そしてバーに色がついて喜びまわった粗茶です。
季節は夏となり、世間では夏休みが始まっていた。神樹館小学校でも夏休みは始まっており、暁葉は毎日朝から園子の下へと足を運んでいた。雑談ともなれば話のネタをどこからでも入手できるのだが、ずっと会話するわけでもない。暁葉は夏休みの課題があり、オリエンテーションの準備もある。課題に取り組む時間を家で確保すればいいと園子は言ったのだが、課題はどこでもこなせるからと断っている。
「分からないところは教えてあげるね〜」
「ですから、園子様と話してる間はしないと言ってるではないですか」
「え〜、私は気にしないからやったらいいんだよ?」
「空き時間にやっていますし、帰ってからでもできますので」
「そうだけど〜、……あ、オリエンテーションの方はどうだった? たしかもう終わってるよね?」
最高学年である6年生が、新入生である1年生を対象に行うオリエンテーション。それぞれグループに分かれ、自分たちで考え、用意したものでコミュニケーションを取る。読み聞かせるのもよし、遊ぶもよし。周りに迷惑がかからない程度で、1年生と楽しむのだ。
園子ももちろんそれを行った。親友二人と楽しく準備し、本番も大盛況で終わらせた。ある意味で伝説となっているが。それもまた、大切な思い出の一つである。
「無事に終わりましたよ。私がピアノ、同じグループの子がヴァイオリンを弾けたので、それに合わせてもう一人が歌っていました。途中からは1年生も参加してましたね」
「おぉ〜。それは素敵な時間だね。1年生も楽しんでくれたんじゃないかな?」
「おそらくは。……なぜか禁止事項があったのですが、園子様の時はあったのですか?」
「禁止事項? 私の時はなかったけど……、それってどんなやつ?」
「"体操は禁止"というものでした」
「……そっか〜」
園子は暁葉から視線を逸し、乾いた笑い声を溢していく。心当たりがあるのだと暁葉も気づいたが、そこは聞かないほうがいいのだろうと押し黙った。考えたくはないが、もし仮に『勇者が行ったものが禁止事項になった』ともなれば、大赦の一員として頭が痛い。
暁葉も具体的なことは知らないのだが、当時隣のクラスにいたかなたから一部だけ聞いている。『隣のクラスで異常な盛り上がりがあった』というものだ。かなたは、そういうものを深く知ろうとしないタイプであるため、細かく知らない。それ故に暁葉も、それを聞いて首を傾げたのを覚えている。
「あっきーはその子たちとお友達なの?」
「友人……と呼べるかは分かりません。たまたまできることが関連していて、それなりに話す仲になった、という状態ですし」
「ふーん? なら、お友達になったらいいんじゃないかな」
「特に共通することがないのに……ですか?」
「それってそんなに大切なこと?」
園子の問いに暁葉は言葉を詰まらせた。これまで友人と呼べる人物がいなかった暁葉だ。友人となるために何が重要なのか、理解できているわけがない。そして、そんな暁葉は周りを見ていて、共通するものが多いもの同士が友人になっているのだと思っている。
しかし園子はそうだとは思っていない。だからこそ暁葉にこの問いを投げかけられたのだ。
「趣味が重なってたら、それは話がしやすいと思うよ。お互いに好きなものだし、すぐに仲良くなれる。でも、趣味が重なってなくても人は友達になれる。きっかけが別なだけ。私はわっしーみたいに歴史が好きってわけじゃないし、ミノさんみたいに運動が大好きってわけじゃない。それでも私達は友達になれた。勇者として共に戦う仲間って関係じゃなくて、掛け替えのない友達になれた。だから、大切なことは共通するものがあるか、じゃないんよ。お互いの気持ちが大切。私はそう思うな〜」
「お互いの気持ちですか。……難しいですね」
「そうだね。相手の気持ちは分からないからね。でも、一緒に演奏して楽しかったんでしょ? それなら大丈夫だよ」
「そういうものですか」
