朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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 一部、原作をなぞってるだけの部分もありますがお見逃しくだされ。今回は必要なんです。


12話

 

 赤い夕日に染まる空。

 空を映して赤く染まる海。

 それを背景にする二人。

 一人は地面にうつ伏せに。

 もう一人はそれを見下ろして。

 

 赤く染まる地。

 微かな力で震えながらも進もうとする人。

 見下ろすその人は手に持つそれを振り下ろして──

 

 

 

 

 

「はァッ……!! っく……はっ、はぁっ…………ゆめ……?」

 

 

 


 

 

 夏休みも終わり、学校が始まった。2学期ではすぐに文化祭があり、文化祭委員を中心に準備が始まる。クラスの出し物はどうするのか。まずはそこから。

 少しドタバタする時期だが、生徒たちはそれを楽しんでいる。そんな日々を送る週末でも、暁葉は変わらず園子の下へと足を運んでいた。文化祭がもっと近づけば、園子も止めたかもしれない。しかし、今日はそうならなかっただろう。暁葉にした頼みごと。それを行う日なのだから。

 

「おはようあっきー。ごめんね、忙しい時に来てもらって」

「お気になさらず。成績に響くわけでもありませんし、まだ本格的に忙しくなる時期でもありませんから」

 

 あと2週間もすれば忙しい日々になるのだろう。文化祭当日に新聞部での活動はない。せいぜい校内新聞用のネタを探すくらいだ。そのため暁葉はクラスの手伝いに集中できるわけだが、その出番もまだ先だ。

 

「一応神託を加味してるんだけど、もしかしたは日にちがズレるかも」

「そうなりましたら、しばらく学校を休みますよ。園子様の要望が優先です」

「あはは、複雑だな〜」

 

 そう言ってもらえるのは嬉しいのだが、学校を休ませることになったら申し訳ないので。予測とズレなければ問題ないのだが、そこは相手の出方次第だ。もっとも、それをより精確に予期するために、神託が聞ける巫女を呼んでいるわけだが。

 

「よろしくね、かなりん」

「神託を聞くのを、私達巫女の意志で決められるわけではないのだけどね。あくまで神樹様からの一方通行よ」

「それでも十分だよ」

 

 そう言っておきながら、心中では信じているのだろう。その事が表情からありありと伝わってくる。かなたは困ったようにため息を溢し、暁葉に視線を向ける。

 

「暁葉、その時が来たら園子様のことをお願いね」

「心得ております。それはそうと、かなりんとはかなた姉さんのことだったんですね」

「知らなかったの?」

「あっきーは鈍感だな〜」

 

 知らなかったわけではない。もしかしたらそうなのだろう、という予測もしていた。ただ、かなたがそういうあだ名を付けられる印象がなかっただけだ。暁葉にとっては、普段のしっかりとした印象が強いため、違和感が生じてしまっていた。だから一致させたくなかった。そんな思いも生まれ、合致させることを避けていた。

 そんな言い訳じみたことを言うこともせず、暁葉は二人の視線をただ受け止めた。

 

「そういえば聞いたよ〜かなりん」

「何を?」

「巫女の間であっきーの人気が上がってるって」

「なんで知って……! ぁ」

「なんですかその話は? 勝手にハードル上げられるのも困るのですが」

 

 仮面越しではあるが、暁葉から冷めた目が向けられていることをかなたは感じ取る。弟からそのような目で見られるのは初めての経験だ。心にざっくりと刺さるものがある。

 

「わざとじゃないのよ? 私もこんな事になるだなんて思ってなかったもの」

「何をしてそうなったのですか?」

「私が暁葉の話を少し(・・)しただけなのよ。そうしたら巫女の間で何故か株が上がっちゃって……」

「え〜? 私は熱弁してるって聞いたけどな〜」

 

 巫女たちに受けが良かっただけなのだろう。そんな風に落としたかった。かなたの狙い通り、暁葉もそう考えていた。それを園子の横槍が崩しさった。容赦なく、悪戯心に若干の敵意も込めて。

 

「園子ちゃん。何か怒ってない?」

「そんな事ないさ〜」

「真相はどうなのですか? かなた姉さん」

「……話をする回数は少ないのよ。まだ3回だけ」

 

