ベッドの横には椅子が用意されており、暁葉は姿勢を正してその椅子に座っている。園子から見て左側になるのだが、園子の左目には硬い表情の暁葉が映っていた。前情報である程度話を聞いていたが、どこまでが本当なのだろうと疑っている部分もあり、まさか言葉通りだとは園子も思っていなかった。
「さっきはごめんね〜。硬い感じでやるのもどうかと思ったんよ〜」
「いえ、園子様のお気遣いとは知らず、失礼な対応をしてしまいました。重ね重ねお詫びします」
「あはは、本当に聞いてた通り硬いね〜。あっきーはそれがクセなの?」
第一声から呼ばれていた呼び方なのだが、暁葉はそこを聞かずにはいられなかった。園子に質問されている立場であるため、先にそれに答えないといけないのだが、失礼を承知で暁葉は質問をする。
「あっきーというのは?」
「え? ……あー、ごめんごめん。私って人のことあだ名で呼ぶのがクセなんだ〜。あっきーが嫌ならあっちゃんはどう?」
「その方が嫌ですね」
「じゃあアキサブロウ?」
「それはもはや別人です」
「あ、閃いた! アキヒ──」
「それ以上はいけません。あっきーでお願いします」
このままでは園子がエスカレートし、ヘンテコなあだ名が付けられる。直感でそう察知した暁葉は、一番まともで最初に園子がつけたあだ名にしてもらう。園子にしても、それが一番しっくり来ていたらしく、暁葉の要望を嬉しそうに聞き入れた。表情のほとんどは見えないが、その瞳と雰囲気から判断できる。それは、元から感情表現が豊かな園子だから相手に伝わるのだろう。
(思っていたような仕事ではない。……イメージを一度取り払っておくべきか)
固く考え過ぎていた。しかし、姉から言われている内容も漠然的なもので、具体的な仕事内容は園子から聞くしかない。ここでただイタズラに時間を消費するわけにもいかず、暁葉は園子に問うことにした。自分に何を望んでいるのかを。
「へ?」
「?」
暁葉の質問を受けて目をぱちくりさせる園子。その反応に暁葉も首を捻った。隔離されている状態で、これだけ物々しい部屋にいるのだ。園子が大赦の中でも格別な存在であることは明白。そんな人物の下に連れて来られた。そこから考えられるのは、どういう経緯かは知らないが、園子の方からアクションを起こしたと考えるのが妥当である。それなのに、園子はまるで特別な用などないといった調子で小首を傾げている。
「あー、そういう事か〜。もう、かなりんってば丸投げなんだから〜」
(かなりん……かなりん? ……まさか……いや、違うか)
仕方ないな〜と呟きながら微笑む園子の横で、暁葉はかなりんなる人物が姉に該当するという可能性を消す。さっきの調子であだ名を決めるなら、十分あり得る話なのだが、そもそも園子との接点がなかった。家同士の交流はあれど、姉弟ともに揃って園子と会ったことがない。園子は勇者としての訓練。かなたも巫女としての修練があり、暁葉は迷惑をかけないようにと細々としてきた。
過去を振り返ってみても、やはり園子との接点などなく、暁葉はかなりんという人物が別人だと結論づけた。そこで視線を感じ、そちらに目を向けると園子が暁葉を見つめていた。一人思考に耽っていたことに気づき、すぐさま向き直った暁葉に、園子はおかしそうに笑う。
「ふふっ、そんなに畏まらないでほしいな。あっきーのお仕事は難しいことじゃないんだし」
「と、いうのは?」
「あっきーの今日からのお仕事は、私の話し相手だよ」
『話し相手になってあげてね』
暁葉は思わず額に手を当てた。姉の言い方がものの例えでもなく、仕事内容を緩和化したものでもなく、本当に言葉通りのものだったのだから。そのような仕事があっていいのか。そもそもこれを仕事と呼んでもいいのか。数秒考えた暁葉だが、園子の存在を思い出して納得する。園子のことをほとんど知らない暁葉だが、彼女が常人の域を超えていることはこの部屋から察せられる。特別な存在の相手ともなれば、なるほど重大な任務だ。
「分かりました。私などで良ければ勤めさせていただきます」
「硬いな〜。もっとフランクにいこうよ。友達って感じで!」
「いえ、私と園子様では友人関係になれません。私がそのような立場になど」
「……そっか」
寂しそうに瞳を伏せる園子に、しかし暁葉は言葉を紡げない。そもそも暁葉と園子では、今日からのこの関係に対する認識が違うのだ。園子にとって暁葉は話し相手であり、あわよくば友人となりたい。それに対する暁葉は、園子のことを役目の相手と捉えている。あくまで仕事として話し相手になるのだと。
かなたの狙いは、園子の人間性に頼って暁葉を軟化させること。園子も両親やかなたからそう聞いている。しかしそれを暁葉に告げることはできない。周りよりも大人びている暁葉は、思春期の訪れも早い。かなたの気遣いだと知れば、余計なお世話だと、表に出さずとも怒るだろう。
そこまでを園子はすぐに察し、自分の今の立場とこれからの立ち位置を考え、どう振る舞うかを模索している。まずはやはり、暁葉の人となりを知らねば決められない。
「そういえばあっきーはお友達いる?」
「友達、ですか?」
「うん。お友達」
