なぜなら今日は、水曜日   作:藤涙

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第3話

一目見た時から、不思議な子だと思っていた。

 

栗色の髪はふわふわと長く、くるぶし辺りまで広く伸びている。目は左右で色が違い、左目が青、右目が緑だ。身長はとても小さい、というか体のサイズ自体が小さい。140cmそこそこ、という体はまるで小さな子供のよう。椅子に座ると足もつかない。

顔立ちは───なんというか、奇麗だ。小動物めいて可愛らしいも次に浮かぶが、眉や目、鼻と口の配列が完璧で、完璧に整いすぎている。ずっと見ているとなんだか奇妙な心地になる子だった。

 

その子は───土井ナナカは、ずっとパソコンに齧り付いていた。

入学してからクラスメイトと話した姿を見たことがない。授業中もずーーーーーっとパソコンを眺めている。授業で当てられても教科書を一瞥もしないまま答えるのには不気味の一言が尽きる。そんな彼女だがパソコンを使うことはなかった。検索機能を立ち上げて、日がな一日中片目を閉じてそれを眺めているだけだ。

 

異様な雰囲気の彼女に喋りかける勇気は誰も持っておらず、一度も彼女の声を聞いた者はいない───少なくとも、今日までは。

 

「なあなあ、土井ちゃん?」

「…」

 

「「「(麗日行ったーーーーー?!)」」」

 

雄英高校1年A組のムードメーカー、麗日お茶子。入学して幾日か……ナナカの他に仲良くなれなかったクラスメイトなどいない。

今日こそ、今日こそは…! と放課後声をかけようとするたびに彼女はいつのまにか消えてしまう。そんなもどかしい日々を送っていたがついに今日、放課後まで!!! 彼女が!!! 残っていたのである!!!

 

鼻息荒くお茶子が声をかけたものの、返ってきた反応は声を出さないものの困惑したそれ。無害だと思っていたクラスメイトがかなり興奮した様子でこちらを見下ろしているのだから、ナナカの反応も当然である。

 

「もしよかったら、一緒に帰らへん? 昨日、がっこの帰り道に美味しそうなタピオカ見つけて、今日みんなと飲みに行こって思ってたんだ」

「えっと…」

 

「「「(声デターーーーー!!!)」」」

 

怒涛の勢いで誘い文句を語るお茶子に、ナナカはどこか助けを求めるように視線を彷徨わせるが、そこにいるのはなぜか息を潜める不気味なクラスメイトのみ。

思わず、といった様子で出た彼女の声は予想通りか細く───そして抑揚がなかった。スマホ向けのAIアシスタントのような声、と言うとわかりやすいかもしれない。

 

「どうかな?! ミルクティーが嫌ならほうじ茶ラテタピオカもあるし、もちろん抹茶ミルクタピオカもあるし、黒ごまミルクもあるし…あっっ!! ミルク感が嫌なら、フルーツティーとかフルーツスムージーのタピオカもあってっっっ!!! タピオカが嫌ならタピオカミルクティータピオカ抜きっていうのもあるんやけどどうかな?!?!」

「えっ、いや、あのっ…!!!」

「チーズティーもあるで……?!?!」

 

悪意はないのだろうが、必死すぎて逆に怖い。前屈みになるお茶子に、ナナカは仰け反るように引いた。

そのまま小腹がすいとるなら唐揚げも売っとったしなんか色々あるんよそれがめっちゃ美味しくて〜〜と続けるお茶子に、ナナカは猛獣でも相手しているように掌を彼女に向けた。

 

「その、た、たぴおか…? のお誘いはとても、嬉しいのですが…あいにく今日は…!!! 今日は用事が…!!!」

「今日は用事があるんやね??!! いつなら空いてるかな?!?!」

「えっと、き、金曜日なら…空いています…!!!」

 

哀れ、まさにその姿は猛る肉食獣と怯える小動物。この場合どちらがどちらなのかは言うまでもない。

 

そんな両者に見かねた芦戸三奈と八百万百が声をかけた。

 

「土井さん、いつも帰るの早いよねー? 何してるの?」

「はっ、はい。いつもは姉と一緒に帰って…!!」

「お姉様がいらっしゃるのですか? 雄英に…姉妹揃ってとは素晴らしいですわね…」

「そ、そんなことは…!!! 姉に比べると…!!! 私はあまりに無力…!!!」

 

高速で首を振るナナカに合わせてブンブンと髪も揺れる。それによる風圧は強く傍にいるお茶子の前髪も揺れるほどだ。

顔を真っ赤にして恥ずかしがっているように見えるナナカに、どこか安心したのか他のクラスメイト達も話しかけ始める。

パソコンを見つめる瞳はどこか光がなかったが、今の彼女は人間らしく見えた。

 

「姉ちゃんは何年生なんだ?」

「今年で三年生と聞いています…!!!」

 

目線を合わせるように屈んだ切島鋭児郎に、ナナカはおずおずと答える。

めちゃくちゃ可愛い〜〜!!! と目からハートを飛ばしているお茶子はとりあえず耳郎響香が取り押さえていた。

 