 「まだ」と言っているあたり、本音ではもっと話がしたいのだろう。そのブラコンぶりに園子は苦笑いし、暁葉は額に手を押し当てた。自分を話題にするのは百歩譲って良しとするも、誇張されたら困る。そして頻度が増えていくのも面白くない。なにせ、初見の相手に自分のことを知られている、という状況になるのだから。むしろ怖いとすら言える。

 そしてもう一つ問題となる箇所がある。

 

「一回ごとにどれだけ話されてるのですか?」

 

 顔を逸らすかなた。暁葉はじっとかなたを見つめた。大赦の仮面は少し不気味なことで知られている。慣れてはいても、それでずっと見つめられるのは落ち着かない。

 観念したかなたは重々しく口を開いた。そして衝撃の内容が告げられる。

 

「帰るまで」

「……それは平日の話でしょうか?」

「週末にもしたことがあるわね」

「1日中ですか?」

「うん」

 

 開き直ったのか、かなたは堂々と言い放った。週末に1日中ということは、少なくとも6時間は話をしたということになる。これは巫女の修行時間や祈祷の時間といった、巫女のみが行う特別な職務を省いての計算だ。

 しかし事実は暁葉の予想を上回っている。たしかに祈祷の時間は話をしていないが、修行時間も話に費やされている。修行と話を並行して行われていたのだ。さらに休憩時間にも話が続いているため、実際の時間は8時間ほどだ。これは公言しないように伏せていたはずだが、なぜ園子は知っているのだろうか。

 ちらっと園子に視線を向けるも、園子は笑顔を浮かべているだけ。園子から何かを読み取るのは、男子や大人が勇者になろうとするようなものだ。

 

「過ぎたことはどうしようもないですが……。かなた姉さん、その時に話を誇張しましたか?」

「それはないよ。だって暁葉を勘違いされるのは嫌だから」

「そうですか。では、今後は話そのものを控えてください」

「え? 時間を短縮──」

「控えてください」

「はい……」

 

 暁葉はこの程度で怒ることもないのだが、面倒事を増やしたいとも思わない。かなたにしっかりと釘を差し、かなたもそれに従った。暁葉に嫌われたくないから。

 だが、それはそれとして少し嬉しかった。暁葉とこうした軽い気持ちでやり取りができたことが。まだ昔のようにはいかない。もしかしたら二度とそうならないかもしれないが、それでも楽しめると分かったのだから。

 それは園子にも伝わった。二人が姉弟としてのやり取りをする。その光景が微笑ましい。

 

「園子ちゃん。今日だし、おそらくは夕暮れになると思うわ」

「それは神託?」

「最新の神託の分析と女の勘だよ」

「なら当たるね〜」

 

 何も根拠が無かったのだが、園子が言うには当たるらしい。暁葉は何一つ理解できないのだが、これが男女の違いなのかと落とし込むことにした。西暦に生きたとある学者は、この世の全てを解き明かしても女心は分からないといった旨の言葉を残したという。その学者ほどの学もないが、たしかにそうなのだろうと漠然と思う。

 三人で雑談すること数時間。昼食も挟み、その後も時間を潰しているとかなたが席を立った。

 

「そろそろなのかな?」

「私の勘が当たるのであれば」

「じゃあ取り敢えずは備えとくね」

「ええ。私はこれで」

 

 退出していくかなたを、暁葉は部屋の入り口まで見送った。園子とかなたの会話は時折暁葉の理解を超える。それが勇者関連だということまでは分かるが、知らされていることの少なさが足を引っ張った。

 何よりも、暁葉は園子のことをまだほとんど知らないのだ。20回の満開をしたことは知っている。精霊は勇者をサポートする存在。その数が増えれば自ずとできることが増える。園子の精霊の数は21体だ。そして、20回の満開は園子を神に近づけた。今の園子が何をできるのか。暁葉は何も知らない。

 

「あっきーこっちに寄って」

「はい」

 

 園子に呼ばれ、ベッドのすぐ隣に立つ。手を握っておくように言われ、暁葉は一言断ってから園子の手を握った。

 

「あっきーは樹海化を感知できないからね。その時が来たら、あっきーからしたら一瞬で状況が変わってると思う。できれば驚かないでね」

「それは可能ですが、何をするおつもりですか?」

「話そうかなって。あっきーは仮面で顔を隠せるけど、声で気づかれちゃうからね。申し訳ないけど黙っててね」

「かしこまりました」

 

