Fate/devotion    作:パープルハット

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イベント厳しそうなので、冬には出します。
感想等お待ちしております。誤字がございましたらご連絡ください。


第八章 されど願いは

男(バーサーカー)は目覚めた。

戦争が開始して早くも三週間、遂に怪物は再起する。

水槽が危うく割れる程の慟哭に、仮眠をとっていたグラコンは叩き起こされた。

水槽を黙って見つめているランサーに敵意をむき出しにする狂人、彼は宝具で意識を奪われたことを知っているようだ。この囚われの籠も、数分足らずでバーサーカーに破壊されてしまうだろう。

「さて、完全制御不能の化け物がお目覚めだ、しかも輪をかけて寝起きが悪いときたもんだ。どうする、グラコン。」

「これが戦争の最終フェーズ、セイバーを誘き出し、二人に殺し合いをさせる。そのためにまずは、フランスの街にバーサーカーを解き放とう。」

グラコンは口角を上げた。それに対し、ランサーは怪訝な表情を浮かべる。フランスの国民たちを恐怖のどん底に陥れれば、セイバーも、そのマスターも必ず駆けつけるだろう。ランサーにとって、それにより何人死のうが、至極どうでもいい。だがグラコンにとってそれは自らの意義、理想に反するものである。

「おい、貴様はそれでいいのか。それを敢えて選択する意味は何だ?」

「最短距離だからだ。もう急がば回れをしている猶予は残されていないのだよ。犠牲を出してでも、私は勝ち残る。」

そう、グラコンの肉体は、一秒ごとに、確実に崩壊していく。ランサーの宝具でバーサーカーは意識を失ったが、本来であれば彼はとっくの昔に目覚めていたはずだ、それがここまで遅れた理由はただ一つ、自我を失ったバーサーカー自身が、自らを押さえつけていたからだ。英雄としての矜持か、はたまた、グラコンを止める為か。狂人の最後の抵抗は、グラコンの焦りを加速させてしまった。

「ランサー、死を遅らされていたバーサーカーも、流石に消滅が近い。この男は狂いながらも英雄の魂を持っている。ヒトを喰らいながら生き永らえて来た動物が、己の理性を取り戻そうとしているんだ。ここで、この怪物を人間に戻すような選択は出来ない、殺させ、血を浴びさせる。人間を喰らい、自らを悪魔と悟らせる他、道は無いのだ。」

ランサーは納得する。元より、グラコンの考えに異を唱えるつもりもない。第二の生を得た彼が亡霊として為すべきことは、自らの過去が正しかったかを見極めることのみだ。グラコンに付き従うのは、彼が言葉を用いて、対話という手段を用いて、ランサーへアプローチしたから。暴力には暴力を、だが言葉には、言葉を。ランサーは王として、グラコンに返さなければならないのだ。

「さぁ、場所はどうする。セイバーを屠るに最も適した場所は?」

「シャンゼリゼ、再びあの場所で、決着を付けようじゃないか。セイバーも、バーサーカーも、あの通りには縁があるだろう?」

これまでの戦いは全て、茶番、前座である。グラコンがこれから行う戦いはまさしく戦争。華やかなパリの街を恐怖に染める、悪魔の笑い声が轟くのだ。

 

【第八章】

 

エンゾに通達されたのは衝撃の事実だった。鎧を身に着けた怪物がシャンゼリゼ通りに現れ、一般市民を虐殺している、と。

それは彼の想定しうる最悪の形だ。どう捉えても、これはセイバーを誘き出す罠である、が、戦争を始めたエンゾはそれを知りつつも駆けつけなければならない。彼はここで沈黙を貫けるほど心の強い人間では無かった。

ナリエもまた気を引き締める。セイバーとバーサーカーが戦うことは想定通り、だがランサーの正体をまだ掴めていないこと、この戦争で暗躍している影がいること、充幸を上手く動かせていないことは彼女の誤算。そう、思っていたよりも敵は早く動いた。先に敵を知ることは戦争における鉄則であるが、その情報戦においても、ナリエはかなり遅れを取っている。バーサーカーを操るものがランサー陣営である限りにおいて、彼女はそれらを含め、セイバーやエンゾも上回る立ち振る舞いをしなければならない。

―何もかもが不足した今の状況で、私は勝ち残れるのか…?

