朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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10話

 

 学生たちにとって一番嬉しい休みは、おそらく夏休みだろう。1ヶ月は学校に行かず遊び回れる期間。当然夏休みの宿題があるわけだが、それでも浮足立つのも当然だ。夏といえば祭り、プールや海、キャンプなどなど。数多くの楽しみがあり、家族と過ごす時間も多くなるだろう。お盆には親の実家に帰省する。そんな家庭も多い。

 部活動によっては、夏休みであろうと練習がある。運動部では当たり前のようにそれがあるわけだが、凛が所属する新聞部ではそうはならない。夏休みの課題として、「記事にするネタを探しておくように」というものがある程度だ。そのため、凛も夏休みのほとんどを実家で過ごすことにしている。そして園子の下へとほぼ毎日足を運んでいる。

 

「夏休みは宿題も多いでしょ? 来てくれるのは嬉しいけど、ほどほどにね〜」

 

 そしたら見事に釘を刺された。しかし役目は何一つ変わっていないのだ。園子と会話をする役目はそのまま。それが建前であり、本音は別にあった。

 

「園子様と過ごしていると落ち着けるのです。他の事をするにも効率が上がります」

「もう〜。それなら午前中は宿題とかして、午後からこっちに来ること。それが守れないなら、日数制限付けるからね?」

「かしこまりました」

 

 そんなやり取りを経て、凛は午前中に夏休みの宿題を片付けていった。出されている宿題で悩む箇所もなく、もはや作業のようにこなしていったため、お盆になる前には自由研究以外終わっていた。これには園子も苦笑したが、やることがなくなったのなら仕方ないとして、午前からでも大赦に来ていいと許可を出した。

 園子と昼寝をしたあの日以降。凛にはたしかな変化が生じた。言動には目立った変化はないのだが、本人を纏うその雰囲気が軟化したのだ。

 ただし、園子か上里家の人間といる時限定で。

 

「園子様。明後日から一泊二日で部活動の合宿がございます」

「そうなの? 新聞部の合宿って何するの?」

「私にも分かりません。『楽しみにしとけ』と言われたので」

「そっか〜。じゃあ今度その話してね?」

「心得ております」

 

 行っていいとも行くなとも言われない。学校を優先するように予め言われているからだ。合宿があるのなら、当然そちらを優先すればいい。園子に許可を求める案件ではないのだ。帰り際に「行ってらっしゃ〜い」とは言われたが。

 

 

「何をボーッとしてんだ下田。暑さにやられたか?」

「それはいけない。今すぐ日陰に押し込めて氷漬けにしよう」

「暑さにやられたわけではありませんし、むしろ先輩方の方が、暑さで思考がおかしくなられたのではないかと疑ってしまいます」

「ハッハッハ! 言うようになったな! だが大事を取って日陰にいろ」

 

 部長の川崎に背中を強く押され、凛はピーチパラソル(・・・・・・・)の影に送り込まれた。そこには副部長の田上と二年生の結美もいる。スポーツドリンクとクールタオルをすぐさま渡された。大袈裟だと思いつつ、夏の暑さは警戒するに越したことはない。大人しく受け取る。

 

「凛って暑さに弱そうだよね」

「そうですか? 自分では強くもなく弱くもないと思っているのですが」

「平均以下じゃない?」

「私もそんな印象があるわね」

 

 少しショックを受けた。たしかに運動部のような活発な印象はないと自覚しているが、まさか平均以下と思われているとは。これでも凛は体育テストで上位20%以内の成績は取っているのだ。

 たしかに、体育テストの結果が分かったときに意外だと口々に言われていた。予想以上ということだろうと受け取っていたのだが、あれも体力がないと思われていたということか。内心でぼやきつつ、貰っているスポーツドリンクで喉を潤す。

 

「ところで、合宿ですよね?」

「合宿だよ?」

「なぜ海なのですか?」

「あら、川崎から聞いてないの?」

 

 団扇で風を作りながら田上が聞いてくる。

 

「楽しみにしとけと言われました」

「はぁ。あのバカは……」

 

