朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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7話

 

 季節は移りゆくもの。夏の風物詩たるセミや積乱雲の姿も見えなくなり、高い気温も低くなってくる。30度を越していた日々は過去のもの。今では時たま気温が30度になるかどうか。

 夏が終われば秋が来る。夏空から秋空へと変わる。世界の9割以上が消え去り、神樹によって守られているこの四国だけが残っているのだが、自然現象は変わることがない。自然災害と呼ばれる現象は、台風がなくなったくらいだろうか。皮肉なことだが、その点のみを見れば西暦より住みやすいのかもしれない。

 それを判断できるほど長寿な人間など一人もおらず、大赦で多くの資料を読み漁った暁葉でも不可能だ。

 

「今夜は名月らしいですね」

「そうなの? ここから見えるかな?」

「園子様もご覧になれるように、一部を改装させました」

「最近のあっきーはアグレッシブだね〜」

 

 園子が隔離されている(祀られている)部屋は壁に覆われ、窓は換気扇のごとき小さなものだけ。薄く赤く光る部屋であるため、日の光さえ遮られているのだ。そこを暁葉は改装させた。園子が秋の名月を見られるようにするためだけに。

 

「いくら園子様といえど、半神半人だとしても、人であるのだから日光を浴びなければ不健康です」

 

 健康面を前面に押し出した理由を出した。乃木家と上里家の発言力を利用することで、神官たちを動かすことに成功。当然反発の声も上がったのだが、かなたが巫女に声をかけ、ゴリ押ししたことでなんとかこの案が通った。

 その工事は園子に気付かれることなく終わり、完成したのは僅か二日前のこと。園子に気付かれなかったのは、巫女の協力もあったからだ。満開を繰り返し、半神半人となった代わりに体を動かせなくなった園子は、身の回りのことを他人に行ってもらう必要がある。

 その一つに、体を清めるつまり入浴があるのだが、女性である園子の体を男性が洗うわけにもいかない。そして神に近づいた園子をただの女性神官が清めるのも不適切。

 そこで登場するのが巫女だ。巫女たちが園子を連れて部屋から出ている間に、突貫工事を行ったのだ。短時間で終わるわけもないのだが、そこは部屋の薄暗さが助けとなった。元々園子の位置からは壁がはっきりと見えない部屋。工事が途中であろうと、黒い布で覆っておけば隠せるのだ。

 

「園子様に必要だと思ったことを実行したまでです」

「ふふっ、そういう事にしとこうかな」

 

 春先に出会った暁葉なら考えられなかった行動だ。仕事は話し相手になることだけ。それを念頭に置き、園子にただ言葉を返すだけ。たったそれだけのことしかやらなかった暁葉が、園子に言われなかったことをした。それは園子の影響なのか、それとも暁葉自身の心によるものなのか。

 それはどちらでもいい。もしそれが前者だったらなお良い。かなたから頼まれていることを、着実に進められているのだから。

 

「あっきーはお月見に興味があるの?」

「特にはないですね。月を眺めて綺麗だと思うことはありますが、だからといって何かをしようとまでは思いません」

「ふーん? それなのに改装させたんだね」

「日光は必要です。園子様のご健康に被害が及びかねませんので」

 

 建前……とも言えない。建前ではあるのだが、それも暁葉が懸念していたことなのだから。植物が光合成をするために日の光を求めるのは有名だ。しかし、動物も日光を浴びなければならない、という話は光合成ほど知られていない。日光を浴びることでビタミンDを生成し、骨の形成の支えとなる。体内時計を整えるという意味でもやはり日光は大切だ。

 そうだというのに、この部屋はまるで日光が入らない。成長途中である園子の体に悪影響だ。大赦はそこまでを考慮しなかったのだろうか。

 失態とも言える現状に内心で文句を言う暁葉だが、その暁葉が部屋の改装にこぎ着けられたのも秋だ。かなたの協力があっても、根回しに時間がかかってしまった。大赦の風通しの悪さに、子供ながら息が詰まったものだ。

 

 そもそも暁葉は見落としている点がある。それは、暁葉と大人たちの園子に対する意識の差異だ。暁葉やかなた、そして園子の両親を始めとした極僅かな人間は、園子を人間として見ている。それに対して大赦の大多数の人間たちは、園子を神として見ている。

 その表れこそがこの部屋。社の如き内装をしている部屋だ。神官たちにとって園子の肉体は御神体そのもの。部屋に札を貼り、安置する対象となるのだ。だからこそ部屋にも小さな窓しかなかった。

