三ノ輪銀という少女を語るに当たって、欠かせない事柄はいくつあるだろうか。勇者としての彼女を知るのは、同じ勇者として激戦を共にした二人しか知らない。で、あるならば、そうではない日常的な姿を上げるのがいいだろう。
彼女は人柄が良く、誰が相手でも分け隔てなく接し、相手を敬う心を持っていた。困っている人を見かけたら放っておけないお人好しな一面もあり、誰かに言われなくとも行動する。ボーイッシュな面がよく見え、男女問わず友人が多かった。人気も高く、彼女を慕う者もいた。そんな彼女はトラブルメーカーでもあるのだが、彼女がトラブルを起こすことはない。トラブルの方から彼女に降り注ぐのだ。しかし彼女はそれを毛嫌いすることなく、一つ一つ対処していた。
「まいったな。お前の母ちゃんはどこ行ったんだ?」
この日もまた、遭遇したトラブルの対処に当たっていた。
「あの、誰に話しかけてるんですか?」
「うわっ!? 誰!? びっくりしたー!」
「失礼しました。道端にしゃがみ込んで、いもしない誰かに話しかけていたもので。もし体調が優れなくてそうしているのであれば、救急車を呼ばないといけませんので、その確認も兼ねて声をかけさせていただいた次第です」
「……男版須美?」
「はい?」
「あー、なんでもない。アタシは三ノ輪銀。お前は?」
振り返りながら立ち上がった銀は、自己紹介をして名を問いかけた。暁葉も自己紹介をし、お互いの学年を知る。暁葉が一つ年下だと知った銀が「どうりで見たことないと思った」と口にしたあたり、彼女の交友関係の広さが伺える。そんなやり取りをしている中、銀の腕の中で小さな鳴き声が響く。
「お、ごめんごめん。お前の母ちゃんを探さないといけないんだったな」
「子猫、ですか?」
「そっ。親猫とはぐれちまったみたいでな。そのままにしてたら天敵に襲われるかもしれないだろ? そんなわけで、保護しながら親猫を捜索してるってわけ」
「物好きですね」
「アタシのクセみたいなもんだよ。こういう事するの好きだし、今回も最後までやり遂げるぜ?」
今回も、ということは、銀が普段からこういうをしているという事になる。暁葉は、この気さくな年上の少女ならあり得ると一人納得した。出会って2分程度。超短期間なのだが、そう思わせるほどに銀という少女は素を曝け出していた。暁葉が封じ込めた素の状態を。
「暁葉はこの後何かあるか?」
「特には」
暁葉の言葉を聞いた瞬間、銀が獲物を見つけたようにニヤける。本能的に言葉を間違えたと察した暁葉だが、時既に遅し。片手で猫を抱き、銀に反対の手で肩に手を置かれる。
「暁葉も一緒に親猫探しな!」
「……はい」
断ることができなかった。屁理屈をつけたら断れただろう。銀は人に強制させたりしないのだから。言い方は押し付けてるようだが、口調と声色から、遊び半分に付き合えと言ってるものだと暁葉も分かった。周りを観察し、声色から相手の内に秘めてる感情を機敏に感じ取るようになった暁葉からすれば、銀は大変分かりやすい相手なのだ。
それなのに、暁葉は断れなかった。断らなかったのではない。断るという選択肢がまるで頭になかったのだ。銀の人柄がなし得ることなのか、疑問を抱く暁葉の思考を遮るように、銀は暁葉の手を引いて移動を始める。
「立ち止まってても親猫は探せないからな!」
「そうかもしれませんが、闇雲に歩き回っても見つけられないのでは?」
「そこはアタシの直感に任せろ!」
「あはは、ミノさんはいつでもミノさんなんだね〜」
「彼女は普段からああいう方だったのですか?」
「うん。ミノさんが切込隊長だったんだよ」
「切込隊長……」
