罪深きあなたも太陽のよう
正月ムードも薄れて、街のざわめきがゆっくり戻ってくる。近所の家からは正月飾りを外す音が響く。それを眺めながら俺はベランダの手すりに肘をついて、タバコに火をつける
ヨウタ「新年の挨拶くらいした方がいいのか…」
何度も開いては閉じたLINE。画面の一番上には穂乃果の名前がある。俺は文字を打って、消して…また打って、また消して…結局、何て送ればいいか分からずタバコを吸って煙を吐く。モヤモヤは煙と共に消える事は無く、結局また1本、火をつける
ヨウタ「マフラー返さねぇとな…」
ベランダから部屋を眺めると、その視界にはソファの背もたれに掛かったマフラーが映る。クリスマスにあいつが巻いてくれた奴。あの夜のぬくもりと笑顔が、一気に胸の奥に押し寄せてくる
ヨウタ「会える口実はあるのにな…」
つい口を開いたが声にならない声でため息混じりの煙が空に溶けていく
ヨウタ「なんか腹減って来たな…」
タバコばっか吸ってたせいか、なんとなく胃が空っぽに感じた。ため息をひとつ吐いて、部屋を出てリビングへ向かう。すると台所から湯気と出汁の匂いが漂ってきて、なんか嫌な予感がした
レン「この沖縄そば、出汁が効いてますね〜」
俺の嫌な予感は的中した。あの馬鹿が勝手に俺の家でそば食ってた
ヨウタ「なんでテメェがいるんだよ」
レン「え?だってヨウちゃん言ってたじゃん。毎年、年末年始は親戚から沖縄そば送られてくるって。“1週間はそば生活になるから、誰かに食わせたい”って」
ヨウタ「だからって勝手に食ってんじゃねぇよ。俺ん家を定食屋か何かと勘違いしてんのか?」
レン「いや〜このソーキうめぇな!これ肉?魚?」
ヨウタ「ソーキは肉だよ、バカヤロー」
レン「マジ?だってさ、壁に魚の写真とか魚拓とか飾ってんじゃん。あれソーキ釣った時の記念かと思ってたわ」
ヨウタ「それは親父の趣味だよ。暇さえあれば釣り行ってんだよ」
レン「え〜じゃあ、ヨウちゃんに俺っち騙されてるのかな?ソーキって本当は魚なんじゃ…」
ヨウタ「何でそうなんだよ。ソーキは豚肉だ」
レン「嘘だ〜、本当は“ソーキマグロ”みたいな魚がいるんでしょ〜?」
ヨウタ「うるせー馬鹿舌が。つーか俺の分残ってんのか?」
レン「残ってるけど…そういや、ヨウちゃん、最近、LINE既読付けないよね?いつもはすぐ即既読付くのに」
ヨウタ「気のせいだろ」
レン「気のせいじゃないでしょ。初詣誘っても既読付けないし、来ないしさ〜」
ヨウタ「んなのめんどくせぇからだよ。人混み嫌いだし」
レン「穂乃果ちゃん、寂しそうにしてたよ」
ヨウタ「なんで穂乃果の名前が出てくんだよ」
レン「だって俺っち、アイドル部のみんなと初詣行ったしんよ〜」
ヨウタ「あっそ」
レン「で、穂乃果ちゃんと何かあったん?」
ヨウタ「何もねーよ」
レン「顔に書いてあるよ」
ヨウタ「はぁ!?」
レン「いや〜、ヨウちゃんは分かりやすいのよ。
気付いてないかもだけど、穂乃果ちゃんの名前出したら一瞬で顔付き変わるもん」
ヨウタ「テメェ、マジでうるせぇな」
レン「初詣に来なかったってことはさ、その前に穂乃果ちゃんと何かあったんでしょ?時期的に…クリスマスとか?」
ヨウタ「だから、別に何もねーって言ってんだろ」
レン「嘘だ〜。初詣に穂乃果ちゃん来て、ヨウちゃん来ないとかあり得なくない?もしかして、勢い任せに告白通り越してキスしたとか?」
ヨウタ「…」
レン「え、ガチ?」
ヨウタ「…」
レン「やっっっっば!!それマジ?どういう流れ?」
ヨウタ「…テメェ、ほんっと黙れ」
レン「図星じゃん〜!いや〜ヨウちゃんも青春してんなぁ!つーか、マジでキスしたの!?どんな雰囲気だったの?どっちから?てか、舌――」
