【番外編】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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メープルクラウンさんへのお礼として書きました。
お礼として書いた文なのでだいぶ偏ってます。

そしてメープルクラウンさんのお家のエージェントさんをお借りしています。
それゆえ本編とは関係の無いオムニバス作品です。

小説はメープルクラウンさんに一度チェックを頂いてから投稿しています。







La Luna_前編

ここ最近、新しいアブノーマリティの噂が絶えない。

最近出社すると必ず耳にする名前。〝ラ・ルナ〟。今日もほら、廊下ですれ違った女性エージェント達が話をしている。

 

「今日、例のアブノーマリティの部屋の前通ったの。噂通り、綺麗な音楽が聞こえたわ!」

「ええっ、いいなぁ。私も聞いてみたい。今日遠回りして収容室行こうかなぁ。」

 

きゃあきゃあと騒ぐ女性達がなんだか可愛くて笑ってしまう。

新しいアブノーマリティは基本怖がられるものだ。今回だって例外ではない。中層に加わったそれに皆警戒している。

それなのにこんな人気なのは、理由があった。

収容室の近くを通ると、とても綺麗なピアノの音が聞こえるのだ。

その音色は素人でもわかるほど素晴らしいものだった。一つ一つの音が丁寧に響き、重なり、調和する。

全然違う音が重なって聞こえているのに、やかましさは一切なく、むしろ互いの音を高め合う美しさがあった。

私も何度か前を通ったことはあるけれど、その度に一度足を止めてしまう。実は聞き耳を立てたこともある。

 

『……ユリさん何してるんですか?』

『えっ、あっ、ダ、ダニーさん……。』

 

偶然通りがかったダニーさんに呆れられたのは……あんまり思い出したくない過去だ。

 

『……まぁ、いい音ですよね。』

 

しかしダニーさんがそう笑ったことに驚いたのは、今でもはっきりと記憶にある。

アブノーマリティや会社をあまりよく思っていないダニーさん。

彼にしては珍しく、少し溶けた表情で収容室の扉を見つめていた。

それがなんだか嬉しくて、私達は二人でしばらくその前で立ち止まったのである。

 

『ピアノソナタ第十四番。幻想曲風ソナタ。』

 

ダニーさんが、ぽつりと呟いた。

 

『え?』

『らしいですよ。この曲。』

『これ、〝月光〟じゃあないんですか?ベートーヴェンの……。』

『って、思いますよね。でも正式名称は違うらしいです。俺も聞いただけですけど。』

『へぇ、そうなんですね。私、そういうの全然知らなくて……。』

 

慣れない名称に首を傾げると、ダニーさんは目をふせた。

 

『詳しいことはアレックスに聞くといいです。俺もあいつに聞いたので。』

『アレックス君に?』

『元々ピアノやってたらしいですよ。コンクールとかも出てたみたいです。本人は過去をあまり話したがらないですが、ユリさんになら口も軽くなるでしょう。』

『いや、そんな。』

『むしろ煩さそうなので気をつけた方がいいです。』

 

うんざりした表情をするダニーさんを思い出して、少し笑ってしまう。

ダニーさんはアレックス君と一緒に行動することが多いので、私の知らない部分を知ってるのだろう。

最近を思い返すと、なんだかとっても平和で。

少し気が緩んでしまう。

目的の部屋にたどり着いたところで、気を取り直すために首を小さく振った。

今は仕事中だ。集中しなければ。

今日は初めてのアブノーマリティの作業。しかしいつもよりも緊張が薄いのは、やはり気が緩んでるせいかもしれない。

扉横の電子パネルを操作して、扉を開けた。

幻想曲風ソナタとやらをBGMに、私は今日初めてラ・ルナと体面する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エージェントのアレックスは、今日も憂鬱に研究所の廊下を歩いていた。

通りがかりの女性エージェントが、新しいアブノーマリティのラ・ルナについて話しているのが耳に入る。

キャラキャラとした声が耳障りで仕方ない。何を浮かれているのだ。相手はアブノーマリティだというのに。

通りがかる度に聞こえるあのピアノが、僕は嫌で嫌で仕方なかった。

わざとらしいほどに美しい音色は、過去を思い起こさせる。

音の響く床に、ステージにポツンと置いてあるグランドピアノ。拍手喝采、耳を塞ぎたくなるそれは、僕がピアノの前に座ると一瞬で鳴り止む。

冷たい、ピアノのフタを開ける。あぁ、前のやつがくせで閉めたのだろうか。やめて欲しい。この黒にべったりとついた指紋が僕は本当に嫌いだ。

指を鍵盤に乗せて、最初の音を探す。弾きたくない。はじまってしまう。

僕がピアノをはじめたのは、気がついたら父に習わされていたからであった。

家にはプレミアだかなんだか知らないが古くでかいピアノがあって、存在を主張していた。

まだペダルも届かないというのに座り心地の悪いツルツルした椅子に座らされて、毎日のように練習させられた。

楽譜の読み方が最初は分からなくて、まずドすら探して。そうして。

そうして、一音一音間違える度に、父に、ぶたれた。

子ども相手に手加減をしないものだから。もしくはあれで手加減していたつもりなのかわからないが、あの身体が投げ飛ばされる痛みを、僕は一生忘れてなんてやらない。

身体が横に吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられる。そのままズルズルと倒れて、フローリングに体温を奪われるのを感じる。それに続いて痛みはやってきて、冷たいのに頬だけじんじんと熱かった。

痛くて苦しくて仕方なかった。けどそんなことよりも、母の泣き顔が辛かった。

 

『やめて……!やめてください!!まだ、子どもです!初めてです!出来ないのは当たり前です!!』

 

床の冷たさを頬に感じながら、僕は母の悲鳴を聞いていた。

泣かないでと手を伸ばしたいのに、身体が動かない。床に映る影。父と母のが重なる。そうして父の影は母の髪を掴んで、引っ張って。思い切り。

 

「……クソが。」

 

ピアノを見る度に、思い切りそれを掴んでひっくり返してやりたくなる。それが高いものであればあるほど、壊してやりたくなる。

できることなら、父の目の前で。僕はその不細工な顔を鍵盤に思い切り叩きつけて白を血で汚してしまいたい。

そんな物騒なことを考えていると、廊下の向こうから誰かが走ってくるのを感じた。

アブノーマリティの力に当てられてパニックにでもなったかと構えるが、直ぐに思い直した。

 

「ユリ先輩!」

 

それが僕の大好きな、ユリ先輩だったから。

ユリ先輩は僕のところに駆けつけて、目の前で止まった。

はぁはぁと乱れた息を見る限り、随分急いできたのだと思う。何かあったのかとその背中を撫でながら聞くと、勢いよく、ユリ先輩は顔を上げた。

 

「私にっ、私にピアノ教えて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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