ダイに大転生   作:液体クラゲ

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15 人は皆心にゴリラを飼ってる

「危ないところだった。まさか私の記憶が吹き飛ぶとは……!!」

「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」

 

 俺はキメ顔で述べた。

 

「つか親父も昔は温和だったんね?」

「人間を理解していなかったからだ! 奴らは身勝手で卑劣で、どうしようもないゴミだ!!」

「それで人間を滅ぼすって?」

「そうだ! お前のためでもあるのだぞ、ディーノ……!」

 

 そう言われてもなあ。

 俺は疲れたので、レオナの膝枕で休み始めた。

 

「その小娘も、今はそうやってお前の傍にいるが……やがて引き離されるだろう! 私とソアラがそうだったように……!!」

「いや、そういう相手は殴るから」

「なに……?」

 

 殴らない理由がないワケだが。

 バランは何を不思議そうに?

 うーん、これは……。

 

「親父の失敗はいくつかあると思うけどさ。そのひとつに、『殴らなかったこと』があると思う」

 

 バランは最後にブチギレるまで、人間を殴ろうとしなかった。

 疑惑だけで理不尽に追放されても、駆け落ち先で発見されて囲まれた時も、処刑の時も。

 

「殴れば良かったんだよ。斬るとかじゃないぜ。殴るんだ。ふざけんな死ねっつって、死なない程度にな」

「何だ……それは? 何を言っている……?」

「気に入らなかったら、殴る。俺は怒ってんだぞ、ってちゃんと伝えるんだよ。言葉で、行動で。人の本気なんて、なかなか伝わりにくいんだからさ。本気で怒ってるって、拳で伝えなきゃ」

 

 バランは見るからに当惑。

 俺の言ってること、そんなに分からないか?

 それともレオナに耳掻きされながら語ってるから?

 

「だが、私が殴れば……人間は死ぬぞ」

「だから死なない程度に加減すんだよ! 不器用かよ。いやよしんば殺しちまったとしても、アルキードだっけ、国ひとつ吹っ飛ばすよりは遥かにマシだったろ。最後の最後に大爆発しねえでさ、ちょっとずつ怒りを見せんだよ。相手の譲歩か屈服を引き出すんだよ。ぶん殴ってな」

「そんな野蛮な……」

 

 俺とレオナは揃ってジト目を向けた。

 人間滅亡を掲げる男に野蛮とか言われたくねえわ。

 バランは呻いた。

 しかしだ。

 

「野蛮で何が悪い? 人間だって動物だ。(ドラゴン)の騎士だってな。多かれ少なかれ、野蛮な面はあるんだよ。それを否定したって、何もいいことはねえ。殴った方が分かり合えることって、あるんだ」

「殴る……殴るか……」

 

 バランは握った拳を見下ろした。

 

「親父は人間をゴミクズみてーに言うけどさ、実際に親父を虐めたのって王とその家臣くらいだべ? 市井の民とどんだけ交流したよ。子供は? 赤ん坊は?」

「……特にしていなかった」

「なのにそいつらも纏めて殺したんだよ、アンタは。何の罪もない奴らをな。その意味でも、殴るべきだったんだ。王や家臣を、ひとりひとり、殴っていくべきだったんだ。それなら関係ない奴を巻き込まないからな」

 

 俺は虚空にパンチを繰り出してみせた。

 こうやって殴るんだ、とでも言うように。

 いや寝そべってんだけどさ。

 

「ディーノ」

「なん?」

「お前は脳味噌まで筋肉なのだな」

 

 今そういう話の流れだった????

 

「考えたこともなかった。殴れば良かったなどと……。ゴリラの勇者と呼ばれるだけのことはあるのか……」

「人間はみんなゴリラなんだよ。心にゴリラを飼ってる。大なり小なり……。気に入らない奴を殴りたい、問題を腕力で解決したい、そんな衝動をな。しかし強く抑えつけられたゴリラは、時にゴリラを超えてしまう。スーパーゴリラ人だ」

「スーパーゴリラ人」

 

 何言ってるか分からないって?

 奇遇だな、俺もだよ。

 

「親父、アンタがそれだ。それは全てを滅ぼす災厄だ。人間を根絶やしにしたとして、そしたら今度は、きっと魔族の邪悪さに気付いて滅ぼすんだろうぜ。で、次は竜か? 怪物(モンスター)か? 世界が空っぽになるぜ。それが親父の望みかい?」

「そんなワケがあるか! 私の望みは……私はただ、世界を良くしようと……」

「だったら、滅ぼしちゃあダメだ。殴るんだ。気に入らない奴を、気に入らない奴だけを殴るんだ。でなきゃ親父、世界を良くするつもりで、最悪にしちまうぜ」

 

 いつの間にか、バランは膝をついていた。

 震えている。

 怒りだろうか? 悲しみだろうか?

 

「スーパーゴリラ人になっちゃいけねえ。災厄になっちゃな。ただのゴリラがいい。人間はゴリラでいるのが自然なんだ。それが正常なんだ」

「ゴリラが……正常……」

(ドラゴン)の騎士は人間の心を持ってんだべ? じゃあ親父も、ゴリラだ。ゴリラであるべきだ」

「私もゴリラ……」

 

 バランは目が虚ろになってきた。

 

「気に入らなかったら、殴る。拳を握り固めて、ガッと殴るんだ。それなら、関係ない奴は巻き込まない。災厄じゃない、ただの喧嘩だ。平和なもんだ」

「私は……私は、間違っていたのか……?」

「ああ。だがやり直せる。そうじゃあないか? ゴリラとして、再び新しい人生を歩き出そうぜ。親父……。俺と一緒に!」

 

 俺はレオナの太腿にほっぺをスリスリしてから、決然と立ち上がった。

 膝枕で体力を回復していたのだ。

 

 バランに右手を差し出す。

 握手だ。

 

「ディーノ……すまない、すまなかった……! なろう! 私も……ゴリラに!!」

 

 親父は俺の手を握った。

 隙だらけだ。

 俺はその手を引き寄せて、反対の手でぶん殴った。

 

「ってそんな美味い話があるかオラァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ぬわーーっっ!!」

 

 バランは粉々に砕け散った。

 

 レオナが寄り添ってくる。

 

「良かったの? ダイ君。お父さんを……」

「いやアルキード吹っ飛ばしてリンガイアも滅ぼしたとかいうスーパーゴリラ人はちょっと……。下手に改心されても気分悪いって言うかさ。死ぬ以外に詫び方ないべ」

「そうね」

 

 レオナは俺の手を握ってきた。

 バランとは全然違う手だった。

 

「お腹空いたわね。ハンバーグでも食べましょうか」

「人ひとり目の前でミンチになったばっかだけど!?!??!!?!!?」

 

 やっぱレオナには勝てない気がするわ、俺。

 どうしてこんな女の子になってしまったのか……。

 


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