ヨウタ「…黙れ」
レン「ちょ、気になるじゃん!そんなん聞かされたら気になって寝れねーよ!」
ヨウタ「寝とけ」
レン「いいじゃん、惚気の1つや2つくらい。つかヨウちゃんってそういう話、全然しねぇよな」
ヨウタ「聞くのも話すのも、嫌いなんだよ」
レン「え、なんで?惚気とか楽しいじゃん。青春だよ青春!」
ヨウタ「惚気話なんか、他人のセックス見せつけられてるのと変わんねぇよ。話す側も結局、“俺、幸せっす”って見せびらかしてるだけにしか見えねぇし。そういうのが、気持ち悪ぃ」
レン「…お前、重てぇな」
ヨウタ「うるせぇ」
レン「そんな考えしてっから、初詣も来ねーんだよ」
ヨウタ「それは関係ねぇだろ」
レン「穂乃果ちゃん、可哀想〜。ヨウちゃんがチキン君だから」
ヨウタ「何で、そうなるんだよ」
レン「ヨウちゃん、もしかしてビビってんの?」
ヨウタ「は?」
レン「“気まずい”って言い訳して、逃げてんだろ。スカしてんじゃねーよ」
ヨウタ「テメェ、マジでダルいわ…あーめんどくせぇ〜…ちと、パチンコ打ち行ってくる」
俺はレンとの会話のストレス発散にパチンコに行く事にした
レン「ちょ!待てよ!俺っち置いて行くなよ!?」
ヨウタ「お前が勝手に俺ん家来たんだろうが」
レン「も〜、そんな冷てぇ事言うなしん!ちゃんと“初打ち”しねぇと1年始まんねぇっしょ!」
ヨウタ「うるせぇ馬鹿舌が……」
レン「馬鹿舌でも大当たり台の目利きと嗅ぎ分けはいけるナリよ〜」
ヨウタ「うぜぇ…お前、もう帰れよ」
場所は変わりとあるカフェ
ミカ「ウチらに相談って、珍しくない?」
ナナ「ね〜、μ’sのみんなには言えない系の話ってこと?」
穂乃果「う、うん。みんなにはちょっと話しづらくて…」
ミカ「て事は〜、恋バナ系〜?❤︎」
ナナ「うわ、出た〜!絶対そうじゃん!」
穂乃果「えぇっ!?ち、違う…かも…?」
ミカ「かもって時点で、もう確定なんよね〜それ〜(笑)」
ナナ「てかさ、誰なん?ウチらも知ってる名前出たらテンション上がっちゃうんだけど」
穂乃果「えっ!そ、その〜…2人も知ってる人なのかな?」
ナナ「出た出た、動揺してる〜(笑)」
ミカ「穂乃果ちゃん、かわい〜〜〜〜♡」
穂乃果「もう、2人共からかわないでよ」
ミカ「ごめんごめん(笑)でもさ、ウチら、聞くだけ聞くし。ね、ナナ?」
ナナ「うん。穂乃果ちゃんが真面目に話す時って、ガチな奴でしょ?」
ミカ「つーか、相手の事隠さなくて良くね?」
ナナ「だって相手はヨウたぴでしょ?」
穂乃果「えぇっ!?な、なんで分かるの!?」
ミカ「顔、真っ赤(笑)」
ナナ「わかりやす過ぎ〜(笑)」
穂乃果「え、そんな分かりやすい?」
ミカ「うん、めっちゃ分かりやすい」
ナナ「というか、今日はその話しに来たでしょ?」
穂乃果「うん…クリスマスの時にさ、ヨウタ君と…」
ミカ「おっ」
ナナ「おっっ」
穂乃果「……キス、した」
ミカ「………………え?」
ナナ「…………マジ?」
ミカ「いやちょ、ウチら、え、今聞いた?キスって言った??」
ナナ「穂乃果ちゃん、急に尊み爆弾落とさないで!?!?」
穂乃果「わっ、わざとじゃないってば〜!!」
ミカ「やばい、ヨウたぴ×穂乃果ちゃんとか尊すぎてしんどい…」
ナナ「てかそれ、どういう流れ!?向こうから!?」
穂乃果「ううん…どっちとも言えない感じで、気づいたら…」
穂乃果は言葉を探すように視線を泳がせる
穂乃果「でも、それから会えてないの」
ミカ「えっ、何で?」
穂乃果「初詣も来なかったし…LINEしても既読スルーで」
ナナ「うわ〜…それ、完全に気まずくなって引きこもってるやつじゃん」
ミカ「うん、あるある。ヨウたぴってああ見えて繊細だもん」
