デート・ア・オルガ   作:宮本竹輪

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オルガ「四糸乃アグニカ編!」

琴里「祝!完結!」

一同『おめでとー!!(クラッカーを鳴らす)』

士道「いやいやいやいや!まだここ前書きだから!てか前回のあらすじをやれよ!」

オルガ「確かにお前の言うとおりだ、士道。だがな、この回が終われば、ようやく俺たちは2巻より先の話にいけるんだ。こいつは最高にめでたい話じゃねぇか!」

士道「いやいくらなんでも気が早すぎ!というか投稿ペースまた空けたな!作者!」

琴里「アニメ4期終わるまでに四糸乃編を終わらせるとか言って、結局夏アニメ始まっちゃったわね〜ちなみに四糸乃編が始まってから完結するまで2年と7ヶ月掛かってるわ〜」

士道「どんだけサボってたんだよ……もうあらすじとかやってる時間もないから、第二十話四糸乃編最終回スタート!」




第二十話 氷渦の中で

 

「……ふ___」

 

バエル・ソードで周りを浮遊する魔術師(ウィザード)を薙ぎ払う。

 

『____がっ……!?』

 

なんとか〈随意領域(テリトリー)〉で肉体へのダメージは防いだが、衝撃は殺し切ることができず薙ぎ払いに巻き込まれた何人かの魔術師(ウィザード)は後方に吹き飛ばされ、壁や地面に体を打ちつけられて気絶する。

 

「彼らを殺さぬように加減するのはいささか難しいものだな」

 

吹き飛ばされた魔術師たちの様子を一瞥しながら、小さく愚痴る。

 

恐らくマクギリスたちはその気にさえなれば、この場にいる魔術師たちを皆殺しにできるはずだろう。

 

だが、マクギリスたちがASTを実際に殺そうとしないのには理由があった。

 

あくまでラタトスクは『精霊保護が目的なのであって、ASTの壊滅が目的ではない』と。

 

そのように上層部から念押しされていたのだった。

だがモビルスーツの巨体では、力加減次第ではあっさり殺すこともできるだろう。彼らが死なないように上手いこと力をセーブするのは難しかった。

 

___と、そのときだった。周囲の雨風が突然雹のように氷結し、マクギリスの背後にいた〈ハーミット〉、その周りを氷嵐が渦巻き、結界を作り始めたのである。

 

「___石動!今すぐ〈ハーミット〉から離れろ!」

 

マクギリスが叫ぶと、スラスターウイングを広げ〈ハーミット〉の結界から逃れる。

石動の駆るヘルムヴィーゲも同じように近くから離脱していた。

 

上空からちらと、下方に視線を向ける。

下方には、ゴォォォォォ___と低い唸りを上げながら渦を巻く、半径十メートルほどの半球。

きっとハーミットが自分の身を守ろうと、作り出したのだろう。

 

その周りには半径三メートルほどの丸い氷の塊と、結界に巻き込まれて、真っ白に凍結させられたグレイズの姿があった。

 

『あれが、精霊の力…………』

 

目の前の光景を見て、石動は呆然と声を発する。

あのまま留まり続けていたら、ああなっていたかと思うとぞっとする。

 

『しかしあの結界が張られていては我々も手出しできませんね……』

 

「そうだな」

 

あの結界は霊力によって編み込まれたものだ。迂闊に近づけば、AST隊員と同じように凍結させられるだろう。 

 

だが、あの結界を突破する手段がない訳でもない。

 

「あの結界は、顕現装置(リアライザ)で出力された魔力に反応して、局所的に防性を高めている。つまり魔力を纏っていない物理的な攻撃ならば、あの結界を突破できる可能性がある」

 

『ですが無暗に結界を切り抜けようとすれば……』

 

「あぁ随意領域(テリトリー)ごと凍結させるような代物だ。モビルスーツなど一瞬にして身動きが取れなくなるだろう。そうなると___」

 

それこそ巨大な物量を結界にぶつけでもしない限り、と口にしようとした途端、マクギリスは眉をひそめた。

 

突然、ビルの先端部分がメキメキとイヤな音を立てて、浮遊し始めたのである。

 

きっとAST隊員と顕現装置(リアライザ)の仕業だということは理解できた。

 

だが、あのようなコンクリートの塊など、持ち上げてどうするつもりかと疑問に思った刹那。

 

AST隊員が巨大なコンクリートの塊を、結界に向けて放り投げた。

 

「まさか___」

 

