ピジョン・ブラッドの煌めき   作:月見 栞

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 2度目の買い物を済ませた後、私はルビィちゃんに提案して一度電車で汐留まで移動した。

 秋葉原周辺は日が暮れるに従って混んでいく一方なのに対し、新橋駅からほど近いこの汐留の空中歩道エリアは週末だから閑散としているからだ。

 汐留駅に程近い場所にある長椅子に座って、一旦荷物を整理する。沢山買い込んだものをリュックに詰めたり、入らないものを一つの袋にまとめたり。私も入りそうなお菓子はトートバッグに移してしまうことにした。

「……じゃあ、いきます!」

 それが一通り終わると、ルビィちゃんはとても真剣な面持ちで先ほど買い足したストラップやキーホルダーの開封を始めた。声や表情にいつものルビィちゃんらしい元気が戻っているように見えて、私は少し安心する。

 1つ目。オレンジ髪のサイドテールの女の子。千歌ちゃんが好きなメンバーだっけ。

 2つ目。黒髪ツインテールの子。挨拶が特徴的な人だった記憶がある。

 3つ目。グレーの変わった髪型をしている子。確か衣装担当のメンバーだったような。

 4つ目。青い長髪の女の子。何となく親近感を感じる。

「ーーあっ!!」

 そして、真剣な面持ちで開封した最後の1つ。中身の見えない袋から飛び出したのは、茶髪のボブに優しそうな目元の女の子。小泉花陽ーールビィちゃんが特に好きと言っていたメンバーのものだった。

「やったぁ! 見て見て梨子ちゃん、すっごく可愛い!」

「うふふ。良かったね、ちゃんとルビィちゃんの所に来てくれて」

 飛び上がるほど嬉しい、と表現することがあるけれど、今のルビィちゃんは本当にぴょんぴょん飛び跳ねていた。少し遅れたテンポで短めのポニーテールが首筋を跳ねる。

「うん! ごめんね、結構するのに5つも買ってもらっちゃって……」

「良いのよ、さっきも言った通りお詫びなんだから。ちゃんとルビィちゃんが欲しがってた子が出て安心したわ」

 余程嬉しかったのか、ルビィちゃんは早速3つのストラップをリュックに付けていた。Printempsが揃っちゃった、と嬉しそうに呟きながら。

「……Printemps?」

「うん、Printemps! 穂乃果ちゃん、ことりちゃん、花陽ちゃんのユニットでね、基本は王道の元気で可愛いアイドルソングを歌うんだけど、失恋をテーマにした切ない曲も歌ったりしててそのギャップが魅力なの! 特にルビィが好きなのはLove marginalっていう曲でーー」

 嬉しそうに楽しそうに、そしてどこか誇らしげにルビィちゃんは語る。

 

 自分の好きなものを。

 自分の好きな人を。

 自分の好きな歌を。

 

 その言葉には濁りがない。

 ただただ純粋で透明な『好き』の感情がそこにはあった。

「……本当に好きなのね、スクールアイドルが」

「うん! 大好き!!」

こちらを振り向いて満面の笑顔。その笑顔がちょうど射し込んできた夕陽に照らされる。

眩しかった。瞳にも、心にも。

「……凄いね、ルビィちゃんは」

「えっ?」

 脈絡のない私の発言に目を白黒させるルビィちゃん。

ーーああ、いけない。

 夕陽が妙な感傷を呼んで、口から心の内が零れ出ていく。

「私ね、一度好きだったピアノから逃げちゃってるの。大好きだった筈なのに触るのも嫌になって、全然曲が思い浮かばなくなって」

 零れ落ちていく私の自白を、ルビィちゃんは静かに聞いてくれていた。

 その距離感が心地よい。

「環境を変えたら良くなるかもって、内浦に引っ越したけど、結局自分の力じゃ何も見つけられなくて。私がピアノをまた好きになれたのは、千歌ちゃん達がーーAqoursのみんながいたからで」

 そうだ。

 私は結局、未だに未練が残っている。

 東京から、音ノ木坂から逃げてしまったこと。

 一度、ピアノを嫌いになってしまったこと。

 それらを、他でもない自分が許し切れていない。

「探していた音を見つけて、前の学校が好きだったってことにも気付けて、こっちにいた友達からたくさん心配されてたことも知って。だからかな……余計に、どうしてあの時逃げちゃったんだろうって、逃げずにどうにか出来たんじゃないかって、考えちゃう時があるの」

