ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
「はぁっ!」
「させない! であります!」
一気に距離を詰めた私の剣閃を、レベッカは砲から放たれる防御フィールドで逸らした。さらに踏み込んで二撃目を放てればいいのだが、それよりも早く、レベッカの射線が動く。
私を狙っているのではない。背後のミレイユ殿を撃とうとしているのだ。
「ちいっ……!」
剣の軌道を変えて、砲を突く。致命的な箇所を狙ったつもりだったが、レベッカは狙いをつける前にトリガーを引いてエネルギー弾を放った。反動で、軽い体が数メートル浮き上がり、後退する。
(まずいな……)
ミレイユ殿を守りながらの戦い方では、どうしても手が遅れる。それがわかっていて、レベッカはミレイユ殿の攻撃を駆け引きに使っている。かわいい顔に似合わず、手を汚すことをいとわない攻め手だ。
皇女殿の支援が得られれば戦いやすいと思ったが、それが浅薄な考えだったことはすでに分かった。ミレイユ殿は戦うこと自体に慣れていないらしい。おそらく、彼女の魔法は威力が大きいのだろう……私を巻き込まないようにタイミングを計っているのだが、レベッカは私に肉薄し、ミレイユ殿が攻撃できないようにする。
ミレイユ殿はカレン殿ではないのだ。同じように戦えるはずがない。
「全面降伏をすれば、捕虜として扱うでありますよ?」
「私の後ろにいる人を、そんな目に遭わせるわけにはいかない」
実力を見せてからの最後通牒、のつもりだろう。が、エルナト皇女がレグルス帝国の捕虜になったとなれば銀河を揺るがす大事件だ。
「では、覚悟するであります……」
レベッカの手がなめらかに動き、砲身をしごく。エネルギーが高まっていく……
が、それ以上に強い力の高まりが、肌に伝わってきた。
「柳生さん、あれは……」
同時に、ミレイユ殿も感じたらしい。彼女の視線もまた、同じ方向を向いていた。
レベッカの後方、アストライアの赤い空にそびえる建造物の頂上から、大きなエネルギーがひろがっていた。青白い光と、濃橙の闇がまじりあい、無秩序な力の放射が大気を震わせている。
『瞳』の力で『視』る。白と黒の乙女……飛燕を墜落させたふたりが、手を突き出している……攻撃態勢だ。
「ミレイユ殿、距離を取って防御姿勢を!」
「はい!」
レベッカに背を向け、私は駆け出した。二人の乙女の射程から離れなければ。
「ふっふっふ、今更逃げ出しても遅いであります。くらえ、ブリッツ・スナイ……」
『トウマオ・ラジエル!』
かなりの距離があったはずだが、二人の乙女の発した声ははっきりと聞き取れた。膨大なエネルギーの奔流が、大地をえぐるような軌跡で放たれる。
「ぎゃーーーーーっ!?」
レグルス兵が気づいたときにはもう遅い。光と闇を合わせたエネルギービームは、防御フィールドごとレベッカの体を吹っ飛ばしていった。
「おぼえてろーでありまーす……!」
高らかに声を響かせながら、レベッカはアストライアの空に吸い込まれていった。「きらーん」と、何かが光った気がする。
「助かりましたの?」
「いえ、まだです。次は私たちが狙われている」
目の前の脅威は去った……が、事態はさらに深刻になっている。
ピラミッドの頂点に浮かんだ乙女たちの目は、私たちに向けられている。助けてくれたわけではなさそうだ。
単に、レベッカを先に排除しなければならない、と判断したのだろう。その理由は分からないが、一瞬でも考える時間が採れたのはありがたい。
彼女らの技は強力だが、連発はできないだろう。エネルギーを同調させるにはそれなりの時間が必要なようだ。
「今のうちに距離を取って、どこかの物陰に……」
だが、周囲には隠れられそうな場所はない。いくつかあった岩塊も、レベッカの砲撃でおおよそ粉みじんだ。
正面から受けるしかないか……そう、思った時だ。
「柳生様、空を!」
ミレイユ殿が指さす先。赤黒い雲の合間から、鋭角なシルエットが現れようとしていた。