そう言えば聞こえはいいが、彼女のあれは無鉄砲と言うのが相応しいのではないか。そう思ってしまった暁葉は、しかし園子の親友であることを重く捉え、言葉を続けなかった。園子はその事を見通しているが、当たっていることだからと何も言わずに気づかないフリをする。
「それで、その後はどうしたの?」
「どうと言われましても、彼女が行くところにただついていっただけですよ」
「むぅ、ちゃんと物語風に話してよ〜」
銀のことをよく知る園子は、この話のオチを予想できている。それまでの過程もある程度予測ができる。だが、それはそれ、これはこれなのだ。園子は予想を当てたいのではない。暁葉の口から、銀と過ごした一日の話を語ってもらいたいのだ。
そんな心内を知ることなく、暁葉はこれも仕事だと割り切って話の続きを語りだした。業務報告のように。しかして園子はそれを不満には思わなかった。本人が体験したことを、本人の口から、本人の視点で話させているのだから。そこには、たとえ薄くとも本人の主観が混ざっている。
「山とかじゃないってのは絞れてる」
「なぜそう断言できるのですか? 野良猫なら、自然の中で子育てをしていても不思議ではないと思うのですが」
「この子が人に慣れてるから」
さも当然のように銀は呆気らかんと答えた。抱えている子猫の様子を観察し、たまに首元をくすぐる。子猫は気持ちよさそうに目を細め、お礼するように小さく鳴いた。そんな光景を見ても、暁葉はどうにも腑に落ちなかった。猫は気まぐれな生き物だ。今落ち着いてるだけなのではないか。そう考えるほうが妥当だ。
「ははーん? さては暁葉、猫を世話したことないだろ?」
「そうですけど。おかしなことでもないのでは? 猫の世話をするのは、それこそ猫を飼っている人か、保護してる人くらいでしょうし」
「それもそっか。ってことは、暁葉は犬派?」
「どちらでもないですね。どっちも嫌いというわけではないです」
「ハッキリしないのな。そんなんじゃ彼女できないぞ?」
「特に困らないので構いません」
余計なお世話だ。という言葉の代わりに、暁葉は話題を切りやすい返しをした。彼女をほしいと思っているわけじゃない。そういう態度を示せば、誰だってこの手の話を終わらせる。
間違ってはいない考えだが、それはこの三ノ輪銀という少女には当てはまらなかった。子猫を暁葉の目の前に持ち上げ、子猫に猫パンチをさせる。意思疎通できていることに驚き半分、猫パンチされたことへの戸惑い半分。複雑な感情を抱く暁葉に、銀は呆れた視線を子猫と刺していく。
「そんな寂しいこと言ってると、幸せが訪れることすら無くなるぞ? 幸せってのは、楽しそうにしてる人のとこに行くんだからな!」
「……そういう三ノ輪さんはどうなのですか?」
「どうって何が?」
「彼氏ですよ。いるんですか?」
「は!? ばっ、おまっ!! 何言ってんだよ!」
一気に顔を赤くする銀が慌てふためく。その拍子に宙に投げられた子猫を、暁葉が優しく受け止めた。さすがに怒る子猫だが、動揺を隠せない銀はそれどころではない。気持ちを落ち着かせるために何度も大きく深呼吸を繰り返している。
「そんなに驚くことですか? 聞かれたことを聞き返しただけなのですが」
「デリカシーのないやつめ!」
「え……?」
「あはははは! そりゃあミノさんそういう反応するよ〜!」
「そんなに笑わなくてもよろしいじゃないですか」
「だって〜。ふふふっ、お腹捻れちゃいそうだよ〜」
笑い過ぎて溢れる園子の涙を、不満気な空気を醸し出している暁葉が拭う。言われることなく、仕事だからと動いたわけでもない。園子の涙を見てすぐ動いた暁葉に、園子は感心していた。もし、少年にも力が与えられたのなら、暁葉にも何かしらの役割が与えられたのかもしれない。園子は率直にそう思った。暁葉の素は、心優しい少年なのだろう。