ナリエはいくら考えても答えを出すことが出来なかった。バーサーカーの消滅を阻止するために、自らの魔術で編み出した調合薬のリソースの多くを割いてしまっている。だがいざとなれば、セイバーを殺せなかったとしても、バーサーカーに死んでもらう選択をしなければならない。彼女に求められているのは、流れを見極めることだ。

エンゾは皮のジャケットに袖を通した。チャックを首元まで上げ、肌の露出をなるべく抑える。勿論敵の攻撃を防ぐ為ではなく、転んで怪我をしないための予防策だ。ノエのライダースジャケットを身に纏うことで、ほんの少し、彼の力を借りた気分になる。

「行こう、セイバー。」

セイバーは再びスリーホイラーに跨る、エンゾはサイドカーに腰を下ろした。敵はシャンゼリゼに在り、セイバーはエンジンを吹かせ、アクセルを踏んだ。

大した作戦がある訳では無いが、セイバーがバーサーカーと交戦する間に、エンゾはバーサーカーのマスターが近くにいるのであれば、見つけ次第殺害する。それが出来なくとも、状況を判断しつつ、セイバーに令呪を用いたバックアップが望める。エンゾもまたシャンゼリゼに居た方が何かと都合がいいのだ。

前にある車両も信号も無視したスリーホイラーの爆走に、パリ市民たちは驚嘆する。警察が駆けつけそうなものだが、今パリの全戦力はシャンゼリゼに現れた化物へ向かっていることだろう。

「マスター、貴方の結界は防御の面に関して中々のものです。この戦いにおいてもそれは必ず役に立つはずだ。貴方はそれを…」

セイバーはエンゾへ声をかけた。言葉の意味を彼は理解すると、ただ首を横へ振った。喋ると舌を噛むかもしれない。

「そうですか。」

セイバーはそれ以上語らない。彼にとってそれは納得できるものでは無かった、だからこそ正しく理解した。エンゾというマスターはそういう男なのだ、と。

 

一方ナリエはキマリュース邸に残った。ランサーとそのマスターの正体を今からでも把握できるよう動かなければならない。だがあまりに情報が無さすぎる、彼らの懐に入り込むには何もかもが足りなかった。充幸との契約がある以上、アサシンはまず放っておいてもよい。ランサーと勝手に殺し合って滅べばいい。

「僕は彼らと真っ向からやり合うのはごめんだぞ。」

既に霊体化を解いたライダーはナリエに声をかけた。明らかに苛立っている女に、声をかけるべきか悩むが、空気も戦況も読める英雄ではない、一介の漁師にデリカシーを求められるのはいささか可笑しな話である、と彼は考えたのだ。

ナリエは苛立ちのままに、履いていたヒールをライダーに向けて投げつけた。ライダーは暴力反対と唱えるが、ナリエの耳に届くことは無さそうである。

自らのサーヴァントがあまりに情けないのは置いておくとしても、事実、ライダーの持つ切り札は世界の形を変え、彼の物語を導くものだが、その心象風景を上書きされると呆気なく敗北してしまう。そして、この切り札の発動には令呪を三画も使用しなければならない。元来魔力を有しないただの漁師の奇譚を再現するには、それ相応の対価を支払わなければならないということだ。つまりただの一回しか、セイバーやバーサーカー諸共倒す術はない。充幸が敢えてアサシンの固有結界宝具を封じると契約したことは、ナリエにとって余りにも都合が良すぎることだ。必ず何かを隠している。

「鬼にはあの契約は通じないということ…は流石に考えにくいか。」

念のため、充幸の位置は常に把握しておきたい。彼女はアサシンに特定されることは承知の上で、再び小鳥を一羽、充幸の監視に付けることにした。

「ナリエ、ランサー陣営がバーサーカーを従えているとしたら、恐らくそのマスターは…」

「えぇ分かっているわ。デンケトの聖杯戦争で消失した聖杯を所持している可能性が高いということ。ジェヴォーダンの獣やハサン・サッバーハが現れたことの証明になる。」

「過去に敗北したはずの亡霊たち、そんなことがあり得るのか…」

「兎に角、ライダー、貴方が失敗しなければ私の祈りは成就する。私達も時間をおいてシャンゼリゼに向かいましょう。」

ナリエは窓の外を見た。先程から引っ切り無しに警察車両や救急車のサイレンが鳴るのは、シャンゼリゼが地獄と化しているから。きっとエンゾはこの状況に責任を感じているだろう。彼は戦争で願いを叶える為に犠牲を厭わない、そんな非情な性格には到底なれない、臆病な人間だからだ。

 