 天を仰ぐ。余り人に話したことのない内容だから纏まりはなく、内容は未練がましく情けない。

 ならやめればいいのに、どういう訳か口は止まらない。ずっとこうして吐き出せる時を待っていたかのように、次々と言葉が溢れかえってくる。

「だからね、私はルビィちゃんが羨ましいし、凄いなって思う。ちゃんと自分の好きなものを好きで居続けて、迷いなく好きだって言えるルビィちゃんが」

 初めて見たときは、小柄で弱々しい印象だった。

 でも、人見知りなのに先輩である私達と関わったり、姉であるダイヤさんに勇気を出して自分の気持ちを伝えたり。好きなものの為に勇気を出して壁を乗り越えていく姿は、弱さとはかけ離れていて。

 白状するなら、私はその強さが羨ましかった。

 迷っても、恐れても、最終的にちゃんと自分の力で壁を破るその強さが、私には。

「そ、そんなこと……ルビィだって何度も逃げてたよ? スクールアイドルが大好きな気持ちからも、スクールアイドルをやってみたいって気持ちからも。お姉ちゃんが嫌いになったから自分も嫌いにならなきゃって、自分で考えたり向き合ったりするのが怖くて……ずっと」

「でも、ちゃんと向き合えたでしょ? あの時ロックテラスでダイヤさんに向き合ったルビィちゃん、凄く格好良かったよ」

 思い出す。俯きがちな背筋がピンと伸びて、緊張に声を震わせながらもはっきりと自分の意志を示すその背中。

 怖かったと思うし、逃げたい気持ちもあったと思う。今ルビィちゃん自身が言った通り、実際何度も目を背けたり忘れようとしたりしたのだと思う。

 でも、結局彼女は逃げずに向き合った。最終的に、立ち向かうことを選んでーー自分の好きなものを守ったのだ。

「あれは……あれは、花丸ちゃんがお姉ちゃんに話をしてくれていたから、ルビィだけの力じゃないよ。スクールアイドルに誘ってくれた千歌ちゃんや、ルビィの背中を押してくれた花丸ちゃんがーーみんながいたから、やっと向き合えたの。それは、梨子ちゃんと変わらないんじゃないかなって……思うんだけど……」

 おずおずと、でもきちんと自分の意見を述べるその姿からは、やはり確かな強さを感じる。

 私にはないものだと、何となく分かる。それがとても眩しくて、目を細める。

「ふふ。優しいんだね、ルビィちゃんは」

 でもね、と私は続けた。

「私は、スランプに陥ってからしばらくの間、視界に入れたくないくらいピアノが嫌いになってたんだよ? ようやく向き合おうって気持ちが湧いてきて目の前に座っても、指が鍵盤に触れることを拒絶しちゃうの。それで何もかも嫌になって、心配してくれてた友達も、推薦で入った高校も、生まれ育った土地も全部捨てちゃった」

 不思議なことに、嫌な記憶も辛かった記憶もさらさらと話すことができた。もう受け入れてしまったからだろうか。それともーー目の前で話を聞いているルビィちゃんが、そうさせるのだろうか。

「ルビィちゃんは、そういうことあった? スクールアイドルの雑誌も動画も見たくない。ダンスの練習やトレーニングをやろうって気持ちも湧かない。そんな気持ちになったりした?」

「それは……っ」

 そう、ルビィちゃんは捨て切っていなかった。密かに雑誌を集めたり、密かにトレーニングをしたりして、ちゃんと好きの気持ちを持ち続けていた。

 嫌いにならなくちゃ、と思っていたということは嫌いになっていなかったということだ。

 それが、決定的な違い。

 再起の時を待ち続けていたルビィちゃんと、一度何もかもを捨てて逃げてしまった私。

 その違いは、小さいものではないように私は思う。

「もちろん、私は内浦に越してきて、Aqoursとして活動できて良かったと思ってるわ。みんなのお陰でピアノが大好きだった気持ちも、こっちの学校が好きだった気持ちも取り戻せて、凄く満足してる」

