序章 コッコロちゃんが可愛いすぎる件
「はじっめ、ちょろちょろ……♪ な〜か、ぱっぱ……♪ あかっご泣いても、蓋とるな〜……♪」
ひどく可愛らしい声が聞こえた。それはとてもとても聞き慣れた、あの娘の声に似ていた。
僕は閉じられた瞼をゆっくりと開く。
「……おや。お目覚めになられたのですね、主さま」
最初に瞳に飛び込んできたのは、頰を桃色に染めた御尊顔。大きくくりくりな撫子色の双眸は、僕を見つめていた。そして癖のある濃厚な白髪は、すごく触り心地が良さそうだった。
気になるのは、その髪から覗く尖った耳。普通の人間とは異なった耳が、愛らしく見えた。
つまり何が言いたいかというと——僕の推しだった。
アイエエエ⁉︎ コッコロ⁉︎ コッコロナンデ⁉︎
「わたくしは、偉大なるアメスさまによって派遣された『ガイド役』……名前は、コッコロと申します。どうぞ、お見知りおきを」
そんなことは、もちろん知っている。
僕が一目惚れして、どのバトルでも必ず使ってたキャラなんだから。
ちなみにアメス様も可愛いよね。
というか、僕はプリコネの世界に来たのかっ!
やったぜ、ひゃっふー!
……こんだけ心の中じゃ騒がしいが、もちろん顔は表情一つ変わっていない。
表情筋が凝り固まっているみたいだ。
まぁ、便利だから利用するけどね。
多分これ無かったら気持ち悪いニヤケ顔晒して、基本的に主人公を全肯定するコッコロちゃんですらドン引きさせちゃいそうだから。
ハァ、ハァ……それにしても生コッコロ最高すぐるっ!
おっと、そういえば次は、あの破壊力抜群の台詞が来るはず……
「主さまをお守りし、おはようからおやすみまで……揺籠から棺桶まで、誠心誠意お世話するのがわたくしの役目でございます。何なりとご用命を、主さま」
あぁ〜、赤ん坊になるんじゃぁ〜………………はっ、なんてバブみだッ⁉︎
思わず記憶喪失で赤ちゃんレベルの知能とかいう設定関係なく、本気で幼児退行しかけてしまった。
コッコロちゃん……恐ろしい子!
そして割とヤンデレ風味なところが、また僕の心をくすぐるんだよね。顔に出ないけど。
「おや、キョトンとされておりますね。えぇっと、不躾ではございますが……あなたさまのお名前を、お聞かせ願えますか?」
名前かぁ、そういえばゲームの時はふざけて『ぽこちんハメ太郎』とか入力したっけ。今思い返すと、相当バカな名前付けてたんだなって思うよ。
今度はちゃんと名前付けないと。美食殿以外の娘達とも仲良くしたいし。
僕はその場に立ち上がり、コッコロちゃんにデフォルトネームを教えた。
「ふむ。ユウキさま、と仰るのですね。良かった、わたくしのお仕えする主さまで間違いないようです」
やったぜ。
というか、やっぱり僕が主人公の身体に憑依してるんだね。
だって前の身体より細いし若いし柔らかいしで、何から何まで違うもん。
若いってイイネ!
