時はサン世紀62年。世界は亜人種と超人種の二種によって混沌を極めていた。経済は不安定。三度目の世界大戦から武力のインフレは止まらず、回り回って結局、『我が身一つで戦ったほうがいいんじゃないか』と妙な結論に至る始末。しかしそれは一切の退化ではなかった。それまで兵器として扱っていたものの火力や制圧力、その他諸々をノウハウとして体に叩き込んだのだ。
「本物の超人ってやつを、見せてやるよ!」
超人種たちは調子に乗り、だが実力が伴っているために次々と戦況を攻勢に進めていった。それに遅れること半年、亜人種もついに対抗手段を見つけ出した。
「これは話し合いをするための戦いです!」
超人種もドン引きする程の超火力を開発したのだ。10人集まってやっと放てる砲撃だが、その分威力は絶大。完成間近にして開発班のテンションがおかしくなったのか、砲撃の音が「たーまやー」である。直径50mのピンクのビームが目標へと一直線に伸び、目標に着弾した場合が「かーぎやー」となる。
世界という器自体が壊れかねないその戦いを止めるため、立ち上がった一族がいた。それが後に語り告げられる伝説の一族──サンチョ族だ。
「申し訳ございません園子様。すでにお腹いっぱいになったのですが」
「えー。まだ冒頭だよ〜? もしかして、面白くなかった?」
「いえ、面白い話だとは思うのですが、どうにも私のキャパシティを超えています」
「ファンタジーに慣れてないのか〜」
それなら仕方ないと微笑む園子に、もう一度謝罪する暁葉。園子がせっかく勧めてくれた小説だというのに、早々に読むことをリタイアしてしまったことに引け目を感じているのだ。園子はその事を気にしておらず、暁葉のようなタイプの人間を、どうやったら小説に引き込めるかを考えている。万人受けする作品はそう簡単に生み出せないが、小説を書くことを趣味とする園子にとって重要な点となるのだ。
忍びなくなった暁葉は、スマホを操作して園子が勧めてくれた作品のレビューに目を通す。5段階評価の投稿サイトで、文句無しの星五つの評価を取っている作品だ。感想欄でも賞賛する声が多く、続きを待ち望む者たちが溢れかえっている。
「この小説、更新が止まっているのですね」
「んー? うん、作者さんが書けない状態だからね〜」
「事故に遭遇されたのでしょうか? それとも何かのご病気ですか?」
「事故……になるのかなー」
「……園子様のお知り合いですか? 詳しいようですけど」
「ふふっ、あっきーってば鈍感だね」
園子は目を細め、未だに気づく気配がない暁葉を見つめる。園子が含みのある言い方をするという事は、自力で気づける内容だということ。だんだんと園子に慣れ始めた暁葉は、視線を園子の瞳からもう一度スマホに移す。作品の冒頭を読み直し、柔らかく微笑む園子に視線を戻した。
可能性が頭を過り、あり得るのかと脳内で議論を始める。更新が止まっている日付は去年だ。作者について詳しいことも、そうであるなら説明がつく。
「園子様がお書きになったのですか?」
「ピンポンピンポーン! 趣味で書いてたんよ〜。今でも趣味だからね。ぼーっとネタを考えることもあるんだよ?」
「そうでしたか。失礼いたしました。園子様のお作品とは知らず」
「別にいいんよ〜。話題の一つにでもなればな〜って教えただけだから〜」
暁葉がこの役目を担ってから早一ヶ月。暁葉は自分から話題を持ち出すことがなく、常に園子からの質問に答えていた。しかしそれでは限界が訪れるのも早く、新たな話題が必要となる。どんな話題にするかを検討しつつ、暁葉への質問攻めが一ヶ月続いたのは、園子の話術の賜物だろう。
そんな園子が提示したのが、自作の小説だ。園子は複数作をネット上で掲載しており、それを暁葉に読ませてみたのだ。暁葉からの感想や評価、あわよくば今後の展開のネタでも見つけてみよう。そうして園子は決行に移してみたのだ。
