【番外編】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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La Luna_後編

収容室に入ると、何故かとても静かだった。

おかしい。ピアノの音は外まで聞こえていた。それなのに何故、こんなにも静かなのだろう。

恐る恐る中へ進むと、見えた姿に音なく驚いてしまう。

人のような何かが、椅子に上品に座っていた。

それは本当綺麗な雰囲気を纏っている。

杖を支えに、真っ直ぐと美しい姿勢で、凛とした雰囲気で。

黒のシルエットが美しいフィット&フレアーのパーティードレスを身につけ、腰にはボルドーの薔薇のコサージュを添えて。

美しい、女性。

しかし顔は見えない。被るように短いベールをつけているせいだ。

ベールの隙間から見える顔には薄らとシワが見えた。しゃんとした背筋だが、もしかしてマダムなのだろうか。

この人がラ・ルナ?

気になりつつも、その人の前にあるピアノにとりあえず私は座る。弾かなければ。

鍵盤に指を乗せて、動かそうとした時。

 

「熱っ……!?」

 

首に、熱が走った。

思わず鍵盤から手を離してしまう。首に手を当てるも、もうなんともない。

これ、オーケストラさんの力?なんで……。

不思議に思いながら再び鍵盤に向き合った。と、そこで気がつく。

 

私、ピアノ弾けない!!

 

ダラダラと汗が流れてきた。なんで弾けない癖にこんな迷いもなくピアノの前に座ったんだろう。

何も出来ずにいると、後ろからコツッ、と床を叩く音が聞こえた。

ぎこちなく振り返ると、その人がこちらを見ている。

 

「……ご、ごめんなさい。弾けないの……。」

 

素直に謝るも、その人は何も言わない。

しかし少し下を向いてしまって、落ち込んだような、がっかりしたような反応だった。

私はゆっくりと椅子から降りて、ごめんなさいともう一度謝った。今度はちゃんと、頭も下げて。

するとベールから見える口端が、柔らかな弧を描く。そうしてまた上品に、首を左右に振った。気にしないで、と言われてるように。

 

 

 

※※※

 

 

 

静かなコンサートホール。置かれたピアノの前に、僕は座って。

息を吸って、吐く。のと同時に最初の鍵盤を、叩く。

次に次にと叩いていく。すると音は繋がって、やがてメロディーとなる。

苦しい。息が詰まる。みんな見ている。

見るな。見るな。僕はこんなことしていたいわけじゃあないんだから。

ピアノの黒と白が混ざって、汚いねずみ色になる。そうしていつの間にかその色は海のように広がって。僕の身体を包んで。

何かに足を掴まれた。引きずり込まれる。

汚い色の中に悪魔が見える。とても汚く恐ろしい悪魔。僕を、食べようとしている。

地上を求めて僕は上を見上げた。何かが、上から落ちてきている。

 

 

 

 

髪をむしりとられた母の死体だった。

 

 

 

 

「アレックス君?」

「あっ……す、すみません。ぼーっとしてました。」

 

ユリ先輩に声をかけられて、僕ははっと我に返った。

心配そうに顔を覗き込まれて、僕は笑顔を作った。しかし上手くいかなかったようでユリ先輩は眉間にシワを寄せる。

悪い癖だ。ピアノを見ると、いつもあれを思い出す。

あれというのは、幼い頃に繰り返しみた悪夢だった。それは決まって父に殴られると見たもので、よく叫び、飛び起きては父を起こしてしまってないかヒヤヒヤしていた。

 

「アレックス君、もし無理そうなら、私一人で練習するよ……?」

「いえ、本当に大丈夫です。なんの曲を教えましょうか。」

 

僕はスマホのピアノアプリを開いて、ユリ先輩の前に出す。

本物とはいかなくてもこれも十分指を使う練習には使えるだろう。

本当は、こんなアプリですらピアノは見たくなかった。

しかも仕事でもなんでもない、こんな終業時間後に、何故こんなことをと普段なら思うだろう。

しかし他ならない、尊敬するユリ先輩の頼みだ。出来るだけ応えたい。

 