「……ミノさんはね、お嫁さんになることが夢だったんよ」
「お嫁さん……ですか?」
「そう、お嫁さん。ミノさんには少し年の離れた弟くんと、まだ赤ちゃんの弟くんがいたの。ミノさんは二人のことが大好きで、『家庭を持つのっていいな』って思ったみたいで、お嫁さんになることが夢だったんだ〜。素敵な夢でしょ?」
「そうですね。……なるほど、だからあの人は……」
「ふふっ、話を遮っちゃったね。続けて?」
「はい」
三ノ輪銀の直感に従い、親猫探しを続ける暁葉。昼過ぎから始まった親猫探しも、気づけば夕方になっている。この時間になるまで歩き回っているだけなら、暁葉も嫌気が差しているだろう。しかし、親猫探しがこんな時間まで続いたのは、銀の直感が外れ続けたからではない。
「はい、お婆ちゃん。荷物は居間でいいんだよね?」
「お嬢さんありがとね〜。男の子もありがと〜」
「いいんですよ! 好きでやってることですから!」
「何かお礼がしたいんだけど、いいかしら?」
「あー、嬉しいんですけど、こいつの親を探さないといけないんで、また今度で!」
「あら、その男の子迷子なの?」
「僕じゃなくてこの子猫です」
お婆さんの間違いを正し、暁葉は子猫を持ち上げる。子供らしい一面を見せた暁葉に、銀は苦笑いし、お婆さんは微笑む。結局水羊羹をいただくことになった二人は、それをじっくり味わってからお婆さんの家を後にした。
「さすがにそろそろ見つけないといけませんね」
「そうだなー。時間が時間だし」
「ここまで時間がかかったのも、三ノ輪さんが次から次へとトラブルに突っ込むからだと思いますが」
「放っておけないだろ? それに、暁葉だってアタシが動かなくても動いてた。その心があれば君も勇者だ!」
「なんですか、それ」
「にししっ! 気にするな!」
迷子の子猫を助ける傍ら、迷子になった少年を助けたり、公園の木に引っかかったボールを取ってあげたり、買い物袋が破けた人を助けてあげたりと、次から次へと人助けをしていた。銀の方がいち早く反応していたが、暁葉も銀に言われるまでもなく行動していた。その事を改めて言われ、小恥ずかしくなって視線を逸らす暁葉を、銀は嬉しそうに笑って見つめる。
「この辺で親猫に遭遇できる気がするんだよな〜」
「どこからその自信が……」
「子猫をそこの茂みに隠して。んで、アタシらはそっちの電信柱に隠れよう」
「会話になってないことに気づいてください」
苦言も虚しく、暁葉は銀に腕を引っ張られて電柱に隠れる。銀は子猫の様子を伺うために身を乗り出しており、電柱に隠れている意味がなくなっている。それを教えようかと逡巡した暁葉だが、銀の真っ直ぐな瞳を見て言葉を仕舞い込んだ。食い入るように子猫を見つめているが、その瞳には輝きが灯っている。まるでこの後の展開を分かっているように。親猫が来ると確信し、それを待ち望んでいるようだ。
無意識のうちに、暁葉も視線を銀から子猫へと移していた。電柱から身を出し、親猫が来るその瞬間を待ち望む。二人とも時間を忘れ、そして何時間だろうと待つ気持ちでいた。そんな二人に応えたのか、一匹の猫が子猫の下へと駆け寄っていく。子猫が喜びを顕にし、何度も可愛らしい鳴き声を出す。親猫は子猫の顔をなめ回し、やがて子猫を連れて立ち去っていった。
「ふぅー、親猫が来てくれてよかったな!」
「そうですね。あの親猫も心配していたようでしたし」
「ほほーう? それが分かるだなんて、暁葉も捨て置けませんなー」
「どういう意味ですか」