ナナ「分かる〜。多分さ、ヨウたぴの脳内で“順番間違えた”とか思ってるんじゃない?」
ミカ「そうそう、“穂乃果ちゃんが本当に自分の事が好きなのか、それともあの時はノリだったのか”とか、1人で考えすぎてグルグルしてるタイプ」
ナナ「恋とか不器用な人ほど、ああいう時ほど遠ざかるもんね〜」
穂乃果「…ヨウタ君ってそういう人なの?」
ミカ「うん。ウチらから見ても分かるくらい真っ直ぐだしさ。優しいけど器用じゃない」
ナナ「しかも、自分の気持ちより相手の事考えちゃうタイプだからね」
ミカ「てかさ〜、何でヨウたぴのこと好きになったん?」
ナナ「それな〜。なんか意外っていうか、タイプ真逆じゃん?穂乃果ちゃんって太陽みたいな感じなのに、ヨウたぴって月の裏側じゃん」
ミカ「分かる〜。ヨウたぴ不器用だし優しいけど素直じゃないし」
穂乃果「うん…そうなんだけどね。学園祭のときにね、ちょっといろいろあって」
ナナ「お、運命エピソード来た〜」
ミカ「語って語って〜」
穂乃果「私、無茶して倒れちゃったの。それで結局ラブライブは辞退することになって、学校は存続になったけど…ことりちゃんが留学するって決まって」
ミカ「うん」
穂乃果「なんかもう、頑張ってきた意味が分からなくなっちゃって。自分が空っぽみたいで、全部投げ出したくなったの」
ナナ「へぇ〜穂乃果ちゃんにも、そんな事があったんだ」
穂乃果「それで“やめる”って言っちゃったんだけど、ヨウタ君、すごい怒ったの。“ふざけんな”って。あんなに怒鳴られたの初めてだった」
ミカ「え!ヨウたぴが!?」
穂乃果「うん。けど、その後、ことりちゃんが戻ってきて、またみんなでライブやった帰りに私、ヨウタ君に“やめるって言ってごめん”って謝ったの」
ナナ「うんうん」
穂乃果「そしたら“謝るのは俺の方だ”って言われて」
ミカ「え、それはどういう意味?」
穂乃果「“お前が1番辛かったのに、俺はお前の気持ちをちゃんと考えられなかった”って。“ちゃんと分かってたのに支えてやれなかった”って」
ナナ「…そんな風に言える男子、なかなかいないよ」
ミカ「てか、ヨウたぴ、あの見た目でそれ言うの反則でしょ」
穂乃果「その時ね、ヨウタ君がちゃんと私の目を見て言ってくれて。“分かってる、ずっと見てたから”って。その瞬間、なんか全部が報われた気がしたの」
ナナ「うわ、それヤバい」
ミカ「ズルすぎる!そりゃ好きになるわ!」
穂乃果「でも多分ね、本人は覚えてないと思うんだ」
ミカ「え、そんな大事な事なのに?」
穂乃果「うん。でも、それでいいの。きっと他の人にも同じ事したと思う。困ってる人がいたら放っとけないタイプだから」
ナナ「ヨウたぴっぽいわ〜、そういうとこ無意識でやる」
穂乃果「でもね…私には、それがすごく特別だったんだ。優しい言葉とか、慰めとかじゃなくて。 “ちゃんと見てた”って言ってくれたのが、あの時の私には一番欲しかった言葉だったから」
ミカ「それ、完全に恋だわ」
穂乃果「ふふっ、そんな大げさなものじゃないよ」
ナナ「いや、ガチで“心救われた恋”って感じだし」
穂乃果「でも、今は全然返事しないから…」
ミカ「それって終わりじゃないと思うよ?なんか、まだ続いてる感じするもん」
ナナ「ねぇミカ、思ったんだけどさ〜」
ミカ「うん、思った。──初詣、一緒に行ってきなよ!」
穂乃果「えっ!初詣!?」
ミカ「そうそう。新年のスタートに2人で会うとか、丁度良いじゃん!」
ナナ「“あけましておめでとう”の流れでさ、自然に話せるって〜!」
穂乃果「で、でも…」
ミカ「ほら、ヨウたぴってああ見えて律儀だし?年始の挨拶くらいなら普通に返してくれるって」
ナナ「そうそう、会った瞬間は気まずくても、絶対いつものヨウたぴに戻るって!」
