【番外編】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
信じて疑わなかった。貴女の笑顔が好きで、声が好きで。その優しさは友達だから得られるものだって。
最初からそうであったなんて、私は絶対信じない。
憎しみの女王の杖が、槍のようについてくる。
攻撃範囲は狭いとはいえ、一回一回が急所を狙ってくるあたり、とても動きにくい。
一度でも攻撃をまともに受けたら負けだ。
避けながら考える。どうにかして形勢逆転する方法を。
身体能力が上がっているのは本当に助かる。通常だと、逃げることで精一杯で考え事なんて余裕ないだろう。
……武器は、手斧だけじゃあない。
ペアの拳銃。なんとか上手く使えれば。
この後ろが行き止まりなんかでなければ一気に距離を離して銃で反撃したのに。
けどアネッサさんの言うことが本当ならこの後ろには静かなオーケストラがいるはずなのだ。
いくらダニーと合流できると言っても、憎しみの女王と静かなオーケストラに対して二人で挑むなんて無謀だ。
というよりダニーはまだ生きているのだろうか。最悪……もう……。
「っ、」
「考え事かしら?随分死にたいようね!」
腰を、突かれた。
すぐさま避けたおかげで斜めに切れたそこは、血こそ出たものの大怪我ではない。
しかし、憎しみの女王との距離が詰められた。
私は咄嗟に、斧を投げる。
手に持ったそれを、下から上に上げるように。そこまで勢いをつけた訳では無いので憎しみの女王にかすり傷すら付けられないだろう。
でも、それでいい。
「なっ、」
大事なのは、〝相手の予想もしなかったことが起こって出来た隙〟。
憎しみの女王は斧を杖で振り払った。
杖の的は私から外れる。それを期待していた私は、銃を即座に取り出し、憎しみの女王に向けた。
───狙うは、喉。
短い距離をさらに詰めればもう銃口は憎しみの女王の皮膚に埋まる。そのチャンスを逃すつもりもなく、躊躇いなく打った。
「ぅがっ……!」
パンっ、とくぐもった銃声。打ったそこから溢れる血は赤で、アブノーマリティの血も赤なのだとこんな時というのに発見をしてしまった。
作戦通りの、理想通り。その場にうずくまる憎しみの女王に何度も鉛玉を浴びせる。
急所を狙って、何度も。もう一発喉に、心臓に、脳天に。
普通なら死ぬはずだが、アブノーマリティには死の概念がないのだろうか。憎しみの女王は生きている。
しかしもう虫の息。ここまでやれば収容室に戻るのが大抵なのに、一向に消える気配がない。
「ねぇ……もう、観念して帰りなよ。」
床は真っ赤で、こちらとしても無抵抗の相手をひたすら打つなんていい気分ではない。
銃弾が無くなったので、リロードする。その隙に憎しみの女王が動こうとしたのを見て、再度攻撃を続ける。
穴だらけの身体は、自分がやったのだけれど見ていて痛々しい。可哀想だとも思ってしまう。
「なんで、諦めないの。」
そう言うと憎しみの女王の口が、少し動く。声なんて聞こえないけれど、何か言ったのだろうか。
「なんで、諦めないの。」
女にそう言われたことが、それに言い返せない事が屈辱でしかたない。
絶え間ない痛みが、何度も私の意識を攫おうとする。
しかしここで負けてしまったら、私はこの先ずっと後悔する。だから、負ける訳にはいかない。
この女を殺せば、全てが元に戻るのだ。
可哀想に毒されてしまったユリは目を覚まして、私の事をまた友達と言ってくれるだろう。
私はね、ユリ。怒ってなんてないよ。
きっと貴女は謝るだろうけど、悪いのが貴女じゃないことなんて、わかってる。
大丈夫よ。私達、友達に戻れるわ。
なのにこの女は、諦めないのかなんて。
やっぱりユリにこの女は相応しくない。貴女の美しい心と記憶にこの女がいるなんておぞましい。
「あきらめるわけ、ないでしょ」
そう言い返したのに、潰れた喉では形にならない。ああくそ。喉さえ無事なら、直ぐにアルカナスレイブをおみまいするのに。
動けない。
悔しい。
悔しくて、涙が出てくる。
全部全部この女のせいだ!この女のせいだ!この女のせいだ!この女のせいだ!この女のせいだ!
