「うっ……ぐっ」
ぼんやりと明るい西行妖の中で、腹部の激痛と共に伊藤はゆっくりと目を開ける。血を流しすぎたのか、視界がぼやけている。体を動かそうとするも、まるで金縛りにあったかのように体の自由が利かない。
「な、なんだ……体が動かない……こ、これは!?」
まるで棒のように動かない手に目をやると、伊藤の手は西行妖にくくりつけられ、固定されている。それだけではなく、もう片方の腕も、両足も木に固定されている。いくら足掻いても傷口から血が吹き出てくるだけで、事態の解決には至らない。
「主よ、大丈夫か!?」
「こ、コートオブアームズか……だ、大丈夫だ……がはっ!!」
「大丈夫ではなさそうだ。待っていろ!今私が助ける!」
人間の騎士の格好をしたコートオブアームズが伊藤が使っていたものと同じ真っ白な剣を握り締め、俺を拘束しているものに向かって思いっきり振り下ろす。
「「ぐっ!?がああああああああああ!!」」
コートオブアームズが振りおろした剣と伊藤を拘束している木が接触した瞬間、伊藤とコートオブアームズに電流のようなものが走る。その威力は凄まじく、まるで雷に打たれたような感覚だった。
「ぐっ、あっ……だ、大丈夫か……?」
「な、なんとか……しかしこれでは迂闊に手を出せない……。どうすれば……」
「……うっ……ここは……?」
「幽々子!!」
「あ、貴方は……私は確か西行妖に……。か、体が動かない……!」
たった今気がついた幽々子も伊藤と同じように、両手両足を西行妖によって固定されている。
「クソッ、一体どうやって脱出すれば……」
―――――――――――――――――――――
「――――やったかしら……?」
一方こちらは霊夢達。
西行妖に向かって、三人同時にスペカをぶつけ、前が見えない程に土煙が舞っている。
「てめぇら!!そこから一歩たりとも動くんじゃねぇぞ!!ブラックミラージュウィップ!!」
突然ブラックミストが叫ぶと、大量の触手を霊夢達に向かって放つ。
「お、お前!!私達の味方じゃ――――え?」
ブラックミストが放った触手は魔理沙のすぐ脇を通り、背後で何かを粉砕する音が聞こえる。
「こ、これは……」
魔理沙が振り返ると、土煙が晴れたそこには、粉々に粉砕された木の枝が宙を舞っていた。
「チッ、やはりか……」
「どういう事よ!?」
「……紅魔館で俺と戦った時のことを忘れたのか?」
ブラックミストが静かに言うと、咲夜がハッとした表情でゆっくりと答える。
「No.はNo.でしか倒せない……!!」
「……そういうことだ。しかも相手はオーバーハンドレットナンバーズ……俺ですら勝てるかどうかわからねぇ……」
「オーバーハンドレットナンバーズってそんなに強いの?」
霊夢がブラックミストに疑問を投げかける。
「ああ。こことは違う世界の神が作りし呪いのNo.……。その力は通常のNo.を遥かに上回る」
「そ、そんな……私達では、伊藤さんを助けられないの……?」
咲夜が言葉を失い、その場にへたり込んでしまう。
「っ!!おい!!また来るぞ!!」
ブラックミストが叫んだ時には、もう既に霊夢達を吸収しようと西行妖の枝があちこちに張り巡らされていた――――
――――――――――――――――――――――
「――――駄目、全然外れないわ」
「クソッ、こっちもだ。なんて頑丈な作りなんだ……!!」
西行妖に囚われている伊藤と幽々子が、なんとか脱出しようと試みてはいるものの、事態は一向に好転しない。
「早く、なんとかしない、と……」
「貴方、大丈夫!?」
「ハハッ……さっきからなんとか再生を試みてはいるんだがな……。どうも、再生が間に合わない。……死ぬのかな、俺」
「貴方……」
伊藤が諦めたように呟くと、幽々子が決心したように表情を変える。
「……私が西行妖の命を終わらせる」
「……え?」
「私の能力を使って、西行妖を殺す。貴方の怪我、今すぐに治療すればなんとかなるかもしれないわ」
「幽々子……お前……」
そう語る幽々子の目は、何処か悲しげだった。
「さようなら……西行妖……」
幽々子がゆっくりと目を閉じ、呪文のようなものを唱え始める。その瞬間だった。
「がぁっ!?ぐああああああああ!!」
「ど、どうしたの!?うっ!?ぐああああああああっ!!」
「二人とも!!なっ……があああああああああっ!!」
突然伊藤、幽々子、そしてコートオブアームズまでも苦しみ出す。
「こ、これは……まさか!!」
「自分が死ぬ前に、俺達の力を根こそぎ奪うつもりか……!!」
「ま、まずいぞ……このままでは力を吸収し尽くされ、我々は消滅する……!!」
伊藤がちらと横を見ると、そこには伊藤達と同じように壁にくくりつけられ、白骨化している人間の死体があった。
