【番外編】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
慎重に。こういう時に焦っては、必ず上手くいかない。
それは私が戦闘を教えてもらった人に言われた言葉だ。
戦い方や強さはもちろん大切だが、こういう時心の余裕も同じくらい大切なのだと。
かと言って時間が無いのも事実。いつ憎しみの女王が襲ってくるかわからないのだから。
『憎しみの女王は現状待機。攻撃による疲労が多いと見られる。』
インカムの言葉を元に頭をフル回転させる。
攻撃による疲労。先程の光線のせいだろうか。
動けなくなるほどの攻撃なら、あの光線が連続してくることはないだろう。
問題は最初に打たれた方の魔法。背中からきたからどんなものか全くわからなかった。その上直ぐに二回目の攻撃を打ってきたということは、連続してくるならそちらの方だ。
攻撃範囲もここまでの距離届くのは厄介。焦げた床を見ると遠いからといって火力が変化することもなさそう。
私は自身の武器を確認する。腰にささった赤い拳銃。それとペアであるもうひとつの武器を握りしめた。
この武器は支給されてから初めて使う。二つ折りになっているそれは折りたたみナイフと同じ形状をしている。
しかし大きさはその倍以上あるし、持ってみるとやはり重みが違う。
どのアブノーマリティのエネルギーから作られたかわからないそれは、拳銃と手斧のセットという、両手武器だ。
今回、遠距離戦は不利だ。
近距離となるとこの手斧がメインになるだろう。これをどれだけ上手く扱えるか。
手斧片手に私はそこから走り出す。距離は一気に詰めたい。
私に戦闘を教えた人は、きっともっとよく考えろと言うだろう。ちゃんとどう動くか計画しながら動けと。
───うるさいなぁ。
そんなこと言われたって、私は貴方ほど頭は良くないし、喧嘩だってしたことなかったんだから。
これ以上考えても、意味なんてない。
身体能力の上がった私は予想より早く憎しみの女王の姿を捉えることが出来た。
私の気配か、足音に気がついた憎しみの女王は、うずくまっていたその頭を上げた。
立とうとしたのだろうが、それを許す前に思いっきり飛びかかる。振り上げた手斧が、重力に従って勢いよく振り下ろされた。
振り下ろされた斧を、魔法の杖で受ける。
杖を握る手に受け止めた衝撃が伝わってじん、と震えた。
杖で受けた斧をはじき返すも、思ったよりも女との距離は取れずにそのまま襲いかかってきた。
私の腕に、足に、胸に、振られる斧を何とか全て受けるけれど、この女動きが早い!
杖の長さが痛いハンデになっている。こう狭い通路では横の壁にぶつかって上手く動かせない。攻撃を交わすだけでいっぱいいっぱいだ。
内心舌打ちをする。正直、こんなに強いとは思わなかった。
一回一回の攻撃が強くて、反動が身体に響く。まだ完全に回復していない身体には、こうも体力を削られるのは辛い。
距離さえとれれば現状を変えられるけど、前傾姿勢できてるせいで女の胴体が遠い。
押されてる。それは一目瞭然だった。
戦い慣れも感じるし、この身体能力。強いのだろう。ユリの一番になれるだけのことはある。
「……でも、私より弱いわ!」
女が斧を振るのを予測して、杖を横に倒す。
先のとがった杖は、こうしてしまえば槍と同じだ。
すると予想通り、女は反射的に仰け反った。
それを見逃さずに、杖を前へ前へと突く。器用に避けられるが、形勢逆転。このまま責めさせてもらう。
さっさと死ね。
そうすれば、私はきっと一番になれる。
もしそれで一番でないのなら、もっと殺せばいい。
そのうち私は一番になる。それでいい。それがいい。
そうしたら、ユリはまた私に笑ってくれる。好きって言ってくれる。
許せないのよ。あんたみたいな女が、あの子の一番なんて。相応しくない。
ユリは言った。私に憧れていたって。あの子の正義は私でいい。私の正義があの子であるのと同じように。
それなのに。
『私は、ユリの何番目なのかしら。』そう聞いた時、ユリが私に言った言葉。『アイは────』。
あの子があんなこと、言うわけがない。
「ユリが、あんなこと言ったのは……、」
頭から離れてくれない言葉が、私の悲しみを掻き立てる。
そう聞いた時、ユリは笑った。私はそんな顔を見たくなかった。