エンゾが通りに着くと、そこはスプラッター映画の一場面のような風景が広がっていた。民間人はあらゆる場所で身体を真っ二つにされ、華やかな街並みは血の海と化している。車を盾に銃で応戦する警官は次々と得体の知れない何かに嬲り殺される。轟くのは銃声と悲鳴、エンゾの顔は青ざめ、バイクから降りた後は、その場で立ち尽くしていた。

数十メートル先に、クマのぬいぐるみを抱えた少女が足を怪我して泣いている。セイバーはすぐさま彼女の元へ駆け寄ろうとするが、彼の目の前で少女の首は捥がれた。

「…っ」

少女の身体は地面に転がり、ぬいぐるみは何者かに踏み潰される。か弱い腕に結びつけられた青い風船が、その場でゆらゆらと無気力に浮いていた。

エンゾはその場で蹲る。ノエの死体を目の前にしたあの時の絶望が蘇った。魔術師として凄惨な遺体など見慣れた筈である、だがそれが自分の起こした戦争の犠牲者であるならば勝手は違う。キマリュースを救うため、願いを叶える為、こういう状況は百も承知であったはずだ。だがエンゾは自らの意志の弱さを呪う。こんな事態になって初めて、自らの過ちを激しく後悔した。

「マスター!」

セイバーはまるで蛸のように力の抜けきったエンゾを後方へ追いやった。少女の傍には、甲冑を身に纏う英霊の姿がある。このとき初めて、セイバーはバーサーカーと相対した。

「お前が…バーサーカーか。」

バーサーカーは声を上げない。ただセイバーを見据え、一歩一歩彼を殺さんと近付く。その手に握るは血塗れの大剣、セイバーの首など軽々と刎ねてしまえるような代物である。

一体どれだけの数の命を、その鋭利な刃物で奪ってきたのだろうか。

彼らが互いに見つめ合う最中、路地の方から狂人を狙う影があった。サブマシンガンを構えたフランス兵の一派である。軍の主要部隊がシャンゼリゼへ来る前に、空からこの場所へ到達した者たちだ。彼らは近くにまだ民間人がいることを踏まえ、出方を窺っている。

だがそのことに狂人は気付いていた。如何に脳が獣のそれに置き換わっていようと、戦闘のセンスは生前のものと何ら変わりない。自らを殺さんとする脅威に対し、彼は人一倍の喜びを露わにする。血も、臓物も、今の彼には最大の褒章だ。

刹那、カランと空き瓶が転がる音が鳴った。狂人に見つからないよう、瓦礫に隠れていた男が、誤って足を打ってしまったのだ。ゆっくりと男のいる方を向いたバーサーカーに、男は恐怖のあまり発狂する。あぁ、それはバーサーカーには心地の良い歌である。彼は装甲の下で嗤うと、男の方を目がけて跳躍した。セイバーもすかさずバーサーカーを追って走り、フランス兵も合わせて路地裏から顔を見せた。

バーサーカーが剣を振るうと、壁は半分に割れ、破片が一面に雨のように降り注ぐ。セイバーはそれを打ち払い、腰の抜けた男を救い出した。だが彼は一瞬の判断を見誤る。バーサーカーの目的は男ではない。路地裏から間抜けにも顔を見せた一団である。狂人は一瞬のうちにフランス兵の集団の方へ飛び移ると、銃弾も諸共せず全ての命を奪い尽くした。

彼の装甲はすっかり人の血で赤く染まっていた。セイバーはその邪悪さに嫌悪する。この悪魔は何としても止めなければならない。だが何故だろうか。バーサーカーはセイバーに対し攻撃を加える意思を持たない。あくまでか弱き人間にしか興味を持たない習性なのだろうか。セイバーは注意深くバーサーカーを観察した。

同じ頃、目の前の光景に絶望し崩れ落ちたエンゾは、英霊の戦いを虚ろな目で見つめていた。バーサーカーはセイバーに興味が無いようだが、彼のサーヴァントは何とか一般人を巻き込まないように努めている。つい二週間前には、英霊の小競り合いを、演劇を見ているかのように目を煌めかせて見ていた彼も、その本質が血で血を洗う生々しい命のやり取りだとようやく気付いたようである。分かってはいたはずだ、だが何故か彼は願いの為にそこから目を逸らしていた。

あぁ、また複数の命が失われた。

フランス兵は大剣で縦に二つにされる。彼らにも、愛する家族がいたのだろうか。聖杯戦争に関わったマスター達は、デンケトは、同じ状況でも立派に戦っているだろうか。エンゾは自身が臆病だと知っている。稀代の間抜けだと知っている。それを言い訳にして立ち上がらない自分の愚かさを何よりも知っている。だから彼は見ていることしか出来ない。セイバーがバーサーカーを止めている間に、彼はマスターを探し出さなければならない、にも関わらず、彼は動き出すことをしなかったのだ。

