秋が終わり、気温がさらに冷え込む冬となる。吐く息は白く、寒さによって耳や鼻が赤くなる。一年の終わり、12月。またの名を師走。現代では馴染みのない呼称であり、その由来を聞いてもあまりピンと来ない。
12月というのは、年齢によってその内容は変われど、一大イベントがある月だと言っていい。子どもたちが楽しみにし、大人たちはとある物に頭を悩ませる。そう、クリスマスだ。厳密に言うと、クリスマスが12月25日。西暦の時代から日本人が浮足立つのが前日のクリスマスイブである。
サンタクロースという存在が、良い子にプレゼントを配ると言われており、子どもたちはそれを楽しみにする。欲しいものを分かりやすく紙に書く子もいる。そしてそれを見聞きした親がこっそり用意するのだ。子どもというのは素直なもので、時たま出費が痛いものを頼むことも。
さて、サンタクロースの正体を知った一定の年齢の人たちはどうするか。いつもと変わらない日々を送る人もいるだろう。家族や友人とクリスマスパーティをする人もいるだろう。恋人と過ごすというのも定番である。
「あっきーおかえり〜」
「……ただいま、と言うのはおかしな気がします」
「え〜。ほぼ毎日来てくれてるし、おかえりでもよくない?」
「園子様がそう望まれるのであれば、そう致しますが」
「それはちょっと違うかな〜」
上里暁葉は、変わらない日々を過ごしている部類に入るだろう。本日も例にもれず園子の下に足を運び、話し相手という職務をこなす。
学校というのは子どもに敵視されやすく、たいていクリスマス当日に終業式が行われる。神樹館小学校も同様であり、暁葉は明日も学校に通う。しかしそれに不満を抱くこともなく、そういうものだと受け入れている。
おかしいと感じたものを調べ上げる暁葉なのだが、今の暁葉はその点が潜められている。極力自分を殺したほうが、組織という機械に属する歯車になりやすいから。
「あっきーはお友達と過ごしたりしないの?」
「彼らはご家族で過ごすようですし、私には
それでも変わり、元に戻りつつある部分もある。オリエンテーションで共に演奏したクラスメイトと、友人という関係になっているのもその一つ。それまでは園子の言葉を否定していたのに、今『お友達』と言われても否定しなかったのがその証。
さらに、『仕事がある』という言い方から、『ここがある』という言い方になっていたのも変化と言えるだろう。暁葉にとっても、園子の下に訪れることに意味が感じられているらしい。
「そっか」
そう呟く園子の口元も緩む。かなたからの依頼であり、自分自身と上里家の間に明確な繋がりを作っておきたい、という思いで引き受けたこと。それが思いの外心地良いのだ。
勇者のお役目が始まるまで友人ができなかった。親友二人ができても、異性との会話は最低限。話しかけることも話しかけられることも滅多になく、当然異性の友人もいない。その意味で、暁葉は新鮮な相手でもある。
「今日はクリスマスイブです」
「うん? あ、そうだったね。ずっとここにいるから、今がいつなのかとか気にしてなかったや」
自嘲気味に園子が笑い、暁葉は仮面の下で表情を強張らせる。先程の友人と過ごさないのかという発言から、日付を分かっていると思っていた。しかしそれは見当違いであり、園子は「たまには友人と過ごしてもいいんじゃないか」という考えでの発言だったらしい。
暁葉が表情を強張らせたのも一瞬だけであり、園子に気づかれる前に何事もないように話を続ける。
「クリスマスパーティを行うのが、世間では主流だそうです」
「カップルだったら二人でラブラブって感じだよね〜」
「そのようですが、私達には当てはまりません。ですので──」
「私たちもラブラブしてみる?」
頭を抱えたい。喉に何か詰まったように、言葉がうまく出てこない。
穏やかに見つめてくるその瞳が、暁葉の視線を離させない。
「お戯れを」
なんとかそれだけを絞り出すことができた。園子の真意を暁葉は読み取れない。いつもの揶揄いなんだろうと受け取っているものの、お月見以降月一でその手の揶揄いを受けている。頻度は変わらず、必ず月に一回だ。
「あっきーはノリが悪いな〜」
「職務の範疇を超えておりますので」
「小説のネタになると思ったのに〜」