 片手で目を覆い俯く田上。団扇を動かしていた手も止まっている。あの部長はこういった説明ごと省略しがちだ。しかし、まさか自分から伝えておくと断っておいてその説明とは思わなかった。田上は無言のまま団扇をその場に起き、離れたところではしゃいでいる川崎の下へと歩いていった。

 

「先輩も大変だな〜」

「それで、この合宿はどういうものなのですか?」

「取材だよ。今夜泊まる旅館の取材をするの。あと、宣伝する代わりに割引してもらってるんだよね」

「なるほど」

 

 それで割り引いてもらえるとは、なんとも懐の深い旅館だ。どの旅館かも聞いていないのだが、それはまぁいいか。今日遊んでいるということは、細かな取材は明日行うということなのだから。

 さて、これからどうしようか。熱い砂浜の上で正座させられ、説教を受けている部長を眺めつつ考える。思い返してみても、海で遊んだ記憶がほとんどない。幼少期に遊びに来たが、その時もかなたに引っ張られていた。自分でどうにかしろと投げられても分からない。

 なかなか答えが出ないでいると、横から結美が覗き込む形で視界に入ってくる。

 

「どうかされました?」

「それはこっちの台詞。何か考え込んでるっぽかったから」

 

 表情に出ていたのだろうか。そんな分かりやすい人間でもないはずだ。ポーカーフェイスだって習得しているというのに。

 しかしその真相は教えてもらえない。結美は楽しそうに微笑んでいるだけだ。

 

「……これからどうしようか悩んでいただけですよ。海で何をしたらいいか分からないので」

「なるほどね〜。それならお姉さん()が教えてあげる」

「達?」

 

 その言い方に引っかかりを感じる。三年生たちも含めて何かをするということではないはず。説教が終わった途端、部長の川崎が全力疾走でどこかへと走り去って行ったのだから。ちなみに副部長の田上も目を鋭くして追いかけていった。唯一残された三年生の大田は、近くにいたちびっ子と砂で遊んでいる。

 この状況でなぜ複数形が使われたのか。その答えは後ろから現れた。

 

「結美ちゃんお待たせ〜!」

「おっはよー! 友奈(・・)!」

「!?」

 

 その名前に驚いて振り返ると、たしかにそこには友奈がいた。友奈だけでなく、水陸両用の車椅子に乗っている美森もいる。さらには犬吠埼姉妹と夏凜。つまり、勇者部全員だ。

 

「凛くんも久しぶりね」

「ご無沙汰しております」

『下田くんはなんで?』

「新聞部の合宿だそうです。今夜泊まる宿の取材をするんだとか」

 

 美森に挨拶を返し、樹の疑問にも答える。言い方が他人事のようになっているのは仕方がない。凛だって先程知ったばかりなのだから。

 

「あんたらって真面目に活動してたのね」

「部長の印象が足を引っ張ってるだけですよ〜」

 

 感心する風に勇者部から冷ややかな視線が集まる。なんとも居た堪れなくなるのだが、結美が言ったとおり部長の印象が悪影響なのだ。それはほとんどの三年生が共通している認識であり、その誤解を解くことは諦めている。

 

「ところで三年生組はどうしたのよ。もしかして二人は荷物番とか?」

 

 少し声のトーンを落として風が聞く。後輩を置いて遊んでいるようなら、同じ最高学年として口を出そうと思ったから。

 

「そうじゃないですよ。部長はどこかに走り去って行って、副部長が鬼の形相で追いかけてます。大田先輩ならあっちでちびっ子たちと遊んでます。それで、私達は何しようか考えつつ、勇者部の到着を待ってました」

「川崎のやつはナンパでしょうね。田上が止めに行って、大田はそこか。てか、アタシらが来ること分かってたの?」

「新聞部で海に行くことを友奈に話したら、勇者部も来るって教えてくれたんです」

「なるほど」

 

 照れくさそうにピースする友奈。誰も褒めていないのだが、結美もピースで返す。波長が合うらしい。

 

「さてと、アタシらも準備したら各々自由に遊びますか! 夏凜。設営任せたわよ」

「手伝いなさいよ!」

「アタシには使命があるのよ」

 