セイバーはシャンゼリゼから生きた人間がもはやいなくなったことを確認した。何とか逃がすことの出来たのはたった二人。それ以外は皆、悪魔の食料となった。この狂人は見た目以上に速く、そしてその攻撃の悉くが重い。ただ剣で空を切っただけでも、並の人間の皮膚は切り裂かれ流血する。セイバーは彼の装甲にブースターのような役割があることを見抜いていた。

後はバーサーカーの興味がエンゾに行かないように注意を払う必要があるが、どうもこの狂人はサーヴァントの介入に関心を持たないのだ。セイバーは一度彼の装甲にサーベルの斬撃を喰らわせたが、彼は飛んでくる蚊のように軽くあしらった。

「バーサーカーよ。お前は何を思う。何を欲する。何の為に生きる。」

セイバーは彼に問うた。狂った男には届かぬ声だと思っていたが、意外にもバーサーカーは一人の剣士と向き合った。

「Da…Da…」

バーサーカーは笑っていた。顔のマスクで見えないが、その顔は慈愛に満ちているように思える。セイバーにとってその反応は意外であり、彼は益々狂人に嫌悪した。

「私を同族と見做すか、邪悪なる者よ。」

理由は分からない、が、バーサーカーはセイバーを仲間と感じているようだ。セイバーにとってそれは吐き気を催すような悪夢である。彼はバーサーカーへの怒りを露わにした。

セイバーに対し無謀にも背中を晒して立ち去ろうとするバーサーカーに、彼は飛び掛かった。手に持ったサーベルで露出した肌を突き刺そうとするも、気付いたバーサーカーによって阻止される。大剣とサーベルの打ち合いが始まった。

人の身長はあるかと思われるバーサーカーの剣は、一振り一振りが必殺級。気を緩めれば

セイバーの肉は断ち切られる。だが歴戦の戦士であるセイバーにとって、これは想定し得る敵であった。理性を失った獣の対処法など幼い頃には習得済みであり、狂人の一歩、二歩先を読んだ見事な手際で往なしていく。

バーサーカーが手ごたえの無い斬撃を繰り返す内に、セイバーは彼の弱点を捉えていた。狂人の苛立ちの末に出された大振りを軽く避けると、露出した筋肉にサーベルを三度突き刺した。噴き出した血液は人間のもの、この悪魔も、同じ英霊であったことをセイバーは心の内に理解した。

狂った怪物と戦う自らのサーヴァントの勇姿に、エンゾは見惚れていた。今セイバーは自らの為、エンゾの為、今を生きるフランス国民の為に戦っている。あぁ、彼は正しく英雄、その背中には多くの希望が乗っている。

「セイバー、俺は…」

―では、俺は何なんだ。

エンゾは自らに問いかける。戦争を生み、そこで死にゆく人を見て後悔する愚者、それは認めなければならない。結局彼は中途半端である。最後の部分で善人ぶろうとする、偽善者にすらなれない犯罪者だ。だが、そこで終わっていい訳が無い。彼がキマリュース家の最盛を祈ったのは、他ならぬ子の為だ。ならば戦争の立役者として、真っ当に悪人になろう。元より犠牲の上に成り立つ奇跡、そのことは知っているはずだ。今自分が出来ること、やるべきこと、それを見定めろ、そう自らの答えを出す。

エンゾは立ち上がる。そしてセイバーから離れ走り出す。近くにバーサーカーのマスターもいるはずだ。それを見つけ先に殺せば、この悲劇にカーテンを下ろすことが叶う。

走り出したエンゾを視認して、セイバーは微笑した。彼は今やるべきことをちゃんと思い出したようだ。判断は遅いが及第点である。エンゾに危機が迫れば最期の一画で呼び戻すよう指示はしてある為、後は彼がマスターを探して駆け回ってくれるだろう。

セイバーはあれから何度もバーサーカーの肉を抉っており、狂人は出血多量の負傷者と成り果てた。セイバーはもはや彼の動きの全てを理解し、把握しきっている。ステータスが上のバーサーカーは成す術も無くセイバーに屈した。

