「どうします?ガク君。彼は起きる様子を見せませんが。」
「まさかここまでしぶといとは思わなかったなぁ。」
俺の前には銀髪の吸血鬼、葛葉が熟睡している。耳元で叫んだり、毛布を剥がしたりと思いつくだけやってみたはいいけど、目が覚める様子もない。
もうすぐ朝練が始まるけど深町先輩になんで言おうか。
「なんじゃ。葛葉はまだ起きておらんのか。」
「あっ、尊ちゃん。そうなんだよ、なかなか起きなくて。」
「それは困ったのう。今から準備せねば朝練には間に合わんよ。」
「なにかいい案はありませんか?葛葉君が起きてくれそうな。」
「そうじゃのぅ〜。」
尊ちゃんは屈んで葛葉の頭に触れる。多分、妖術とかを使ってると思う。葛葉の頭から手を離すと、ニヤリと笑って俺たちの方を見てきた。
「どうやら竜胆さんが妙案を思いついたようですね。」
「おお!流石、尊様だぜ。」
「フフ、そうもてはやすでない。」
何故か尊ちゃんはアー、アーと声の調子を確かめる。
一体どうしたんだろう?その行動の意味が分からなかった。刀也も理解できてないみたいで不思議そうに見つめる。
くずはあぁ‼︎
「は、は、はい!起きてる起きてる、今起きましたァ!」
今まで起きる気配も感じなかった葛葉が慌てて布団から飛び出した。突然の出来事に思わず俺は目を丸くして眺めていた。
「ほら、毛布畳んで早く着替えなさい。」
「すぐに、すぐにします!」
普段聞いたことない声で尊ちゃんが葛葉に指示を出してる。なんか、昨日の朝見た葛葉のお母さんの声に似てる気がする。それに、いつもなら反抗するはずの葛葉も人が変わったように素直だ。
「なあ、刀也。あれが妖術ってやつ?」
「いや、どうでしょうか。とても妖術を使っているようには見えませんが。」
「2人で何を話しておるのじゃ?」
「ほら葛葉が素直に言うこと聞いてるからさ、不思議に思って。」
「そのことなら妾は何もしておらんぞ。記憶を覗かせてもらったくらいしかしとらん。あれは葛葉自身の意思じゃ。」
「記憶って。結構すごいことしてますよ、竜胆さん。」
「おや、三人とも何をそんなに盛り上がってるの?俺も混ぜて」
葛葉のことで喋っているとリキちゃんが会話に混ざってきた。
「葛葉が滅多に見ない様子でな。」
「さっきから大慌てで準備してますが。」
「いやリキちゃん。尊ちゃんがスゴいんだって。」
「ええ。僕たちが何をやっても起きなかった葛葉君が、あっという間に目を覚ましたのですから。」
「おぉ!それは!確かに2人は葛葉君を起こそうと躍起になってたような。流石は尊さまさまだ。」
「朝練始めるぞ。片付け終わったやつからグラウンドに来い。」
深町先輩から集合の号令がかかる。元気よく返事し、俺たちはグラウンドへと急いだ。
朝練は誰も遅刻することなく、いやひとり皆に遅れて来たが、予定通りに進めることが出来た。俺もこれには満足だ。
このチームの監督になってから思っていた。必ず強くなる要素を既に満たしている、と。あと足りないものは、ただ正しいトレーニングを施すだけだ。昨日の様子からして一つ特能を掴んだようだし、今日の練習も気合が入る。
「よし、気合十分だな。それじゃ、練習開始だ。」
部員から張りのある声が返され、合宿二日目の練習が始まった。
今日は投手陣に指定したコースに投げ込んでもらう練習を中心にする。これによって、投手の制球力を上げることができるが、今日は捕手にスポットを当てている。条件を絞り込むことで臨機応変に対応する状況判断力と場をまとめる統率力、捕手に必要な能力を鍛えることができる。
剣持は昨日で緩急の得能を会得したようだが、伏見、お前も青得を得ることができるかな?