「えっと、出来るだけ簡単なのがいいんだけど……。」

「うーん、そうですね。初心者ならやっぱり猫踏んじゃったとかでしょうか。あれなら指さえ覚えればすぐに弾けますよ。」

「いや、あのアブノーマリティにそんな愉快な曲は……。うーん……あっ、キラキラ星とかどうかな!?あれなら簡単に弾ける?」

「えっ。」

「え?」

「あ……いえ。キラキラ星ですね。あれなら多分、大丈夫です。変奏曲とかじゃなければ。」

 

ユリ先輩の言葉に驚いてしまった。キラキラ星は、嫌いなピアノの中で僕が唯一好きな曲だからだ。

多くの曲は父の買ってくる楽譜で学んだが、キラキラ星だけは母から教えてもらった曲だった。

『お父様には内緒よ。』そうイタズラに笑った母が弾いたのは、とても下手で不器用なメロディーだったが。

その音色は何よりも美しいと僕は何度も真似したのである。

 

ユリ先輩は自分のスマホを取り出してキラキラ星の楽譜を探した。

キラキラ星くらいなら僕が覚えているのだが。真剣にスマホと睨めっこしている姿がなんだか可愛くて言わないでおいた。

 

「えっと、ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ?」

「あ、えっと。ラはフラットですね。」

「フラット……って、黒い方で弾くんだよね?」

「そうです。とりあえず使う鍵盤を覚えた方がキラキラ星は早く弾けると思うので、指を慣れさせましょう。」

「うん、わかった。」

 

アレンジをしないキラキラ星ならすぐに弾けるとは思うが、見よう見真似よりは教える人がいた方が上達は早いだろう。

と、それっぽいことを並べるが建前だ。憧れのユリ先輩と仕事時間以外でも一緒にいられるなら、いくらだって理由付けもしよう。

 

「でもどうして急にピアノを?」

「……実は、ラ・ルナに今日作業したんだけど。」

 

ラ・ルナ。新しいアブノーマリティ。

 

「ピアノがね、収容室にあって。その近くに人みたいな……多分ラ・ルナの本体?もいたんだ。ピアノ弾いて欲しそうだったけど、私弾けなくて……。」

 

しょんぼりと肩を竦めるユリ先輩。

弾いてほしそう。でも、弾けない。

擬似感。『アレックス!!何度同じところで間違えるんだ!!』あの時と。『痛い!!』『やめて!!』同じ。

 

「大丈夫でしたか!?」

「えっ?」

「何か、酷いことされませんでした!?」

 

思わず叫んでしまった。

必死になって僕はユリ先輩の肩を掴んでしまう。ユリ先輩は驚いて目をパチパチとさせたが、すぐに笑った。

 

「何もされてないよー。されてたら、こんな無事じゃあないって。」

 

あはは、と軽く笑うユリ先輩に、僕の肩の力が抜ける。

しかしすぐにユリ先輩の目は悲しみに染まった。スマホの鍵盤をじっと見つめる。

 

「でも、なんでもいいから弾けたら良かったなって思って。」

「え……。」

「多分、あのアブノーマリティ音楽が好きなんだと思う。音が聞こえるから、自分でも弾いてるとは思うけど……。誰かに、弾いて欲しかったんじゃないかな。」

「……だから、練習するんですか?アブノーマリティのために?」

 

あまりにも素直に言葉が出てきて、慌てて口を塞いだ。

ユリ先輩はアブノーマリティをよく思ってる人だ。こんな、理解できない態度をとったら幻滅されるかもしれない。

でもユリ先輩は怒るでも悲しむでもなく、ただ静かに声を出した。

 

「だって、ずっと一人で弾いてるって、なんか寂しいよ……。」

 

そう言って笑うユリ先輩を、僕はずっと昔に見たことがあるような気がした。

不思議だ。ユリ先輩と出会ったのは、そんな昔じゃあないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。突然ユリ先輩と一緒にアブノーマリティの作業をするように指示がきた。

収容室の前でユリ先輩を待っていると、小走りに向こうからやってくるのが見える。

転んでしまうと大変だから、そんなに急がないで欲しいと思う。

しかし駆け寄ってくるユリ先輩がなんだか可愛くて笑ってしまった。

 