穂乃果「そ、そうかな?」
ミカ「そうだって!これはチャンスだよ!」
ナナ「ねー!絶対行った方がいい!」
穂乃果「ふふ、なんか勇気出たかも♪」
ミカ「よしっ、その笑顔なら大丈夫っしょ!」
ナナ「てかさ、そんなに気になってんなら今から行った方がよくね?」
ミカ「それな。善は急げっしょ!」
穂乃果「えっ!?い、今!?」
ミカ「こういうのってタイミング逃したら一生ズルズルするんよ」
ナナ「つか、レンレンからさっきLINE来てたんだけど──“ヨウたぴと新年初打ち”って」
ミカ「うわ、出た(笑)あの2人ほんと好きだね〜」
穂乃果「えっ!?ヨウタ君とレン君、今一緒なの!?」
ナナ「そ、多分もうすぐ終わる頃じゃね?駅前のパチ屋」
ミカ「てことは、ちょうど帰るタイミング狙えるって事やん」
穂乃果「えっ、でも…そんな、いきなり行くのは…」
ナナ「なに言ってんの〜、“いきなり”が1番自然なんよ!」
ミカ「うん。家の近くでちょっと待ってたらいいんじゃん?“偶然会っちゃった”ってノリで」
穂乃果「え、えぇ〜!?そ、そんなことしたら怪しくない!?」
ミカ「全然!むしろ“あ、会っちゃった♪”って笑えば可愛いから大丈夫!」
ナナ「そーそー、変に構えるより“あけおめ〜”で始めちゃえば楽勝だって!」
穂乃果「で、でも…」
ミカ「穂乃果ちゃん」
穂乃果「え?」
ミカ「ウチらさ、今の穂乃果ちゃん見てて思った。──待ってるより、動いた方が似合う」
ナナ「うん。行けって。自分の気持ち、ちゃんと渡してこ」
穂乃果「…………っ」
穂乃果は少し俯いてから、深呼吸をして顔を上げた
穂乃果「…うん。行ってみる!」
ミカ「ええやん」
ナナ「行け行け〜穂乃果ちゃーん!!」
穂乃果「ありがとう!2人とも!」
穂乃果はカフェのドアを開けて飛び出していく
ミカ「ああいうの、ほんと眩しいよね」
ナナ「分かる〜。でも絶対、良い方向に転ぶ予感しかしない」
ミカ「うん。恋ってタイミング勝負だしね」
ナナ「さて、ウチらはどうする?」
ミカ「穂乃果ちゃんの報告LINE待ちでしょ♡」
ナナ「それな〜」
ミカ「てかさ、穂乃果ちゃん“μ’sのみんなには話しづらくて…”とか言ってたけどさ」
ナナ「あ〜、それウチも思った。多分みんな、薄々気付いてる説あるよね?」
ミカ「あるある〜。だってさ、穂乃果ちゃん、ヨウたぴの話になると顔めっちゃ変わるもん」
ナナ「分かる〜!声のトーンまで上がるし」
ミカ「やっぱ恋って隠せないんよね〜」
ナナ「ほんとそれ。ま、あの感じなら、もう時間の問題でしょ」
パチンコ屋の店の前にて
レン「マジ最悪…2万溶けた…」
ヨウタ「知らねぇよ。パチで回らねぇ台ばっか打ってるお前が悪い」
レン「いや〜、当たる気しかしなかったんだよね〜」
ヨウタ「その“気しかしなかった”で負けるのがパチンコなんだよ」
レン「うるせ〜!つか、ヨウちゃんはいくら勝ったん?」
ヨウタ「三万二千」
レン「はぁ!?マジかよ!?え、何打ってたん!?」
ヨウタ「ジャグ」
レン「ジャグぅ!?よくあんなジジイ台で勝てるね〜」
ヨウタ「お前な、正月明けはAタイプが熱いんだよ。客の回転いいから設定入る」
レン「なにその玄人理論〜」
ヨウタ「理論じゃねぇ、経験則だ」
レン「チッ…ヨウちゃんマジでギャンブル運だけはあるんだよな〜」
ヨウタ「運じゃねぇ、立ち回りだ」
レン「つか、勝ったなら飯連れて行ってよ」
ヨウタ「やだよ。めんどくせぇ〜」
レン「は?勝ったんだから奢れよ!」
ヨウタ「あーもう、うるせぇな」
俺は財布から二千円を取り出して、レンに押し付ける
ヨウタ「これでユウノスケんとこのラーメンでも食ってろ。俺は気分いいから帰るわ」