そう期待した目を練習に取り組む伏見に向けた。
「今日の練習はなんかいつもより疲れた。」
「僕は楽しかったけど、ガク君は違うようですね。」
「うぅ~ん、すごい頭使った感。コース決めただけであんなに采配が難しくなるとは。」
「キャッチャーは頭使うポジションだから。」
「そうなんだよな。」
今日の練習はキャッチャーをメインに据えた練習だ。なんて言われたときは話を疑ったけど、実践してみて分かった。無茶苦茶考えるし、急な判断が必要な場面も多かった。深町先輩はうまく対処していた。一方で俺はあまりいい顔ができる内容ではなかった。状況を悪化させる判断もしてしまった場面もある。
今日の刀也、昨日と見違えるくらいにうまくなっている気がするし、このままじゃ駄目だよな。
「りきいちぃ、遅いぞ。わらわは疲れておるのじゃ。もっと早くするのじゃ。」
「私だって疲れてるんですよ、尊様。」
「わらわには関係ないこと。それよりも早く帰って風呂に入りたいのじゃ。」
「そんな無茶苦茶な~。」
また尊ちゃんに振り回されてる、リキちゃん。
刀也もその光景を見て、相変わらずですね、と笑っている。
二人のやり取りを見ていると落ち込んでいる自分が少し馬鹿らしく思えた。
ネガティブになるなんて、俺の色にあってないよな。ポジティブなこと考えよう。
「俺もおなか減ってきたし、早く片付け終わらせて風呂入ろうぜ。」
「確かに。さっさと終わらせますか。」
「応とも。」
そう掛け合うと足に力を籠め、重い荷物とともにグラウンドを駆けていった。
結果だけ言えば、伏見がキャッチャーとしての素質を上げることは叶わなかった。今は深町というキャッチャーの才に溢れた選手がいるから、こいつに任せればいい。しかし、伏見のキャッチャー性能はDの評価だ。つまり、格上と戦うにあたってキャッチャーを任せるには力不足の選手といえる。加えて、このチームには投手の層が薄い。ユードリックは心配なのでエースとなる剣持にはなるべく長く投げてもらう必要がある。それは来年度の新入生によるが、伏見には是非ともB以上のキャッチャー能力を得てほしい。
念のため、一塁手としての練習をさせておくのもいいかもしれん。
チームの今度の展開を最善にするために、練習後にさっそく俺は一人、計画の修正を検討していった。
結果だけ言えば、伏見がキャッチャーとしての素質を上げることは叶わなかった。今は深町というキャッチャーの才に溢れた選手がいるから、こいつに任せればいい。しかし、伏見のキャッチャー性能はDの評価だ。つまり、格上と戦うにあたってキャッチャーを任せるには力不足の選手といえる。加えて、このチームには投手の層が薄い。ユードリックは心配なのでエースとなる剣持にはなるべく長く投げてもらう必要がある。それは来年度の新入生によるが、伏見には是非ともB以上のキャッチャー能力を得てほしい。
念のため、一塁手としての練習をさせておくのもいいかもしれん。
チームの今度の展開を最善にするために、練習後にさっそく俺は一人、計画の修正を検討していった。
「ふぅ、終わった。最後だけあって今日の練習キツかったよ。」
「ああ、俺も体の節々が痛い。この後、自転車で家に帰るのか。」
深町は利き腕の肩を回しながら晴れない顔つきをしている。いつも自分にストイックで弱音を吐かないので、珍しい。
「意外だね。こういうときは大抵自分を鼓舞するのに。」
「まぁ、俺も弱気になるときだってある。」
「ふーん、そうか。」
深町も僕と同じ高校生だし、そんなこともあるか。
親友の新たな一面を垣間見た瞬間だった。そう、この合宿では野球について沢山の気付きや知識を得た一方で、この部員皆の普段見ない顔を知る時間でもあった。例えば、葛葉君。彼をどう起こすか、朝になるたびに一年生たちが奮闘していた。そして、それについていじられる葛葉君の反応も楽しめた。むしろ、一年生は葛葉君をいじるために一生懸命になっていた気がする。
