【番外編】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
私はまだこの空の色の名前を見つけることなが出来ない。
白と、赤紫と、茶色と、灰色と、あとやはりくすんだ白を混ぜたような色。複雑に絡み合って。けれど決して不愉快な色ではない。わざとらしいほどに美しいそれは、少し私の心をざわつかせるけれど。
空の色を意識することなんて普段滅多にないのに、ここに来るとややこしく考えてしまうのは何故だろう。
風はない。いつ来ても本当に静かな場所だ。
「こんにちは、お嬢さん。」
「……お久しぶりですね。」
彼はやはりいた。いない方がおかしいのだけど。
ここが何処かを私は知っている。ここは彼と私の待ち合わせ場所、いや約束はしていないので立ち会い場所という方が正しいだろうか。
夢の中だ。時間が止まったような、不変なこの場所は私達の夢の中。
彼と会うのは数度目だった。
初めて会った時はこの奇妙な体験に戸惑ったけれど、彼は丁寧に自分のことを話してくれた。
彼はとても紳士的で、けれどジョークもよく言う人だった。彼の茶目っ気に私は何度も笑わされてきたのである。
これを私は明晰夢くらいにしか思わなかったが、目が覚めた時に何人もの職員と研究者さんに囲まれてて驚いたものである。
そして彼が、SCPのひとつとして認識されてることを知った。
私は死んだように、何日も眠っていたのだと。
彼の評価はSCP財団の中でいいものとは言えなかった。
その理由は彼が話してくれる内容に関係している。彼が話す、〝未来の世界の話〟に。
それは恐ろしい言葉がいくつも出てくる話。そして絶望を知ってしまう話。
そして、私が財団に裏切られる話。
あまりの恐ろしさに、ある人は自殺にまで追い込まれたらしい。
私は彼の横顔を見る。綺麗な笑顔。澄んでいて、虫すらも殺さないような優しい顔。
そんな彼が人を死に追いやるなんて──。
「どうかしたかい?」
「……なんでもないです。そう言えば、今日の名前はなんですか?」
「うーん、そうだなぁ。お嬢さんが決めてくれるかい?」
「ええ?うーん、そうですねぇ。」
彼の名前は、財団の誰も知らなかった。
というのも彼は毎回みんなに違う名前をなのるのだ。
私にもそう。初対面ではラルク。二回目はハオラン。
財団の皆は彼の名前を知ることに真剣になっているけれど、私としては別に彼が好きに名乗ればいいと思っている。
「あ、じゃあ今日はベーコンエッグでどうです?」
「……食べたいのかい?」
「うん。ベーコンはカリカリがいいなぁ。」
というのも、私はこの適当な名前をつける彼とのゲームが結構気に入ってるのだ。
「じゃあお嬢さんの名前は今日はカリカリだ。」
「カリカリって言ったから?」
「あぁ。正式にはカリカリ・ベーコン。ミス・カリカリ?名前を貰った感想は?」
「そうですね、明日の朝食が待ち遠しくなりましたわ?ミスター・ベーコンエッグ。」
「それは何より。」
私達はクスクスと笑い合う。
こんなどうでもいい会話を、私達は沢山した。それがとても楽しかった。
彼はたくさんのことを知っている。ちゃんとした話だって出来るのだろう。
でもそんな話をしている時よりも、私は今の彼の表情の方が好きだ。
その目じりの笑いジワが、なんだかとても可愛くて。
思わずにやけてしまう。それが彼に気付かれてしまったようで、彼は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
そう言えば、と彼は声を出す。
「この空の色の名前を、知っているかい。」
「空の名前……?」
彼が指さす天を見つめる。
複雑な色が混じりあったそれ。なんの色か、とは。
ここで空色なんて答えは違うのだろう。うーんと首を傾げる。
「うーん……わからない。」
「あの色はね、■■■■■って言うんだよ。」
「■■■■■?」
彼の言葉に私は首を傾げた。■■■■■。その言葉は色の名称と言うよりは、人の名前───。
「あ……。」
そこまで考えて気がついた私は、彼の顔を見つめる。彼は上品に、しかし悪戯に成功したように笑みを浮かべた。
嬉しさがこみあげてきて、私は心の中で何度も復唱する。
「私、その名前好き。」
「私はベーコンエッグの方が好きだがね?」
とても素敵な名前なのに、彼は私の付けた適当な名前の方が好きなんて言う。
だからせめて私だけは、大切に大切に、■■■■■という響きを頭にしまうのだった。
「ユリさん!」
次の日、財団の職員さんに声をかけられた。
「またSCP-990に夢であったとか……!」
「え、あ、はい。」
今朝報告したことが、もう一職員さんの耳に届くとは。
さすがSCP財団だ。私は肩をすくめた。
「大丈夫でしたか!?なにか、恐ろしいことを聞いたりとか……?」
「あはは、大丈夫です。心配してくださってありがとうございます。」
「本当ですか?何か、聞いたり教えられたりとかしませんでしたか?」
真剣な表情の職員さんに私は笑ってしまう。
これで〝昨日の彼はミスター・ベーコンエッグでした〟なんて言ったらどんな顔をするのだろうか。
「別に、何も無いですよ。」
私は昨日のことを思い出す。
「彼からは、空の名前を教えてもらっただけです。」