 真剣な眼差しで重々しくそう話す風。その様子に夏凜も空気を重くした。知らされていないだけで、風には何かやらないといけない事があるのだと認知したから。

 

「その使命って?」

 

 今まで隠されていたのはいい。しかし、この場でその使命の事を話したのなら、もう隠す必要が無いということだ。だから夏凜はその内容を聞いた。念の為、もしもの時には対応できるように。

 

「かき氷よ」

「………………は?」

「かき氷よかき氷! 海といえば海の家! 夏といえばかき氷! これを買わずしてなんとする!!」

「知らないわよ! 買わなくても誰も怒らんわ!」

 

 心配して損した感情を全てツッコミへと変える。妹である樹ですら流しているのに、夏凜はボケを見逃さない。そのキレたるや勇者部で重宝されるとか。

 

『お姉ちゃん私メロン味で』

「樹もかい!」

 

 ある意味裏切りだった。

 

「任せなさい! 行くわよ凛」

「え?」

 

 腕を掴まれて連行される凛。問題ないのかと結美に視線を送るも、笑顔で手を振られるだけ。別に連行されてもいいらしい。何よりも、三年生たちが自由に過ごしているのだ。部単位の集団行動など既に崩壊している。

 ちなみに樹にはスケッチブックで『お姉ちゃんがごめんね』と謝罪をもらった。それを見た凛は、書く速度が格段に速くなっているなと軽く現実逃避した。

 

「さ、海の家に行くわよー!」

「すぐそこですけどね」

「こういうのはテンションが大事なのよ。全部理屈で処理してたらつまらないし、何より疲れるじゃない」

 

 アタシそういうの苦手なのよねーと呟く風の横で、凛はそういう事かと理解した。園子が凛のことを「辛そう」だと感じた理由。それは凛がずっと理屈で生きてきたから。

 学校に溶け込むためには、理屈だけで生活するわけにはいかない。その調整をした結果、勇者部の境遇を感情面でも捉えた。膨らんでいくそれを理屈で抑え込んでいたわけだが、一度感情で捉えてしまったら無視できない。自分の感情を自分の理屈で抑え込むことは、まだ子供の凛では完璧にはできない。だから園子は、凛に休める場を作ったのだ。

 

「ありがとうね。凛」

「何がですか?」

 

 突然の感謝の言葉に、それまでの思考を止められる。少し遅れて返したが怪しまれない程度だ。風は一度眼帯に触れて話を続ける。

 

「樹のことよ。樹にノートを見せたり、テスト前でも勉強を教えてくれたり。音楽のテストの時も、樹のために時間を作ってくれたんでしょ?」

「音楽のテストの時は、私も先生に言われていた課題があったので。彼女に声をかけたのも、自分一人で練習するのも忍びなかっただけです」

「それが凛の優しさってわけよ。あの子、朝弱いのに自分で頑張って起きてたんだから。最後の二日くらいだけど」

 

 それ以外は全部風が起こしていたらしい。そして今でも風が起こすことの方が多いのだとか。自分で起きられる頻度が増えたことは、素直に成長だと捉えていいのだろう。

 

「それに、声が出なくなってからもサポートしてくれてるって聞いてるわ」

「ほとんどは彼女の友人がやっています。席が近いのもあって、必要な時に代弁してるんです」

「それで十分よ。本当に、樹の友達でいてくれてありがとう」

「いえ……」

 

 うまく言葉を返せなかった。そこまで感謝される程のことをした覚えがないのだから。それらの言葉は、いつも樹と一緒にいる女子たちにかけられるべきではないのか。そんな事すら考えてしまう。

 

「ただーし! 樹に手を出したら容赦しないわよ!」

「ご心配なく。その気はないので」

「何をー! 樹に魅力がないとでも言いたいわけー!?」

「そういう事ではなくてですね」

 

 腕を首に回され、髪をクシャクシャと雑に撫でられる。ノリが完全に酔っ払いのそれで、凛はされるがままになっていた。この手の正当な対処法を知らないのだ。

 

「で、誰の水着がよかった?」

「何の話ですか?」

 

 耳元で囁かれた瞬間、凛は半眼になって風に冷ややかに見つめる。どこまでが真面目なのか分からないが、この会話も一応真面目にしているらしい。真面目に巫山戯ている。

 

