近年の高校野球の熱狂ぶりはすさまじい。この熱をさらに加速させようと日本高校野球連盟は新たに野球大会を設けることにした。その大会の名は「Vtuber甲子園」。Vtuberと呼ばれる連盟から選抜された、特殊技能を持つ監督達がそれぞれ弱小野球部に派遣され、2年半強化するのだ。そして、それらの高校がリーグ戦を行い、その中の上位ニ高の勝敗を以て優勝校を決めるというものである。まだVtuberとして認可されている監督が少ないことから、また初めての試みというから、Vtuberが派遣される高校は4校である。また、混乱を避けるためにその派遣する高校は秘匿されている。連盟はこのことを大々的に宣伝し、世間は三年後の新大会に向け、大いに盛り上がるのであった。
にじさんじ農業高校野球部のユニフォームを身にまとい、部員たちの練習風景を腕くみしながら眺める偉丈夫が一人、野球グラウンドへと入って来る。その存在にいち早く気付いた、この野球部唯一のマネジャーは慌てて彼のもとへと向かった。近づいてみると、欧米人と比べても遜色ない程のガタイの良さと身長の高さに気付き、少し怖気づいてしまうが勇気を出して彼に声を掛ける。
「すいません、ここは部外者は立ち入り禁止なのですが」
「あれ?今日からこの野球部を指導するように言われて来たんだけど、そういう話聞かされてない?」
男は少女にそんなことを言われると思っていなかったのだろう、少し驚いたような顔をする。
「いえ、そんな話聞いてないのですが」
「おかしいな、そんなはずないんだけど」
男は少女の返答に困惑し、考え込むように眉を顰める。少女もいつまでも来ない監督に不安を感じていた。
「…そうか。いやぁ、すっかり忘れていたわ。」
突然男は先ほどまでの硬い表情を崩し、次の瞬間にはハハハと哄笑した。
「最近さ、Vtuberが話題になってるだろ。実はさ、それ、俺なんだ。」
男は笑いながら、衝撃の事実を口にする。少女は驚きのあまり、開いた口が塞がらないようだった。
「ぃやー、関係者以外秘密にされていたの、すっかり忘れてたな。」
「ええ、そんな大事なこと、ここで話しちゃっていいんですか。」
男はさも気にしていないように話すが、それを聞く少女は顔を真っ青にして尋ねる。
「どのみちお前たち野球部には話すつもりだったからな」
「そ、そうなんですか。」
少女の反応は薄いものだった。おそらく、話の内容の理解にまだ脳の処理が追いついてない。
「今やっている練習が終わったら、部員達を集めてくれないか?俺のことを紹介しないといけないだろう?」
しかし、男は少女の様子に気が付かないようで平然と指示を出す。少女は固まったままで数秒ほど沈黙していた。が、「は、はい!」と返事をするや否や慌てて練習している部員たちのほうへと駆け出す。そして、大声で部員たちに集まるよう声を掛けるのだった。
「別に練習を中断する必要はないんだけどなぁ。」
男は少女の行動を理解できず、思わず苦笑いしていた。
「練習中に集まってもらって、ありがとな。まぁ、突然だが自己紹介させてもらう。俺が今日からこの野球部の監督になった、舞元 啓介だ。よろしくな。」
「はっ?」「えっ?」「何を言って…」
舞元の発言に部員たちは困惑し始める。舞元へのあいさつも忘れてしまって、今聞かされた事実を何とか理解しようと部員たちは互いに話し始めた。マネージャーの声も全く聞こえていない。部員達の反応は予想していたのか、だんだんと大きくなる声を前に舞元は静かに待っているだけだ。
「静かにしろ、部活中だぞ!」
三年の部員、主将らしき生徒が声を荒げる。すると、騒がしかった部員たちはすぐに静かになる。その様子を感心した顔で舞元は見ていた。
「すいません、舞元監督。話を続けてください。」
その部員は舞元に軽く頭を下げる。
弱小とか言われているけど、礼儀はちゃんとしてるんだな。いい部活じゃん。
「いや、いきなり監督が代わるなんて聞いたことないもんな。多少騒ぐのも仕方ないし、お前が誤る必要はないよ。」
「えっと、でも。」
「まあ、気にするなよ。話を続けるぞ。お前ら、Vtuberっていうのを知っているか?」
舞元のフォローに戸惑い、うまく口が動かない部員を軽く流し、舞元は部員たちに質問する。当然、世間で話題になっているワードなので、その場にいた全員が頭を縦に振る。
「そのVtuberの一人は俺なんだよ。」
静かになった場が再び騒がしくなる。しかし、主将らしき部員の一声で元に戻る。
「当然、この野球部もVtuber甲子園に出場することになる。その時の主力は今年の一年だ。だからと言って、俺は一年の奴らを贔屓しようとは思わない。お前ら、2,3年生たちもどんどん使っていくつもりだ。俺はこの野球部を甲子園出場させることも一つの目標だからな。しっかり練習しろ。」
舞元は部員たちを励ますように力強く話す。一方、部員たちは困惑の表情を浮かべ、どうすればいいのか決めかねている、といった様子だった。主将らしき部員も舞元の話に衝撃を受けている。
「こんなこと言われて、動揺しないやつはいないさ。この話は練習が終わった後にでもゆっくり考えればいい。ほら、さっさと練習を開始するぞ。」
主将らしき部員がなんとか、「はい」と返事し、周りに声をかける。他の部員たちもその声を聞くと、何人かはその場でモタモタしたものの、今までの練習の続きを再開した。
このチームならきっとやっていける。雰囲気は悪くない。あとは今年の一年生がどんな感じかだな。楽しみだ。
舞元はVtuberになってから始めて、身に纏うユニフォームを少し整え、深く息を吸い込みながら、期待の眼差しを練習する部員たちへと向けるのであった。
ここでは登場人物の設定や本文では説明不足だった点の説明をしていくつもりです。
Vtuber…本作ではいくつかの特殊技能を持つ野球監督のことを指す。政府から認定される資格なので、国家資格にあたるもの。審査が厳しく、Vtuber甲子園の企画段階ではこの資格を持つものが五人しかいなかった。
Vtuber甲子園…新たに開催される大会。Vtuberが就任した時の高校一年生が三年生になった年の甲子園を終えた後で行われる大会。第一回大会では4校が参加する。
舞元 啓介…本作では農家をやめて、高校教師になり、Vtuberになったという設定。四人のVtuberの中では一番野球の知識がある。