見紛うはずもない。優美で機能的。翼を広げた鷹のようなマザーシップ……
「ユニヴァース!」
わが母船。これほど近い場所に突入してきたのは、私を追ってきたに違いない。飛燕が墜落してからも、カレン殿がなんとかして追跡してくれたのか。さすがだ。
「しかし、着陸を待っていては……」
いかにユニヴァースが高速艦といっても、地上に着陸し、再び離陸するより早く、敵の攻撃が来る。直撃をくらえば、タダでは済まないだろう。
「あれは柳生様の船なのですね?」
「ああ。だが、このままでは……」
「わたくしにまかせてください」
ミレイユ殿の髪飾りが光を放ち始めた。魔法力、というものだろうか。輝きが増すごとに、その全身に広がっていく。
「エルサイン!」
直後、信じられないことが起こった。何かが私たちの足元から現れ、文字通りに体を「持ち上げ」たのだ。
ミレイユ殿の魔法力は巨大な掌を喚びだしていた。その「掌」が、私たち二人を包むように握りこんでいく。
指が隙間なくぴったりと閉じられ、私とミレイユ殿は体を密着させた。ミレイユ殿の細くもやわらかい体が、私に押し付けられる。
不思議と、内側からは外の様子がわかるようだ。
「こ、これは!?」
「心配ありませんわ。あとは、わたくしに任せてください」
心配するなと言われても、子供が飴玉を握りこむように掴まれては心配に決まっている。
だが、ミレイユ殿の声には確信があった。
「行きましょう!」
その言葉は、私に発せられたものではなかった。それがわかったのは、私たちを包み込んだままの掌が勢いよく飛び上がったのがわかったからだ。
「今は……どういう状況だ……!?」
「安心してください。王家の守護者です」
「なるほどわからん……」
王家の守護者である掌は、手首から何かを噴射して空へと飛びあがった。ごうごうと風を切り、一気にユニヴァースと同じ高度に達する。
私たちに狙いを着けていた乙女たちの驚きの顔が視えた気がした。一方は笑い、一方は呆れている。
「柳生様、乗り込むとしたらどこからですの?」
視界のなかでユニヴァースの距離がちかづいてくる。空中でこのまま接触するつもりらしい。
「……後背部に飛燕の発射口がある」
「あれですわね」
自信満々のミレイユ殿の視線を追う。ユニヴァースの後背部……12時間前、私が飛び出してきた場所が開き、無茶なドッキングに応えようとしていた。
この状況で、ミレイユ殿の意図を理解してくれたのだろう。カレン殿の判断力には舌を巻くばかりだ。
「ミレイユ殿、相対速度を合わせないと……」
「
アドバイスの甲斐はなく、王家の守護者は右ストレートを叩き込む勢いでユニヴァースへと突入していった。
こんなことはめったにないのだが、私は思わず目を閉じていた。
そして、気づいたときには……守護者は飛燕の電磁式カタパルトに停止していた。あの速度から急制動をかければかなりの衝撃があるはずだが、魔法のように動きを止めている。
いや、魔法のなせる業なのだろう。細かいことを考えるのはあとまわしだ。
発射口が閉まると、守護者……巨体な手は光の粒子となって消え去っていく。
「きゃっ」
自分で操作しているのだろうに、守護者から解放されたミレイユ殿は足を滑らせる……私はその体を素早く受け止めた。
「す、すみません……」
「慣れてますから」
『ミレイユ様、ようこそユニヴァースへ。オリヴィア、おかえりなさい』
ブリッジからの通信だ。聞き間違えるはずもない。
「カレン殿」
『本艦は再び大気圏を脱出し、クイーン・エルナト号と合流します。総員、急加速に備えて』
「あの、まだ……」
「ミレイユ殿、ここは従ってください」
何か言いたげなミレイユ殿を、ハーネスのついた座席へと案内する。ユニヴァースの空気は懐かしい香りがした。
もう12時間も梅干を口にしていない。あとしばらく我慢すれば、熱いお茶と一緒に味わえるに違いない。
……この時は、ほんとうにそう思っていた。