ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』   作:五十貝ボタン

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艦長(キャプテン)カレン

「本艦は未確認機械生命体による襲撃を受けています。総員、第一種戦闘配備についてください。繰り返します。本艦は……」

 

 緊迫したオペレーターの声が艦内のすべての領域に広がった。

 私は……夏目カレンは、艦長専用のシートに座っていた。エスペラント共和国から出発してかなりの距離を旅してきたけど、いまだに艦長なんてガラじゃない、と思う。

 私は外務大臣で、軍属じゃない。でも、学生時代には自分でも抑えきれない向学心の赴くままにありとあらゆる分野を修めた。その中には軍事学や宇宙船工学も含まれていた。

 エスペラント国軍では、軍事学博士であり、いくつかのシミュレーション・テストに合格した文官は一艦の指揮を執ることができる。

 多文明との交渉のためにできるだけ少人数で恒星間旅行をする必要があった母国にとって、私は最適な人材だったに違いない。

 共和国の残り少ない資源を投入して開発されたユニヴァースは銀河イチの燃料効率を誇っている。加速、制動、最大速度。どこに出しても恥ずかしくない。だけどその分、乗員への負担は大きい。急加速を伴う作戦行動中は、体をしっかり固定しなければいけない。

 

「ハーネスがキツいのよね……」

 

 どういうわけか胸とおなかを二重に圧迫するハーネスの最適な位置はいまだに掴めていない。

 なんて、そんなことを気にしている場合じゃない。私の眼前のモニターには100種類以上のデータが表示され、刻一刻と変化していた。艦の内外のさまざまな観測結果だ。

 

「なんて数……まるでアストライアへの侵入を阻もうとしているみたい」

 

 ユニヴァースは惑星アストライアの周回軌道へいままさに乗ろうとしていたところだ。その鼻先を押さえるように、どこからともなく襲撃されている。

 

(どこからともなく? そんなはずない)

 

 眼前に迫っている機械生命体は攻撃性だけを残したワニのように身をくねらせて宇宙空間を泳いでいる。推測にすぎないが、戦艦の装甲を食い破るだけのパワーを持っているに違いない。

 そんなものが何百もユニヴァースの高感度空間探知をかいくぐって接近するなんて、できるはずがない。

 

「周辺宙域のあらゆる種類のエネルギー反応を調べて!」

 

 周囲の分析官へ指示を飛ばす。戦艦ひとつを動かすための情報は莫大だ。分析はともかく、感知と操作をするには、目が二つと指が十本では足りない。彼女らは少しだけ不器用な私の指の代わりに、情報の操作をしてくれる。

 モニターの情報が精査されていく。私は手元のコンソールで情報を整理し、置き換え、確かめる。

 

(亜空間へのワームホール……? 宙域に戦艦級の質量が接近したら自動的に開いて攻撃するように仕組まれてる。どうやって……ううん、とにかくワームホールを閉じないと)

 

「攻撃準備。私が指定するポイントに砲撃を集中して」

「発射します。対ショックフィールド!」

 

 訓練が行き届いた兵たちによって、ユニヴァースの主力兵装であるブラスターが放たれる。しかし……

 

「っ……機械生命体によって防がれています!」

「こっちの意図を読んでるの? いえ、むしろあらかじめプログラムされていると考えるべきね……もっと接近しないと。でも、ユニヴァースが接近するのは危険すぎる。どうすれば……」

『カレン殿!』

 

 艦長席直通の通信回線。それを使えるのは一人しかいない。

 エスペラントいちの剣豪にして、私の専属SP……柳生オリヴィアだ。

 

『敵の発生源に接近して直接たたく必要があります。私が飛燕で行きます』

 

 飛燕はユニヴァースに一機だけ搭載された宇宙戦闘機(スターファイター)だ。一機だけである理由は単純で、扱えるパイロットが1人しかいないから。

 

「あなたは護衛官なのよ。出撃なんて……」

『私にしかできません』

 

 彼女の言うとおりだ。本当は、とっくに分かっていた。ずうっと昔の映画みたいに、数百もいる敵をかいくぐって正確なポイントを爆撃する必要がある。それができるのは、剣禅一如の境地に達したとも言われるオリヴィアだけだ。

 迷っている間にも、敵の攻撃は続いている。ピラニアの群れみたいに一丸となって、機会生命体が躍りかかってくる。ブラスターで先頭の十数体を焼き払って回避。

 慣性の影響は最新鋭構造によって打ち消されているはずだけど、ハーネスがなければブリッジの真ん中に放り出されてしまいそうだ。

 

『カレン殿、ご命令を』

 

 その渦中で、オリヴィアは格納庫の壁にしっかりと立っていた。床ではなく壁なのは、今は遠心力が横向きに働いているからだ。

 

「分かりました。オリヴィア、出撃して!」

 

 決断してからはあっという間だった。飛燕のパイロットシートにオリヴィアがすべり込み、電磁式カタパルトの急加速で撃ちだされた。

 最高速のユニヴァースからさらに加速をつけての発進は体がバラバラになりそうな衝撃をパイロットに与えているはずだけど、オリヴィアはうめき声ひとつあげなかった。

 飛燕は機械生命体の群れのすぐ横を突っ切ってワームホールへ接近する。ほんのわずかな破片でも触れれば一巻の終わり。決死の宙域を、オリヴィアは正しい進路を知っているかのような惚れ惚れする軌道で飛び越えていく。

 

『爆撃する』

 

 オリヴィアの低い声は、まるで最初の一筆をしたためるときのように静かだった。

 数秒後、あらゆる計器が見たこともない値を示した……つまり、宙域全体に響くような、猛烈なエネルギーが吹き荒れた。この時の記録をのちに何度も再計算したけど、オリヴィアの爆撃がワームホールを不安定化させて、そこから発生している機械生命たちが誘爆を起こしていた。

 一瞬の間に、ユニヴァースは経験したことのないエネルギーの放射を浴びていた。偏光フィルターが作動しても、モニターは真っ白になっていた。

 

「状況報告を……!」

 

 衝撃でズレた眼鏡を押さえながら、私は必死に叫んだ。非常時を知らせるアラートが艦内に鳴り響いている。

 

「機械生命体の群れの消滅を確認しました。爆発の衝撃で、本艦の操作系に著しい損傷が発生しています」

「宙域を脱出して体勢を立て直したいけど、無理そうね。なんとしても周回軌道上へ。軌道が安定したら修理を」

「はっ」

 

 艦長として、まず最初にユニヴァース全体のことを確かめる必要があった。でも本当は、先に聞きたいことがあった。

 

「飛燕は?」

 

 自分でも声が震えているのがわかった。オリヴィアはあの爆発の中心地に近いところにいたのだ。もしかしたら……

 

「反応が……あります! アストライアの大気圏へ落下しています!」

「通信は!?」

「フィールドが安定するまでは通信は不可能です。飛燕の高度、さらに低下中!」

 

 ぐっと拳を握って、叫びだしたくなるのをこらえた。

 

「総員、全力で軌道の安定に努めて」

 

 私が取り乱せば艦の指揮に関わる。皆、私を信じて指揮に従っているのだ。

 次々に表示されるデータの意味を頭の中で並列処理しながら、私は胸の内で同じ言葉を繰り返していた。

 

(オリヴィア、無事でいて……)

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