 

 本来の暁葉なら見落とすはずもない差異。話の通りにくさから感じ取れる違和をもとに、容易に推測できた内容。しかしそれは今の暁葉は気づけない。仕事だと己に言い聞かせつつも、話せば話すほど園子を人間だと認識し、客観性が薄れ出す。いくら子供離れしているとはいえ、やはり彼もまだ小学6年生だということだ。

 

「お月見ならお月見団子があると、もっとそれっぽくなるよね」

「無論用意しております」

「おー! さすがあっきー! もしかして私がこう言うの予想してた?」

「いえ、風情を出すなら何が必要かを考えた結果です」

「え〜、あっきーってば仕事人間だー。そんなんだと将来お嫁さんが泣くよ?」

「公私は分けますのでご安心を」

「ふふっ、私が安心しても仕方ないことじゃない?」

 

 それもそうだ。別に園子は許婚ではない。この仕事で初めて会った人物で、仕事の関係。行っているのはサービス業のようなもの。園子は客でありつつ、力関係では圧倒的に暁葉の上位に位置する。上司と部下と表してもいいかもしれない。

 そんな園子に何を安心してもらうというのか。たしかに、そういう振りをしたのは園子ではあるのだが。

 そこをついても詮無きこと。暁葉は先程のやり取りをなかったことにして脳内で一人完結させる。

 

「園子様。大窓を用意させはしましたが、その位置からでは月を拝見することができません。そのため、一時的にこちらの車椅子に乗っていただきます」

「その車椅子はそのために用意したんだ? ありがとう」

「いえ、これも仕事ですから」

 

 仕事の範疇は超えている。それを理解していないのは暁葉のみであり、園子やかなた、他の大人たちは気づきながらも黙っている。暁葉の中で良い変化が起きているのだと信じて。

 

「それでは園子様、失礼します」

「あっきーは私を持ち上げられるかな〜?」

「女性一人、造作もないことです」

 

 表情一つ変えずに園子を持ち上げた暁葉は、園子に負担がかからないように気を使いながら車椅子に下ろす。通常の車椅子では背もたれがあるだけであり、自分で背筋を伸ばす必要がある。しかし園子は体に力が入らない。そこで今回用意した車椅子は、頭まで預けられるようなものとなっている。クッション性もあり、園子の体を柔軟に受け止める。

 

「あっきーは結構力強いんだね」

「ある程度は鍛えてありますので。それに、園子様はお軽いです」

「そうなの? 自分じゃよく分かんないや〜」

「私からしてみれば、十分にお軽いかと。もう少し軽ければ、お体を心配するほどです」

「なるほどね〜」

 

 軽いと言われて嫌な気はしない。運動をすることはできず、特にできることがない日々では脂肪の燃焼がネックだ。カロリーは最悪、思考を働かせることでなんとかなる。しかしそれが限度にもなるのだ。いくら頭を働かせたとしても、脂肪の燃焼には繋がらないのである。

 神に近づいた身だとしても、思考も心も変化したわけじゃない。本来であれば中学校に通い、友人と過ごす年頃の少女。園子の環境からして、体重を気にするなという方が無理な話である。

 その懸念を無自覚なまま払拭した暁葉に、園子はお礼の意味を込めて微笑む。暁葉はその微笑みが、車椅子に移動させたことだと勘違いして処理し、何も言わずに車椅子を押した。月明かりが差し込む窓に近づき、園子の視点から月が見える位置で足を止める。

 

「この辺りでよろしいでしょうか?」

「うん。バッチリだよ〜。あっきーも横に椅子持ってきたら?」

「いえ、私は職務中ですから」

「なら今から休憩ね。仕事に休憩は必要だし、あっきーは今日まだ休憩してないでしょ?」

 

 話し相手という仕事を始めてから、休憩らしい休憩というものを取ったことはない。園子の話し相手をするというものは、仕事であり休憩でもある。それ故に改めて休憩だと言われても、暁葉は首を縦に振りにくかった。

 

「あっきーはもっと頭を柔らかくしないとね〜」

「それでは脳がすぐに壊れます」

「私が言ってるのはそういうとこなんだけどね……。じゃあ言い方を変えようかな。私の横に椅子を置いてそこに座ること。それが私の要求だよ」

「……かしこまりました」

 

 暁葉自身の意思では動かない。まだ暁葉はそこまで軟化していない。あまり命令をしたくなかったが、暁葉を行動させるためにはそうするしかない。今後の過程で、暁葉がさらに変わっていくことを願うしかない。