オリエンテーションで演奏した時のことを思い出す。一緒に音を合わせていて心地よかったことを。演奏後に笑顔で握手を交したことを。なるほど、たしかに一度切りで終わらせるのは勿体無い。そう感じた暁葉は、夏休み明けにでもまた声をかけてみようと決意した。
園子の食事は基本的に大赦の人間がメニューを考えて用意する。栄養バランスに気を使い、さらには味付けにも細心の注意を払っている。腕よりの料理人を呼び、毎回豪華な食事となっている。しかし、時には園子からも要望を出すこともある。夏休みになり、毎日暁葉が朝から来るようになってからは、暁葉が食べたい物を聞くようになった。と言っても、暁葉は要望を出さず、やはり大赦側が用意した食事となるのだが。
「食べたい物があったら遠慮なく言っていいんだよ?」
「いえ、いただける食事で十分ですから」
「私前に満漢全席頼んだら本当に用意されたことあったし、用意されないものはないと思うんだけどな〜」
「とんだお戯れを……」
満漢全席とはどのような料理なのか。暁葉は文献で知っているだけであり、目の当たりにしたことはない。そして、一人が頼むものでもないということは知っている。チラッと園子を観察しても、やはり食べきれないだろうと判断する。
昼食を取り終え、二人はまた雑談を始める。話のネタをなくさないため、そして園子が退屈し過ぎないために、この部屋には新たにテレビが設置された。それまで無かったことに気づいた当初、暁葉も驚いたものだ。退屈を凌ぐ手段もなく、園子は長い期間一人この部屋にいたということになるのだから。
「お祭りの時期だね〜」
「そうですね」
「あっきーはお祭りに行くの?」
「いえ、園子様のお側にいます」
「ありがとう。去年は行った?」
「行きましたよ。かなた姉さんと二人で」
テレビで報道されている祭り情報を眺め、園子は去年の夏祭りを思い返す。大切な親友と歩き回り、屋台を巡り、さまざまな食べ物を買って、射的を楽しんだ。あの時見た景色は色褪せない。親友が調べて見つけた穴場から見た花火も、それはそれは色鮮やかなものだった。
「一緒に行くのは毎年?」
「そうなりますね。かなた姉さんから誘われて、私がそれについて行くという形です」
「なら今年も行ったらいいのに」
「ここにいます」
「……仕事だから?」
「はい」
思わずため息をつく。今も隣にいてくれる少年は頭が硬い。たまには仕事から離れたらいいものを、園子の気遣いを気にせず仕事を取っている。これは将来、彼の奥さんは苦労するのだろう、なんて事を思っている園子。それでも、命令という形にすれば彼は祭りに行く。しかし、それでは意味がないことを理解しており、園子はそれも含めてため息をついたのだ。
「ごめんね、ちょっとお昼寝するね」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」
園子が目を覚ますのと入れ替わるように、太陽は沈んでいた。部屋は自然の光ではなく、人工的な光によって照らされている。瞼を開けた園子の視線の先には、課題に取り掛かっている暁葉の姿があった。集中している時は周りが見えていないようで、園子が起きたことに気づいていない。園子も声をかけず、暁葉がいつ気づくかを楽しみにして見守る。
そうして見守ること10分弱、キリの良いところまで進めた暁葉が顔を上げ、園子が起きていたことにようやく気づく。見られていたことに恥ずかしさを覚え急いで片付けるも、それがさらに園子にとって喜ばしい光景だとは気づけない。
「い、いつからお目覚めになられていたのですか?」
「10分くらい前かな。あっきーの真剣な顔を初めて見たよ〜」
「お声をかけてくださればよかったものを……」
「邪魔しちゃいけないなーって」
それ以外にも目的はあっただろうと問い詰めたかった暁葉だが、女性に口で勝てないことはかなたとのやり取りでよく知っている。そして園子のような人物が相手では、のらりくらりと躱されることも承知済みだ。
「時間的には……花火も打ち上がってるのかな」
「今日どこかで祭りがあるのなら、そうかもしれませんね」
「打ち上げ花火もいいけど、手持ち花火とかも面白そうだよね〜。線香花火とかしてみたいな〜」