本当にしょうもないけど、彼らはいい子だよ。でも、きっと二日目の朝の奴はずっとネタにされるだろうなぁ。あの日の夜はひどかったし。
~「今朝あんなに起きなかった葛葉がこんな簡単なことで起きるとは思わなかったぜ。」
「ふふ。吸血鬼といえど、さすがに親の前では人の子と変わらぬようじゃのう。」
「ヘッ!?母さんに怒られた夢と思ったけど違うの。」
「尊ちゃんが声真似してたんだぜw似すぎだけどな。」
「ハハハ。吸血鬼も親しく思えますね、これは。」
「うわあ!!マジかよ、はあぁ!?」
「あははは。いいじゃないですか、今日も大好きなお母さんの声で目が覚めたんですから。」
「な、なにいってるんすか!もっさん!」~
かつての夜を思い出していると、一年生がまとまって騒いでいるのが見えた。
「仲いいね、一年生たち。合宿終わりなのにあんなにはしゃいでる。」
「そうだな。あそこまで仲いいのも一年くらいだろ。」
「うん、そうだね。」
そうそう、BBQした日も楽しかったな。ジョー君が芸を披露し、場を盛り上げてくれたんだよね。普段まじめな彼しか知らなかったから人を楽しませる才能があるのは意外だった。
~「はいはい、それでは皆さん、これから私、ジョー・力一のショーをお見せしましょう。」
「おお、いいぞ力一!」
「マジか、こりゃ楽しみだぜ!期待してるぜ、リキちゃん。」
「へー、あいつそんなのできんのか。」~
ジョー君の家厳しそうだし、その反発もあるのかな、もしかしたら。あっ、その夜は舞元監督が尊ちゃんと酒飲みで勝負していたっけ。
~「ん?あぁ、竜胆はもう酒が飲める歳だったな。」
「そうじゃよ、舞元監督。わらわは鬼故、外見ではわかりにくいがのぅ。」
「鬼と酒飲むなんてめったにない経験だからな。どうだ、俺と酒比べしないか?鬼ってのは勝負事を好むと聞くぞ。」
「ふふふ、監督の言う通り勝負事は好きじゃ。しかし、本当に酒で勝負してよいのか?泥酔して明日起きれなくなるぞ?」
「そこの線引きは注意する。大人として無責任なことはできないからな。」
「そうかそうか、ふふ。」~
見事舞元監督の完敗だったけど、酒勝負。かっこいい大人の発言したのに、自分より若く見える少女に負けられるかって意地張って、余裕そうな竜胆さんと延々と飲み続けていたのが印象的だったな。まぁ、そのせいで翌日、監督は顔を真っ青にしていたのは笑ってしまった。
うーん、こうして思い出すと結構愉快な合宿かもしれない。これは次の合宿が楽しみだ。
「相馬、にやにやして気持ち悪いぞ。」
「ありゃ、顔に出ちゃってたか。ごめん、合宿を思い出してた。」
「今回の合宿、楽しかったからな。」
「アハハハ、次に期待できるね。」
「そうだな。」
合宿には満足できたんだろう、充足感ある笑顔で肯定してくれた。
尊様のドーラ様の声真似については完全に作者の捏造ですね。少なくとも、彼女がドーラ様の声真似できるかは知りませんから。しかし、声真似がかなりうまいのは事実です。
舞元の合宿の内容は実況動画を参考にしてますが、筆者は野球を知らないのでその根拠については完全に妄想です。野球の観点からしておかしい表現がある可能性は否めません。
剣持 刀也 :顎とトークのキレの鋭利さに定評のある男。ロリコン。本作ではなにやら、過去に野球についてトラウマがあるようだが、周りにはそれを伝えてない。伏見ガクとは’咎人’のコンビとして有名である。
伏見 ガク :ピースが最も似合う男、輝く陽キャである。本作では刀也の同級生であり、親友として登場する。剣持とのコンビ’咎人’は”質が良い”と一部の界隈で好評らしい。