園子が口を尖らせる。今回もまた、特に意味のない振りだった。むしろ、園子から意味のある振りをされた方が少ないか。
園子はただ会話を楽しんでいる。そもそも、雑談というものは取り留めのない会話ばかりだ。そこに意味合いを持ち得たら、それは雑談とは様相が異なる。相談、報告、連絡、会議、口論。大人になり、社会に溶け込めばそれらが日常の殆どを占めるだろう。
だが、暁葉と園子の間で行われている話し合いは、雑談なのだ。一つ一つ意味を考えるのは不毛であり、時によっては無粋となる。
(深く考えるべきではない、か)
9ヶ月程を経てたどり着いた結論である。
暁葉は、密かにほっと胸を撫で下ろしながら考えを改めていく。園子の話し相手というのは、内容で言えば気軽に行うもの。暁葉はそれを仕事として捉えている。真面目な暁葉にとって、話し相手という仕事はある意味難しかった。
加減が分からないのだ。まず園子は暁葉から見て目上の存在である。年齢にしてもそうであり、園子が勇者だという点においてもやはり目上だ。その時点で、敬うべき存在であることは明白。そして今の園子は神に近しい存在。大赦内でその扱いは神樹とほぼ同様である。
そんな園子相手に、どの程度の距離感にすべきか。無意識のうちにそれはできているのだが、暁葉はその事に気づけていない。
「園子様。クリスマスケーキをご用意しました」
「さすがあっきーだね〜」
「お口に合うかどうか分かりませんが。好みに近い味付けかと」
「そんな気にしなくていいのに〜」
暁葉がケーキを取り出して園子に見せる。それは小さな円形のケーキであり、園子のためだけに作られたことがわかる。真っ白のホイップクリームに包まれ、その上には定番であるイチゴとサンタクロースのマジパン。プレート型のチョコレートには、筆記体でMerry Xmasと書かれている。
「可愛いケーキだね」
「シンプルなデザインにさせていただいました。……マジパンは不要だったかもしれませんが」
「ふふっ、別にいいんよ。そういうの乗ってる方が、クリスマスケーキっぽいもん」
暁葉の懸念を園子がやんわりと取り除いた。クリスマスケーキで躓かずにすみ、一安心するも相手は園子である。暁葉が来る前には、一般的に無茶苦茶だと言える要望を次から次へと言った園子である。今は揶揄い目的で暁葉を振り回すのも当然だ。
暁葉を見つめ、餌をもらう小鳥のように口を開く。暁葉が困っている気配を察知し、それでいて今度は瞳を閉じた。
「あの……園子様?」
意図を察せない。いや、察すのを避けている。分かってしまおうとするのを意識的に止めにかかる。
しかし園子は暁葉のその葛藤を無視した。
「あーん。私は自分では食べられないから、あーん」
「……夕食のデザートとして、巫女様に食べさせていただくご予定だったのですが」
「今食べたい。だから、あっきーが食べさせて」
一筋縄ではいかない。いや、自由すぎる園子に抵抗することすら叶わない。マニュアルに忠実になるタイプの暁葉にとって、独創的な思考をする園子は天敵と言えよう。
園子が再び口を開けて待つ。
これ以上の抵抗は園子の機嫌を損ねるかもしれない。決してそんなことにはならないのだが、暁葉はそう捉えた。フォークでケーキ切り、一口サイズにした箇所を園子の口へと運ぶ。口周りにクリームが付かないようにと注意を払う。
暁葉はこういう事に不慣れだ。耐性がないと言い換えることもできる。つまり、その手は震え、ケーキを園子の口に運んだのだが、結局クリームが口周りについてしまった。
「ん〜! 美味しい!」
「それは安心しました」
「あっきー。クリーム取って〜」
「すぐに」
ティッシュを数枚取り、園子の口周りについたクリームを取る。取りこぼしが無いように、力加減を間違えないように。生真面目なその性格が、暁葉自身を追い詰める。自然と視線は園子の口に集中し、女子特有の肌の柔らかさを感じさせられる。今まで意識してこなかった、乃木園子という一人の少女を、意識させられる。
クリームが取れたことを園子に伝え、暁葉はティッシュをゴミ箱へと捨てる。この時に園子から視線を外せたわけだが、たった数秒の出来事が、今の暁葉には長い時間に感じられた。
「あっきーのそういうとこ、私好きだな〜」
「っ!?」