「ここではできませんよ? 大赦が燃えます」
「だよね〜」
可能性を否定する傍ら、園子が花火を楽しむ手段はないのかを模索する暁葉。現状では無理だと理解しているが、それでも何かないかと思考する。
園子の話し相手になってから数ヶ月。ほぼ毎日話している暁葉が気づいたことがある。それは──今の自分では園子を
(話し相手をするのだから、心から楽しんでいただかなくては)
それを自分の仕事として、そして使命として決めつけた。
「そろそろ帰らないとだね〜。あっきー、今日もありがとう」
「園子様。私は本日、大赦内で宿泊いたしますので、もうしばらくここにいることはできます」
「へ?」
「園子様に花火をお見せすることはできませんが、代わりとなるものはご用意しました」
驚く園子をよそに、暁葉はカバンの中から一つの装置を取り出す。その装置のセッティングを終え、園子に一声かけてから消灯する。部屋は暗闇に包まれるたが、それは一時的なものであり、今度は別の明かりが天井を照らす。
「わ〜、こんなの用意してくれたんだ〜」
「職人たちの芸術に比べれば見劣りしてしまうかもしれませんが、これもまた闇夜を照らす光ですから」
「ふふっ、あっきーってば洒落たことするね〜」
暁葉が用意したのはプラネタリウムだ。かつて園子も勇者としての合宿に持ち寄ったことがある。園子がプラネタリウムを持っていると知った暁葉は、園子が持っているものとはまた別のタイプのプラネタリウムを用意したのだ。園子の両親にも相談し、どういうものがいいか悩んだ末に用意したもの。
天井に映し出される夜空から、それを見つめる園子へと視線を移す。瞳を輝かせてそれらを見つめる園子を見て、暁葉は失敗しなかったのだと安堵した。
「あっきー、これを用意してくれてありがとう」
「お気に召していただけたようで何よりです」
人工的な星空から暁葉へと視線を移した園子は、目を細めて感謝の言葉を述べた。それはいつもより輝いた笑顔だったと暁葉は思うのであった。
「……ねぇあっきー。まだ早いけど、あっきーが小学校卒業したらどうするのか聞いていい?」
小学校を卒業したとしても、義務教育として中学校には進む。そんな分かりきった質問をしたのは、暁葉に選択肢があるからだ。エスカレーター式で神樹館中学校に上がるのか、それとも公立の中学校に進むのか。真っ当に考えれば前者なのだが、時折後者を選ぶ児童もいる。引っ越しなどのやむを得ない事情とは別に、だ。暁葉はどうするのか。園子はそれを聞いてみたかった。
「もちろん進路は決めております」
園子の視線をまっすぐ見つめ、暁葉は嘘偽りなく自分の考えを口にしていく。
それは、園子が驚くには十分な内容だった。
「私は神樹館小学校卒業後、讃州中学校に進学する所存です」
(なん……で……)
果たして園子の疑問は声にならなかった。その衝撃は園子を混乱させるには十分だったから。なぜなら、園子は暁葉に讃州中学に進ませようか悩んでいたのだから。
讃州中学には親友がいる。記憶を失った親友が、どのように学校生活を送れているか気になる。それを知る手段として便利だったのが、"暁葉の讃州中学入学"という手段だ。怪しまれず、一生徒として潜ませられる。しかし、園子はそんな考えを持った自分に嫌悪し、その頼みは絶対にしないでおこうと思っていた。それなのに、暁葉は讃州中学への進学を口にした。当然、引っ越しが必要になるのに、だ。
「移住先が決まれば、春休みの間に引っ越すでしょう。……まだしばらく先のことですけどね」
思考力が戻った園子は理解した。勇者でも巫女でもない暁葉という少年は、大赦としても最大利用しやすいということに。
「ご安心ください園子様。来年度になろうと、私はここに来ますので」
だから園子は辛かった。それを理解しているであろうに、知らないふりをして話す少年の姿が。
園子は暁葉の顔を直視できなかった。
今回で毎日更新が止まります。リアルの方でサボってたことをそろそろ取り組まないといけないので。あと、更新を止めてる別作品も書き始めますので。