「どの作品も評価が高いですね」
「みたいだね〜。いろんな人が読んでくれて嬉しいんよ〜」
園子が書いた小説の一覧に目を通す。何作品もあり、どれも内容が似通うことはない。それぞれユニークな作品となっており、そしてどれもに熱烈な感想が送られている。中には園子の作品を全て読んでいる人もいるようだ。
「園子様」
「はーい」
「どの作品にもサンチョなる者が出ているのですが」
「サンチョがモデルになってくれるからね〜」
「あの……サンチョってなんですか?」
「なんだと思う?」
質問で返され、暁葉は大きく息を吐いた。暁葉がイメージできない抽象的なものほど、園子は暁葉に答えさせようとする。独特な世界観を持つ園子にとって、現実主義な暁葉は揶揄いやすい相手なのだ。真面目な性格な暁葉は答えようと頭を捻り、そうすることで他の人とは違う答えが返ってくる。主観的に答えさせることで、暁葉の世界観を引っ張り出せるのだ。
それが刺激となり、新たなネタになればいいなという思いが数割。会話を楽しむというものが主目的だったりする。そんな思惑を微塵も予想せず、暁葉は仕事の一つとして園子との会話に臨む。
「園子様の代行者でしょうか」
「代行者? どうして?」
予想だにしなかった解答を貰い、園子は目を丸くして理由を聞く。そもそもこの質問自体初めて行ったのだが、何通りも予想していた答えのどれにも一致しない。
「代行者という表現が適切だとは私も思っていません。他の言い方もあるのかもしれませんが、私の語彙力ではこれが限界です」
「あ、そっちじゃなくて、なんでサンチョが私の代行者だって思ったの?」
「園子様が小説を書く時に、どういう考えで書いているのかは分かりませんが、サンチョは全ての小説に出ています。どんな世界観であれ必ず。主人公の時もあれば、敵の時もある。導き手や脇役として出ることもあるようですね。それを受けて、園子様がその世界であればそう動く、という現れなのかと思いました」
「…………」
「園子様?」
暁葉からの言葉を聞いて、園子はしばし唖然とした。直感で答えたのではなく、理由があっての答え。しかも全ての作品をたった今スクロールして眺めただけ。そんな読み方にも拘わらず、暁葉はサンチョの立ち位置のみを読み取ってみせた。子供離れした能力だとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると驚きもある。
「あっきーは凄いね〜。サンチョの答えは間違ってるけど、一気にそれだけ読み取るのは凄いよ」
「……あの、間違っているのに賞賛を受けるのは複雑なのですが」
「あははー、照れなくていいのに〜。本当に凄いと思ってるんだよ?」
「……ありがとうございます」
恥ずかしさはある。しかし、それはそれとして園子からの言葉は受け取らないといけない。固く考える暁葉は、平坦な声で礼を述べる。そこが残念なところだと園子は思うものの、細かく口出ししてしまうと関係が崩れてしまう。この場にいる暁葉は、自分をほとんど殺している状態だ。園子が何か求めればそれを躊躇なく実践する。他の大赦の人間と変わらない。それを変えさせるには、まだ時と関係性が足りていないのだ。
「そうそう、小説だけど、わっしーも書いてたことあるんだよ」
「鷲尾様が……ですか?」
暁葉は少し目を見開いた。園子から伝え聞いている鷲尾須美の人物像は、堅物の優等生というものだ。もちろんそれは第一印象だと聞いているし、仲良くなるほどそのイメージから離れたとも聞いている。それでも、第一印象がその印象だということは、表の部分がそうだということだ。それ故に、実際に対面していない暁葉は鷲尾須美のイメージが固いままなのである。
そんな人物が書く小説とはどういうものなのか。園子からアカウント名を教えてもらい、検索をかけてその小説を見つけ出す。そうすると一つの小説を発見することができ、暁葉はその小説のタイトルに目を通す。流れるようにあらすじにも目を通し、その視線は小説のレビューへ。