 

(願ってるのは、かなりんなんだけどね)

 

 暁葉が椅子を園子の左横に置き、黙って腰を下ろす。月が見える位置に調整しつつ、ある程度園子との距離を維持する暁葉。その姿に若干の寂しさと暁葉らしさを園子は感じていた。

 

「私、こうやって月見するの初めてかも」

「そうなのですか?」

「うん。お泊り会はしたことなかったし、合宿の夜は夜空を見上げてなかったから。あ、お父さんとお母さんはノーカンね」

「わかっております」

 

 本家でなら何度でも月見をしたことがある。両親を交え、さらには使用人も呼ぶこともしばしばあった。月には兎がいる、などという話も聞いたことがあれば、それを小説のネタに組み込んだこともある。

 

「あっきーは?」

「……私も身内とならば」

 

 そうとはいえ最後に行ったのは2年前だろうか。毎年かなたが企画し、使用人と一緒に団子を作るとこから始める。団子をそのままの味で味わうのももちろんだが、せっかくだからと他の味を加えることも多々あった。

 暁葉は料理をレシピ通りにするタイプであり、性格も相まってアレンジができない。反対にかなたはアレンジを加えることを得意とする。レシピを無視するわけでもないため、料理を失敗することもないのだ。

 

「それなら、私とあっきーは友達との初めてのお月見だね」

「私は園子様のご友人にはなり得ませんので」

「え〜」

 

 暁葉がそう言うだろうとは読んでいた。しかし、予想がつくからと言って自己完結していては面白みがない。一人じゃなくて二人なんだ。相手との会話を大切にしたい。

 園子の思いとは裏腹に、暁葉はそういう話をすぐに変えたがる。立場上園子に逆らえないのはもちろんなのだが、たとえ対等だろうと園子には勝てないと感じ取っているからだ。話を変えなければ押し切られてしまう。幸いにして園子はしつこいことはしない。変えられたらその話題に乗ってくれる。本心は不明だが。

 

「月が半分隠れていますね」

「あれはあれで良いよね〜」

 

 残念なことに今夜は雲がそれなりにある。雲に遮られることなく満月を堪能できる時間の方が少ないだろう。せっかく園子に楽しんでもらおうと思っていた暁葉は細くため息をつくが、そもそもこうして月見ができているのだ。園子にとっては、それで十分である。

 

「あっきー」

「なんでしょうか」

「月が綺麗だね〜」

 

 文学作品から誕生した有名な台詞。その言葉を園子風にアレンジしたもの。暁葉を揶揄う目的で発したその言葉を、暁葉は園子の予想とズレた言葉で返す。

 

「きっと園子様の方が綺麗ですよ」

「…………。ふふっ、あはははは! あっきーってば面白いね〜!」

「……今のどこに笑われる要素が?」

「ううん。気にしなくていいよ〜」

 

 上機嫌に首を振る園子に、暁葉は首を傾げるしかなかった。

 疑問を抱く暁葉をよそに、園子は月見団子を催促する。今は園子の他に暁葉しかおらず、小鳥のように可愛らしく開けられた口に暁葉は月見団子を入れる。わざと舐められて変な声が漏れたのは二人だけの秘密。

 

 園子の想定では、言葉の意味を理解した暁葉がいつも通り淡々と切り返す。あるいは狼狽えるかもしれない、というものだった。しかし暁葉はそのどちらでもなく、月よりも園子の方が綺麗なんじゃないかと返した。本心で。

 暁葉は園子の言葉に隠された意味を知らなかった。まず大前提から崩れていた。そして断言しなかったのは、暁葉が園子の素顔を知らないからだ。出会った時から園子は包帯を巻いている。その下に隠された顔を知らない。だから断言できない。

 

「あっきーはなんで私の方が綺麗だって思うのかな?」

「園子様のお心が綺麗だからです」

 

 迷いのない言葉だった。間髪入れずに返され、園子は口を噤んだ。暁葉は言葉を選びはするが、お世辞を言うタイプではない。今の言葉にも暁葉の感情が入っており、本心だということが分かる。不意打ちにも等しい褒め言葉に、園子は喜びを感じずにはいられなかった。

 

「きっとあっきーはイケメンだね」

「私はいわゆるフツメンですので」

「仮面で隠してるから分からないんだもん。想像する分には私の自由だよ〜」

 

(整形したほうがいいのだろうか)

 

 園子にハードルを上げられ、少し本気で考えてしまった暁葉であった。

 

 

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