なぜなら今日は、水曜日   作:藤涙

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第2話

ついて来い、と短く命じられて、特に反抗する理由も意思も自我もないので素直について行った。目の前には痩躯の青年、斜め後ろにはもやがかっている黒い人間がいる。性別はよくわからなかった。

 

ああ、春だな。と感じたのは、空の色が淡かったこと。風に乗る香りが桜の薫だったこと。あとは薄暗い路地裏を歩くさなか、聞こえてきた声はまだ幼い、真新しい制服とランドセルを纏いはしゃぐ子供のものだったからだ。

 

明るい世界だった。久しぶりに起きたからか、それともこれから所属する世界が暗雲立ち込めるせいなのか、“水曜日”にはよくわからなかったけれど。

────どうやら世界は、いつのまにか平和になっていたらしい。

 

ここまで考えて、わからないことだらけだ、と眉根を寄せる。

 

意味の無い思考は好ましくない。だが思考の放棄と達観性は違うよ、と窘められたことを思い出す。達観はいい、しょうがない。私達は人間が作る世の中をそういう目でしか見れないけれど、思考の放棄はしてはいけない。考え続けることこそ意味があるのだ、と三人いるうちの姉の一人が言っていた。

 

それが善いことなのか、悪いことなのか。

 

自らが行う行動に、どんな結果が伴うのか。

 

それはいつだって、水曜日が考えていることだ。無駄なことだと謗られることは多々あるけれど。

 

午睡の感覚が抜けなくて、水曜日は本能のままに欠伸をひとつ。オークション会場から、ここまでの道のりを記録───この情報、いらなくない? と気づいて、記憶中枢のダストボックスに叩き込む。デリートはしてないし、もし必要になったら引っ張り出せばいい話。

 

しばらく歩いて、曲がって、を繰り返すうちに、とあるバーの前で立ち止まった。

見た目は普通だ。いつしか横目で見た、アメリカ映画に出てきたようなそれ。

 

チラと隠すこともせず、無貌の男を見上げる。黒い霧を纏う男はその視線に首を竦めるような動作をした。掌のマスクの彼は、既にドアの向こうに消えている。

 

少し考えた内容を整理した水曜日は、迷うことなくドアノブを捩った。

 

 

◆◆◆

 

 

中の景観は───うん、普通だ。現代的な派手さはないが、前時代的な古き良き、つまりは品がある。先のオークション会場のようなごっちゃ煮とは大違いだ。

 

カウンター席には痩躯の男。奥には酒の置かれた陳列棚。年代や名前を見る限り、ここを管理している人間は酒に余程こだわりがあるのだろう。銘柄は一品で種類も多い。マニアなら唾垂ものだろう。

 

「水曜日」

「はい」

 

名を呼ばれたので返事をする。掌から覗く落窪んだ瞳は血走っている。水曜日、Wednesday、自分の個体名はそれだ。不躾な視線を向けられたものの、とりあえずニコニコ笑っておく。大抵のことは笑顔で切り抜けられるとは誰の談だったか。

 

小さく舌打ちが聞こえた。

 

「こんな人間もどきが本当に役に立つのか?」

「さあ、どうでしょう…。存在も噂程度のものでしたから…」

「使えなかったら1億も出したのが馬鹿みたいだぞ…」

 

先生が言わなかったら買っていない、と苛立ち混じりの言葉に少し困ってしまう。性能も確かめていないのに、断じてしまうのは少々残念だ。

 

「僕をなんの用途で使用するのか不鮮明ですが…破壊という用途でなら活躍をお約束いたしましょう。僕は海の轍、嵐と津波、山々の鉄砲水。海と水の概念そのもの……押し潰して流すのは得意です、もちろんその他も」

「…」

「さあ、新しい主様。出した額程度の働きはしましょう。主が善なら善行を、主が悪なら悪行を。僕はあなたの鏡写し、僕らは意思持たぬ戦闘人形。

───お望みはなんでしょう」

 

その時だった。

カウンターの奥の水場、蛇口が独りでに捻られた。水道水が流れ始め、シンクには落ちずに浮遊していく。窓の外から───いや違う。空気中から水蒸気が集まり、水の形を成していく。大小集めて5つほど楕円の水の塊を周りに浮遊させた水曜日は、それこそ天使のように、人形めいた綺麗な笑みを作ってみせた。

 

 

「雄英高校の、襲撃…ですか」

「わかりませんか?」

「いえ、記録にある名前ですね」

 

東京都にある学術機関の名称だ。世界人口の八割が何らかの能力を持つ世の中になって、その個性を悪用する輩もいる。すぐ隣に。個性を使用した反社会運動に身を投じる犯罪者集団「ヴィラン」への対抗手段───「ヒーロー」を育成する養成学科を有している。というのが記録内容だ。

 

「今年度からオールマイトが雄英高校に赴任しています。今回の襲撃は彼を目的としたものです」

「オールマイト…」

 

口の中で懐かしい、と舌を転がす。

 

現在が何年だかはまだわからないが、街中を見た感じ数年はスリープ状態だったようだ。最期の記録を繰り返す。火花が跳ね、水はうねり、植物は爆発的成長をみせたあの日。一夜で森が生まれ、数瞬でそれが燃え尽きる。聖書では世界は七日間でできたというが、あの日はそれの再現だった。

 

「おや、ご存知でしたか」

「ええもちろん。パトロンには要注意人物と記録されていますよ…。ところでオールマイトをどうするんです?」

 

「殺す」

 

痩躯の男───死柄木弔がそう言った。このバーには無貌の男・黒霧と、水曜日、そして弔しかいないため当たり前だが、空気が嫌にシンと静まる。

 

「…本気で?」

「だとしたらなんだ。人形の癖にビビってるのか?」

「あはは、面白い冗談です。僕にそんな機能ありませんよ〜。

 

僕が言いたいのは、無謀な計画を聞き流すほど忠誠心を低く設定されていないということ」

 

ふよふよとみずの塊は浮いている。己の体がそれに連なるもののせいか、水を見るととても落ち着く。落ち着くだなんて表現できるような心は持っていないが、人間の子供が母の胎の感覚を思い出すように、人間の祖先が海から来たように、まあ喩えるなら懐かしいというものかもしれない。

 

「先程オールマイトが弱ってる…とおっしゃいましたけど、その彼が在籍しているのが雄英高校なら話が別では? 現役のヒーローである職員と未来の卵である生徒達がいるはずです。せいぜい数十人のゴロツキでは冷静に制圧されるのがオチですよ」

 

まあそのための僕だろうが。

だが決め手に欠ける。こちらの主力ではオールマイトに勝てるパワーがない。それは水曜日とて同じこと。

 

パトロンに“完全なる人間”として生まれた体なれど、恵まれた個性によって増強されたパワーには敵わない。

 

ポリポリと頬をかく。演算能力は高くない。このまま行くと勝率は────

 

「このまま行くわけない。そんなことわかってる」

「…」

「“とっておき”を連れていく」

 

未だ未熟な(キング)だ。

薄められた本能が警鐘を鳴らす。普段開くことはない腕の毛穴をしげしげと見つめ、水曜日は溜息をついた。

 

そういえば僕、人形ではなくホムンクルスなんだけどなあ。

 

「あっそういえば雇用形態のお話をしたいんですけど…」

 

「「…」」




水曜日(Wednesday)くん
・パトロンによって造られたホムンクルス(完全な人間)。
・水に関連する個性を持つ(?)
・人間としての本能は薄いものの残っている。
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