「……あの、園子様」
「どうしたのー? アカウント消えてた?」
「いえ、小説は残っていました。……大変申し訳にくいのですが、この小説のレビューが……」
「あー、あはは〜。凄いでしょ?」
「凄い……ですね。ある意味」
何度見返しても変わらない。鷲尾須美が書いた小説は評価が著しく低かった。レビューを読んでみてももはや炎上レベル。いったいどういう小説を書いたらこんなことになるのか。星も園子とは正反対のゼロである。中には小説の書き方のアドバイスもあり、ネット社会も捨てたものではないなと目を背ける。
「読んでみなよ〜。あっきーなら楽しめるかもよ?」
「…………では」
園子に促されて小説の本文を開く。
──そしてブラウザバック
「駄目でした」
「最短記録だね〜。ちゃんと読んだ?」
「洗脳されるかと思いました」
「あははは! わっしーと再会できたら言っとくね!」
「ご勘弁ください」
慌てて頭を下げる暁葉に、冗談だと返す園子。親友の作品への評価が悪く、中身をサラッと酷いものだと言ってしまった暁葉からすれば、冗談だと思えない揶揄いだ。
(心臓に悪い。次から気をつけなくては)
「あっきーは小説書かないの?」
「書いたことないですね。書こうと思ったことすらないです」
「そっか〜。趣味は?」
「趣味……と呼べるかは分かりませんが、ピアノは続けています」
「ピアノ! いいね〜。今度聴かせて?」
「では明日にでも。要請を出せばここにピアノを運び──」
「それは駄目」
園子にしては珍しく、低く冷めた声だった。心臓を掴まれたような心地に陥った暁葉は、何か悪いことを言ったのか必死に考える。園子の話し相手になるというのが役目だ。機嫌を損ねさせてはならない。原因を見つけ出し、的確に謝罪しないといけない。
最速で思考する暁葉だが、果たしてその答えは見つけられない。冷や汗を流してる暁葉に気づいた園子は、空気を緊迫させてしまったことに気づき、包み込むような温かな笑みを浮かべた。
「楽しみは、すぐに来ちゃったら楽しみにならないでしょ? ピアノは家にあるってとこだよね。私が自分の足であっきーの所に行くから、その時にピアノを聴かせて?」
「……畏まりました。きっと満足させてみせます」
「うん。約束ね」
「はい」
園子の雰囲気が元に戻り、ほっとする暁葉。こうして交した約束を忘れないように記憶に刻み込む。園子がまた動けるようになるのか。それは未だに分からない。なにせ体の機能を神に捧げたのだ。それも20回。大赦は勇者システムの研究を続ける傍ら、細々とその手段を模索してはいる。しかし、神に捧げたものが人間に戻るなど考えられない。その強い先入観もあり、一応やっている、という言い方のほうが相応しいのが実情だ。
だが暁葉は約束を忘れない。たとえ何年経とう忘れないと心に誓う。それも仕事だからかと聞かれれば、暁葉はそうだと答えるだろう。しかし、その誓いは暁葉の意志だ。暁葉の心の現れだ。暁葉自身が気づいていないこと。園子には見破れること。
「あっきー、反対側に来て」
「畏まりました」
園子の指示に従い、園子から見て左側の位置から右側へと移る。そちらにはチューブが繋げられている園子の右手が。
暁葉が回り込むと、園子は瞼を閉じて奏でるように言葉を紡ぎだす。
「約束は破っちゃ駄目だよ」
「心得ております」
「約束する時は、指切りだよね?」
「はい。それでは、失礼して」
園子は自分では動けない。暁葉は左手で園子の右手をそっと持ち上げ、自分の右手と園子の右手の小指を絡める。
「指切りげんまん嘘ついたらあっきーを弟にも〜らう、指切った〜」
(罰がおかしいような……)
ツッコんだらいいのか悩んだ暁葉だったが、上機嫌な園子を見て言葉を飲み込むのだった。