 これもまた事実だ。というか、これが本来の私の本音の筈。

「でもね、向こうで楽しい時間や充実した日々を過ごす度にーー心のどこかで自分が叫んでいるの。それで良かったのかって。逃げたことも、捨てたことも消えはしないって」

 心の隅に『捨ててしまった』という後ろめたさがまだ残っている。

 内浦での楽しい記憶が増える度、その影が脳裏をちらつく。

 それがほんの少しだけーー辛かった。

 楽しい気持ちや明るい気持ちの中に一瞬現れるその影が、ずっと離れなくて。

 取り立てて騒ぐ程辛くはない。でも、それはじわじわと私を追い詰める。

「私は結局、心配してくれていた東京の友達とか、期待してくれてた学校の人達とかーーあの時ピアノのことで頭がいっぱいになっていて気付けなかった色々なものを捨てて逃げた、卑怯で弱い人間なんじゃないか、ってーー」

 

 

 

「ーーそんなことないっ!!」

 思わず目を見張る。

 今まで聞いたことのないような、芯の通った強い声が私を貫く。

 声の主であるルビィちゃんを見ると、その目は涙で潤んでいてーーどこか、怒っているように見えた。

「そんなことーーそんなこと言っちゃダメだよ、梨子ちゃん!」

 翠の瞳が私を見つめる。

 沢山の感情が燃え盛るその瞳の美しさに、気圧されて身動きが取れなかった。

「さっきも言ったけど、ルビィだって何度も逃げてたよ? スクールアイドルが大好きな気持ちからも、スクールアイドルをやってみたいって気持ちからも、何度も逃げてた! それは、ルビィにとって凄く大事なものだったのにーーお姉ちゃんが嫌いになったからって、向き合うのが怖くて逃げてたの!」

 立ち上がったルビィちゃんが私の前に立つ。見上げればそこには、珍しく激しい感情を身に宿したルビィちゃんの顔があった。

 夕陽の影になった顔の中で、一対のエメラルドが燃えている。

「ちゃんと向き合おうって気持ちになれたのは、千歌ちゃんがスクールアイドルに誘ってくれて、3人がルビィを受け入れてくれたから。その千歌ちゃんがスクールアイドルを始められたのは、転校してきた梨子ちゃんが協力してくれたからでしょ?」

 ルビィちゃんの両手が私の両手を包むように掴む。引っ張られるようにして立ち上がった私の視線は彼女より高くなったけど、不思議と私よりルビィちゃんの方が大きく感じた。

「梨子ちゃんが転校してきて、作曲をしてくれたからAqoursがもう一度結成されてーーそのお陰で、ルビィは自分の気持ちと向き合えたんだよ? 改まって言う機会が中々なかったからいつ言おうか迷ってたけど、ルビィ、本当は梨子ちゃんに凄く感謝してるんだよ? 梨子ちゃんが内浦に引っ越してきて、浦女に転校してきてくれて本当によかったって、ずっと思ってる!」

 私は、聴覚と視覚が少しだけ繋がっている。いわゆる共感覚というもので、音に色や景色が乗って見えたり、逆に色や景色から音が連想されたりする。

 今のルビィちゃんの声は、炎だった。

 触れるものを焼き払い灰に還す炎ではなく、凍える身体を温め命を灯す生命の炎。

「確かに、ルビィは見たくもない、って気持ちにはならなかった。でも、それはルビィが梨子ちゃんより強いからじゃなくて、梨子ちゃんの方がずっと大変な場所で戦ってたからだと思う。もしルビィが梨子ちゃんと同じ目にあったらーーそれこそ、耐えられずに全部捨てちゃうかも」

 握られた手から、見つめる瞳から、胸に刺さる言葉から。次々と熱が流れ込んで来るのを感じる。ずっとちらついていた影が、赤い炎の中にゆっくりと溶けていくのを感じる。

「梨子ちゃんは、離れていてもちゃんと忘れずに持ってたんだと思うの。ピアノのことだけじゃなくて、東京の友達や学校のことも、全部。だから取り戻せたんだと思う」

 羨ましいと思っていた。その真っ直ぐさが、その強さが。

 でも、本当は違ったのかもしれない。そういう感情じゃなくて、ただ、こうして気持ちをぶつけてみたかっただけなのかもしれない。

 この紅く透き通った熱に、心の何処かがずっと触れたがっていたのかもしれない。

「卑怯で弱い人は、そんなこと出来ないよ? 一度嫌いって思っちゃったものをまた取り戻すなんて、絶対に出来ないはずだよ! ルビィのことを強いって言うなら、そのルビィより大変なところで戦ってた梨子ちゃんはもっと強いと思う!」