「隠さなくてもいいのよ。誰にも話さないから。ちなみにアタシは樹ね」

「知ってました。むしろそこで自分に票を入れなかったことに驚きです」

「選挙違反でしょ」

「選挙でしたか」

 

 風の思考についていけない。園子も園子で話が飛び飛びなのだが(実は繋がっている、らしい)、風は園子とまた少し違うタイプだ。いくら園子に慣れていると言っても、それを活かせるような柔軟性はまだ持ってない。オウム返しで手一杯である。

 

「それで、誰だった? スポーティな夏凜か。イメージを崩さない友奈か。スタイルに合わせた結美か。My Angel樹か。東郷のメガロポリス(悩殺巨乳)か」

「一人だけおかしくないですか?」

「気のせいよ。ちなみに田上を入れなかったのは、アタシがまだ田上の水着姿を見ていないからよ」

「それは聞いてないです」

 

 副部長こと田上は風と同じタイプの水着なのだが、それは口にしないでおいた。何か面倒な予感がしたから。

 そんな凛にお構いなしに絡む風。かき氷を買い求める人たちの列に並んでいる間が暇なのだ。

 答えに困っている凛に、思わぬ助け舟を出したのも原因たる風だった。

 

「それともアレか。もう既に気になる相手でもできたか! もしくは彼女!」

「彼女ではないです」

「ほほう? 今はその子のことが気になっているわけねー?」

「そういうわけでも……」

 

 ない、その二文字が続かなかった。続けることができなかった。言おうとした途端胸が苦しくなったから。たとえ嘘であっても、それは口にしてはいけないのだと心が叫んだ。

 その苦しみが何なのか分からない。なぜ苦しいのかも分からない。ただ、たとえ苦しくても、大切にしないといけない気がした。

 それを見た風は、それまでの雰囲気をコロっと変えた。凛の拘束を解き、ぽんぽんと優しく頭を撫でる。

 

「その子と今みたいに海に来る事があったら、ちゃんと褒めてあげなさい。恥ずかしくても伝えること。そして、大切にしてあげること。いいわね?」

「……はい」

 

 もし一緒に海に来ることがあったら。それが夏だったら、やはり水着なのだろうか。どういうタイプでも似合いそうだ。

 そこまで考えた凛は、急に暑くなってきたなと思った。日差しが強くなったのだろうか。近くに鉄板があってそこで何かを焼いている、というわけでもない。鉄板での焼き物は建物の奥で行われている。

 

「初々しいわね〜」

「何がですか?」

「分からなくてもいいの! はいこれ! 樹のお礼と今買いだしに付き合ってくれたお礼よ」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 渡されたかき氷はイチゴ味。そのシロップの色と今の凛の顔は同じ色なのだが、凛がそれに気づくことはできなかった。

 樹に頼まれたメロン味も買い、風自身が食べるブルーハワイ味のかき氷も買った。二人で戻って行こうとしたところで、部長の川崎と遭遇。

 

「下田はかき氷を買ったのか。そうやって適当に満喫してていいぞぉ!? 犬吠埼!? 犬吠埼が……下田と……なんでだ!!」

「川崎先輩?」

 

 凛の隣にいる風に気付いた途端、川崎は膝から崩れ落ちて砂浜を何度も殴りつける。跳ね返った砂が目に入りそうになっている。これは危ない。そう思ったが、実はちゃっかり目を閉じて殴っている。安心だ。

 とりあえず止めようかと凛が声をかける寸前。川崎がガバッと顔を上げた。これには思わず凛もびっくりする。かき氷は落ちなかった。

 

「犬吠埼が海にいるということは……! やはり水着ぶはぁっ!!」

「あ、鼻血。しかも気を失って……」

「戻るわよ凛」

 

 軽い調子で風が声をかける。まるで手慣れているような対応だ。

 

「え、でも」

「田上がこっちに走ってきてるし、回収してくれるわよ」

 

 言うやいなや風は本当に戻っていった。凛は川崎のことを気にしつつ、風の背を追うのだった。

 

 

 





 次回も合宿話です。
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