レン「え、マジ?いいの?」
ヨウタ「いい気分なんだよ。勝ったからな」
レン「かぁ〜勝ち組の余裕出してんね〜!」
ヨウタ「かっかっかっ!勝ちは正義だっつの!」
レン「はぁ〜、調子乗ってんなぁ〜ヨウちゃん」
ヨウタ「うるせぇ。じゃあな、負け組」
レン「うわ〜出たよその言い方!いつか絶対取り返すからな〜!」
コンビニの袋を片手に、冷たい夜風の中を歩いていた。財布の中には、さっきのジャグラーで勝った三万ちょい
ヨウタ(何に使うかな…新しいスニーカーも欲しいし、ワックスも切れかけだし…)
そんなことをぼんやり考えながら、鼻歌まじりで角を曲がる。──バッタリと足が止まった。目の前には、コートの襟を押さえながら立ち尽くす穂乃果
穂乃果「……」
目が合った瞬間、心臓が跳ねた。穂乃果の瞳が一瞬だけ揺れて、言葉を失っている。こっちも同じだ。何も言えねぇ
ヨウタ「……」
数秒の沈黙。冬の空気だけが、2人の間をすり抜けていく
ヨウタ(…やべぇ)
頭が真っ白になって、体が勝手に動いた。まるで反射的に俺は体を翻した
穂乃果「えっ!?ちょ、ちょっとヨウタ君っ!?」
後ろで慌てた声が響く。気付けば住宅街を全力で走っていた
ヨウタ(やべぇやべぇやべぇ!!なんでここにいんだよ!!)
穂乃果「待ってってば〜!」
肩越しに振り返ると、穂乃果が息を切らさずついて来ていた。まるで追いかけっこでもしてるみてぇに
ヨウタ(嘘だろ…!!何でこんなにスタミナあんだよ、あのアイツ!?)
俺は足がもう限界なのに、あいつ全然余裕じゃねぇか!?くそ!アイドルってやっぱ運動量バケモンかよ!
ヨウタ(あーもう、何なんだよコイツ…)
つーか、もう息が切れる所か肺が破れそうだ。なのに後ろから聞こえてくる足音は、まだ全然ペースが落ちてねぇ
穂乃果「ヨウタくーん!!止まってよぉー!!」
声が元気なのもまた腹立つ。なんでそんな余裕なんだよ!!こっちとらマジでキツいってーのによ!あーもう!?限界だ…!
ヨウタ「っ……はぁ、はぁ……クソ……!」
俺の足がカクッと折れ、一気にスピードが落ちた。止まりたくねぇのに体が勝手に止まる。その瞬間
穂乃果「やっと追いついた」
俺に追いついて来たくせに、息切れひとつしてねぇとか…マジで意味分かんねぇよ…
ヨウタ「…何でお前は平気そうなんだよ…」
膝に手をつき、俺はぜぇぜぇと呼吸を整える。穂乃果はそんな俺の横でのほほんとした顔で立っている
穂乃果「ヨウタ君がバテるのはタバコ吸ってるからだよ」
ヨウタ「うるせーよ…」
本気で苦しいのに、こいつ全然空気読まねぇーな。いや、読んでないんじゃなくて“いつも通り”なんだろうけど
穂乃果「ねぇ…ヨウタ君?」
ヨウタ「…んだよ…?」
穂乃果「私達、何で追いかけっこしてたんだっけ?」
ヨウタ「はぁ…?知らねぇよ…忘れたわ…」
なんかもう、逃げてた理由すらどうでもよくなってきた。…ああ、そうだ。ずっと言いそびれてた言葉があったな
ヨウタ「あー…そういや…」
穂乃果「ん?」
ヨウタ「あけまして…おめでとう…」
まだ気恥ずかしいせいか、声が勝手に小さくなる。穂乃果は目をぱちっとさせた後に緩く微笑んだ
穂乃果「うん。あけましておめでとう、ヨウタ君。今年もよろしくね」
ヨウタ「…ああ…よろしく」
穂乃果「なんか、追いかけっこした後とは思えないね、これ」
ヨウタ「うるせぇ…」
ほんと、調子狂わせる奴だ
穂乃果「ねぇ? ヨウタ君」
ヨウタ「ん?」
穂乃果は指先をいじりながら、少しだけ顔を俺の方へ向けた
穂乃果「今日の夜、初詣に行かない?」
ヨウタ「…は?」
思わず素で声が漏れる
ヨウタ「いや、お前…確か元旦にもう行ったんじゃねぇの?」
穂乃果「うん、行ったよ?けど、ヨウタ君とは、まだ行ってないよ」