『アイは』
あの女が持っていたペン。あれはユリのと同じだった。
お揃いは、友達の証。でもユリは私の髪留めは付けてくれない。
それなのに、あの女と同じペンは使ってる。
『アイは』
ユリは、ユリはそんな事言わない。だってユリは私の友達で、一番大切で。守るべき子で。
あんたと関わったから、あの子は汚れてしまった。
私はあんたを許さない。あんたを殺して、あの子を元に戻す。そうして今度は汚れないように、もっと大切にする。
『アイは────────』
『アイは、アブノーマリティでしょ?』
「全部全部、あんたのせいだわ!!」
一方その頃、ユリは研究所の廊下を歩いていた。
何やらインカムから声が聞こえるが、頭がぼんやりとしていて考えるのも億劫になる。
インカムのマイクにはい、はい、わかりました。と適当に返事をする。
本当は何一つわかってなどいない上、内容も聞いていないが。
普段の彼女なら、そんなわかったフリの嘘などつかないが、どうしてか今日はそういうことをするのに抵抗がない。
目的の収容室前に着いたユリは扉横の機械を操作してロックを解除する。
タブレットが何度も〝作業中止〟のメッセージを受信しているけれど、それすら彼女は無視をした。
「こんにちは、ペストさん。」
ユリは作業対象であるペスト医師に最高の笑顔で挨拶をした。
そこで彼女が予想していたのは、いつも通りのペスト医師の挨拶が返ってくるものだったのだが。何故かペスト医師は黙ったまま、ただユリをマスク越しに見つめるだけである。
不思議に思いながらも、あまり気にせずにユリは口を開いた。
今日彼女はお喋りの気分で、頭で考えるよりも先に言葉が出てくるような日であった。
「ペストさん、聞いてください!実は、」
「何を食べました?」
「え。」
しかしユリが話すより先に、ペスト医師が被せてきた。
いつもとは違う、厳しさを感じるペスト医師の声にユリは戸惑ってしまう。
何を食べた、と聞かれて直ぐに思いついたのは先程貰った甘い飴だ。
「何も食べてないですよ?」
しかしそれを伝えるのは何故かつまらない気分になって、ユリは事実とは逆の言葉を用意する。その方が楽しいと思った。面白くておかしいと思った。
ペスト医師はその言葉に何も返事せずに、腕の代わりに紫の羽をユリに伸ばす。
何枚か重なったふわふわの羽がユリの体を包み込み、頬を掠めた羽毛の擽ったさに身体をよじった。
「───出しなさい。」
「……ぐ、えっ!?」
すると襲ってくる急激な吐き気。
胃の中のものが一気に逆流し、喉元を圧迫しながら込み上げてくる。
急なことにユリの身体は反応出来ず、身体は素直に吐いた。
喉から出てきたものが舌の上を転がり、胃酸と一緒に外に出てくる。
それはいくつかのオレンジの破片であった。記憶の通りであれば砂糖の塊であるはずのそれ。
重さはそんなに無いはずなのに、床にカラカラと音を立てて落ちていく。
ユリは咄嗟に喉を抑えた。じわじわと焼かれてるような痛みが残る。苦しい。
吐いたユリの背をペスト医師の羽が撫でた。そうして床に落ちたオレンジの物体を見て、マスク越しにこう言ったのである。
「硝子とは、また変なものを食べましたね。」
「ガッ、ガラス!?」
ペスト医師の言葉に驚いたのはユリだ。ガラスなんてもの食べた覚えはない。
床のそれを一欠片拾って確かめる。見た目は先程の飴と同じオレンジのそれ。しかしよく見てみると、確かにそれは何かの人工物のようだった。
「な、なんで……!?」
「それより気分はどうです?随分それに影響されていたようですが。」
「え……あ……。」
先程の、頭にモヤがかかった感じはない。
喉は痛いが、スッキリとした心地だ。そこで彼女は自分がしていたことを思い出す。
サァっ、と血の気が引いた。ぼんやりとだが、覚えている。
慌ててタブレットを開いて、なにか指示が届いてないか確認する。と、何十件と溜まった通知。作業中止の指示のメッセージがいくつもある中、遡ると一際目立つメッセージが。
【警告】【警告】
【アブノーマリティ】
【〝静かなオーケストラ〟】
【〝憎しみの女王〟】
【〝罰鳥〟】
【が逃げ出しました。】
【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】
「やっば。」