セイバーはバーサーカーを倒す一手に踏み込んだ。エンゾがマスターを発見する前に、彼はこの戦いを終わらせる。だが、その一手はある者の介入によって阻まれる。

セイバーの振り下ろした剣を止めたのは、見覚えのある長槍、そう、ランサーのサーヴァントがセイバーの動きを封じたのだ。

「…っ、ランサー。」

「流石だなセイバー。想定以上だよ。」

ランサーはセイバーの剣を打ち払うと、露店の屋根に飛び乗った。バーサーカーはランサーには目もくれず、セイバー向かって突進する。ここで二対一の図式が成り立ち、セイバーは一気に劣勢に立たされる。

そしてエンゾもまた、通りから離れた区画で、ランサーのマスターであるグラコンと遭遇した。多くの人間が避難する中、優雅に茶を飲んでいる姿は甚だ異質である。そしてエンゾはこの男の顔を知っていた。それはデンケトのスケッチに載っていたルーラークラスのサーヴァント、プラトンである。この戦争にはやはり暗躍する影があったのだ。

「やぁセイバーのマスター、確かエンゾと言ったかな。」

デンケトはカップを置くと杖を支えに立ち上がった。エンゾは警戒の色を強くする。

「そういうお前は、プラトン…か?」

エンゾは恐る恐る彼に問う。グラコンはエンゾがそこまで把握していたことに脱帽した。

「いやはや良くぞ気付いたね。どうやって分かったんだい?」

「デンケトという男が参加した聖杯戦争の記録から、その存在に気付いた。実際俺も疑心暗鬼だったが、彼の残したプラトンのスケッチとお前の顔が一致したからな。」

「そうか、過去の聖杯戦争を君は知っていたんだね。」

グラコンは杖を立てかけると拍手を送る。当然エンゾの心には響かない。プラトンが今何をしようと画策しているのか、彼は全く読めなかった。

「何を、企んでいる…?」

「簡単さ。聖杯戦争に勝ち、我が理想を叶える。君だってどうしても叶えたい夢があるんだろう?我々は自らの信念をぶつけ合うのみさ。」

グラコンは杖を再び手にすると、その先で地面を二回ノックした。するとどこからともなく現れた影がエンゾに襲い掛かる。彼は独自の結界魔術でその襲撃にカウンターし、飛び退いた。影の正体は仮面を身に着けたグラコンそのものである。

「どうだ?『妄想幻像(ザバーニーヤ)』と言ってね。私が取り込んだハサン・サッバーハの宝具だよ。そしてこんなことも出来るんだ。」

不気味な仮面の男は奇妙な声で笑いながら、その形状を変化させる。人間がごとく二足歩行だった仮面集団も、その両手を地につけ四足歩行の獣になる。エンゾはその不気味な光景を見たことがあった。それはキマリュース邸を襲った漆黒の狼、そう、ジェヴォーダンンの獣である。もはや初老の男の面影は無く、エンゾの目前に在るのは血に飢えた怪物だ。プラトンは他の英霊の絶技を易々と発動してみせる。

『悪魔は嗤い、獣は哭く(ラ・ベート)』

エンゾを殺すためだけに現れた悪魔は、彼を食い千切らんと襲い掛かる。エンゾは令呪でセイバーを呼び戻すことはせず、防御結界を敷くことでこれを防いだ。

「脆いぞ。」

だがエンゾの築いた防壁はたかが魔術師の放つその場しのぎの盾である。当然、サーヴァントにとっては藁の家、軽く息を吹きかけるだけで消し飛ぶ代物だ。それはエンゾ自身も気付いている。彼は敢えて半端な結界を多重に展開することで時間稼ぎをした。それは彼の淡い期待に基づく考え。プラトンが複数の宝具を使用する以上、肉体にかかる負荷は尋常じゃないはずである。エンゾは摩耗するプラトンが隙を見せる瞬間に賭けていた。

実際のところ、その考えは正しい。プラトンが飲み込んだ聖杯に眠る魂を酷使すればするほど彼の肉体は蝕まれていく。英霊を閉じ込めておくには、その殻はあまりに薄い。

だからこそグラコンは短期決戦で攻めてくる。数匹の狼が壁を砕き、切り裂き、蹴散らし、確実にエンゾへ歩みを進める。エンゾも必死でそれに抵抗する。一進一退の攻防が暫く続いた。

その頃セイバーもまたバーサーカーの猛攻を前に防戦一方であった。本来であれば軽く受け流していた攻撃も、ランサーの邪魔が入ることにより、一身に受けてしまう。

「DA…DADA…」

依然としてバーサーカーの正体は掴めない。加えてランサーもまたセイバーの難敵として立ち塞がる。流石のセイバーも二人の英霊を相手取るのは苦戦を強いられた。

「どうしたセイバー、貴様の実力はこの程度か?」

ランサーはセイバーを挑発する。彼はセイバーが〈切り札〉を使う瞬間を待っている。だがセイバーは特に動じることは無い。狂人の侵攻をシャンゼリゼで押し留めることに注力するのが今最も重要なことだ。