恐らく、ASTはあの巨大なコンクリートの塊を結界にぶつけるつもりなのだろう。

あれほどの重量なら、結界を破壊することができるはずだった。

 

まずい、と直感的に察知したマクギリスは背部の電磁砲を巨大な塊に向けて放った。

 

ガァァァァンーーーという轟音とコンクリートは砕けたが、砕けた残骸も、先程と比べると小さくはなかったが、結界を壊すには十分な大きさだった。

少しでも穴を開けさせれば、そこから一斉射撃をするだろう。そうなれば逃げ場を失っている〈ハーミット〉は一溜まりもないかもしれない。

 

それだけはなんとしても避けなければいけなかった。

 

「くっ___」

 

マクギリスは操縦桿を操作してバエルに指令を出すと、

残りの残骸を破壊しようと、機体を翻した。

 

___そのときだった。

 

粉砕された瓦礫に幾つも線が引かれたかと思うと、それに沿って瓦礫が細かく切り刻まれていったのだ。

地面に触れる頃には、残骸はもはやただの破片と砕片になっていた。

 

「何が___」

 

と、声を発した瞬間、モニターにもう一つ精霊反応が現れた。

 

『じゅ、准将!〈プリンセス〉です!』

 

 

石動に言われ、反応が現れた方を見ると、AST隊員と〈プリンセス〉___夜刀神十香が斬り合っていた。

 

 

「なぜ、彼女が……」

 

『___オルガたちの邪魔をさせないために駆けつけてくれたみたいよ』

 

フラクシナスの回線から、琴里の声が聞こえてくる。

 

数分前、オルガたちは四糸乃の下へ向かう途中でASTがビルをむしり取って、同じく結界の上に運んでいるのを目にしていた。

 

十香はそれを見ると、オルガに四糸乃を託して、こちらに向かってきたとのこと。

 

琴里の呆れたようなため息が耳に入ってきた。

 

『あの子にも困ったもんだわ。ラタトスクとしては精霊にあまり危険なことはさせたくないんだけどね。それにあんたもあんたよ、マクギリス。まさか四糸乃のことまであの子に話してたなんて。十香に余計な情報を与「えてんじゃないわよ』

 

「その件ついては申し訳ないと思ってる。だがこれからのことで彼女の誤解を解くためには必要なことだと思ってね」

 

『はぁ……弁明の言葉、考えときなさい。とりあえず今は、十香のサポートに回って頂戴』

 

「承知した」

 

琴里の指示に言葉に頷くと、十香とASTたちの方に顔を向ける。

 

ASTはハーミットから目標を十香に変更し、攻撃を行っていた。

距離さえ取れば攻撃を仕掛けてこないハーミットを後回しにするのは当然の考えだった。

 

それを見て、マクギリスは自嘲気味に呟く。

 

「しかし、精霊___プリンセスのサポート、か。やはり物事はこちらの思惑通りには進まないものだな」

 

『それにしては、どこか楽しげにも聞こえますが』

 

「そうか?いや…………そうかもしれないな。何せ、災厄と呼ばれた少女とこうして肩を並べることができるのだからな」

 

そう言ってまた小さく笑う。

だがいつまでもこうして、あのまま十香をASTの相手をさせ続けるわけにもいかなかった。

 

オルガがハーミットを救う時間を稼ぐ、それが今の自分たちの役目だった。

 

「行くぞ、石動」

 

『はっ!』

 

マクギリスの言葉に石動が力強く答えると、二機のモビルスーツは再び戦場に向かった。

 

 

 

 

「さてと___どうしたもんか……」

 

荒れ狂う氷嵐の結界を目の前にして、オルガは頭をかいた。

 

3分ほど前にASTの相手をしに向かった十香と別れた後、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉に乗って四糸乃の所に向かっていたのだが、結界に触れた途端に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が凍り付いてしまった。恐らく霊力に反応したのだろう。

目の前には真っ白に凍り付いた〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が横たわっていた。

 

「…………やるしかねぇな…………」

 

意を決すると、パペットを服の中に移動させる。それを身体で覆うように前屈みになり、オルガは足を一歩前に踏み出した。

 

『オルガ、待ちなさい。何をするつもり?』

 

右耳に、静止の言葉が入る。

 

「あぁ?急にどうかしたか?」

 

司令官モードとは思えない殊勝な言葉に、オルガは足を止めなかった。

 

『何、呑気なこと言ってるの!?吹雪が吹き荒れている領域は、結界内の外周およそ五メートル地点まで。五メートルよ?その距離を、散弾銃撃たれながら進むようなものよ?しかも、その範囲内で霊力を感知されたら、十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉みたいに凍り付かされるわ』

