ピジョン・ブラッドの煌めき   作:月見 栞

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 時間も半端だった為、そのままカフェで昼食を食べてスイフェスの会場へと向かう。

 早めの解散になってしまったのは残念だったが、ダイヤさんから頼まれた買い物の時間が確保出来たと考えることにした。

 余裕があったら私も記念に何か買おうかな、なんて最初は考えていたけど、そんな余裕があったのは会場に出来た長い長い待機列を目にするまでだった。

(……大丈夫かなルビィちゃん、押し潰されたりしてないといいけど)

 ちょっと心配になる。もの凄い人混みに長蛇の列。ダイヤさんに頼まれたものを回収したら、早めに合流したほうがいいかも知れない。

 辺りを見回せば、色とりどりのお菓子がディスプレイされている。設置されたスクリーンには今回コラボレーションしている伝説のスクールアイドルグループ、μ’sの映像が流れていた。

(本当に、凄い人気……)

 既に解散しているグループだというのにこれだけの人がが集まっていることからも、その影響力が見て取れた。

 不思議なものだ。画面の向こうで自由に伸び伸びと歌っている彼女達が、元母校の先輩だったなんて。

 彼女達を見ているとたまに、あのまま音ノ木坂でずっとピアノを続けられていたらどんな人生になっていたのか空想してしまう時がある。

 スランプに陥ることもなく、ピアノを好きなまま音ノ木坂学院で実力を伸ばしていけたらーーその世界の私は幸せだっただろうか。

 スクールアイドルとしてAqoursのみんなと活動することはとても楽しいし、それ以外の面でも内浦での生活は充実している。ただ、そうして引っ越した先での生活が充実すればする程、不意に寂しさとも切なさともつかない感情が去来する。

 

 ピアノが好きという気持ちを取り戻し、あの学校が好きだったということに気付いた。

 今日、想像以上に自分を気にかけてくれていた友人がいることを知れた。

 だからこそ。

 もし、東京から出る前にそういったことに気付けていたらーーそんな風に考えてしまう時がある。

 考えたからどうなる訳でもない、ただの仮定の話。

 もちろん今に不満がある訳でもなく、やり直したい訳でもない。でも、空想はどうしようもなく湧いてくる。

 下手に口に出せばどちらの友人にも余計な不安を与えるだろうから、言わないけれど。

 やっぱり私は、一度捨ててしまった自分をーー

 

「次の方ー! こちら空いてまーす!」

「……は、はいっ!」

 考え事をしている内に長い列も随分進んでいたらしい。

 レジの向こうから声を上げる店員さんの方へ、ダイヤさんのメモを片手に向かう。どうやら約束は無事果たせそうだ。

 

 

 

 会計を終え、人混みの中から脱出する。

 買うべきものは買えた訳だし、ルビィちゃんに連絡だけ入れておこうか。

 会場の外に退避して携帯電話を取り出して、予定より早く解散になって今会場の近くにいる旨を伝えるメッセージを入力しーー送信ボタンを押そうとしたその瞬間に、耳がルビィちゃんの声を捉えた。

「えっと、でも……ルビィ、待ち合わせしてる人がいてーー」

 顔を上げれば、少し離れた場所にルビィちゃんはいた。

 見覚えのない、大学生くらいの女性と話している。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて話しかけるその姿からは特に危険な雰囲気は感じられない。でも、どうやら話しかけられているルビィちゃんは困っている様子だった。

 もしかすると、見た目に反して押しの強い人なのかも知れない。この会場にいる訳だし、同じμ'sのファンとして話している内に盛り上がってファミレスに誘われたとか、そんなところだろうか。

 とはいえ、優しそうな風貌の若い女性だ。普通に事情を説明すれば分かってくれるだろう。

 そう考えて、近付きながら声を掛けようとしてーー凍りついた。

 

 その女の人が持っているトートバッグから、パンフレットのようなものが頭を覗かせていた。

 見覚えがある。昔、怪しげな宗教勧誘が流行っているから注意するようによく学校で言われていた。特に秋葉原では、アイドルやアニメなどの趣味が一緒だと言ってファミレス等に誘って逃げ難くした上で勧誘をする手口の宗教勧誘が頻発しているから気を付けなさい、と。