この女の、せい。
なんだよね?
そうだよね、ユリ。ねぇそうだよね?
だから、この女がいなくなったら。
また、友達だよね?
そうだよね?そうだよね!
そうだよね……?
「あきらめたく、ない。」
諦めなきゃいけないの?
私は貴女を、諦めなきゃいけないの?
そんなの、嫌よ。嫌よユリ。
私にとって貴女は全てで。それを失ったら私はどうなるの?
貴女は守るべき存在で、何よりも大切な存在。そんな貴女に拒絶されたら、私は……私は?
「ぅ……ぁ……。」
止まらない考えが、内側から溢れてくる。それは熱くて私の身体を燃やす。
この感覚は知っている。でも知っているだけで、何なのかはわからない。
前に、同じことが起こった。あれは確か……目の前に男の人がいて……その人が何か言って……?私は……意識を失って。でもすごい力だけ覚えている。
そして次の瞬間、気付いたらそこは廊下で、ユリが床に倒れていて。
だからユリの顔を覗き込むそいつを、私は殺してやった。許せなかった。
……このまま意識を失えば、そのすごい力でこの女を殺せるだろうか。
確証はないけれど、残された道はそれしかない。私は大人しく目をつぶり、力に意識を引きずられていく。
「アイッ!」
けど耳に入った声に、目を開いた。
私の大好きな声。
声の方を向こうとするけど、やっぱり身体は動かない。
それに苛立っていると、上半身が持ち上がる感覚。目の前には、そう、大好きな貴女がいて。
泣きそうな顔で、ユリは私の顔を覗き込む。
ユリ。ユリだ。
私の、大切なユリだ。
「ごめん、ごめんね。」
聞きなれた声。柔らかく、優しい言葉がユリらしくて。
それに酷く安堵した。とても、安心できた。
ユリ、と名前を呼びたいのに上手くいかない。
潰れた喉だけでもなんとか治そうと、湧き出てくる力全てを喉の治癒魔法に集中させる。
ユリが私の頬を撫でた。優しい手つき。気持ちよくて擦り寄る。
ポトリ、と雨が降った。冷たいそれは、私の頬を辿って床に落ちる。ここは室内なのに、雨なんて。
あぁ、違う。
ユリが、泣いているのね。
「ごめんなさい……アイ……本当に……。」
泣かないでとその涙を掬いたいのに腕が動かない。役立たずのそれに内心舌打ちをした。
苦しそうな顔。悲しそうな顔。そんな顔しないで。いつだって貴女には笑顔でいて欲しいの。
「さっきのこと、」
さっきのこと。
その言葉に私は逃げたしたくなる。
やめて!その先を聞きたくない!
もうこれ以上、私は貴女に拒絶されたくない。
耳を塞いでしまいたい。でも腕は動かない。
ここから立ち去りたい。でも足は動かない。
早く、早くこの女を殺すから。だからそれまでは貴女から何も聞きたくない。
なんとか腕を治せればユリの口に指を突っ込んで黙らせられるだろうか。それよりも首を掴んで声帯に魔法でもかけたほうがてっとり早いだろうか。
なら直ぐに腕を治さなきゃいけない。早く、治さなきゃ。ユリの口が、動いてしまう。
「全部全部、嘘なの……っ!」
「ぇ……。」
嘘?
「私アイに酷いこと言っちゃって、でもそれは全部嘘で……っ、なんで嘘ついたかって言うのは……ちょっと自分でもよくわかってないんだけど。本当に……本当にごめんなさいっ……!」
全部、嘘。
本当に?
『アイ、私ね、親友ができたの。世界で一番の友達なの。』
『アイは、アブノーマリティでしょ?』
本当に、嘘なの?