「ごめんねっ、遅くなって……。罰鳥さんの作業してたんだけど、肩から離れてくれなくてっ……。」

「いえ、全然待ってないですよ。大丈夫です。お疲れ様でした。」

 

ふぅ、とユリ先輩は息をついた。確かにユリ先輩の制服の肩が少しボロボロになってる。

罰鳥のあの怪力で掴まれたのだろう。羽も少しついていて、苦笑いする。

肩の羽を払うと、ユリ先輩は恥ずかしそうに肩を竦めた。この人のこういう所はなんだか母に似ている。

 

「それにしても昨日の練習から、今日すぐにラ・ルナの作業なんてタイムリーですね。」

 

僕達が指示されたのはラ・ルナの作業だった。

昨日の今日で、しかも二人でというのはあまりにも都合が良すぎる気がする。

 

「あっ、ごめんね。私がティファレトさんに言ったの。」

「え?」

「アレックス君と二人で作業したいって。男の子のティファレトさんは、話聞いてくれるから……。」

 

ユリ先輩は申し訳なさそうに眉を顰めた。

 

「ごめんね、何か危険があったら絶対私が護るから!こんなでも先輩だし……、頑張るからね!!」

「いや、でもなんで二人で……キラキラ星、もうかなり弾けるようになりましたよね?」

「……先生と一緒の方が、安心するでしょ……。」

 

ユリ先輩の言葉に目を白黒させた。

僕よりもベテランのユリ先輩が、僕を先生と。

それは勿論ピアノに対しての話だ。

しかし頼られている事実が擽ったくて、悪い気はしない。

にやける顔を隠すように僕は慌てて収容室に向き合った。

ユリ先輩は鈍感だから、きっと気づかないでくれるだろう。

 

収容室の扉を開けると、あまりにも静かで驚いた。

確かにさっきまでベートーヴェンが聞こえていたのに。何故だ?

 

「静かで、驚くよね。中にピアノがあるんだけど……。ちょっと待ってて?」

 

ユリ先輩は一人でズカズカと中に入っていく。

引き留めようと一瞬手を伸ばしたが、届かずに空気を掴むだけだった。

 

「昨日はごめんなさい。簡単な曲だけど、弾けるようになったの。聴いてくれるかな?」

 

ユリ先輩の話し声が聞こえる。

 

「……ありがとう!えっと、あとね、教えてもらった先生とも今日は一緒なの。二人で作業してもいい?……えっと、頷くってことはいいってことだよね?呼んでくるね!」

 

ユリ先輩が収容室の中からひょっこり顔を出して手招きをした。

僕はそれに従って中に入る。するとそこには聞いた通りの人のような何かと、ピアノがあった。

少し変わった形のピアノだ。大きさ的にはグランドピアノのようだが、形としては横に長く、平べったい。

鍵盤の後ろに長方形の箱がついたような見た目をしている。どちらかと言うとアンティークのリードオルガンのように見えるが……。

廊下で聞いた音は確かにピアノだった。

アップライトピアノが、大きくなったものか?

 

「アレックス君、横に立って見ててもらってもいい?」

 

ごちゃごちゃ考えてる僕と違って、ユリ先輩はさっさとピアノ前に座っていたようだった。

僕も慌ててその横に立つ。座る人のような何かの前を通るのは、少し緊張した。

しかしユリ先輩はそんな緊張ではなく、ピアノを触れることが怖いようだった。

手が震えている。まぁ、そうか。昨日だってスマホでしか練習してないのだから。

 

「大丈夫ですよ。」

 

僕がそう言うと、ユリ先輩はこちらを向いて、見上げてきた。

年上の先輩だというのに、そのあどけない顔はどうやって出来るのだろう。まるで少女だ。

決意したように、鍵盤に手を添えるユリ先輩。すぅ、と息を吸う。

あぁ、わかる。何故か弾く時って、息を吸ってしまうんだ。

ピアノが、ユリ先輩の指に合わせて音を出す。

とても簡単な曲。ポン、ポン、と途切れ途切れに音がなる。

昨日の方がスムーズだった。やはり緊張しているのだろう。

助けるつもりで、使っていない左の鍵盤を触る。ハモるように、キラキラ星を弾いていく。出来るだけユリ先輩の音に合わせて、邪魔にならないように。

最初こそ突然の介入に驚いたユリ先輩は何度か音を間違えたが、すぐに慣れたようで先程よりも綺麗なメロディーになった。

 