ゆっくりと瞼を開けた園子は、唐突に暁葉の友人関係を問う。勇者としての立場があった自分や巫女としての立場があるかなたとは違い、暁葉は普通の少年として生きることもできる。築こうと思えば、友人関係も築きやすいだろう。
(……立場は言い訳だったね。ミノさんはお友達いっぱいいたし)
かつて共に戦った親友の姿を思い出す。誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも勇敢で、誰よりも慕われた友人。まさに勇者という名に恥じぬ生き方をし、そして世界を守るために命を落とした大切な親友。彼女の気さくな性格に、どれだけ助けられたことか。
(もしミノさんが今ここにいてくれたら、もっと上手く話せてるのかな)
仮のことを考える。あり得ない現実を。それは妄想に過ぎないと分かっていながら、それでも園子は彼女のことを考える。もしここにいたらなんて言っているのか。そんな仮のことでも、容易に想像できた。
「私には友達と呼べる人はいませんね」
「そうなの?」
「はい。……作るものなのですか?」
「人それぞれかな〜。私は友達ができてからいっぱい大切な思い出ができたから、友達肯定派かな」
「別に否定派というわけでもないですが……」
渋い顔をする暁葉に対し、園子は楽しそうに目を細める。何が楽しいのかさっぱり分からない暁葉だが、園子を不機嫌にさせるより断然良いと考え口を閉じる。
「ちょっと似てるかも」
「誰にですか?」
「わっしーに」
「鷲? 鳥類のですか?」
「違うよ〜。私の大切なお友達の一人だよ〜」
「失礼しました」
あろうことか、大切な友人を鳥類と勘違いしてしまった。すぐさま頭を深く下げて詫びる暁葉を、園子は咎めるどころかおかしそうに笑う。目を丸くして顔を上げる暁葉。視線の先には、間違えられたことを全く気にしていない園子が映る。
「いきなり言われたらそうなるのは仕方ないよ」
「寛大なご配慮、ありがとうございます」
「大袈裟だってば。……そういえばあっきーは、私のことどれだけ知ってるの?」
「お名前と年齢、性別。通っていた学び舎と勇者様であることだけです」
「なるほどね〜。私が勇者ってこと知ってるなら、それなりに話せるね」
何を話すのか。それは聞かなくても分かった。先程までの流れから、園子の友人が園子と同様に勇者であることは察せられるからだ。
「わっしーもね、最初すんごい硬い印象だったんだよ? 岩かなってくらい硬くて、尖ってるとこもあって。真面目な優等生って言ったら想像しやすいかな」
「なるほど。分かりやすいです」
「よかった。それでね、わっしーも勇者だったんだけど、私とお友達になったのはお役目が始まってから。それまでは私もわっしーのことを、名字で呼んでたんだ〜」
懐かしそうに話す園子に、暁葉は内心驚いていた。実体験だけでしかデータがないが、初対面でいきなりあだ名を付けてきた少女が、わっしーという友人に対しては、当初名字で呼んでいたというのだから。その光景を想像しようにも、最初のインパクトが強過ぎるせいで想像できない。
「あっきーは6年生になったのにお友達いないよね?」
「お恥ずかしながら」
「そう思ってないくせに〜。でもね、私も6年生になるまで、友達って呼べる相手がいなかったんだ〜。私、こういう性格だし?」
「会って1時間も経っていないので、園子様の性格は分かりかねます」
やはり硬い。硬くて、真面目な性格をしている。園子はそう結論づけると共に、かなたがお願いしてきた意味を理解する。元からこうなのであれば、かなたは園子に頼まなかった。暁葉の性格なのだと受け入れた。しかし、今の暁葉は、かなたが共に幼少期を過ごした暁葉とは違う。それを気に病み、園子に頼み込んだのだ。
『身勝手なのは重々承知しております。ですが、今の暁葉を見ていると生きづらそうで……それなのに姉の私には何もできなくて……!』
(あの頃のわっしーに近いし、仲良くなって時間をかけていけばなんとかなるかな。少しずつ、本当に少しずつ変わっていってもらおう)
「私ね、お役目をきっかけに大切な友達が二人できたんよ。一人がわっしー……名前を隠す必要もないね。わっしーこと鷲尾須美。もう一人が、ミノさんこと三ノ輪銀。私たちは、遊ぶ時も訓練の時もお役目も、三人ずっと一緒だったんだよ」
「……三ノ輪様なら、面識がございます」
「そうなの!? 教えて教えて! ミノさんといつどこで知り合ったの!?」
思っていた以上の食いつきに暁葉はたじろいだ。共通の知り合いがいる、ということだけを示すつもりだったのに、彼女のポイントをついてしまった。もし体を動かせる状態だったら、身を乗り出して目の前に顔をつきつけて聞いてきたかもしれない。
一瞬頬を引きづらせた暁葉は、何とか平静を装って咳払いした。大した話でもないと前置きするも、園子はそんな事を気にしない。自分の知らない銀の話が聞きたい。そして、暁葉のことを知りたい。最大の目的はそこにあるのだ。
「本当に大した話ではないんですが……。去年のことですし、おそらくは園子様たちのお役目が始まってからだと思います」
「うんうん!」
「あの……急かさないでください。ちゃんと全て話しますので」