……良かった。
良かったぁ……。
「ユリ……。」
「アイ!無理に話さないで!」
なんとか声を出せる位に回復させた喉。
まだ息が通る度に焼けるような痛みがある。ユリの言う通り、無理をしなければ話せない。
けれどこれだけは聞いておきたかった。今の貴女の声で、答えを知りたかった。
「わたしは、なんばんめ。」
一番でないのなら、私は他の一番を殺さなければいけない。
もう二度とこんなことが起こらないように。こんな悲しいことがないように。
私以上の誰かは、排除しなければいけない。
でも私はどこかで期待している。私がそうであるように、貴女の一番が私であることを。
そうであって欲しいと、願ってる。
私の声は届いたようで、ユリの瞳が見開かれた。しかし直ぐに揺らいで、また貴女は雨を降らす。
「何番なんて、そんな……。アイと誰かを比べたことなんてない。大切な友達を誰かと比べるなんて、しないよ……。」
苦しそうなユリの声。
その言葉が、じわりと胸に広がって。
私はついに泣いてしまう。嫌ね、泣き顔はきっと汚いから、貴女に見せたくないわ。
ユリの言葉はまるで答え合わせだ。正解の言葉がすとん、と私の中に落ちてくる。
そう、そうだった。
私もユリと誰かを比べたことなんてないわ。
一番じゃなくて、私にとって貴女は唯一無二で。
比べる相手なんて、いない。
「ユリ、わたしね、だいすきよ。」
ユリの腕の中は心地よくて、意識が遠のいていく。
それに抗うことなく、私は夢の中に沈む。きっととても優しい夢をみるのだろう。そこでも貴女に会えたら、私は嬉しい。
腕の中のアイが、そっと目を閉じて。
次の瞬間強い光が私の目を襲った。思わず目をつぶる。
眩しさが無くなった時、腕の中にアイはもういなかった。
「アイ……。」
収容室にもどったのだろうか。
酷い怪我だった。私のせいだ。私が、酷い嘘をついたから。
アイは言った。『私は何番目』と。嘘つきな私はこう答えたのだ。『アイはアブノーマリティだ』と。
それが、どんなに彼女を傷付けたことか。
収容違反は完全に私のせいだろう。研究所にも大きな迷惑をかけてしまった。罪悪感が襲う。
「あっ……、リナリアさん!!」
そうだ、と思い出す。
先程までアイと交戦していたリナリアさん。
私が駆けつけた時リナリアさんは立ってアイを攻撃していたけれど、見ると今彼女は床にうずくまっていた。
「リナリアさん!大丈夫ですか!?」
うずくまるリナリアさんに駆け寄る。
リナリアさんの制服は所々血が滲んでいた。それに私の顔は青くなり、急いでタブレットのメッセージをひらく。
「待っててください!直ぐに助けを、」
「大丈夫!」
しかしメッセージを打つ手はリナリアさんに掴まれて止まった。
「私は、大丈夫だから。」
「そんな怪我で大丈夫なんてっ……!」
「本当に、これくらいなら死なないから。自分で救護を要請するから。だから、早くダニーのとこに。」
「ダニーさんのとこ……?」
「この先で、ダニーが静かなオーケストラと一人で交戦してるのっ……。それこそ、死んじゃう……!」
「え。」
リナリアさんの言葉に廊下の先を見る。
オーケストラさんと、ダニーさんが。
「お願い!早く行って!ダニー、本当に死んじゃうから……!早く……!」
リナリアさんの言葉に、私の心臓が騒ぐ。
迷いながらも私はリナリアさんに従って先を急いだ。
どうか、お願い。オーケストラさんもダニーさんも無事でいて……!