エンゾは恐らく今誰かと戦っている、セイバーはただ一人きりで剣を振るっている訳では無い、その事実が彼を奮い立たせる。

バーサーカーは右手に大剣を、左手には折れた道路標識を握り、ハチャメチャな攻撃へ転じる。理性ある人間には到底不可能な、自らが血を流すことを厭わぬ暴れ様、ランサーも身の危険を感じ、一度距離を置いた。

セイバーは致命的な損傷を追わない程度に、バーサーカーの攻撃を躱し続ける。そして隙を見つけては狂人の腕や足に剣を叩きつけた。ランサーは遠くから、スペインの闘牛を彷彿とさせる命のやり取りを観客のように眺めていた。

セイバーがシャンゼリゼに到着してから十数分、彼はバーサーカーを百回以上は刺したはずである、が、消滅しないどころか、狂人の動きは益々苛烈になっている。回復している訳では無いが、この獰猛な怪物は余りにも耐久力が高い。痛みを痛みとして認識せず、自らの拳を振るうことに全神経を集中させている。いつかは崩れ落ちるとしても、それまでの時間が非常に長いため、セイバーは消耗を強いられる。これはバーサーカーの身に着けている鎧の効用では無く、素の英霊のポテンシャルであろう。どれだけ傷を負おうとも、諸共せず立ち上がる。さぞ、人類史に名を残す英傑なのだろう。

セイバーとエンゾは現在全く同じ状況に陥っている。バーサーカーもグラコンも、攻撃の手を緩めない、彼らはただ敵を殺すことに特化した獣である。互いにチャンスを掴めぬまま時間だけが過ぎていく。まだセイバーには余裕があるが、エンゾは息も絶え絶えである。グラコンはサーヴァント、相手にするにはかなり厄介な敵であることには違いない。

ジェヴォーダンの獣の猛攻を受け、エンゾは遂に膝をついた。逃げるには一手遅く、応戦するには魔力が足りない。彼は絶体絶命の状況に立たされる。

―ここ…までか。

エンゾは手の甲の赤い痣、その最期の一画をなぞる。今もしセイバーを呼べば、シャンゼリゼのバーサーカーを止める者はいなくなる、そう、彼の足を引っ張る形になってしまうのだ。エンゾは、それだけは避けたかった。

彼はある覚悟を決める。そして同時に、防御結界は獣の鋭利な爪で引き裂かれた。

エンゾへ向け襲い掛かる数匹の獣、彼は未防備にも左手を正面へ突き出す。結果、勢いづいた獣が飛びつき、彼の左腕は食い千切られる。狼は夢中になって胴から離れたエンゾの左腕をしゃぶり尽くした。

「…っ」

エンゾは痛みに悶える、分かっていたことだが、これほどまでに肉体と精神に激痛を要するものとは、彼は何とか歯を食いしばり、その痛みに耐えた。

そして狼はエンゾの左腕を食い散らかすと、再び彼を睨みつける。今度はその頭から食ってやると言わんばかりの眼光だ。エンゾは野獣の舌なめずりに恐怖を覚える、が、左手を犠牲にすることは彼にとって計画の一部であった。

突如、ジェヴォーダンの獣の肉体に異変が生じる。エンゾに向かって襲い掛かろうにも、身体が思うように動かなくなる。脳が指令を伝達し、実際に足を動かすのに大きなラグが生じる。そう、あらゆる行動がスローペースになったのだ。

エンゾはほくそ笑むと、ポケットから瓶を取り出した。そこにはナリエが調合した毒薬が込められている。何かの役に立つと信じ、ナリエから借り受けていた。彼は獣に防御結界を壊される直前に、左腕全体に毒を施していた。それを獣が食したことにより状態異常が発生したのだ。

完全に静止した獣を落ちていた鋭利な金属片で何度も斬りつけると、彼らは光の粒子となって消滅する。そしてエンゾは少し離れた場所で肉体の綻びに苦しむグラコンを捉えた。

「その様子だと、そう何度も宝具の使用は出来ないようだな。」

グラコンは汗だくになりつつも、冷ややかな顔を維持している。エンゾがまさか自らの腕を犠牲に、弱体化しているとはいえ、元はサーヴァントの使い魔である獣を屠るとは、全くもって侮れない。グラコンは余裕のある顔を見せつつも、次なる一手を考えざるを得なかった。