「よもや人違いなのでは、などと疑って申し訳ありません。ご不快でしたら、何なりと罰をお与えください」
ん? 今なんでもするって……言ってないですね、はい。
「鞭で打たれようが何をされようが、わたくしは一向に構いません」
11歳を鞭で打つとか鬼畜の所業で草も生えないよ……むしろ、僕のことを鞭でバチバチに打ってほしいのだが。
……頼んだらやってくれそうだし、今度拝んでみるとしよう。
「アメスさまの託宣によると、主さまは『ほとんどの記憶を失っている』ようなので……わけがわからない状態でしょうけど。わたくしがお導きしますので、どうかご安心を」
いや、失ってないんですけど。
あっ、前作はやってないから、そもそも記憶に無いのか。
……ごめんね、リダイブ勢で。事前登録してたから許して。
僕が心の中でこっそり謝っていると、ふとすぐ近くの茂みから声が聞こえた。
まぁ、誰なのかは判ってるけどね。
「お腹すいた〜……お腹すいた〜……」
「はい、心得ております。お昼時ですしね」
コッコロちゃんが目をキラキラさせながらこの場に存在しない声の主に賛同した。
……いっつもストーリー見返す度に思ってたんだけどさ、どう頑張っても男と女の声は聞き間違えないでしょ。
あとコッコロちゃんの『ですしね』の『しね』の部分を聞いてゾクゾクしちゃうのは僕だけじゃないはず。
「主さまがお目覚めになられたら、召し上がっていただこうと……わたくし、ごはんを炊いておりましたから」
なんていじらしい子なのだろうか。
こんな草原の真ん中で一生懸命ごはんを炊く幼女……絵になるなぁ。僕だったら全財産叩いてでも手に入れちゃうね。
コッコロちゃんが袋から弁当箱を取り出して開けると、茂みからティアラをのせた少女が躍り出た。
「うわぁい、ごは〜ん! ありがとうございますありがとうございますっ、お腹がすいて死んじゃいそうだったんです!」
少女は万人を虜にするような屈託のない笑顔を浮かべて駆け寄ってくると、コッコロちゃんが持つ弁当箱の中身を食べ始めた。
「ご馳走になりますっ、いただきまぁ〜す☆ もぐもぐもぐっ♪」
「……どちらさまでしょう?」
コッコロちゃんは丹精込めて作ったお弁当が消えていくのを眺めながら、僕にそう訊いてきた。
僕は首を横に振った。
これから長い付き合いになる友人だよと教えてあげたいが、原作準拠しなきゃ僕が対応出来なさそうなので泣く泣く知らないふりをしたのだ。
「もぐもぐもぐっ♪ ぷはぁっ、ンま〜い! 生き返るぅ〜っ、ごはんは命のエネルギー……☆」
少女はこちらが涎を垂らしてしまいそうなほど美味しそうに弁当を貪る。
数秒もすれば彼女は弁当箱の中身を完食し、ニコニコしながらお礼を言ってきた。
「あぁ、食べた食べた! いやぁ、助かっちゃいました! 見ず知らずのわたしに美味しいごはんを恵んでくれるなんてっ、良い人たちですね! 一生恩に着ますっ、ありがとうございま〜す☆」
「いや恵んだというか、気づけば食べられていたというか……。あぁっ、主さまのために用意したごはんが一瞬で消え失せましたよ? な、何なんですかあなたは?」
図々しくも礼を述べる少女に、コッコロは空になった弁当箱を見ながら問うた。
僕も11歳の女の子が、僕のためだけに作ったお弁当を食べたかったゾ……。
「わたしは……いや、それよりも。あの子、あなたたちのお知り合いですか?」
……あの子? 誰かいたっけ?
全く記憶に無いんだが……。
もしやこれが記憶喪失というやつか⁉︎
「あの子、と仰いますと?」
コッコロちゃんがはて? と首を傾げると、地響きと共にピンク色の髪の少女が現れた。
——背後に大量の魔物を引き連れて。
「きゃああっ、助けて〜! 魔物がっ、大量の魔物が追いかけてくる〜!」
……あー、すっかり忘れてた。
本当に、ごめんなさい。プリコネって結構人数が多いから、正統派ヒロインってどうしても霞んじゃうんだよね。別に悪口じゃないんだけど。
「おや……何だか、えらいことになってますね。どなたか存じあげないかたが、魔物の大群に追われています。ど、どうしましょう主さま?」
若干おろおろした様子でコッコロちゃんが、僕を見つめていた。
感情表現があまり得意ではないコッコロちゃんの困惑した表情、ご馳走様です。
大丈夫だよ、コッコロちゃん。今さっき餌付けした女の子は、こういう時に頼りになる人だから。
