「ーーえ?」
虚を突かれた表情のダイヤさん。
(うん、いける)
手応えを感じた私は頭の中に用意していた台詞を並べていく。
視界の端で鞠莉ちゃんが小さく口笛を吹く姿が見えた。
「私、ちょうどその日に東京の友達と遊ぶ約束を入れていて、どの道東京には行くんです。友達と会うのも秋葉原だし、買い物を終えたルビィちゃんに少し待ってて貰えばーー」
「本当っ!?」
つらつらと述べる私の言葉は、勢いよく腰に抱きついてきたルビィちゃんによって遮られた。
「わっ! る、ルビィちゃん?」
「本当にいいの、梨子ちゃん!?」
「う、うん、そのーーダイヤさんが良ければだけど」
こちらを見上げるルビィちゃんの表情は、さっきまでが嘘みたいに晴れやかで。
その表情を見ただけで、声を上げて良かったと思う。
「お姉ちゃん、梨子ちゃんと一緒ならいいでしょ? 東京にも詳しいし、いいでしょ?」
「で、ですがーー」
目に希望を宿したルビィちゃんを前にして尚、まだダイヤさんは渋る。
多分、一度言ってしまった手前引けなくなっているのだろう。
どうしたものかと考えている内に、鞠莉ちゃんから援護射撃が飛んできた。
「ダーイヤ。素直に言いなさい、ルビィにイベント楽しんできて欲しいって」
「鞠莉さん!? わ、私はそんなーー」
にやにや笑みを浮かべながらダイヤさんの肩をポンポン叩く鞠莉ちゃん。
「いいんじゃない? ルビィちゃんの言う通り、梨子ちゃんなら東京詳しいだろうし。ダイヤよりよっぽど」
「……一言多いですわよ、果南さん」
それまで無言で様子を見守っていた果南ちゃんも流れに乗って口を開く。余計な一言を付け加えている辺り、果南ちゃんも内心はルビィちゃんを行かせてあげたかったのかもしれない。
「そうずらダイヤさん!」
「は、花丸さん?」
更に、流れに乗って花丸ちゃんが説得にかかる。
「ルビィちゃん、ずっと前からそのイベントのこと楽しみにしてたずら。心配な気持ちは分かるけど、これじゃルビィちゃんが可哀想ずら! 東京出身の梨子ちゃんが付き添うって言ってるんだから、ルビィちゃんを行かせてあげて?」
「ほらほらダイヤさん! 多勢に無勢だよ!」
次々と増えていく説得の声に千歌ちゃんが乗っかってーーようやく、ダイヤさんが折れる。
申し訳なさそうに眉を下げ、恐る恐るこちらを振り向くダイヤさん。
「うぅ……梨子さん、本当にご迷惑じゃありませんの……?」
「はい! 寧ろ、電車の中で一人きりって寂しかったから助かります」
問いかけに笑顔で応えると、ようやくダイヤさんの表情が緩んだ。
「で、ではーールビィ、梨子さんにご迷惑のないよう心がけて行動すること。約束出来ますわね?」
「うん! 出来る!」
すっかりいつもの溌剌とした声に戻ったルビィちゃんが大きく頷く。心なしか左右の髪がぴょんぴょん跳ねているように見えた。
「では、申し訳ありませんがよろしくお願いします、梨子さん」
「はい。ちゃんと面倒見ますから、安心してください」
折り目正しくお辞儀をするダイヤさんに笑顔で応える。本当に真面目な人だと改めて思う。
「梨子ちゃん、ありがとう!」
「いいのよ、予定が重なっただけだから」
改めてお礼を言いに来るルビィちゃんの笑顔は本当に愛らしくてーー褒め言葉になるのか分からないけれど、本当に小動物のようだった。
そういえば、ルビィちゃんと2人でお出かけするのは初めてだ。そういう意味でも、これはいい機会なのかもしれない。
ピリピリしていた空気が一旦落ち着いたせいか、部室には妙に緩い空気が流れていた。
柄にもないことをしてしまった私は、ふう、と一息ついて椅子の背もたれに体重を預ける。
人の気配を感じて顔を上げると、鞠莉ちゃんと果南ちゃんが微笑を浮かべて立っていた。
「ナイスファイトだったわね、梨子」
「本当、あの状態のダイヤを説得しちゃうんだもん。梨子ちゃん、私や鞠莉よりもダイヤに信頼されてるんじゃない?」
とん、と私の前に紙パックのジュースを置きつつ鞠莉ちゃんと果南ちゃんが話しかけてくる。
どうやらこのジュースはご褒美らしい。なぜ知っているのか、ピンポイントで私の一番好きなジュースだった。
「そんな、大したことはしてないわ。ただ偶然予定が被っていたってだけでーー」
そこまで言った辺りで、鞠莉ちゃんがにんまりと笑う。何か見通しているような、ちょっと意地の悪い笑み。
「ん〜……ま、そういうことにしといてあげるわね?」
「……うぅ」
ああもう。この顔はきっと、『手帳を見て何かを確認した上で携帯を取り出して何か打っている所まで全て見ていて大体のことは察しちゃってるけど、まあそれをわざわざ言われるのは恥ずかしいだろうから黙ってておいてあげるわね』の顔だ。何だってこの人はこんなに目が良いのだろう。