一方セイバーとバーサーカーの戦いにも転機が訪れる。ランサーを相手取る、新たな勢力が介入したのだ。

セイバーの横を通り抜けて、ランサーにナイフを振るったのは、何を隠そうアサシンである。彼女はランサーとの決着のため、充幸と共にシャンゼリゼに降り立った。セイバーやバーサーカーには目もくれず、因縁のあるランサーを殺しにかかる。

彼女の乱入にはランサーも対応せざるを得なくなり、結果としてセイバー対バーサーカーの構図に戻ることとなった。今シャンゼリゼでは、聖杯戦争で召喚された四騎ものサーヴァントが集い、争っている。ここに真の意味での〈戦争〉が開始されたのだ。

アサシンは既にエサルハドンとしての機能を失っているが、その闘志のみでランサーへ猛攻を仕掛ける。その勢いに圧倒されてか、ランサーは今防御に徹するのみである。

加えて、身代わり王は先の未来を占う杖がある。これは当事者がエサルハドンで無くとも使用が可能、つまり今の彼女はランサーの行動パターンをある程度まで読んでいる。ステータスが低かろうと、アサシンは鬼のマスターから圧倒的な魔力のバックアップを受けた状態であり、如何に軍略に長けたランサーと言えど、苦戦を強いられることは必至だった。

「厄介な…」

ランサーは顔を歪める。本気になればアサシンを殺すことは出来なくもない、が、それは充幸が近くに居なければの話である。サーヴァントと鬼の両者を相手取るには圧倒的に準備が足りていなかった。あの時確実に殺していれば、そう後悔するが、過ぎた事を憂いても仕方が無い。ランサーは目の前の敵の攻撃に集中した。

そして同じシャンゼリゼで、セイバーとバーサーカーの戦いは佳境に入る。

セイバーは何度貫いても向かって来るバーサーカーに対し、彼の必殺宝具を解放することを決心する。それはキマリュース邸で数十の獣を一撃のもとに消し去った対軍宝具だ。

「マスター」

セイバーはエンゾを呼ぶ。するとそれに呼応するように、彼の後ろにマスターであるエンゾが姿を現した。

「すまないセイバー。ハサン・サッバーハやジェヴォーダンの獣を操るルーラー、プラトンと思しき男と交戦したが、あとちょっとの所で逃げられてしまった。」

セイバーはエンゾの失われた左腕を見て察する、彼は強気な顔をして、今も痛みに震えているだろう。彼は自身で治癒魔術を施したようだが、あくまでそれは簡易のもの、ならばこそ今バーサーカーとの戦いに終止符を打ち、早く専門的な治療を行うべきである。

だが、エンゾの令呪はあと一画、ここで使用する限りは、必ず消滅させなければならない。そう、失敗は許されない。

「マスター。令呪を使います。」

セイバーはただ一言、エンゾへ向け意思表示した。エンゾは彼の後ろ姿を眺め、そして、彼の背に右手を添えた。

「マスター?」

「…敗北は許されないぞ、セイバー。…いや」

エンゾはセイバーを召喚したときのことを思い出す。聖杯戦争の仕組みを調べ上げ、彼はフランスという地で最高ともいえる触媒を入手した。それはセイバーが生前愛用していた軍刀である。エンゾは英霊召喚という奇跡を目の当たりにしたとき、確信した。彼ならば、生前、全ての兵に厳しく、そして何よりも自らに厳しい人物であったセイバーならば、もしエンゾが立ち止まっても、前を向かせてくれると。必ず、必ずキマリュースの未来を守ってくれると。

エンゾの右手の赤い希望、最期の一つが淡い輝きを放つ。

「令呪を以て命ずる。銃を握れ。不敗のダヴ―!」

セイバー、ルイ=ニコラ・ダヴ―の元に眩い光が降り注ぐ。彼は光と共に現れた〈切り札〉をバーサーカーに向け、構えた。

その一撃は、一人のサーヴァントを完全に消滅させるには十分な威力。通りの入り口から凱旋門まで届くほどの砲撃を彼は発動する。当然エンゾはセイバーの宝具発動を見越して、周辺に結界を敷き、無辜の民が立ち入らないように準備は出来ていた。

「やろう、セイバー。」

セイバーはエンゾの言葉に頷くと、慎重に照準を定めた。

「さぁ、決着の時だ。」

 

―それは母なる大地の為に。

―それは守護すべき国民の為に。

―それは共に戦う陛下の為にこそ在れ。

 