「んー、それは宿題ってことで! また手伝ってもらった時にでも答え合わせな!」
笑顔を弾けさせた銀は、軽くステップを踏んで暁葉から離れる。日が暮れかけており、太陽の明かりは西の空にしか及んでいない。東の空にはすでに星空が浮かんでいる状態だ。
「アタシこっちだから! 早く帰らないとグズる子もいるし。今日はありがとな!」
「お疲れ様でした。次……はこれほど労力を使わないことを願います」
「ははっ、そこまで苦に思ってないだろ? まぁいいや! またね!」
「はい、また」
笑顔で手を振る銀に、暁葉も手を振り返して別れる。銀は急いで走っていき、暁葉は迎えに来ている使用人に歩み寄りながらその様子を見守る。
(途中で何か巻き込まれなければいいけど)
「こんなところですね」
「うんうん、楽しい一日だったみたいだね〜」
「……苦ではなかったです」
「素直じゃないな〜。っと、もうこんな時間か〜。そろそろ帰らないとだね?」
「帰ってよろしいのですか?」
園子の言葉に、暁葉は軽く驚く。仕事内容は話し相手であり、大赦内は宿泊が可能だ。食堂もあれば大浴場もある。実際に大赦に住み着いてしまっている人物もいるくらいだ。そのため、暁葉もこれからそういう生活になるのだと思っていた。園子が相手であれば、学校を休む理由にさえなってしまう。大赦はそれ程にまで園子を持ち上げている。
しかし、園子本人はそうさせる気がさらさらなかった。暁葉にはこれまで通り学校に通ってもらい、放課後に行う役目を話し相手に変える。ただそれだけでいいのだ。
「次はいつ来られるかな?」
「園子様に呼ばれれば、いつでも」
「カッコイイこと言うね〜。じゃあ、私が困った時に呼んでも来てくれるのかな?」
「たとえ深夜であろうと、園子様のご意志とあらば駆けつけます」
「……そっか」
淡々と答える暁葉は至って本心だ。園子の話し相手ということは、園子に一番近い位置にいることになる。それならば、彼女からの要望を聞き入れるべきだ。暁葉は脳内で自分の役割をそう決めつけている。あくまで仕事の一環として。
どこまでいっても仕事の延長線上。遊び心が微塵も感じられない。話し相手としてはナンセンスだろう。しかし、園子は残念がることなく口元を緩ませた。仕事は話し相手のみ。園子の質問は"いつでも話し相手になってくれるか"ではなく、"困った時に来てくれるか"だ。それを受け入れたのは暁葉自身。自分で仕事を拡張させている。その事が、園子にとって心地よかった。
「明日の放課後も来ます。役目がこれになったのであれば、放課後と週末はこちらに足を運びます」
「もう〜、そんな仕事みたいに言わないでよ〜。遊びに来るって感覚にして〜」
「難しい相談ですね」
「ふふっ、頑固者ー。また明日、楽しみにしてるね?」
「かしこまりました」
園子に一礼し、暁葉は園子の部屋を後にした。
一人残された園子は、瞼を閉じて懐かしい声を脳内で再生させる。切込隊長で、ムードメーカーで、みんなの憧れだった勇者の声を。
「ミノさんは凄いよね〜」
先ほどの暁葉の話を思い出す。少なくとも去年の時点から、暁葉は口調が今のようになっている。素の自分を抑え込み、相手から一歩引いた態度。そんな暁葉だが、先ほどの話の中では今より若干くだけた話し方になっている。すぐにそうさせたのは、やはり彼女の人柄によるものなのだろう。
「私にもできるかな」
肯定する言葉が、聞こえた気がした
文字数は回によってマチマチです。余裕で増えたり減ったりします。
評価をしてもらえて飛び跳ねた作者です。ありがとうございます!
更新はできる時にしておりますので、毎日更新はすぐに途切れると思います!