「危ないところだった。まさか私の記憶が吹き飛ぶとは……!!」
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」
俺はキメ顔で述べた。
「つか親父も昔は温和だったんね?」
「人間を理解していなかったからだ! 奴らは身勝手で卑劣で、どうしようもないゴミだ!!」
「それで人間を滅ぼすって?」
「そうだ! お前のためでもあるのだぞ、ディーノ……!」
そう言われてもなあ。
俺は疲れたので、レオナの膝枕で休み始めた。
「その小娘も、今はそうやってお前の傍にいるが……やがて引き離されるだろう! 私とソアラがそうだったように……!!」
「いや、そういう相手は殴るから」
「なに……?」
殴らない理由がないワケだが。
バランは何を不思議そうに?
うーん、これは……。
「親父の失敗はいくつかあると思うけどさ。そのひとつに、『殴らなかったこと』があると思う」
バランは最後にブチギレるまで、人間を殴ろうとしなかった。
疑惑だけで理不尽に追放されても、駆け落ち先で発見されて囲まれた時も、処刑の時も。
「殴れば良かったんだよ。斬るとかじゃないぜ。殴るんだ。ふざけんな死ねっつって、死なない程度にな」
「何だ……それは? 何を言っている……?」
「気に入らなかったら、殴る。俺は怒ってんだぞ、ってちゃんと伝えるんだよ。言葉で、行動で。人の本気なんて、なかなか伝わりにくいんだからさ。本気で怒ってるって、拳で伝えなきゃ」
バランは見るからに当惑。
俺の言ってること、そんなに分からないか?
それともレオナに耳掻きされながら語ってるから?
「だが、私が殴れば……人間は死ぬぞ」
「だから死なない程度に加減すんだよ! 不器用かよ。いやよしんば殺しちまったとしても、アルキードだっけ、国ひとつ吹っ飛ばすよりは遥かにマシだったろ。最後の最後に大爆発しねえでさ、ちょっとずつ怒りを見せんだよ。相手の譲歩か屈服を引き出すんだよ。ぶん殴ってな」
「そんな野蛮な……」
俺とレオナは揃ってジト目を向けた。
人間滅亡を掲げる男に野蛮とか言われたくねえわ。
バランは呻いた。
しかしだ。
「野蛮で何が悪い? 人間だって動物だ。
「殴る……殴るか……」
バランは握った拳を見下ろした。
「親父は人間をゴミクズみてーに言うけどさ、実際に親父を虐めたのって王とその家臣くらいだべ? 市井の民とどんだけ交流したよ。子供は? 赤ん坊は?」
「……特にしていなかった」
「なのにそいつらも纏めて殺したんだよ、アンタは。何の罪もない奴らをな。その意味でも、殴るべきだったんだ。王や家臣を、ひとりひとり、殴っていくべきだったんだ。それなら関係ない奴を巻き込まないからな」
俺は虚空にパンチを繰り出してみせた。
こうやって殴るんだ、とでも言うように。
いや寝そべってんだけどさ。
「ディーノ」
「なん?」
「お前は脳味噌まで筋肉なのだな」
今そういう話の流れだった????
「考えたこともなかった。殴れば良かったなどと……。ゴリラの勇者と呼ばれるだけのことはあるのか……」
「人間はみんなゴリラなんだよ。心にゴリラを飼ってる。大なり小なり……。気に入らない奴を殴りたい、問題を腕力で解決したい、そんな衝動をな。しかし強く抑えつけられたゴリラは、時にゴリラを超えてしまう。スーパーゴリラ人だ」
「スーパーゴリラ人」
何言ってるか分からないって?
奇遇だな、俺もだよ。
「親父、アンタがそれだ。それは全てを滅ぼす災厄だ。人間を根絶やしにしたとして、そしたら今度は、きっと魔族の邪悪さに気付いて滅ぼすんだろうぜ。で、次は竜か?
「そんなワケがあるか! 私の望みは……私はただ、世界を良くしようと……」
「だったら、滅ぼしちゃあダメだ。殴るんだ。気に入らない奴を、気に入らない奴だけを殴るんだ。でなきゃ親父、世界を良くするつもりで、最悪にしちまうぜ」
いつの間にか、バランは膝をついていた。
震えている。
怒りだろうか? 悲しみだろうか?
「スーパーゴリラ人になっちゃいけねえ。災厄になっちゃな。ただのゴリラがいい。人間はゴリラでいるのが自然なんだ。それが正常なんだ」
「ゴリラが……正常……」
「
「私もゴリラ……」
バランは目が虚ろになってきた。
「気に入らなかったら、殴る。拳を握り固めて、ガッと殴るんだ。それなら、関係ない奴は巻き込まない。災厄じゃない、ただの喧嘩だ。平和なもんだ」
「私は……私は、間違っていたのか……?」
「ああ。だがやり直せる。そうじゃあないか? ゴリラとして、再び新しい人生を歩き出そうぜ。親父……。俺と一緒に!」
俺はレオナの太腿にほっぺをスリスリしてから、決然と立ち上がった。
膝枕で体力を回復していたのだ。
バランに右手を差し出す。
握手だ。
「ディーノ……すまない、すまなかった……! なろう! 私も……ゴリラに!!」
親父は俺の手を握った。
隙だらけだ。
俺はその手を引き寄せて、反対の手でぶん殴った。
「ってそんな美味い話があるかオラァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぬわーーっっ!!」
バランは粉々に砕け散った。
レオナが寄り添ってくる。
「良かったの? ダイ君。お父さんを……」
「いやアルキード吹っ飛ばしてリンガイアも滅ぼしたとかいうスーパーゴリラ人はちょっと……。下手に改心されても気分悪いって言うかさ。死ぬ以外に詫び方ないべ」
「そうね」
レオナは俺の手を握ってきた。
バランとは全然違う手だった。
「お腹空いたわね。ハンバーグでも食べましょうか」
「人ひとり目の前でミンチになったばっかだけど!?!??!!?!!?」
やっぱレオナには勝てない気がするわ、俺。
どうしてこんな女の子になってしまったのか……。