 誰に、何を。それは聞かなかった。無粋というものだからであり、聞かずとも分かったからだ。元より暁葉が会話に混ざる余地もない。

 

「園子様」

「なーに?」

「園子様に言われた通り、私は勇者たちの味方でいるつもりです。そしてそれは園子様も含まれます」

「……ふふっ、ありがとうあっきー。そういうところ好きだよ」

「恐縮です」

 

 「好き」その言葉をかけられただけで、暁葉は胸が締め付けられる思いがした。苦しいのだが、それ以上に幸せに思えた。マゾヒストではないのに何故だろうと悩むのをよそに、分からなくてもいいんじゃないかと考えている。

 

「一つ意地悪な質問をするね」

 

 仮面の下で藻掻いていると、園子に質問を投げかけられた。その瞳は何を映しているのか。暁葉が読み取れるものは──。

 

「勇者部のみんなと、私。どっちかにしか味方できなかったら、あっきーはどうする?」

 

 自分で言っておきながら質が悪いと思った。自ら「勇者部の味方をするように」と言っておいて、このような質問をするのだから。そして、内心では暁葉の口から告げられる内容に期待している。

 

「園子様を優先します。他の誰よりも」

「……かなりんよりも?」

「はい」

 

 どちらも即答だった。肉親であるかなたよりも園子を優先する。その言葉に迷いはなく、その声は力強いものだった。

 

「それは……仕事だから?」

分かりません(・・・・・・)。この選択に偽りはないのですが、それがどういう考えなのか自分にも分かりません」

「……そっか。それじゃあそれは宿題ね」

「はい」

 

 全て隠すことなく正直に答えてくれる。それは喜ばしいことなのだが、同時に残酷なことでもある。仕事の一環としてそう答えた可能性があるということなのだから。真相は分からない。確かめようがない。

 それよりも、どうして自分はそんなに気にしているのだろうか。ふと浮かんだ疑問。それの答えを考えている間に、園子は異変に気付いた。

 

「始まったね」

 

 世界が止まる。隣にいる暁葉も止まる。

 意識を集中させた。やったことがない事ではあるが、ぶっつけ本番で成功させるしかない。

 不思議と不安はなかった。成功する確信があった。今ならなんだってできる。そんな気がした。

 

「あれ? ここは……」

 

 どうやら成功したらしい。自分の周囲の景色が変わる。勇者をしていた時、戦いが終わればいつもここに戻されていた。

 隣にいる暁葉は黙って園子から手を離し、一歩下がって直立した。僅かばかり寂しさが出るが、それが暁葉の配慮であることは分かっている。園子は前方にいる二人に声をかけることにした。

 

「ずっと呼んでいたよ、わっしー。会いたかった〜」

 

 二人が反応した。一人は車椅子に乗っていて、長い黒髪をリボンで纏めている少女。見間違えるはずもない。2年ぶりであろうと、容姿に変化が現れていようと、親友を間違えることなどありえない。かつて鷲尾須美であり、共に戦った東郷美森だ。

 その隣に立っている赤毛の少女。見た雰囲気からして活発な少女だと伝わってくる。東郷美森の親友である結城友奈だ。

 

「わし? 鷲? 東郷さん、知り合い?」

「いえ……初対面だわ……」

 

 分かっていた。彼女の記憶が無いことは。自分のことを何一つ覚えていないことも。決戦の時に、その事は痛感したんだ。だけど、もう一度そう言われるのはキツかった。

 

「あはは……ごめんね。わっしーっていうのは大切な友達の名前なんだ〜」

 

 それでも、今はそれに浸っている場合ではない。彼女たちに伝えたいことがあるから。

 

「戦ってたんだよね?」

「はい。……!? あの、バーテックスをご存知なんですか?」

「うん。一応あなたの先輩ということになるのかな。勇者をやってた乃木園子です」

 

 友奈にとっては先輩にあたる。だから単数形なのだが、そこに疑問を持たれることはなかった。

 

「結城友奈です」

「友奈ちゃん」

「東郷……美森です」

「美森ちゃんか。えっとね、私も2年前はあなた達みたいに、友達と一緒に戦ってたんだよ。えいえいお〜って」

 

 暁葉はそれを知識としてしか知らない。美森が記憶を失っている今、当時のことを知るのは園子一人だ。軽いその語り口調の中に、どれだけの思いが込められているのだろうか。

 