 

まくしたてるように、琴里が続けてくる。

 

『言ってる意味がわかる?結界外縁部にいる間は、傷が治らないって言ってるのよ。一発きりの銃弾とはわけが違うわ。途中で力尽きたら___』

 

「___それでも行かないといけないんだよ」

 

『___ッ』

 

「俺は約束したんだ、四糸乃のヒーローになるって約束をな」

 

琴里の言ってることも理解できる。強がっているってのも分かってる。

 

氷嵐は凄まじい勢いで今もなお吹き荒れ続けている。

そんな中に、単身でましてや生身で突っ込もうなんて馬鹿のやる話だ。

 

だがオルガにはここで止まるわけにはいかない理由があった。

 

「あいつは今までよしのんしかいなかった。周りを傷つけないようにたった一人で苦しんでたんだよ。怖いのも、痛いのも、苦しいのも、全部」

 

『…………ッ』

 

「潰し、殺し合う。そんな世界で生きてきた俺は、他人を傷つけたくない、そんなあいつの哀しみを俺は理解できてやれるかは分からねぇ。だけど___あいつの居場所に、あいつのヒーローになることぐらいならできる。もう一人には俺が絶対にさせねぇ」

 

自分の決めたことには筋を通す____それがオルガのやり方だった。

 

それは転生した後でも変わることはない。

 

例えなんと言われようとも、オルガは四糸乃を救うまで足を止めない、そう決めたのだ。

 

「頼む琴里、俺に行かせてくれ」

 

オルガが懇願の声を上げると、インカムの向こう側からとても大きなため息が聞こえてきた。

 

『…………分かったわ。どうせ止めたって無駄なんでしょう……?』

 

「琴里……!」

 

琴里の言葉を聞き、顔を上げる。

 

『ただし絶対に生きて帰ってきなさい。四糸乃の霊力封印するだけして、そのままくたばったらただじゃおかないわ。あんただって___私たちの家族なんだから』

 

「……あぁ分かってるよ。絶対に戻ってくる」

 

静かに答えると、足先を吹雪が渦巻く結界に向けた。

 

そして裂帛の気合いと共に結界に向かって駆けていった。

 

 

「ウオオオォォォァァァーーーーーッ!!」

 

 

結界に足を踏み入れたとき、オルガの耳には吹雪の音しか聞こえなくなった。

 

 

 

 

「ぅ、ぇ…………っ、え…………っ」

 

結界の中心部で、四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背にうずくまり、一人泣いていた。

 

吹き荒れる氷弾の中とは思えないほどに、静かな空間である。ただただ、四糸乃の嗚咽と洟をすする音だけが、いやに大きく反響するだけだった。

 

とても怖くて、外に出られない。でも、ここは___とても、寂しかった。

 

「よ、し、のん…………っ…………」

 

涙に濡れた声で、友達の名前を呼ぶ。

 

答えてくれるはずがないのは、四糸乃も分かっていた。だが、その名を呼ばずには___いられなかった。

 

『は・あ・い』

 

「…………ッ!?」

 

四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔を上げてあたりを見回した。

 

「___!」

 

 

そして、四糸乃は涙を拭って目を見開いた。

 

なぜなら結界中心部と外縁部の境目あたりに、見慣れたパペットが確認できたからだ。

 

「!よしのん…………っ!?」

 

四糸乃は叫ぶと、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の背から飛び降り、そちらにパタパタと走っていった。見間違えるはずがない。

 

それは紛れもなく、数日前にいなくなってしまった四糸乃の友だち『よしのん』だった。

だが___

 

「……ひっ……!」

 

バタン!と、よしのんの後ろから誰かが倒れ込んできて、四糸乃は思わず足を止めてしまった。

否___正確には、今倒れ込んできた人が、よしのんを手に着けているようだった。

その人物は、全身が血塗れ傷だらけになっていた。

 

きっと四糸乃の結界を無理矢理通ってきたのだろう。

 

もはやこれは人というより死体だった。それは四糸乃の目にも明らかだった。

その男の人が倒れ込んだ場所からは夥しい量の血が流れていた。

 

しかしすぐに、四糸乃はその認識を改めねばいけなくなった。

なぜなら突然、半死人の身体に無数にあった傷が少しずつまるで___()()()()()()()かのように塞がり始めたのである。

 

四糸乃が呆気に取られていると、何事も無かったかのようにその人物の身体から傷が消え去った。

 