【罰鳥の鎮圧が完了しました】
【憎しみの女王の鎮圧が完了しました】
【静かなオーケストラの鎮圧が完了しました。】
少ししてそんな放送が研究所に流れた。
三体のアブノーマリティの同時収容違反。しかし幸いにも犠牲は二人で済んだのであった。
死亡エージェント名
中央本部チーム1所属、ゲルダ。
福祉チーム所属、サリー。
同時収容違反に加え、管理人の指示が疎かになるというこの日のことは、しばらくの間エージェント達の中でこう呼ばれた。
〝4月1日の悪夢〟。
【番外編あとがき】
戦闘書きたくてこの番外編書こうって思いました。
けどせっかくだからユリちゃんがいつもは言わないこと言わせてありえない展開を書こうと思いこの設定に。
■リナリア裏ネタ
「慎重に。こういう時に焦っては、必ず上手くいかない。
それは私が戦闘を教えてもらった人に言われた言葉だ。」
これと似た文章が本編であったことに気がついてくれた人はどれくらいいるのか。
これは憎しみの女王回でダニーがユリちゃんに言ったセリフですが、
実はリナリアとダニーが戦闘を教えて貰った人は同じです。
本編でもいつか出せたらいいなって思ってる裏ネタ。ここで出してみました。
■アイちゃん視点くっそ書きにくい
アイちゃんこと憎しみの女王。彼女は感受性やら価値観が人間と比較的近いので正直人外感を書くのがむずかしいです。
なので結構難産。思えば人外視点を書くのはロボトミーでは初めてで、ロボトミー含めなくても妖怪時計の小説書いてた時に一度書いたくらいでした。
読んで頂いた方にはわかると思いますが、アイちゃんのユリちゃんへの思いがすごい不安定です。
本当は一番じゃないなんて!を全面に出そうとしたんですけど、アイちゃん性格いいからユリちゃんが幸せなら……とか考えるだろうなぁと思って、複雑に書いてました。
でもやっぱり自分が一番じゃなくて、しかも友達じゃないみたいなこと言われて。
リナリアって敵を殺すということで傷を癒してたんでしょう。
■真のヤンデレとは
本編の憎しみの女王回でめっちゃヤンデレみたいな終わりをしましたが、ヤンデレ度では実はオーケストラさんのが上です。
オーケストラさんを番外編で書くことになってたら、マジでユリちゃん誰にも渡さんみたいなこといっぱい言わせる予定だった。ヤンデレ好き……。
ちなみにそれと同等になるのが今育ってます。もふもふしてきてます。そのうち白くなります。
■アイちゃんがヤンデレ[改]になる時
アイちゃんがキーホルダー壊したの、覚えているでしょうか。
アイちゃんはユリちゃんの魔法少女(ヒーロー)であることは絶対譲る気はなくて、彼女が本当にヤンデレを発揮する時は魔法少女回です。すなわち絶望の騎士ちゃんと強欲の王の回ではなんやかんやあるでしょうな。
ごめんネタまだ考えついてないけど。
■本当は言わせたかった言葉
①「一番じゃないなら、この女殺してもいいわよね?」
予想よりリナリアが強くてアイちゃんボロボロすぎて言わせられんかった。
②「だって……このペンを壊したら、ユリが悲しむかもしれない……。」
アイちゃんがユリちゃんのペンをかばって攻撃をかわせなかったというシーンが書きたかったんだけどどこにいったんでしょうねぇ。
③※オーケストラさん
───……貴女に大切な人ができた時。貴女は私とその人、どちらをとるのでしょうね。
「それは……わからない、けど。……もし、好きな人を選んだら。オーケストラさんを選ばなかったことをずっとどこかで後悔すると思う……。」
───あぁ、そんな顔をさせたかった訳じゃあないんです。
「……ごめんなさい。私、こんな中途半端で。」
───謝るのは私です。酷い質問をしました。
オーケストラさんの手が私の背中に添えられる。とても優しい、オーケストラさんの手。
顔に当たるオーケストラさんの身体は冷たい。当たり前だ。彼は人形なのだから。
───優しい貴女は、選ぶことなんて出来ないでしょう。
そんな彼に「なら、貴方が人間だったらよかったのに」なんて思う私は、優しくなんてない。最低で、最悪の女なのだろう。
途中オーケストラさんのが票あったのでラスト考えてました。それがこれ。
番外編だからってユリちゃんちょっとガチ恋すぎない?いいぞもっとやれ。
と、本当に長くなってしまい申しわけありません。
番外編なのでと調子にのりました。ごめんいつも割と調子乗ってる自覚あります。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。