朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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9話

 

 変化というものは突然訪れるものだ。それは予知できないものなのか。人類は科学でそれに臨んできた。気象情報や災害などが最たる例か。しかしそれはオカルトでも同じこと。今はその精度が確実なものになっているだけ。『神託』によって告げられるのだから。

 だがそれを受け取れるのは巫女であり、ただの一般人である凛にはできないことだった。だからこそ、クラス中がどよめいたその変化に、凛も同じく驚くしかなかった。

 

「犬吠埼のやつ、声が出なくなっちまったのか……」

「音楽の授業で聴ける犬吠埼さんの歌、楽しみにしてたんだけどな……」

 

 犬吠埼樹が声を失った。

 その衝撃にクラス中が浮足立った。いつも落ち着いている凛も、こればかりは驚いてしまう。その理由を知っていても、衝撃は然程変わらないものだ。

 クラスではその話で持ち切りになったのだが、それでは当の本人である樹にとって居心地が悪い。今の教室内の空気を変えなくてはならない。

 それは、凛が行動する前にも変わった。いつも樹と一緒にいるクラスメイトが、勇気を振り絞ったから。教卓の隣に行き、皆に話を聞くように声をかける。少し待てば全員の視線が集まり、その子は両手を胸に当てながら声を発した。

 

「樹ちゃんの声は一時的なもので、いずれは治るってお医者さんが言ってるらしいの。だから、みんなでその時を待とう? 1日でも早く治ることを願って」

 

 クラスに沈黙が流れる。失敗したのか。不安に襲われるも、それを阿田和が払拭した。

 

「よかった〜! 治るならまた犬吠埼の歌も聞けるな! これは2学期の合唱コンでも優勝狙えるぜ!」

「他力本願ですか」

「ばっかちげーよ下田。みんなで一丸になるんだよ! な? みんな!」 

 

 阿田和の言葉に次々と賛同の声が上がっていく。樹の声が治るということに安堵するだけでなく、話題自体も樹から2学期にある合唱コンクールへ。クラスの空気も変わり、樹もその友人もほっと息を吐く。

 

「合唱コンクールの前に、文化祭があるんだけどな」

「そういえばそうだった!」

 

 オチも用意されていた。クラスが笑いに包まれ、今度は文化祭で何をするか、そもそも讃州中学の文化祭はどういう雰囲気なのか。話題がコロコロと変化していく。阿田和が黒板に『文化祭』と書き、クラスで何がしたいか案を出させる。ちゃっかり委員長も巻き込まれているのだが、楽しげに行われているため止める者もいない。

 

「犬吠埼さんの声が治るってのは、朗報だな」

「そうですね。夏休み中に治っていることを願います」

「だな。……その前に期末テストか……」

「難しい単元でもないですよ」

「お前はな!」

 

 廣坂は別段勉強ができないわけではない。なんだかんだでクラスの平均以上の点数は取るのだが、勉強が苦手なのだと本人は語っていた。

 二人で期末テストの話をしつつ、凛は樹の声のことを考えていた。凛は知っている。バーテックスの総攻撃があった事を。そして、風にも異変が起きていることを。

 樹の声の異変。それが勇者の活動によって生じたことは明白。つまり、『散華』の結果声を失ったのだ。一時的に強大な力を振る舞えるようになる『満開』。その代償として体の機能が一つ失われる。それは『満開』の回数に比例する。満開が一度だけだったのは、まだマシだったのかもしれない。

 

(園子様……)

 

 毎週会う園子のことを思い浮かべる。20回に及ぶ満開。その結果身動き一つ取れなくなった少女。彼女が未だに治る気配もない。治らないという考えが定着している。

 それ故、樹の声も治らない。いずれ治る……それは秘密主義な大赦の配慮。凛の母親である葵は、この件にも眉にシワを寄せているだろう。

 

「下田?」

「はい? どうかされました?」

「いや、なんか上の空って感じだったから」

「すみません。考え事をしていました。一時的に声を失うというのは、声変わりみたいなものなのかと」

「お前って時々天然だよな。……女子って声変わりするっけ?」

 

 どうだっただろうか。二人で頭を悩ませた。園子は出会ってから変わっていない印象がある。かなたも、声は変わっていないはずだ。二人を例にしてみても、声変わりしないという結論に至るのだが、凛は意見を固められなかった。数回園子に鈍感だと言われているから。

 結局二人では結論を出せず、クラス担任が教室に入ってきたことでその会話は終わった。

 

 

 その週の末日。暁葉は当然のように園子の下へと行くのだが、心なしかその表情は硬い。大赦に着けば仮面を付けるため、園子には見えないのだが、共に大赦へと向かうかなたには気づかれる。

 

「何か思い詰めてるようね」

「そういうわけではありません」

「散華」

「……」

「その話をするのでしょう?」

 

 かなたに隠し事は通用しない。なぜなら、かなたはずっと暁葉のことを見てきたから。暁葉が個性を殺しても、暁葉自身の思いはどこにあるのかと観察し続けてきたのだから。多少なりとも柔らかくなった今の暁葉なら、かなたはほぼ確実に見抜くことができる。

 

「あなたの役割を考えると、彼女に全てを話す必要もないのよ?」

「そうですが、園子様は気にかけておいでです。隠すわけにもいかないのです」

 

 バカがつくほど真面目な弟だと思った。大赦の一員であれど、園子の前ではその要素が薄れるというのに。暁葉が話さなくとも、話は別の人間から園子の下に届けられる。それでも話そうと言うのだから。