すると、いきなり身体を動かし、仰向けに倒れると大の字になった。

そして、ようやくその容貌が見てとれるようになる。

 

「…………!?オルガさ…………っ」

 

四糸乃は、驚愕に染まった声を発した。

 

そう、そのボロボロだつまた人間は、あのオルガ・イツカだったのである。

オルガは仰向けのまま、その場でふぅぅぅぅ…………と、深ぁく息を吐き出した。

 

「ッ…………あぁ〜…………死ぬかと思った…………」

 

 

 

ギリギリのところで結界内部に到達できたオルガは、大きく胸を上下させて深呼吸をし、止まりかけた心臓の鼓動を落ち着けてから、むくりと身体を起こした。

 

外部は機銃掃射さながらの猛吹雪だったというのに、中心部は実に静かだった。なんとも奇妙な空間である。

 

「___四糸乃……」

 

オルガは名前を呼ぶと、ウサギのパペットを掲げるようにしながら立ち上がった。

 

「約束通り、お前を助けに来た…………ッ!」

 

すると四糸乃は目を丸くしたのち、

 

「う、ぇ、ぇぇぇぇ…………」

 

目に涙を溜め、泣き出してしまった。

 

「えっ……?ちょ、な、泣くなって!なんか俺いけなかったか……?」

 

オルガはそれを見て慌てると、四糸乃がふるふると首を振った。

 

「違…………ます、来て、くれ…………嬉し…………て…………っ」

 

そう言って、再び「うぇぇぇぇ……」と泣き出してしまう。

そんな様子に苦笑しながら、右手で四糸乃の頭を優しく撫でた。

そして、右手に装着していたパペットを、ぴこぴこと動かしてみる。

 

『やっはー、お久しぶりだね。元気だったかい?』

 

などと、口をもごもご言わせながら、見よう見真似で腹話術をする。

拙すぎる芸だったけれど、四糸乃は嬉しそうに首を何度も前に倒した。

 

あくまで『よしのん』は、四糸乃の腹話術で動く人形のはずなのである。

 

オルガは、先程の令音から伝えられた言葉を思い返した。

 

 

 

 

 

『…………調査の結果、こちらがモニタリングしていた精神グラフの後ろに、もう一つ非常に小さな反応が隠れていることが分かった』

 

「え……?それってつまり…………」

 

『…………要するに、パペットを着けているときにだけ、四糸乃の中にもう一つ、並列しているということさ』

 

「なっ……そのことをあいつ自身は気づいているんですか?」

 

『…………どうだろうね。ただ一つ確かなのは、デパートで君たちと会話していたのは、四糸乃ではなくパペットを介して発言していた別人格だったということさ。四糸乃自身はそのとき、全ての対応をよしのんに任せ、意図的に心を閉じ込めていた状態に近い。それともう一つ。よしのんの発生原因について、興味深いことがある』

 

「興味深いこと?」

 

『…………ああ。己以外の人格を自分の中に生み出してしまう理由はいくつかあるが___ポピュラーなのは、虐待などの強い苦痛やストレスから逃れるため、といったところだろう。要は、辛い思いをしているのは自分ではなく別の誰か、と思い込むた

めに、もう一つの人格を作り出してしまうのさ』

 

「それって、ASTに命を狙われてたからか……?」

 

『…………いいや。なんとも信じがたいことに、この少女は、自分ではなく、他者を傷つけないために、自分の力を抑えてくれる人格を生み出した可能性がある』

 

「______っ」

 

『…………オルガ。きっと、彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは…………嘘だろう』

 

 

 

 

 

「ありが、とう……ござ、ます」

 

 

と、不意に四糸乃が頭を下げてきた。

 

「え?」

 

「……よしのんを、助けて、くれて」

 

オルガは一瞬頬を書くと、小さく笑って「ああ」と頷いた。

 

「次は___四糸乃。今度は、お前を救う番だ」

 

「え…………?」

 

四糸乃が不思議そうに返してくる。オルガは四糸乃と目線を合わせるように、その場に膝を突いた。

 

インカムからは、何も聞こえてこない。きっと結界を通る際に壊れてしまったのだろう。

四糸乃の精神状態を知りたかったが、こうなっては仕方がない。

 

しかし、いざキスをするとなると緊張してしまう。霊力の封印にはキスが必要不可欠なのは聞いてるし、士道が十香の霊力を封じたのも目の前で見ていたが、こうして幼気な少女とキスをするというのはいささか罪悪感というか、恥ずかしさを感じられずにはいられなかった。

