持しているサプリの中から、喉に効くとされるサプリを紹介してくれる。

 

「歌の問題なんだし、実践が一番よ!」

 

 アルファ波を推し進める美森を止め、サプリの一気飲みで気分を悪くした夏凜を回収。姉というか、なんだか母親のような立ち振舞で部員を纏めた風。勇者部一向はカラオケへと向かっていった。

 

 

 

 

 翌朝。凛は7時30分には学校に到着し、一番早く学校に来る教頭にはもちろんのこと、朝早くから学校に来て授業の準備をする先生とも挨拶を交わす。教頭にも話が通っていたようで、凛が職員室に入ったらすぐに音楽室の鍵を渡してくれた。生徒の自主性を重んじる学校だからこそ、難なくこうして教室を使わせてもらえる。

 数分の間教頭と言葉を交わしてから音楽室に向かう。予定していた時間通りに音楽室を開け、中に入ったら窓を開けて換気する。樹が来るのかはまだ分からないが、樹が来ないのであれば今日は一人で練習だ。窓に手を置き、入ってる風で心地よさそうに目を細める。

 

「そろそろ始めようかな」

 

 5分経ったら開けていた窓を全て閉じる。それなりに換気はできた。何よりも、この時間からピアノを使うのだ。音が漏れていては近所迷惑になりかねない。幸いにも、集合住宅は近くにない。個人宅がちらほらある程度で、そこの住人たちと学校の関係は良好。音が漏れ聞こえても、訴えられるとは考えにくい。

 だが、低くとも可能性があるのなら可能な限り排除すべきだ。それが凛の判断だ。ドアも閉めてからピアノに向かい合って座る。楽譜も用意してある。

 ウォーミングアップがてら好きにピアノを弾く。朝早くからだが、しっかりと手が思い通りに動く。調子は悪くないようだ。

 

「課題曲はたしか」

 

 音楽のテストでは、すべてを歌うわけでもない。一部を歌うだけだ。だからそれに合わせて先生も曲の途中から弾き始める。凛はそれを覚えている。一度弾いて確認。どうやら詰まることなく弾けるようだ。

 一旦手を止める。目を閉じる。胸に手を当て深呼吸。ゆっくりと瞼を開き、手を鍵盤へと戻す。

 滑らかな弾き始めだった。すぐに凛の歌声も重なっていく。凛はこうしてピアノを弾きながら歌う方が好きだ。しかし、それで自分の歌に変化が出ているか分からない。予行練習の時も本気で歌ったのだから。

 自分の歌声に変化が出ているのか。それは他人に聴いてもらい、判断するしてもらうしかない。残念ながら、今日は一人なわけだが。

 

「お、おはようございます……」

 

 8時になると、音楽室のドアが開かれた。おずおずと樹が中に入る。凛は演奏を止め、意外そうな顔で樹を見た。てっきり来ないと思っていたから。

 

「遠慮されるかと思っていたのですが」

「せっかくの誘いだし、お姉ちゃんも背中を押してくれて……。本当は時間通りに来たかったんだけど、……その……朝に弱くて」

 

 最後は消え入りそうな声だった。それを凛はしっかりと聞き取っていた。たしかに時間は決めていたが、その時間に来いとは言っていない。来れるタイミングで来たらいいし、何よりも樹が行動に移したことが、思いの外嬉しかった。思い返してみると、学校で自分の判断で誰かを誘うのは初めてなのだから。

 

「おはようございます犬吠埼さん。それと来ていただいてありがとうございます」

「そんな、私は誘ってもらったのに遅刻して……」

「開始時間を伝えただけで、集合時間を設けたわけじゃないですから。お気になさらず。すぐに歌うのはしんどいでしょうし、発声練習しますか?」

「うん」

 

 この時間から歌う事自体どうなのか、という問題はあるが、お互いに都合がいい時間が朝しかないのだ。喉に無理させない程度に、軽い練習で収める必要はある。

 ピアノで1音だけ発し、それに合わせて樹も発声練習を行う。凛が音程を指定し、樹がそれを出すのだ。男女でパートが別れており、女子は高いパートになる。その事を考慮しつつ、樹が発しやすい高さから練習。

 それが完了し、いよいよ樹の本格的な練習だ。残りの時間からして、3回歌えるかどうか。

 

「それでは犬吠埼さん。始めますよ」

「お願い」

 

 凛の伴奏に樹の歌声が乗る。緊張はあるようで、その声は幾ばくか不安定なのだが、授業の時より断然綺麗な歌声だった。やはり樹にとっての最大の課題は、『人前で歌うこと』の一点に尽きるようだ。

 歌い終えると、樹は凛に評価を聞いた。この場には二人しかいないのだから、こうなるのも当然だ。

 

「犬吠埼さんも自覚されてると思いますが、問題なのは人前で歌えるかです。先程のは少しばかり緊張の色がありましたが、特に問題はなかったですよ」

「やっぱりそこ……だよね……」

「場数を踏むことも大切ですが、それよりも犬吠埼さんの心持ちが大切かと」

「私の、心持ち?」

 

 椅子から立ち上がり、樹の正面へと移動する。人に何か伝える時は、いつもこうして向かい合うようにしているから。

 

「犬吠埼さんはもっと自分の歌声に自信を持ってください。あなたの歌声は本当に綺麗で、聴き入りたくなるほどです」

「そ、それは言い過ぎだよ……」

「本当にそうですか?」

「ぇ……」

「あなたのお姉さんは、あなたの歌声を評価しませんでしたか?」

 

 樹の目が大きく開かれる。心当たりがあるのだ。姉である風が、歌声が好きだと言ってくれたことに。身内でもあるため、多少なりとも過大評価もあるだろう。しかし、そう言った時の風は、巫山戯た調子で言っていただろうか。慰めのための言葉だっただろうか。

 そんな事はない。それは樹が一番分かっている。あの時の言葉は、本気の言葉だったと。

 

「私も好きですよ。犬吠埼さんの歌声」

「ありがとう下田くん。ちょっと、胸が軽くなったよ」

「それは良かったです。ではあと一回だけ歌って、教室に行きましょうか」

「次は下田くんも一緒に歌おうね」

 

 笑顔をはにかませて言われる。それを断ることなどできなかった。一緒に歌うとお互い指摘できなくなるわけだが、それでも良いということか。

 合理的ではない。だが、それも悪くないと凛は思った。これでもいい。気持ちが前を向いた樹とのデュエットなのだから。

 

 そうして過ごすこと1週間。土日は凛が帰省するため練習はない。その事を樹に話し、「あ……ご両親は健在だったんだ。ごめんね! 勘違いしてた!」と謝られたのも記憶に新しい。これは凛の話し方と、樹の家庭環境によって生じていたズレだ。お互い水に流すことで終わった。

 音楽のテストは予定通り行われ、そして凛と樹は無事にテストを終えた。樹にいたっては、教室内でしばらく拍手が止まなかったほど高評価だ。

 歌う前に見ていた一枚の紙。それが樹を支えた。それは勇者部の面々から送られたメッセージ。絆の強さの表れ。

 

(勇者部は、他の部活とは違う。裏の活動ではなく、その在り方が輝かしい。それが勇者部の魅力か)

 

 歌う樹を眩しそうに凛は見つめていたのだった。

 

 

 

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