背後から突如告げられる。大きく動揺しているタイミングでの追い打ち。暁葉は、驚く際に硬直する癖がある己に、この時初めて感謝した。
息を潜めるように深呼吸し、可憐に微笑む園子へと視線を戻す。いつもとは違う、大人びた雰囲気を醸し出していた。その瞳によってついに暁葉のキャパが超えられ、顔が熱を帯びていく。
(仮面にはこれを隠す役割もあったのか)
仮面の有用性に感謝する。
当然園子はその事に気づくはずもなく、言葉を続けていく。
「あっきーって、不器用なほどに真面目じゃない? 悪い言い方すると、融通が効かないって感じ」
「自覚はしております。学び舎でも指摘されておりますので」
「あっきーも気にしてたのかな? でも、私はそれでいいと思うんよ」
「と、申しますのは?」
「だってそれがあっきーの性格なんでしょ? 律儀で、真面目で、誠実過ぎるから不器用になる。自覚してるってことは、柔軟な対応も検討できるってこと。そういうのが、あっきーの魅力だと思うし、不器用なとこがチャーミングで私好きだよ」
──ありがとうございます
暁葉がそう言えたのはすぐだったか、しばらく間が空いてからだったか。それはさしたる問題ではなく、園子は満足そうに「どういたしまして」と返した。
暁葉にとって、園子の言葉は胸にしみるものだった。家族内でそういう話になることはない。冷遇などされておらず、愛されていることを分かっている。しかし、だからこそ家族というものは、家族間で相手の分析を細かく行い、それを伝えた上での評価をしない。なんであれ受け入れるからだ。
そして学校でも、園子のように伝えてきた人はいない。そもそも友人ができたのが遅かったのもあるだろう。それ以上に、暁葉が己を作り上げて振る舞っていることが大きい。それを園子は、一年弱の間に暁葉の素を捉えきり、言葉を投げかけたのである。
「園子様には敵いませんね」
「私の方がおねーさんだもんね〜」
口を開く。暁葉ももう落ちつくことができる。園子の口にケーキを運び、クリームをつけるという失態はしない。次クリームがついたら、指で取らせるのもありではないか、なんてことを考えていた園子は、内心で残念がっていた。
「ごちそうさま〜」
「お粗末さまです」
「美味しかったよ。あっきーの味」
「言い方がおかしいと思うのですが。…………? 私が作ったとは申していなかったかと」
「うん、聞いてないね。でも、あっきーなら作るかな〜って思ったから。当たってたみたいだね」
園子の直感に舌を巻いた。無論それだけが当てた理由ではない。ケーキを取り出した際に、味を好みに近づけたということを暁葉は言っていた。その事と、暁葉なら作りかねないという点を考慮し、最後に「そうだったらいいな」という願望を混ぜ合わせて引っ掛けたのである。
「園子様、クリスマスプレゼントもご用意させていただきました」
「話逸らすね〜」
「時間も限られておりますので」
半分嘘である。プレゼントを渡すにしても、今日の残り時間には少し余裕がある。クリスマスイブということもあり、今日は長めに時間を設けられているのだから。
袋からクリスマスプレゼントを取り出す。乃木家から話を聞き、暁葉なりに用意してみた一品だ。
「園子様はサンチョがお好きだとのことなので、サンチョのミニクッションをご用意させていただきました。大きい方はお持ちだそうですし」
「あはは、ありがとうあっきー」
暁葉の言ったとおり、園子はサンチョのクッションを持っている。枕にもなり、抱き枕としても扱えるほど大きいものだ。それを用意するわけにもいかず、悩んだ結果暁葉はミニサイズとして売られているサンチョを購入した。
今は体が動かず、それを抱き締めることはできないが、用意してもらって嬉しくないわけがない。
しかし、
「でもねあっきー。これ、サンチョじゃなくてアモーレだよ」
「……アモーレ?」
「見た目はサンチョだけど、色が違うでしょ? この子はアモーレなんよ〜。嬉しいから貰うけどね」
サンチョの知識が乏しかった暁葉の敗北である。
苦笑する園子は、それでも構わない、十分だと言葉をかけるが、その優しさが暁葉にはいたかった。
翌日、暁葉はサンチョのぬいぐるみを園子に渡した。
「ふふふっ、あっきーは本当に真面目だね〜。ちなみにこの子はアミーゴだよ」
「……ぇ」
サンチョ道は暁葉には難しかった。