 

だがどちらにしろ、腹を括るしかないのだ。

パペットを失った四糸乃との触れ合いと、今この会話と。

それだけの時間で、オルガの四糸乃に最低限の信頼を得ていると信じて。

 

「あー、えーとだな、四糸乃。お前を助けるためには、その、一つやらなきゃいけないことがあるんだよ」

 

「なん………ですか?」

 

四糸乃がきょとんとした様子で首を傾げる。オルガは乾くのどに唾液を流し込んでから、言葉を続けた。

 

「……キスって知ってるか?唇と唇を近づけることなんだけど……」

 

と、オルガがキスの説明を始めた途端___

 

 

「______へ?」

 

 

四糸乃は、オルガの唇にちゅっと口づけてきた。

 

瞬間、身体の中に何やら暖かいものが流れ込んでくる感覚が、オルガを襲った。

これが以前、士道が話していた事なのだろうか。

 

「……………なっ!?よ、よ、四糸乃…………ッ!?お前…………?」

 

「違い……ました、か…………?」

 

「あっ、へっ、い、いや…………違わないけど…………」

 

しどろもどろな調子でそう言う。

突然のキスに驚いて、最後の方は声が小さくなっていた。

 

オルガの言葉を聞くと、四糸乃はこくりと首肯した。

 

「オルガ、さんの……言う事なら、信じます」

 

と、その瞬間___四糸乃の後方に佇んでいた〈氷結傀儡(ザドキエル)〉や、彼女の纏っていたインナーが、光の粒になって溶けていく。

 

そしてオルガと四糸乃を囲っていた吹雪の結界もまた、急激に勢いをなくして掻き消えていった。

 

「…………っ、お、オルガさ…………、これ______」

 

四糸乃は何が何だか分からないといった様子で、目をぐるぐると回した。そして半裸状態の身体を隠すように、身を屈める。

 

「へ…………?…………いや、その…………すまん…………」

 

そんな反応をされると、オルガも改めて恥ずかしくなってきてしまった。

 

恥ずかしくなってしまって、オルガの方も頬を赤らめてしまう。

そんな自分の顔を見せたくなくて、手で顔を隠して四糸乃から少し目を反らした。

 

あんなカッコつけたこと言っておいて、恥ずかしそうにしているのは、少し決まりが悪い気がした。

 

と、そこで。

 

「ん…………」

 

四糸乃が、眩しそうに目を細めた。雲の切れ間から___太陽の光が、注いできていた。

 

 

「暖か___い…………」

 

まるで初めて太陽を目にしたかのように、四糸乃が小さな驚嘆を発する。

 

彼女がこちらに現界した際は、いつも雨が降っていた。

きっと四糸乃は、今まで太陽を見たことが無かったのかもしれない。

 

「き、れい…………」

 

「太陽を見るのは___初めてか?」

 

ぼうっと、小さく四糸乃にオルガは声を掛ける。

 

「は、い…………」

 

「___空って綺麗だろ?」

 

オルガが訊くと、四糸乃は小さく首肯する。

 

「はい…………き、れい……………です」

 

四糸乃は天を見上げて言う。

 

オルガも、それにつられて顔を上にやった。

 

そして、すぐに四糸乃が見つめていたものを見つける。

 

灰色の雨雲が掻き消えた空には______見事な虹が架かっていた。

 

生前、火星では一度も見たことがなかった虹。

 

自分たちの新しい居場所に架かる虹は、この上ないほどに美しいものであった。

 

 

 

 

「な……なんじゃこりゃぁぁぁッ!」

 

オルガが四糸乃の霊力を封印してから二日が経った。

 

検査を終えたオルガたちは、ようやく家に帰ってくることができたのだが、次の日、朝起きてみると、少し前まで空き地だった五河家の隣に、マンションのような建物が聳えていたのである。

 

「何って……言ってなかったっけ?精霊用の特設住宅を造るって」

 

と、後方から琴里が、眠たげに目を擦りながら言ってきた。

 

「これが、前に言ってたやつか……?」

 

「ええ。見た目は普通のマンションだけれど、物理的強度は通常の数百倍、顕現装置(リアライザ)も働いているから、霊力耐性もバッチリよ。多少暴れても、外には異常が漏れないわ」

 

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてだな……!一体いつの間に造ったんだよこれ……!一日二日じゃできねえだろこんなの!