「バ、バーテックスが先輩を、こんな酷い目に合わせたんですか?」

「あ、ええっとね。私これでもそこそこ強かったんだよ。友奈ちゃんは満開したんだよね?」

 

 暁葉から聞いた情報だ。間違いないのだが、断定しては怪しまれる。確認を取るというプロセスが大事なのだ。

 

「パーってなって、ワーって強くなるやつ」

「あ、はい。しました。ワーって強くなりました」

 

 感性が似ているようで、園子の擬音表現に友奈は何も気にせず擬音表現で返す。それはとても友奈らしい。

 

「咲き誇った花は、その後どうなると思う?」

 

 園子が核心を語り始める。友奈と美森もその空気を感じ取り、表情が強張り始めた。

 

「満開したあと、体のどこかが不自由になったはずだよね?」

「「っ!!」」

「散華。神の力を振るった満開の代償。花一つ咲けば一つ散る。花二つ咲けば二つ散る」

 

 その回数に上限があるのか。それは誰も知らない。ただ分かるのは、続けるほどに体の自由が奪われていくこと。

 

「その代わり、勇者は死ぬことがないんだよ。死ぬことなく戦い続ける。そしたら私は今みたいになったんだ」

「満開して……戦い続けて……。じゃあその体はそれで?」

「うん」

 

 絶句する他なかった。勇者システムに隠されていた機能。それがどれだけ恐ろしいものだったか分かったのだから。そもそも、勇者たちは散華という機能があったことすら知らなかった。満開の代償など知らされてなかったのだ。

 

「どうして……私たちが……」

「いつの時代だって神様に見初められ供物になったのは無垢なる少女だから。穢れ無き身だからこそ大いなる力を宿せる。力の代償として、体の一部を神樹様に捧げる。それが勇者システム」

「私達が……供物……?」

「私たちにしかできないこととはいえ、ひどい話だよね」

 

 それは園子の本音だった。たしかに二度と友を失いたくないと思ったが、それがこの形で実現されるとは思わなかったのだから。

 

「それじゃあ私達は……これからも体の機能を失い続けて……」

 

 声を震わせながら言葉を溢していく美森。その手を握ったのは、隣に立つ友奈だった。友奈はその場にしゃがみ込み、東郷に視線を合わせる。

 

「で、でも、私たちは12体全部のバーテックスを倒したんだから!」

 

 もう戦わなくていい。その言葉は発しなかったが、それは美森にも伝わっている。一緒に倒したのだ。お役目は終わった。

 

「12体のバーテックスを倒したのは凄いよね。私達の時は追い返すので精一杯だったから」

「そうなんです! だから、もう戦わなくていいはずなんです!」

 

 真相を園子は口にしなかった。できなかったと言った方がいいのか。このタイミングで大赦の神官たちが、園子と友奈たちを囲うように現れたから。

 

「大赦の人たち……?」

「彼女たちを傷つけたら許さないよ? 私の大切なお客様だから」

 

 神官が友奈たちに近づこうとした瞬間、園子はすぐに制止させた。園子の牽制、そして園子の客人ということもあり、神官たちは一斉に平伏する。暁葉もそれに習おうとしたのだが、暁葉にだけ聞こえる声で園子が立っていていいと伝える。他にも近くに神官がいるのだが、その人たちに聞こえなかったのも精霊の力の関係だろうか。

 

「怖がらせちゃってごめんね」

「い、いえ……」

「散華のことを隠してたのは、大赦なりの思いやりだとは思うんよ。……でも……」

 

 園子に限界が訪れた。親友を目の前にして話しているのだ。話しながらかつての日々が思い起こされていたっておかしくない。離れ離れになった悲しみが、再び溢れてきたっておかしくない。

 

「私は、最初にそういうの……ちゃんと言っておいてほしかったから……」

 

 左目から涙が溢れ出す。頬を伝って落ちていく一筋の涙を、園子自身は止めることができない。他の神官たちの手前、暁葉も身動きが取れない。平伏していないだけでも後で咎められたっておかしくないのだ。これ以上は動けない。強く握りしめる手では爪が食い込んでいた。

 

「最初から分かってたら……友達ともっともっと遊んで……いっぱい思い出作ったのに……」

 