決して上手くない。

でも、一音一音、丁寧に。

 

ピアノに触れるのはいつ以来だろう。母が死んでから僕は絶対にピアノを弾かなかった。

それこそ何度父にぶたれても、何度怒鳴られても。

痛かったけど、辛くはなかった。母を失った辛さよりも上などなかったから。

僕はピアノが、大っ嫌いだ。いい思い出なんてひとつもない。それは弟のパイパーも、死んだ母も同じだったはずだ。

 

……それなのに、どうして母は、僕にキラキラ星を教えたんだろう。

 

「あっ……!?」

「っ、ユリ先輩!!」

 

考え事をしていたせいで、すぐ後ろにラ・ルナが立っていることに気が付かなかった。

ラ・ルナの手が僕達の手に重なる。何をされるのかと身構えた。

僕はまだいい。でも、ユリ先輩にだけは、手を出されたら。僕は。

 

「え……。」

「わ、すごい!指が、勝手に!」

 

ラ・ルナの手が重なった指が、自然に動き始める。

キラキラ星上級。キラキラ星変奏曲。

それはピアノ上級者なんてレベルではない。これはもう、ピアニストのそれだ。

僕だってここまでは弾けない。ましてや昨日ピアノを知ったばかりのユリ先輩がここまで弾けるわけがない。

どうして、なんて決まってる。ラ・ルナ。このアブノーマリティの仕業だ。

 

「すごい、すごいねアレックス君!」

 

ユリ先輩がキラキラとした目で僕に話しかけた。

アブノーマリティに触れられているというのに、この人は。僕と違ってユリ先輩は無邪気に、純粋にこの手を喜んでるようで。

 

「ありがとう、ラ・ルナさん。」

 

その上、お礼まで。

 

『ありがとう、アレックス。』

 

「……あ。」

 

その時、思い出した。母にキラキラ星を教えてもらった時のこと。

確かあの時、母のピアノがあまりにも下手だから、僕が横で一緒に弾いたんだ。そう。今みたいに。

そうしたら母はとても嬉しそうに笑った。そうして言ったのだ。

 

『一人で弾くのは寂しいから、嬉しいわ。ありがとう、アレックス。』

 

……母さん。

 

思い出して、僕は泣きそうになった。ユリ先輩の前という今を必死に思い出して、何とか留める。

 

「音楽ってね、私の国だと音を楽しむって書くんだ。」

「え……。」

 

ユリ先輩の姿と、母の姿が重なって。

 

「楽しいね、アレックス君。」

『楽しいわね、アレックス。』

 

僕は、もう、耐えられなくなる。

 

「……そうですね。ユリ先輩。」

 

────本当に。とても楽しいわね。

 

「えっ……!?」

 

その時後ろから、誰かの声が聞こえた。

とても優しい声。でもユリ先輩ではない。

驚いて振り返るが、誰もいない。ユリ先輩には聞こえなかったようで、どうしたの、と呼ばれる。

 

そう、誰もいない。そこにはラ・ルナしか。いないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【あとがき】

メープルクラウンさんの描かれる絵は、雰囲気がとても可愛いのでそれを意識しながら書きました。
というわけでラ・ルナさんはお部屋でくつろいでもらってることに。逃がしながら可愛くは作者に出来なかったんや……ごめんなさい。
当作のキャラと、メープルクラウンさんのおうちのエージェントさん達がワイワイしてくれてるのは平和でとても可愛くて、いつもほっこりします。
皆さんもぜひ見てみてください!今回はありがとうございました!

そしてまさかの挿絵描いてくれた……雪海月さんといいyuuさんといい、なんでみんなこんな優しいの……。作者は幸せです。

ラ・ルナ小説イメージ

【挿絵表示】


まさかの漫画


【挿絵表示】

【挿絵表示】


そしてありがたすぎるお言葉


【挿絵表示】


本当にありがとうございます(´;ω;`)
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