 

「やあねえ。陸自の災害復興部隊だって、破壊されたビルを一晩で直しちゃうじゃない」

 

「…………なるほどな」

 

言われてみればそのとおりだった。きっとこれも、顕現装置(リアライザ)とやらを使った結界なのだろう。

 

「……ってことは、住居ができるまで、ってのは結構な詭弁だったわけだ」

 

「人聞きの悪い。十香が外部で暮らすための試用期間でもあるって言ったでしょ」

 

「そういえば、十香はどうしたの?」

 

「十香だったら、マンションに引っ越す準備をしていると思うわよ」

 

「なら、俺らも引っ越し手伝うとするか」

 

そう言って背中を伸ばすと___。

 

「ん…………?」

 

オルガは不意に眉を上げた。

可愛らしワンピースを纏い、頭に顔を覆い隠すようなキャツケットを被った少女かま、飛び跳ねるように走ってきたからだ。

 

「おお!四糸乃じゃねぇか!」

 

身に纏っているのは、霊装ではなかったが間違いない。

何しろ、少女は左手に、ウサギのパペットを着けていたのだから。

 

『やっはー、オルガくん』

 

パペットがパクパクと口を動かしながら、甲高い声を響かせてくる。

 

『やー、やっと会えたねぇ。助けてもらったのにお礼言えなくてごめんねー』

 

「い、いや、別に良いんだよ。だけどなんでこんなところにいるんだ?検査はもう終わったのか?」

 

「___彼女は君に用があるとのことで、特別に外出の許可を出したんだ」

 

すると、聞いたことのある男の声が聞こえてくる。

声の方を見ると、マクギリス・ファリドがそこにいた。

 

「マクギリスじゃねぇか。アンタもなんでここにいるんだよ」

 

「私は、あくまで彼女の付添人さ。なんでも君にお礼が言いたいらしくてね」

 

そう言って、四糸乃の方を見るとパペットが首を縦に振る。

 

『そーそー結局お礼もできなかったでしょー?だからマクギリスくんに言って頼んだのさ〜』

 

「マクギリスくん…………?」

 

よしのんの呼び方に眉根を寄せるオルガ。

こんなやつにくん付けをするのかと、疑問に思ったが、まぁ……口には出さないでおこう。

 

「そうだ、オルガ団長。私の方からも君たちに向けて話があるんだった」

 

「話?なんだよ?」

 

「実は私___明日から君たちの学校に教師として勤務させてもらうことになった」

 

「はぁ!?」

 

突然の一言に思わず声を上げてしまう。

マクギリスは、そんな様子に気にすることなく話を続ける。

 

「教科は英語を受け持つことになった。村雨解析官と同じ教師として、近くにいれば何かと君たちをサポートできるだろう?それに……」

 

「……それに、なんだ?」

 

「君と三日月くんの学生生活がどんなものか、少し気になってだね?」

 

「アンタ、サポートは建前でそっちが本音だろ!」

 

たまらず声を上げると、マクギリスはこらえきれないと言った様子でハッハッハッと、大きく笑う。

 

「ハッハッハッ___まぁもちろんラタトスクの人間として精霊との対話やASTの対応といった君たちのサポートもするさ。それが私の仕事なのでね」

 

「…………アンタがラタトスクとして俺らのサポートをしてくれるんだったら少しはマシか。だったら___」

 

渋々といった様子で言葉を発する。そうしてオルガは以前と同じように不敵な笑みを浮かべてマクギリスの前に手を差し出した。

 

 

「___これからもよろしく頼むぜ。マクギリス・ファリド先生」

 

 

マクギリスはフッと小さく笑うと、オルガの手を握り返した。

 

 

「あぁ、こちらこそ改めてよろしく頼むよ___オルガ・イツカくん」

 

 

 

 




どーもどーも毎度お久しぶりです。竹輪です。

また投稿期間空いちゃいましたね……ほんとにモチベの維持が難しいもんで……毎回毎回遅れてしまって申し訳ない。

というわけでいかがでしたでしょうか。

2年と半年以上かけた『四糸乃アグニカ編』がようやく完結致しました!
大分時間がかかってしまいましたが、これで異世界オルガのオルガ、三日月、マクギリスの三馬鹿が揃いました。
次回からはこの三馬鹿でわちゃわちゃできるようにこれからも頑張って参りますので、首をながーくしてお待ちいただけると幸いです。

さて次回からはいよいよ『狂三キラー』編に入ってまいります。
次回もご期待下さい!

それでは今日はここまでです。ではさよなら〜〜。




今回三日月の出番が無かったのは許してくれ……

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