その一言が、脳みそにじわ〜っと響いて俺はなぜか言葉が出なかった
ヨウタ「……」
穂乃果「ダメ、かな?」
少しだけ首をかしげて、俺の返事を待っている。
断れるわけねぇよ
ヨウタ「…別にいいけど…」
穂乃果「ほんと!? よかったぁ〜!」
嬉しそうに笑うから、こっちが恥ずかしくなる。心臓だけが、まだ走ってるみたいにうるせぇ…
穂乃果「じゃあ、夜ね! 神田明神の前で。えっと……8時にしよっか?」
ヨウタ「ああ。わかった」
穂乃果「ふふっ、楽しみだなぁ」
ヨウタ「そうかよ…」
穂乃果「じゃあ、夜にね!一回家帰って準備してくるから!」
そう言って手を振りながら駆けていく穂乃果を、俺はその場でぼんやり見送っていた。ただ初詣に行くだけだろうが!なのに、落ち着けって言い聞かせても胸の鼓動だけは全然静まらねぇ。何で俺、緊張してんだよ…
そして待ち合わせの時間より早い7時半
ヨウタ(家にいても落ち着かねぇから、結局早く出てきちまったが…)
家にいても落ち着かないと思い、外に出たが…やはり、それでも落ち着かねぇ。しかも、やる事もないからスマホを無意味にいじる
ヨウタ(あー…何してんだ俺)
苛立ち半分、諦め半分でため息をついたその時、軽い足音が近づいてきた
穂乃果「ヨウタ君?」
顔を上げると、穂乃果が立っていた
ヨウタ「お前、早くねぇか?」
穂乃果「えへへ、なんかね…家にいても落ち着かなくて早く来ちゃった」
ヨウタ(お前もかよ…)
穂乃果「ヨウタ君、もしかして…待ってた?」
ヨウタ「いや、今来たとこだ」
穂乃果「ヨウタ君も早く来ちゃったんだね」
ヨウタ「うるせぇっての…」
穂乃果は俺の返事にくすっと笑う
穂乃果「じゃあ、行こっか」
ヨウタ「……ああ」
穂乃果「なんか、不思議だね」
ヨウタ「何がだよ?」
穂乃果「初詣なのに全然、人いないのって」
ヨウタ「正月終わったからな」
そう言いながら歩き出すと、自然と隣に並ぶ形になる。肩が触れそうで触れない距離。気にするほどの事でもねぇはずなのに、妙に意識してしまう
穂乃果「こうやって歩くの、久しぶりかも」
ヨウタ「…そうか?」
穂乃果「うん。最近バタバタしてたから」
ヨウタ「ライブと説明会の日程が重なってたしな」
足音だけが静かな参道に響く。吐く息は白く、夜の空気が冷たいはずなのに、胸の奥だけが落ち着かない
ヨウタ(走った時より、今の方が心臓うるせぇな…)
気付けば鳥居が見えてきた。俺達は並んだまま、そのまま境内へと向かう
その後、俺達は甘酒を飲んで体を温めてから、2人で参拝を済ませた。おみくじも引いて、穂乃果は結果を見て嬉しそうに笑っていた。次第に人が増えてきたので神田明神を離れ、俺達は近くの公園まで歩きベンチに腰を下ろす
穂乃果「ちょっと座ろう?歩き疲れちゃった」
ヨウタ「…ん」
穂乃果「寒くない?」
ヨウタ「…平気だ」
穂乃果「……」
ヨウタ「……」
沈黙が降りる。でも、その沈黙はただの無言じゃない。胸の奥で言葉にならない想いが渦巻いている
ヨウタ(…チクショウ、言わなきゃダメだろ…!!ここで逃げたら、きっと後悔する)
拳を強く握りしめ、俺は前を向く
ヨウタ「…穂乃果」
その声に、穂乃果がゆっくりと顔を上げる
穂乃果「どうしたの、ヨウタ君?」
穂乃果は優しい顔でふわっと笑い俺の方を見る。その顔を見た瞬間、俺の胸がぎゅっと締め付けらた。ああ…やっぱり、そう言う事なんだよな…
ヨウタ「…好きです。俺と付き合ってください」
穂乃果の目が少し見開かれる。でも、すぐに優しく細められて俺の顔をじっと見つめる
ヨウタ「悪い…変なこと言って…分かってるんだ。俺が不良で穂乃果がスクールアイドルだってことも。俺なんかじゃ釣り合わないって、ちゃんと分かってる」