居た堪れなくなり、ジュースを飲みつつ目線を逸らす。部室のもう片隅では千歌ちゃんがルビィちゃんと喜びを分かち合っていた。
「良かったねルビィちゃん……本当に良かったね……!」
「ありがとう、千歌ちゃん! ルビィ、千歌ちゃんが隣にいてくれてすっごく嬉しかった!」
目を潤ませながらルビィちゃんの手をとって喜ぶ千歌ちゃんは、まるで自分のことのような喜びようだった。
「私は行けないけど……楽しんできてね! 『スクールアイドルコラボスイーツフェスティバル』ーー通称『スイフェス』!」
妙に説明くさい言い方で千歌ちゃんが言う。
『スイフェス』ーーそれが、ルビィちゃんの参加しようとしているイベントの名前のようだ。
「す、スイフェス?」
「スクールアイドル要素、丸ごと略されちゃってるけど……」
思わずおうむ返しをする善子ちゃんに、手早く突っ込みを入れる曜ちゃん。
うん、私もちょっと思ってた。略しすぎて何のことやらさっぱりだ。
「うん! スイフェスはね、全国各地で開催されるスクールアイドルと有名スイーツブランドがコラボしたオリジナルのお菓子を限定販売しているイベントでーー今週末秋葉原で開催されるのは『スクールアイドルコラボスイーツフェスティバル 東京会場 μ’s特別展』! スイフェスの中でも特別にμ’sのコラボスイーツだけを取り扱った、ファン必見のイベントなの!」
興奮気味に捲したてるルビィちゃん。μ’sの話をする時のルビィちゃんは、別人になったようにハキハキと早口で喋るので面白い。
「はぁ……行きたかったなぁ……私も限定のスイーツ、買いたかったよ〜……」
急にテンションが下がった千歌ちゃんは机に突っ伏してそう愚痴った。普段はぴょん、と跳ねている髪の毛もへにゃりと下を向いている。
「大丈夫だよ、千歌ちゃん!」
「えっ……? ルビィ、ちゃん……?」
横から眩しい笑顔を千歌ちゃんへと向けるルビィちゃん。ゆっくりとルビィちゃんへ向き直る千歌ちゃんの表情はまるで、神様を見上げているかのよう。
「『噂のチョコレートと虹色マカロンのsweet&sweetセット 〜高坂穂乃果edition〜 (秋葉原会場限定ブロマイドセット)』は、ルビィが責任を持って持ち帰ってくるから!」
「いいの……? 本当に……?」
何やら非常に長い商品名を述べて得意げな表情のルビィちゃんと、声を震わせてゆっくり椅子から立ち上がる千歌ちゃん。
……寸劇が始まってしまった。
「もちろん! だって、千歌ちゃんは同じμ'sファンの友達でーールビィをスクールアイドルに誘ってくれた、恩人だもん!」
「ルビィちゃん……うぅ、ルビィちゃん……!」
屈託のない善意を放つルビィちゃんを見て、遂に千歌ちゃんの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
……演技じゃなくて本当に零れ落ちてる。
「わたし、わたしルビィちゃんと出逢えて、一緒にスクールアイドルが出来て、本当に良かった……!」
「ルビィもだよ、千歌ちゃん!」
そのまま力強くルビィちゃんを抱きしめる千歌ちゃんと、優しく抱き返すルビィちゃん。台詞だけ抜き取ると感動的だけど、要するに後輩に期間限定のお菓子を買ってきてもらうという話だ。
「いやいやいやいや……お菓子を代わりに買ってきてもらうってだけでそれは大袈裟じゃ……」
そんな冷めたことを考えていたら、案の定曜ちゃんがツッコミを入れてくれた。CYaRon!で活動しているときはいつもこんな感じなのだろうか。大変そう。
「何言ってるの曜ちゃん!!」
「えっ……ご、ごめんなさい?」
千歌ちゃんにぴし、と指をさされて反射的に謝る曜ちゃん。良いんだよ曜ちゃん、謝らなくて。
「『噂のチョコレートと虹色マカロンのsweet&sweetセット 〜高坂穂乃果edition〜 (秋葉原会場限定ブロマイドセット)』はね、今回のイベントで会場に行った人しか買えない、もう2度と手に入らないレア物なんだよ! それを買ってきてくれるなんてーー最早ルビィちゃんじゃないよ! ルビィさん! いやルビィ様! いやルビィ大明神!」
「いやいや……」
曜ちゃんのツッコミも追いつかなくなってきた頃合いでーーパンパン、と手を叩く音が部室中のお喋りを止めた。
「とにかく、話は纏まりましたわね? 今日の練習を始めますわよ?」
「OK、まずはミーティングね! じゃあ、各ユニット昨日の進捗を報告してちょうだい。まずはーーじゃあ、もう既にバッチリ暖まってるCYaRon!から!」
ダイヤさんが仕切り、鞠莉ちゃんが話の流れを作る。さり気なく行われる見事な連携で、一気に部活動の空気に流れが変わる。
ふと、携帯電話の振動を感じて通知を見る。
OK、と端的に記された友人からのメッセージ。
心の中で良かったと呟き、私はミーティングへと意識を集中させた。