【番外編】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
目の前に佇む憎しみの女王に、私は理解が追いつかない。
インカムではなんて言われた?〝私を狙っている〟?それは一体どういう状況なのだろう。
憎しみの女王は私を上から下まで見て、その綺麗な少女の顔を顰める。
「その格好、何?」
「あっ、これは、」
「私の真似?やめてくれないかしら。」
いや、止められるものなら止めたい。
憎しみの女王が言っているのは私の防護服の事だ。
会社から支給されたこの防護服、アブノーマリティのエネルギーから生成されていて、性能がいいことはありがたいのだが。
見た目が憎しみの女王の服と瓜二つなのだ。日本のアニメの魔法少女のような、ピンクのセーラーワンピース。
可愛いとは思うけれど、自分が着たいかと言われれば全力で拒否したい。私には似合わないと自負している。
そう否定したいのに、目の前のこのアブノーマリティは私の話を聞くつもりなどないのだろう。ただ私を睨んで、その形のいい唇を動かし続けるばかりである。
「だからなの?あんたが、そんな格好をしているから、だからあの子があんたなんかを一番と言ったの?」
「何の話……?」
「あの子が……ユリが、言ったのよ。あんたが一番の友達だって。それは私のはずだった。だって、そうでしょう?私の友達はユリだけで、私の正義は彼女で。それなら、正義の使者である私はあの子の一番で。……違うの?」
息継ぎもなく並べられる言葉達に、まずい、と思う。
憎しみの女王の情報はエンサイクロペディアでしか知らない。
けれどこれは恐らくエンサイクロペディアにあった〝精神的に不安定で凶暴化の恐れがあるヒステリー状態〟だ。
インカムから耳を少し離して、音を確認する。しかし足音は聞こえず、ましてや人の姿など他にない。
これは逃げる方が得策だろう。幸いなことに何故か管理人とインカムで連絡がとれているのだ。指示を求めて他エージェントと合流出来れば、私の勝ち。
『エージェントリナリア、音声での指示になるが聞いて欲しい。』
「はい、管理人。」
『憎しみの女王を、その場で鎮圧しろ。』
「……は!?」
しかし管理人からの指示は予想もしない、悪夢のような言葉であった。
鎮圧?この場で?ここは一本道の廊下。動きづらい上に、一人だから戦闘力も足りていない。
「そんなの、無理です!せめて誰かと合流してから!」
『それが無理なんだよ。』
「どうして!」
『まずね、この騒動の原因はエージェントユリだ。まずそこを止めないとこの研究所は大変なことになる。そこに人員を裂きたい。あとは罰鳥。収容違反してるのだが様子がおかしくて、鳴きながら飛んでるんだけど……、ってまぁ、こっちも色々大変なんだよ。それにどっちにしろ、そこにエージェントを向かわせるのはかなり時間がかりそうだからね。』
「それでは納得できません!!もっとちゃんとした理由……理由なんて、そんなのいらないから、助けてよ!!」
『じゃあ、よろしく。』
「管理人!管理人!?」
インカムのマイクに叫ぶも、管理人の声はもう聞こえなかった。
歯を食いしばる。こんなの、もう死ねと言われてるようなものだ。
「だからね、私思ったのよ。」
『!』
管理人の声に気を取られていて、憎しみの女王から目を離していた。
マシンガンのように次から次へと放たれていた声が、途切れる。
その時、憎しみの女王は私を見た。今までも見ていた筈だったのに、何故かその時確かに私を見たと思ったのだ。
憎しみの女王が笑った。綺麗な顔。整ったパーツが、整った歪み方をする。
ぞっと、した。
「あんたがいなくなればいい。」
「は……。」
「そうすれば〝 いちばん〟だわ。わたしが。」
憎しみの女王がなにかブツブツと呟き始める。杖を構えて、言葉と共に魔法陣のような紋章が宙に描かれる。
まずい。これは、本当にまずい。
管理人の指示など忘れ、私は走り出した。憎しみの女王から少しでも離れなければいけない。
必死に頭を回転させて、憎しみの女王の情報を思い出す。
憎しみの女王の担当はした事ないので、あまり詳しく覚えてないいない。
エンサイクロペディアを見たのだって、自身の纏う防護服がなんのアブノーマリティエネルギーから生成されたか少し気になったからである。
それでも今は記憶に頼るしかなかった。あのアブノーマリティは今何をしようとしているのか。確か、攻撃は魔法と称したビームだったような気がする。
ビームの範囲は。
攻撃の火力は。
特性は、火か?水か?どちらでもないか?
何も思い出せなくて嫌になる。距離がとれても憎しみの女王が追ってこないのは、離れていても問題ないということだろうか。
その時目に入ったのは、天井にむきでている排気口の管だった。
考えるよりも前に管に向かってジャンプする。何とか腕を絡ませられて、宙ぶらりになった。
腹筋に力を入れて出来るだけ身を縮こませる。天井に足を持ち上げた時だった。
「うわっ!!」
そのすぐ下を、太い光の線が通ったのである。
眩しさに強く目をつぶる。熱が通り過ぎるのを感じて目を開けると、真下の床が薄ら焦げている。
それを見て心音がバクバクと早くなった。つい先程まで立っていた位置。もしそのままだったら。
「じょ、冗談じゃない……。」
あんなのとタイマンしろというのか、管理人は。
無理だ。指示を無視してここは逃げるしかない。
距離を開けたせいで憎しみの女王が次にどう動いてくるかわからなくて不安になる。しかし今は背を向けて逃げるしか無かった。
『リナリアさん!聞こえますか!!』
「だ、誰!?」
急にインカムから女性の声が聞こえた。
管理人とは別の声に驚いて大きな声出してしまう。
しまった、と思った。憎しみの女王に私の声が聞こえてしまったかもしれない。
『私です!アネッサです!』
「ア、アネッサさん?なんでインカムから……。」
『今、コントロールチームのコンピューターを使ってタブレットへ音声を送ってます。リナリアさんのタブレットとインカムがBluetooth付いてて良かったです。』
「そんな機能が!?」
インカムから他のエージェントに連絡がとれるなんて聞いたことない。
驚いてるとインカム越しにアネッサさんがごにょごにょと口を動かしてるのが聞こえた。
それで察する。恐らくこれは不正だ。
さすがコントロールチームの古株。比較的長く働いてる彼女がチーム移動にならないのは、このITスキルの為だろう。
『管理人、ユリさんを止めるので精一杯みたいで、エージェントへの指示が疎かになってるみたいなんです。集団でいるエージェントは大丈夫ですけど、リナリアさん今孤立してますよね?』
「え、なんでわかるの?」
『ええと……一言で言うと。あのエイプリルフールジョークの飴。本物だったみたいです。』
「え?」
『私今、目を閉じるとこの研究所全てのマップと、人の位置とアブノーマリティの位置が全て見えてくるんです。恐らく先程舐めた〝空間把握ができる飴〟のせいだと思います。』
「嘘、でしょ……?」
『……この騒動、全ての原因はユリさんかもしれません。エージェント達の移動パターンを見てると多くがユリさんの所に向かってますし、ユリさんが入った収容室のアブノーマリティが収容違反してるみたいで。』
「ユリさんが舐めた飴って……。」
憎しみの女王の言葉を思い出す。
【ユリが、言ったのよ。あんたが一番の友達だって。】
『〝最低な嘘をつく飴〟。ユリさん、アブノーマリティに色んな嘘をついてるんだと思います。』