「今日はどんな用事が?」

「えっと、月に1回、先生とカウンセリングをしていて…今日がその日なんです」

「先生って、相澤先生?」

 

ナナカははい、と頷いた。

ちらりと時計を見ると4時20分。約束の時間まであと10分だ。

 

「そろそろ時間なので、失礼しますね…!!!」

「あーーん!!! 残念やぁ…また今度な…」

「ええ、たぴおか、楽しみにしています」

 

椅子から飛び降りたナナカは、綺麗にお辞儀をした。模範通りの、45°のお辞儀だった。

 

◆◆◆

 

「で、どうなんだ学校生活は」

「どうも、なにも…」

「そうだな、今日までボッチだったもんな」

 

担任のセリフになにも言い返せずに押し黙るしかない。ナナカにはこのサーブに上手くレシーブできるほどのボキャブラリーは有していない。

 

「そもそも、会話を目的とした用途は私には無くて…!!!」

「そういうことじゃないって前から言ってるだろう」

「いきなり言われても無理だという話です!!! 会話相手が何を考えているかなんて、いくら演算してもわかりません」

「それはそういう個性持ちじゃない限り俺でも難しい」

 

頬杖をついて半目になる担任───相澤消太に、ナナカは縮こまる思いだった。この人はなんというか、苦手なのかもしれない。

 

「まあ、今日話せたのは成長だな。ぼんやりネットの世界に浸っているよりは10倍マシだ」

「聞いてたんですか…!!! なら助けてくれれば良かったのに…!!!」

「……」

 

先程まで抑揚がなかった声はしっかり主張している。ころころと怒りと焦りを訴える豊かな表情。

 

「……今のお前は、クラスメイトと馴染めずに悩んでいるコミュ障のティーンエイジャーそのものだ」

「褒めてますそれ?!」

「成長したってことだよ。少なくとも、電子の世界に浸るお前よりはまだ。数段階くらいはな」

 

個室にコツコツと机をボールペンで叩く音が響く。

 

「話しかけてくれるのは、きっと、その、好ましいことなのでしょうが…いつか私が人間ではないと知られたら、みんなとは違うと知られたら、怖がられてしまうと思うと、処理速度が一気に落ちてしまって…」

「キョドってしまう、と…」

「そういうことではないです」

「早口だな」

 

相澤はガシガシと頭をかいて、窓の外を見上げた。雲ひとつない蒼碧の空。トンビが上空を悠々と飛んでいる。

 

「……姉兄達の情報はどうだ?」

「今のところめぼしいものは、まだ。でも…」

「でも?」

 

合理的を信条とする彼に曖昧な情報は与えたくない。少しナナカは逡巡しながら口を動かした。

 

「少し前、ネットのとある掲示板で、“人形”の話がされていました。闇オークションで人形が一億で売れた…と」

「…闇オークションね」

「私達が人形と呼ばれることは珍しくありませんし、モノがモノだけに贋作も多い。でも、ただ、少し、気になって」

 

ただの人形に一億だなんて値段は付けないだろう。少なくともナナカの価値観では否だ。0と1、電子の青い海を漂うその文字列が目に止まったのもただの偶然である。

ただ、薄められた本能が警鐘を鳴らすのも確かだ。人間で言えば第六感、そんなものがざわざわとナナカの心にさざ波を立てる。

 

「どの姉か兄かわかるか?」

「…申し訳ありません、そこまでは。……接触してみますか? ハッカーバトルとか電子戦争はものすごく得意ですし…負けない自信が…!」

「そりゃお前の個性じゃ負けないだろうな。だがだめだ、曖昧な情報で生徒は動かせない」

「で、デスヨネー…」

 

ナナカの個性は戦闘向きではない。少なくとも物理的なそういうものでは無い。“総ての電子機器、およびネットのアクセス権限”と言えばわかりやすいか。青い海のなか、綴られる全てはナナカの支配権だ。みんなネットにおける個人情報の扱いについてはもう少し注意が必要だと思う。

───どんなに暗号化されてようが解読するが。

 

「とりあえずその人形については触るな。調べるな。ハッキングするな。盗聴や盗見みも駄目だぞ。こちらで調べておく」

「なんですか人を変態みたいにぃ…!! 峰田実さんみたいにアダルトサイト巡回はしていませんよっっ!!!」

「………あいつ」

 

話題をそらせてほっとする。

だってナナカには人の心はわからない(棒読み)。アダルトサイトの情報を漏らし峰田くんが相澤に白い目で見られる確率を予測演算───正直どうでもよかった。

 

「さて、この話は置いておいて…

明日のヒーロー基礎学。人命救助(レスキュー)訓練、出れそうか」

「はい。身体(からだ)精神(こころ)、共に安定しています。私の個性がどう役に立つのかはわかりませんが、精一杯尽くそうかと」

「お前はヒーローって言うよりは“椅子の人(サイドキック)”に向いてるな…まあそれはそれ、これはこれだ」

 

指先がコツコツと机を叩く。

手の中で弄んでいたスマホがチカチカ光るとともに、左目もぼんやり光った。

 

「頑張れよ、“土曜日(Saturday)”」

「…はい!」

 

ただ、なんだか嫌な予感がした。

それだけ。

 

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