『我が祖国にて戦勝を謳おう(ヴィクトワール・ドゥ・ラフランス)』

 

セイバーが引き金を引くと、一本道に光弾が走る。それは暴れるバーサーカーに直撃し、轟音と共に爆発する。周囲の建造物もまた秒にして灰になり、一帯に煙が立ち込める。

暴風が吹きすさび、エンゾは思わず後退した。彼の右手からは全ての令呪が消失し、セイバーの切り札は霧散する。セイバーは息のあがったエンゾを見つめ、微笑した。

セイバー、ルイ=ニコラ・ダヴ―はフランス最強の一画ともいえる軍人である。皇帝ナポレオンに仕え、アウエルシュタットの戦い等、勝ち目の無いとされる戦い全てを勝利へ導いてきた、正しく不敗の男。その冷酷さから時に残酷な魂と揶揄されたが、ナポレオンへの想いは、忠誠は、人一倍であったとされる。此度の聖杯戦争において彼は願う、ナポレオンに会い、彼の問いに答えを出すことを。

―ダヴ―、お前は何色に成りたい?

ナポレオンは人間としてのあらゆる性格を内包した不思議な男である。彼が求めた虹のように、その在り方は七色が如し。ダヴ―を含め多くの部下が彼を信仰したのは、多くの可能性を秘めた男の生き様が、余りにも鮮烈で、余りにも輝かしいものであるからだ。ダヴ―は彼と共に歩みつつも、彼のパレットに加わる者で無かったと考えている。それは生前、ダヴ―が出せなかった答え、ダヴ―自身が見つけるべき、自らの色である。

「陛下…」

ダヴ―は物憂げに虚空を見つめる。彼が見る世界は常にモノクロ、鮮やかな夢とは程遠い。

未だにその答えは遠く、果ての無い階段の先にあるようだ。

 

セイバーの宝具の発動を察知したランサー、アサシンは素早く退避し、刃を交えつつその様子を見届けた。彼の砲撃はシャンゼリゼを灰にする、もし逃げていなければ、二人は今頃消滅していたことだろう。

「ふぅ、おっかない。」

「これがセイバーの、宝具。」

アサシンは持たざる自分と彼を比べ、諦めてしまいそうになる。セイバーと戦って勝利する確率は限りなくゼロに近い。素の戦闘力に加え、あれ程の切り札を有しているとは。

アサシンは軽く身震いするが、ランサーの反応は違っていた。

「あの宝具の発動には令呪一画分が必要だ。そして今、セイバーのマスターにはそれが残されていない。だからこのとんでもない砲撃はもう見納めだ。」

ランサーはほくそ笑む。グラコンの勝利へ一歩近付いたことは確かであるからだ。

「だがあの狂人は跡形も無く消滅した。」

アサシンは今なお砂埃の立ち込めるシャンゼリゼを見つめる。ランサーはアサシンのその発言に思わず噴き出した。

「何が可笑しい?」

「抜け殻の貴様には分からんだろうさ。セイバーの真名はルイ=ニコラ・ダヴ―、かつて不敗のダヴ―と呼ばれた男だが、奴が勝てなかった男が一人だけいる。それこそがバーサーカーの正体。」

「…まさか奴は、まだ生きているのか?」

バーサーカーの真の名を知る者だけが認識している、不敗のダヴ―は決して、決してあの狂人には勝てないと。

 

粉塵から姿を現す者が一人、エンゾとセイバーを捉え、咆哮する。既にその鎧という名の殻は破り捨てられ、その英霊としての姿は露呈している。

「DA…Da…」

嗚呼、バーサーカーは生きていた。あの全てを滅する光の刃を全身で受けてなお、その肉体のあらゆる部位から血を噴出させながら、ただ嬉しそうに、ただ楽しんでいるように。

セイバーは所持していたサーベルを地に落とした。英霊が武器を捨てるなど言語道断であるが、彼の想定を逸脱した光景に、意識を失う程の衝撃を受けたのだ。

エンゾもまた同じ、まだ敵が生きていたという事実に開いた口が塞がらなかった。もうあの切り札は使用できない、もはや、彼らに勝ち目はない。

「DA…DAVUuuuuu」

バーサーカーは知っていた、セイバーの正体を。何故ならば、彼は一番近くでセイバーを見てきた人物だから。

「陛下…」

セイバーは彼の名を呟く。彼の願いは、最悪の形で叶うこととなる。

バーサーカー、その真名は「ナポレオン」。

フランスでその名を知らぬ者はいない、希望の未来を創り出した、真の英雄である。

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