「魔物の群れはこっちに向かってますし、無視もできません。ちゃちゃっと片付けてきますので、ふたりは避難してください! いま助けますよ〜そこのひとっ!」
食事に満足していた少女は、腰に差した剣を握って魔物の群れに特攻した。
「えっえっ、誰っ? わたしを、助けてくれるの……?」
入れ替わりに杖を持ったピンク髪の少女が、困惑した様子で僕とコッコロちゃんに合流した。
「う〜む。さすがに魔物が多すぎます、わたくしたちも助勢しましょう」
コッコロちゃんがむんっと槍を構える。
※ ※ ※
そんなこんなで僕も剣を担いで魔物を倒しに行ったが、ほとんどコッコロちゃん達が倒してしまい僕の出番は皆無だった。
コッコロちゃんの槍捌きが惚れ惚れするようなものだったのは、言うまでもない。
僕は魔物を興味深く眺めただけだ。
「ありがとうございました! お陰で助かりました……危うく食べられちゃうところでした」
「いえいえ、ご無事で何よりでございました。あなた、どうして魔物の大群に追われていたのですか?」
「その子っていうより、わたしを狙ってたんだと思いますよ。その子はたまたま通りがかって、巻き込んじゃった感じですかね……ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました」
「あなたを? えぇっと、どういうことでしょう? というか本当に、あなたは何者なのでしょうか……? まだ、お名前すら不明なのですけど?」
コッコロちゃん、一文一文全てに疑問符がついてるよ。可愛いすぎて抱き締めちゃいそう。
「あっ、わたしも名乗ってなかったよね。わたし、ユイっていいます。本当に、助けてくれてありがとう……♪」
「あぁ、はい。わたくしは、コッコロと申します。こちらは、ユウキさまです」
「えっと……わたしたち、どこかで会ったことがないかな?」
ナンパかな? ナンパじゃないよ 前作だよ
んー、字余り故に具合が悪い。無能ですね。
「お〜い! みんなっ、こっちにきてください!」
少し離れたところでペコリー……おっと、まだ名乗ってないから僕から明かしちゃダメだよね。
橙髪の少女がブンブンと手を振って僕達を呼んでいた。
「何か倒れてるひとがいるんですよ〜。回復魔法とか使えるひといましたよね?」
「あっ、わたし回復魔法は得意です! 倒れてるひと……って、えぇっと?」
猫耳の生えた少女が木々の間に倒れていた。
ふわっ、おまっ——これ、キャルちゃんやんけ!
猫耳触りたい。それと人間の耳があるべき場所がどうなっているのか調べたいんだけど、なんか禁忌に触れそうだから止めておこうか。
「…………」
「どうしたんだろう、このひと? わたしと同じように、通りすがりで巻き込まれちゃったとか? 見たところ外傷はないけど、なぜか気絶してる!」
いや、本当に怪我してないかしっかり調べないと。というわけで、触診はまかせろください。
「治療とか、お任せしますね? まだ魔物がウヨウヨいるので、わたし蹴散らしちゃいます! みんなは、その気絶してるひとを運びつつ避難してください〜♪」
「避難しようにも、こうも魔物だらけでは身動きがとれませんよ。えぇっと、お腹ぺこぺこのペコリーヌさま……と仮にお呼びしますね? 乗りかかった船です、ともに窮地を脱しましょう」
お腹ぺこぺこって言葉が可愛すぎて鼻血出そう。そして推しがそんな言葉を使うのを間近で聞いてて、可愛すぎて吐血しそう。
コッコロちゃんの過剰摂取は、僕の身体に悪いようだ。
「おやっ、ペコリーヌってわたしですか? かわいいあだ名をつけられちゃいました〜やばいですね☆ この程度の数なら、わたしだけでもかる〜く殲滅できるのに♪」
可愛い笑顔で殲滅って言葉を使う辺り、やばいですね☆
「ううん、助けられっぱなしじゃ申し訳ないもん! わたしも戦います!」
「わたくしたちも参戦しましょうか、主さま」
待て、待つんだコッコロちゃん‼︎
僕は他人を強化する能力の使い方なんてわからないよ⁉︎
「すみません、何だかドタバタとした出会いになってしまいましたけど。どうか、これから宜しくお願いしますね」
あぁ、うん。こちらこそよろしくね。
……って、そうじゃなくて戦い方を——
「ここから始めましょう、わたくしたちの物語を……♪」
ハハッ、ソウデスネー。