息を飲み込み、俺は言葉を続ける
ヨウタ「でも…言わねーと、きっと後悔すると思ったんだ。ごめんな…これって俺の我儘だよな…」
穂乃果「…我儘じゃないよ」
しばらく沈黙が流れる。けど、その静けさを破ったのは――穂乃果の優しくて、あたたかい声だった
穂乃果「ヨウタ君、覚えてる?穂乃果がμ's辞めるって言った時のこと」
ヨウタ「…あぁ…一応な」
穂乃果「ふふっ、その時のヨウタ君すごく怒っててビックリしちゃったよ」
ヨウタ「…悪い。あの時は感情的になってた」
穂乃果「謝らなくていいんだよ。だって……穂乃果は、あの後のヨウタ君の言葉に救われたんだよ」
――回想――
穂乃果「ヨウタ君、隣に座っても良いかな?」
ヨウタ「別に構わないけど」
そう言って、穂乃果は俺の隣に腰を下ろした。
穂乃果「ありがとね。穂乃果が倒れた時、保健室に連れてってくれて」
ヨウタ「礼を言う程の事かよ」
穂乃果「でも…穂乃果が寝てる間も、ずっと心配してそばにいてくれたんでしょ?」
ヨウタ「んな事、覚えてねーな」
穂乃果「絵里ちゃんが言ってたよ」
ヨウタ「たく、余計な事言いやがって…」
そう言いながらも、どこか照れくさかったのを覚えてる。
すると穂乃果が、すっと俺の肩に頭を預けてきた。
穂乃果「…温かい」
ヨウタ「俺は重たいんだが」
穂乃果「なんだか、落ち着くんだよね」
俺の言葉なんか聞いちゃいねぇな…もう、好きにしろ。
穂乃果「ヨウタ君…」
ヨウタ「今度は何だよ」
穂乃果「…ゴメンね」
ヨウタ「いや、謝るのは俺の方だ」
穂乃果「えっ?」
肩から顔を上げた穂乃果が俺の顔を見つめてくる
ヨウタ「一番辛いのは穂乃果だったはずなのに、俺は酷いこと言った。お前の気持ち、ちゃんと考えられてなかった」
穂乃果「違うよ。あの時は穂乃果が勝手に――」
ヨウタ「自分を責めんな。お前は学校のために、全力で走ってたんだから」
真正面から、穂乃果の瞳を見て言い切った
ヨウタ「分かってる。ずっと見てたから…ちゃんと分かってるから」
その瞬間、穂乃果は俺の胸に顔を埋めてきた。制服にじんわりと涙が染み込んでくる
穂乃果「…ありがと…」
俺はその小さな頭に手を添え、優しく撫でた。
――回想終了――
ヨウタ「…悪い、なんて言ったかまでは覚えてねぇ…」
穂乃果「やっぱり、言うと思った」
穂乃果はクスッと笑った後、そっと俺の方を見て、優しく言葉を続けた
穂乃果「覚えてないって事はヨウタ君にとって、それが当たり前の事なんだよね。けど、私にとっては――その“当たり前”がすごく嬉しかったの」
その瞳には迷いがなくて、真っ直ぐ俺の心に刺さってきた
穂乃果「私がスクールアイドルを初めてから、ずっと隣に居ててくれた事。μ'sを辞めるって言った時に本気で怒ってくれた事。困ってる時に誰よりも早く駆けつけてくれた事。後…すっごく不器用で照れ屋で素直じゃない所もあるけど、友達想いで凄く優しい所も!」
1つ1つ穂乃果は思い出すように笑いながら、けどちゃんと真剣に言葉を重ねていく
穂乃果「そういう全部がね…特別だったの。だから――」
穂乃果はベンチからすっと立ち上がる。白い息が空に溶けていく冬の夜、月の光が彼女をやさしく照らす。そして俺の前に立ち、まっすぐな瞳で俺を見る
穂乃果「私、高坂穂乃果は――ヨウタ君の事が大好きです!」
胸の奥がぎゅっと熱くなる。穂乃果はふんわりと笑って続けた
穂乃果「私でよければ…こちらこそ、よろしくお願いします!」
その言葉を聞いた瞬間、何かが音を立てて崩れた気がした。ずっと張ってた気持ち。不良だからどうせ1人で十分だって、意地になってた自分。平気なフリをしてた自分…全て穂乃果の言葉で溶けた