「クソッ……!!どうすれば……!!」
――――――――――――――――――――――
「てめぇら離れてろ!!シャドーゲイン!!」
ブラックミストが、紅魔館で伊藤達と戦った時に苦しめた、あの黒い嵐を巻き起こす。相手の力を奪うことが出来る強力な効果を持った恐ろしい嵐だ。
しかし西行妖は黒い嵐に包まれても、少し花を散らすだけで、力を失っている様子は無い。
「どういう事だ……何故力を奪えない……何!?」
ブラックミストが疑問を口にした瞬間、激しく吹き荒れる嵐を物ともせず、先端が恐ろしく尖った枝が襲いかかってきた。
「チッ!!ブラックミラージュウィップ!!」
ブラックミストが負けじと大量の触手を放つも、枝をさばききれず、数弾被弾してしまう。
「ぐっ!!てめぇらはここから離れろ!!巻き込まれるぞ!!」
ブラックミストが叫んだ瞬間、まるで生きているかのように枝がブラックミストを掴み、地面に叩きつける。
「ガッ……ハッ!!」
叩きつけられた場所の石畳が割れ、破片が宙を舞う。
「ブラックミスト!!」
ブラックミストが動かなくなると、今度は霊夢達を狙って恐ろしい数の枝が襲いかかる。
霊夢が目を瞑った瞬間、西行妖の根元で大きな爆発が起きた――――
――――――――――――――――――――――
「ぐっ……幽々子、大丈夫か……?」
「え、ええ……なんと……か……」
幽々子が返事をすると、突然気絶するかのようにガクン、とうなだれてしまう。
「幽々子!!」
「まずいぞ……力を吸い取られすぎて酷く弱っている!!今すぐにここから脱出させなければこの女は……!!」
「クソッ!!何とかしないと!!」
その瞬間、伊藤の目の前に黒い光が集まり、人間の形を構築していく。
「クックックッ……無様だなぁ」
突然声が聞こえたかと思うと、伊藤の目の前に、一度夢で会った伊藤の心の闇が出現する。
「お、お前は……!!」
「よう、久しぶりだな。もう一人の俺よ」
「何をしに来た……!!」
「おいおい、せっかく助けに来てやったのに何をしに来たはねぇだろ?」
「……助けに来ただと?」
「ああ。で?考えておいてくれたか?俺を開放するかどうかは?」
「本当にここから脱出出来るのか……?」
「それはてめぇの返答次第だ。てめぇが俺を開放して、自由にしてくれるならてめぇら全員をここから脱出させてやるよ。どうだ?いい条件だとは思わねぇか?」
「全員……脱出……」
「クックックッ……さぁ選びな!!俺の力を借り、ここから脱出するか!!それともここでみんな仲良くくたばるか!!二つに一つだ!!」
伊藤がちらと幽々子の方に目やる。幽々子は壁にくくりつけられ、額に大量の汗を浮かべながらぐったりとうなだれている。
俺は……皆を守りたい。その為の力を……!!たとえそれが破滅の力であろうとも……!!
「……わかった。お前を開放する!!」
伊藤が叫んだ瞬間、伊藤の心の闇がニヤリとほくそ笑む。
「力を貸してもらうぞ、もう一人の俺!!」
その瞬間、鎖が破壊されるような音が響き、もう一人の伊藤に黒い光が集まってゆく。
「ヒャッハハハ!!力がみなぎるぜ!!約束通りてめぇらをここから脱出させてやるよ!!」
黒い光の塊から現れたもう一人の伊藤は、先程までは幽霊のように足が無かったのに対し、今は立派な二本の足がはえている。
「とはいっても……このままだとここから脱出する前にてめぇがくたばっちまいそうだなぁ?」
もう一人の伊藤がピンピンしているのに対し、本物の伊藤の腹部からは大量の血が流れていた。
「仕方ねぇ……ちょっくらてめぇの体を貸してもらうぜ」
「な、何を……ぐっ!?があっ!?」
もう一人の伊藤が突然黒い光となって消えたかと思うと、いきなり本物の伊藤が苦しみ出す。
「あ、主よ、大丈夫か!?」
「がっあ……ぐっ…………」
伊藤が突然ピクリとも動かなくなる。しかし次の瞬間、伊藤はいきなり顔を上げ、両手両足を固定していた木を一瞬で粉砕する。
「一体何が起こってるのだ……?」
「てめぇがコートオブアームズか……クックックッ」
不気味に笑う伊藤の目は、先程までは優しい黒目だったのに対し、今はまるで炎のように真っ赤だ。
「コートオブアームズさんよ……てめぇの力を使わせてもらうぜ!!」
伊藤が右手を高く掲げると、手の中に何やらカードのようなものが構築され、赤い光を放つ。
「――――カオスエクシーズチェンジ!!」
西行妖の中を、真っ赤な光が覆い尽くす――――
投稿が遅れてしまい、大変申し訳ございません。土曜日はテスト勉強に、日曜日は大量に積もった雪の処理に追われていました。え?テストですか?もちろん玉砕されました。英語と数学消えろ。
さて次回は春雪異変、完結!!それでは次回もゆっくり見ていってね!!