 心の奥に沈んでいた澱を掬い取るように。

 いつの間にか出来ていた隙間をそっと塞ぐように。

 ルビィちゃんの熱が心を癒しているのが分かる。

「それにね、梨子ちゃん。ルビィ、たくさんスクールアイドルの曲聴いてるから分かるの。もし本当に梨子ちゃんが卑怯で弱い人だったらーーあんなにキラキラした素敵な曲、作れないよ。たくさん悩んで戦ってきた梨子ちゃんだから、あんなに素敵な曲が作れるんだよ。ルビィ、これだけは自信を持って言い切れる!」

 最初は怒りを湛えていた表情はいつしか、溌剌とした愛らしい笑顔に戻っていた。

 ああもう、完敗だ。確かに、スクールアイドルの曲に関して考えればルビィちゃん以上に信用できる評価者なんていなかった。

「だから、梨子ちゃん。ここまで一生懸命戦ってた自分のこと、ちゃんと褒めてあげて……?」

 ここしばらくちらついていた影のかけらが、今度こそ完全に消えていく感覚があった。

 気付けば涙が一筋流れ落ちている。後輩の前で情けない、とは思ったけれど、どうにも止められそうになくて。

「……あっ、えと、その、ごめんなさい何か偉そうなこと言って! あの、要するにーーピギィ!?」

「…………ありがとう、ルビィちゃん」

 私よりいくらか背の低いルビィちゃんを抱きしめる。

 少し冷静になってきて、泣いてる姿を見られるのが恥ずかしくなってきた。

 ふと視線がポニーテールの根本に吸い寄せられる。

 

 

 

 何故、今の今まで気付かなかったのだろう。

 

 私のそれより少し濃いピンクに、白の水玉模様。

 

 彼女の赤い髪を結っていたのは、あのシュシュだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。とても珍しく、私は自分からGuilty Kissの2人を招集していた。

 いつも通り、理事長室にメンバーが揃う。

「ハロー梨子。今日はどうしたの? 梨子から招集をかけるなんて珍しいじゃない」

「フッ……視えたわリリー。新たな闇の福音が完成したのね?」

 冗談めかして言う善子ちゃんに、私は不敵な笑みで返す。

「ーーええ、そうよ」

「えっ、本当に!? 冗談のつもりだったんだけど……」

 私も正直、こんなに早く完成するなんて予想していなかった。

 でも、今回はとても頼もしい協力者がいたお陰で一気にイメージが掴めたのだ。

「……流石ね。正直、ここまで早いとは思わなかったわ。何か刺激になることがあったのね?」

 鞠莉ちゃんの声色も、本気で驚いた様子のようだった。

 何かきっかけがあったことをすぐに見抜いてしまう辺り、やっぱり鋭い。もしかすると、私が顔に出やすいだけなのかもしれないけど。

「うん、ちょっとね?」

 柄にもなくウィンクをする私。

 最近、ユニットで活動する機会が増えたせいで段々善子ちゃんと鞠莉ちゃんの癖がうつってきているような気がする。

 

『Guilty KissはBiBiと近いから、もしかしたら参考になるかも!』 

『この曲はね、ライブですごく盛り上がるんだぁ! みんなでここの掛け声上げたりするの!』

『これの音源? もちろん! 他にも気になる曲、全部貸すよ!』

 

 先日、ルビィちゃんと東京に遊びに行った帰り道。

 ルビィちゃんはたくさんμ’sのユニット曲を聴かせてくれた。その中に、Guilty KissとEDMの間を繋ぐイメージの鍵が見つかったのだ。

 

「EDMで、ライブでみんなが盛り上がれそうな、それでいてGuilty Kissらしい曲。同じスクールアイドルの曲からヒントを得て、そこに鞠莉ちゃんのくれた曲達の音を並べたらーーはっきりとイメージが掴めたの」

 誰でも聴いただけで盛り上がる曲調に、『君』を狙い澄ます罪深い恋の視線。

 2つのイメージを”熱狂”という言葉で括ることで答えは出た。

「取り敢えず、2人とも聴いてみてくれる? タイトルはーー」

 

 

 

「ーー”Guilty Eyes Fever”」

 

 

 

 

 

 

〜Fin〜

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
中々時間を取れない中、割と突貫工事で作ったので粗はたくさんあったと思いますが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです!
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