 そうだ。親にも先生にも何度か注意されたし、実際それらしい人に声をかけられた事もあった。そして、ルビィちゃんは恐らくこのことを知らない。

「じゃあ、その待ち合わせをしている方が来るまでお話ししましょうよ! 立ち話は疲れますし、お店に入ると言ってもすぐそこのファミリーレストランですよ?」

「でも、その……うぅ」

 カツカツと靴音を立てて一直線に向かう。

 知っている。そう言って誘い込んだレストランで、予め用意していた仲間を呼ぶことを。

 そうやって心理的に圧力をかけて、逃げ難くすることを。

「……実は私もこの後予定が入っているので、そんなに長居は出来ないんです。だから、お話しするといっても大体1時間くらいですよ」

「1時間ですか? そ、それくらいなら、じゃあ……」

 それも嘘。とにかく落ち着いて勧誘できる場所に連れ込みたいだけで、こういう人達はいくらでも嘘をつく。

 人の良いルビィちゃんはきっと押し切られてしまうだろう。単に勧誘されるだけならまだしも、もしダイヤさんが言っていたように「何か」があったら。

 

「ーールビィちゃん!!」

 少し強めの語気で名前を呼ぶ。驚きと困惑を浮かべるルビィちゃんの手を取り、真っ直ぐに勧誘を仕掛けていた女性に向き直る。

「急いでますので。失礼します」

 そう吐き捨てて、即座に反対方向へーースイフェスの会場内へとルビィちゃんを引っ張って行った。

 

 

 会場内のフリースペースまで辿り着いた私は、後ろから誰も追ってきていないことを確認してようやく一息ついた。

「……ごめんねルビィちゃん。大丈夫? 手、痛くない?」

 無意識の内に強く握っていたルビィちゃんの手を解放する。

 振り返らず、とにかく距離を置く為にがむしゃらに歩いていたから、ルビィちゃんを気遣う余裕がなかったのだ。

「うん、大丈夫! えと、梨子ちゃん、もうお友達とは別れたの?」

「そうなの、ちょっと訳あって早めの解散になっちゃって……ルビィちゃん、さっきの女の人に何か変なことされてない?」

「うん、普通に話してただけだよ? あのお姉さんもμ’sが好きだ、って言うからそのままμ’sの話をしててーーでもね、何度も『どこかお店に入ってお話ししませんか』って誘ってくるから、ちょっと怖くなってきちゃって……」

 今日ばかりは偶然早く解散になって良かったと改めて思う。

 もう少し遅かったら、ルビィちゃんは言い包められて連れていかれていたかもしれない。

「さっきの人はね、多分だけどーー怪しい宗教の勧誘してる人なの。だから、着いていかなくて正解だったのよ」

「そうだったんだ……あのね、本当は知らない人に話しかけられても着いて行っちゃダメだって分かってたの。でもあのお姉さんが花陽ちゃんのストラップを交換してくれるって言うから、つい……」

 ごめんなさい、と消え入りそうな声でルビィちゃんが呟く。

 ありがちなことだけど、ラバーストラップやアクリルキーホルダーといった商品は全てランダム封入になっていた。

 ルビィちゃんは、一番好きなメンバーのそれを手に入れられなかったのだろう。そして、その気持ちの隙を突かれてしまったのだ。

 俯いて悲しそうな顔をするルビィちゃんに心が痛む。だって、ルビィちゃんは何も悪くない。

 折角楽しみにしていたイベントに参加出来たのに、最後の記憶がこれではあんまりだ。

「ーーじゃあ、もう一回並ぼっか! 私がいくつか買ってあげるね」

「えっ?」

 唐突な提案だと自分でも思う。でも、やっぱりこのまま放っておくこともできない。

 だったらもう、奮発してたくさん買ってしまおう。列に並んで、他愛のない話をしよう。ルビィちゃんにμ'sのことを教わるのも良い。

「もしかしたら、あの人は怪しい人じゃなかったかも知れないでしょ? もしそうだったとしたら、私はルビィちゃんの邪魔をしたことになっちゃう訳だから、そのお詫び」

 あまり理屈が通っていないことは承知の上。

 それでも私は、無性に何かしてあげたい気分だった。

「で、でもーー」

「いいから! 行こう、ルビィちゃん!」

 手を取って、再び長蛇の列に並ぶ。今度は優しく掴んで、急ぎ過ぎないように。

 振り返った視界に入るルビィちゃんの表情は早くも少し綻び始めていて。

 私は、何だか無性に楽しい気持ちになってクスクス笑った。

 

 

 

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