ヨウタ「…マジかよ…そんな事言われたら…」
気付けば俺の目から涙がこぼれていた
自分でも信じられなかった。どれだけ殴られても泣かなかったのに、今は止まらない
ヨウタ「っく…悪ぃ…泣くなんて、格好悪いよな…」
視界が滲んで、穂乃果の姿がぼやける。情けねぇ…せっかくの告白なのに涙でぐちゃぐちゃなんて――だけど…
穂乃果「ううん。全然、格好悪くなんかないよ」
次の瞬間、穂乃果は一歩踏み出して、俺にそっと抱きついた
穂乃果「泣いていいよ。今だけは、全部吐き出して」
温かかった。穂乃果の腕の中は一番安心できる場所だった
ヨウタ「俺さ…ずっと怖かったんだ…穂乃果が俺みたいなのと関わって、傷つくんじゃねぇかって…お前が笑えなくなるのが、一番怖かった…」
穂乃果「もう、そんな心配いらないよ。私はね、ヨウタ君がいてくれたから、笑っていられたの」
穂乃果「今は私がヨウタ君を支える番だよ」
そう言って、穂乃果は俺の背中をそっと撫でてくれる。その手のぬくもりに、俺はようやく自分が受け入れられたんだって実感できた
穂乃果「今日は送ってくれてありがとう」
ヨウタ「ああ…」
少し照れ臭そうに頭をかく俺。まだ、さっきの涙の名残で目元が少し赤い
ヨウタ「じゃあ、そろそろ俺――」
穂乃果「ま、待って! ヨウタ君!」
俺の背中に穂乃果の声が飛んできた。振り返ると、穂乃果が顔を赤くしながら、ぎゅっと手を握りしめている
穂乃果「えっと…その…ハグして!!」
ヨウタ「…ここでか?」
周囲をちらっと確認する。夜だけど穂乃果の家の前だ。誰かに見られる可能性もある
穂乃果「いいから!は、早くっ…!!」
勢いに押され、俺は小さくため息をついて少しだけ照れた笑みを浮かべながら、両腕を広げる
ヨウタ「…たく、お前って奴は…」
穂乃果は弾かれたように俺の胸に飛び込んできた
穂乃果「ん…!」
俺もその小さな背中に腕を回し、しっかりと抱きしめ返す
ヨウタ「…あったけぇな…お前」
穂乃果「ふふっ、でしょ?」
しばらく、誰もいない夜道にふたりの影だけが寄り添って揺れていた。冬の冷たい空気の中で、俺たちはお互いのぬくもりを確かめ合っていた。そして、ようやく離れようとした時
穂乃果「明日もヨウタ君に会えるの楽しみにしてるね」
ヨウタ「じゃ、じゃあ…また明日な」
そう言って、今度こそ俺は歩き出した
つづく
部屋のドアを静かに閉めた瞬間、張っていた力が一気に抜けた。コートも脱がないまま、ベッドに腰を下ろして、近くにあったクッションをぎゅっと抱きしめる
穂乃果(……恋人、なんだよね)
口に出さなくても、胸の奥がじんわり熱くなる。
ヨウタ君の声、歩いた夜道、最後に抱きしめてくれた腕のぬくもり――全部がまだ、ちゃんと残ってる
穂乃果「……えへへ」
誰もいない部屋で、小さく笑って、クッションに顔をうずめた。嬉しくて、恥ずかしくて、でもそれ以上に安心して
穂乃果(明日、会えるの楽しみだな…)
その気持ちを噛みしめながら、しばらく動けずにいた
夜道を一人で歩きながら、頭の中は妙にうるせぇ
ヨウタ(俺ら…付き合った、んだよな?)
言葉にすると実感が逃げるくせに、胸の奥だけは落ち着かねぇ。笑った顔も、抱きついてきた勢いも、何度も思い出してしまう
ヨウタ(くそ…)
ポケットの中で拳を握って、軽く息を吐く
ヨウタ(これ、アイツらに報告した方がいいのか?)
どうせ冷やかされるのは目に見えてるし、今はまだ…いや、別に隠すつもりでもねぇんだけど
ヨウタ(ま、いいか)
そう考えたはずなのに口元だけが勝手に緩んだ
ヨウタ(あー、調子狂う)
夜風に紛れて小さく呟きながら歩き続ける。さっきより少しだけ軽くなった足取りで
完結も近い
来年には終わるのか