 だが、同時に嬉しくも思った。「仕事の範疇です」と答えなかったから。以前ならそう答えていたのに、仕事として考えているのではなく、園子のことを考えて決めている。歯車と化していた暁葉に、人間らしさが戻ってきている証。そして、話すことに重く捉えているのではない。勇者部の面々が体の機能の一部を失ったこと。それが暁葉の表情を硬くしている。

 

(不謹慎ではあるけど、嬉しいと思ってしまうわね)

 

 暁葉の首に手を回し、キョトンとする暁葉を引き寄せる。頭を胸に抱きかかえ、そっとその髪を撫でていく。

 

「決めたのならやり切りなさい。大丈夫。彼女は受け止めるから」

「……はい」

 

 表情がマシになる。少しは姉らしいこともできた。大赦に到着し、かなたは軽やかな足取りで車から降りて先に行く。いつもより雰囲気が柔らかくなったことを、他の巫女たちは素早く見抜き、かなたから話を聞き出すのだが、それはもう少し後に起こる出来事。

 暁葉も車から降りる。仮面をつけると意識が変わる。自己暗示の効果が表れ、憂いていた思いも晴れていく。

 

「園子様。今日はご報告があります」

 

 だから最初にその話を切り出すことができた。

 

「報告? テストで赤点取ったとか?」

「テストはまだです。赤点の心配もいりません」

「あっきーは優秀だね〜。それじゃあ何の報告かな?」

「勇者部の件です。三好夏凜以外の四人が満開を使いました」

 

 暁葉は真っ直ぐに言い切った。一切偽ることなく。

 勇者たちが診察を受けた病院に行き、誰がどのような機能を失ったかも聞いている。結城友奈は味覚を、東郷美森は片耳の聴力を、犬吠埼風は左眼の視力、そして犬吠埼樹は声を失った。

 

「そっか。……うん、ありがとう教えてくれて」

 

 園子の反応は簡素なものだった。ただその事実を受け止めた。それ以上の反応もなく、一度目を閉じてから暁葉に改めて視線を送る。

 その視線は憂いを帯びていた。同じ勇者として、勇者部の現状を憂いているのだろうか。満開の説明はされど、散華の説明はされていないことに。

 

「辛いよね。あっきー(・・・・)

「……ぇ」

 

 しかし違った。園子は離れた地にいる勇者部のことではなく、今目の前にいる暁葉のことを憂いていた。

 その理由が分からない。暁葉何一つ失っていない。バーテックスの姿すら見たことがない。辛いのは勇者たちだ。まだ何も知らされていない彼女たちだ。そうだというのに、なぜ園子にそのような目で見られるのか。

 

「仮面付けてても分かるよ。あっきーの心」

 

 見透かせる……わけでもない。表情も見えない。だけど、暁葉が苦しんでいることは分かる。真面目過ぎるほどに真面目で、優しい心を持っていることを知っているから。勇者たちの近くにいて、それでいて何もできないことに苦しんでいるのだと。

 体を動かせたらいいのに。

 せめて腕だけでも動かせたらいいのに。

 叶わない願いだと知っていても、望まずにはいられない。

 

 だから──自分にできるだけのことはしよう。

 

「あっきー、横に来て」

 

 囁くように柔らかな声で呼ぶ。

 

「ベッドに上がって。私のすぐ隣に来て」

 

 全てを優しく包み込むような表情。慈愛に満ちた声色。惹かれてしまう瞳。

 魅了されてしまう。押さえ込んだはずの自分(・・)を見てくるから。心が揺らぎ、引き込まれそうになる。

 

「それは……」

 

 脳が警告を鳴らす。個性を押し殺す理性が、それはいけないのだと止めに入る。この指示を聞いてしまったら、戻れなくなると。今までの関係が確実に崩れるのだと。

 これまでの関係を壊すのか? 自分を崩してしまうのか? 固く決断し、築き上げてきた自分を。

 

「あっきー。休むことも大切なんよ?」

 

 園子という引力に逆らえなかった。その言葉がダメ押しとなり、暁葉は園子の右隣に座る。鼓動が速くなるが、それもどこか他人事のように思えた。今が現実だという認識が薄れる。

 

「私の右手を握って」

 

 言われた通りに園子の右手を左手で包み込む。マシュマロのやうに柔らかく滑らかな肌。しっとりとしていて、離したくなくなる。指の腹や手のひらで皮が固くなっている部分もある。勇者として活動していた際、武器を振るい固くなった部分だ。

 

「肩に頭を乗せて」

 

 催眠術にかかっているように、暁葉は園子の指示に従い続けた。園子の肩に頭を乗せる。園子に寄りかかる状態になってしまうが、園子は何も言わなかった。自然と暁葉は瞼が重くなってくる。

 

「ぎゅーってしてあげられたら良かったんだけどね〜」

「いえ、そのような……」

「ふふっ、今日はゆっくり休んでいいんよ。お昼寝しよ」

 

 その言葉に何も返すことができず、暁葉は押し寄せる睡魔に抗えずに眠りについた。暁葉自身が気づけていなかった心労。かなたも気づきはしたが状況からして手を打てず、園子に任せることにしたこと。それにすぐに気づいた園子は、暁葉を休ませることにしたのだ。僅かながらに役得だと思いもあるが。

 

「おやすみ、あっきー」

 

 

 

 

 

 

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