 悔み切れない。訓練で忙しかろうと、もっと遊べばよかったと。もっといろんな事がしたかったと。どれだけ悔やんでも悔みきれず、どれだけ願っても戻れない。

 溢れ続ける涙をそっと止める手があった。それは記憶がないはずの親友、東郷美森(鷲尾須美)の手だった。辛そうなその表情は、どういう思いから表れているのか。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言い、美森の髪を結っているリボンに目をやる。2年前に渡したリボンだ。その時までは、自分が付けていたリボン。

 

『これ、わっしーが持ってて。髪につけてくれてもいいんだよ?』

『戦いが終わったらつけてみるわ。似合ってたら褒めてね、園っち』

 

「そのリボン似合ってるね」

 

 かつて交した約束。たとえ相手が忘れていても、園子は覚えている。その約束をやっと果たすことができた。

 

「このリボン……とても大切なものなの……。けど、ごめんなさい……何も思い出せなくて」

 

 それでも良かった。園子は嬉しそうに目を細める。

 これ以上はいけないと判断したようで、神官たちが立ち上がる。時間がないと悟りつつ、友奈は園子に叫んだ。

 

「方法は! システムを変える方法はないんですか!?」

「できたらいいんだけどね。……神樹様の力を使えるのは勇者だけ。そして、勇者になれるのはごくごく一部……私たちだけ」

「でも……」

 

 その答えは園子も持っていない。あるのなら、園子はすでに動けるようになっているのだから。

 

「大丈夫。こうして会った以上、大赦ももうあなたの存在をあやふやにしないだろうから」

 

 美森に視線を向けて言う。その言葉の意味を、今の美森は分からない。それが分かるのは、もう少し日にちが経ってからだ。

 大赦が用意した車で友奈と美森は讃州市へと帰される。それを見送った園子は、暁葉と共に部屋へと転移した。

 

「……わっしー……リボンつけてくれてた」

「あれは園子様が?」

「うん。2年前にね。……戦いが終わったらつけてみるって。似合ってたら褒めてねって、言われてたから」

「そうでしたか」

 

 美森にその記憶はない。だが、それが大切なものだと言っていた。覚えていなくても、大切だということだけは覚えていたのだと。たとえ記憶を捧げようと、園子を思う心までは消えない。それが分かったのだ。

 

「あは、は……うれしいな〜。わっしーが……っ……」

「園子様。我慢はお体に悪いです。今は私しかいませんから」

「うんっ……。あっきー……私がいいって、言うまで……ぎゅってしてて」

「仰せのままに」

 

 暁葉は園子のベッドに上がり、その細い体を優しく包み込んだ。誰にも見えないように、自分すら園子の表情が見えないように隠して。聞こえてくる嗚咽も極力聞かないように意識した。

 時間がどれだけ経ったかは不明だ。体感的には長かった。場違いだと理解しつつも、時間が経つほどに園子を抱きしめていることを意識してしまう。煩い鼓動も園子に聞こえていることだろう。できれば気づかないでいてほしい。

 

「あっきー、心臓がバックんバックんだね」

「……園子様。落ち着かれたのでしたら、離れてもよろしいでしょうか?」

「私はまだいいって言ってないでしょ?」

「ですが……」

「もう少し、このままがいい」

 

 そう言われては暁葉も強く出れず、結局は園子を抱きしめ続けた。もっとも、暁葉が園子相手に強く出られたことなどないのだが。

 延長すること2分。園子が暁葉の腕の中でぽつりと呟く。

 

「約束して」

「何をでしょうか」

「あっきーは私の側からいなくならないって」

 

 少し腕を緩め、園子の上体を背もたれに預けさせると、園子の左目が暁葉の瞳を捉え逃さなかった。やはり園子から何かを読み取ることはできない。分かるのはせいぜい、その瞳に自分だけが映っていること。

 それでも暁葉にとっては関係なかった。園子の考えが何であれ、自分の思いは常に本心から発するのだから。

 

「もちろんいなくなりません。私のお役目は勇者部を見守ることと、園子様の話し相手ですから。これからもお側にいますよ」

 

 危険な任務には就くこともない。事故にさえ気をつけておけば身の危険は訪れない。それも言葉に含め、言い聞かせるように暁葉は園子と約束を交した。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ったある日。

 

 暁葉の端末に一通のメールが届く。

 

 

[大赦に迫り来る犬吠埼風を鎮めよ]

 

 

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