ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
クイーン・エルナト号の広大なブリッジで、私たちはようやく正式な形での会談をもつことができた。
私のそばには正式な護衛官、柳生オリヴィアがついている。
代理であったシャルロットさんに代わり、正式な皇位継承者であり、艦長であるミレイユ・アントワネット殿下が私と向き合ってる。
「まずは、わたくしの命とシャルロットの名誉をお守りいただいたこと、心から感謝を申し上げます」
紅茶を口に運び、大きな一息を漏らすミレイユ様。その顔には、安心感と、それ以上の焦燥がにじんでいる。
「ええ……。シャルロット様から、この艦の危機的状況を聞いていましたから。あなたがいないと、あなたが戻られない場合、自動的に皇国に帰還するとか……」
「なっ、そ、そんな状況だったのですか?」
「ええ。衝動的にテレポートしてしまったもので……」
「ほんとうに大変だったんですからね!」
ふんわりほほ笑むミレイユ様に、シャルロットさんがちくりとトゲを刺す。心なしか、彼女も元気を取り戻したような気がする。
「まあまあ。それより、さしあたっての問題に対処しなければなりません」
私は周辺の情報をスクリーンに表示させた。ディアナの扱いにも、すっかり慣れてしまった。
「現在、私たち二隻はお互いを係留し、アストライア軌道上にいます」
「クイーン・エルナト号の不可視防御フィールドで身を隠しています」
はっきり言って……
トラブルを乗り越えた今、エスペラント共和国にとっては喜ばしい事態になっている。
エルナト皇国は他文明との接触を避けてきた。それは、彼らの技術・文化が高度であることや、独特の世襲制統治によるところも大きいだろう。その皇女の危機を救ったということは、彼らの持つ豊富なエネルギーを取引するきっかけになりうる。
この場を安全に乗り切ることさえできたなら、アストライアに眠る無限のエネルギーを無理して狙う必要はなくなったのだ。
「そこで、残った問題ですが」
シャルロット様が、周辺を探るレーダーを示す。
「アルビレオ連合の母艦、トリニティが視認できるほどの近距離に停留しています。彼らはこちらを敵と認識していると思われます」
「出発のために防御フィールドを解いたら、攻撃されるおそれが高いでしょう」
「レグルス帝国も、この惑星を攻略しようとしている」
オリヴィアがしっかりとした口調で報告する。
あのとき……アストライア地表で彼女らが交戦していた相手はレグルス帝国で間違いなかったようだ。
「レグルス帝国の本隊が到着する前に、宙域を離脱すべきですね」
「まあ、どうしましょう……」
「フィールドに隠れたままこの星を離れる、ということはできないのか?」
困りっぱなしのミレイユ様。さすがに話が進まないと考えたのか、オリヴィアが問う。シャルロットさんは、ゆっくり首を振った。
「残念ながら……。身を隠したまま移動する技術は魔法科学では実現できていません」
「それでは、アルビレオ側の動向を探って離脱の機会を……」
「でも……」
ミレイユ様の様子は、どうにも煮え切らない。たぶん、離脱そのものに反対したいのだろう。
私としては、これ以上のリスクはとりたくはないけど、皇女殿下の意思を無視するわけにはいかない。
「ミレイユ様は、離脱に反対ですか?」
「ええ……」
言いよどむミレイユ様は、気を使うように私たちの顔を見回す。
「意見を聞かせてください」
「じゃあ……」ミレイユ様はためらいがちに口を開いた。「シエルストーンはまだあの星にあります。卑弥呼様は、その石を悪しきものに渡してはならないと夢見で告げました。あの方たちが悪い方々なのかもしれないと思うと……」
シエルストーン。無限の力の源。手にしたものは銀河の支配者になれる……そんな噂が真実なら、確かにみすみす他文明に渡したくはない。
アルビレオ連合も、レグルス帝国も、敵に回したくはない……外交官なんだから、少しでも見方を増やすことが、私の役目だ。
背中に汗がにじむほど考えていた時、不意にユニヴァースから通信が入った。
『遺跡のなかで強いエネルギーが観測されています。これは……!』
エルナト号のスクリーンに、エネルギー反応が示される。例のピラミッド状遺跡の深部で、活発な反応が示されている。
「何が起こってるの?」
『わかりません。厚い壁に阻まれていて……』
アルビレオ連合が深い縦穴を開けた底で何かが起きている。その真上にはトリニティが陣取っていて、観測しようがないのだ。
そして、事態はそれだけにとどまらなかった。
『き、軌道上に機械生命体が多数出現!』
「なんですって!?」
ディアナの巨大スクリーンに周囲の反応が描き出される。無数の光点が、アストライアを包むように出現していた。
「私たちを襲った時の10倍はいる……」
「い、いったいどこから?」
「ワームホールを通じて出現したみたいです。隠れていたのか、どこからか送り込まれているのか……」
センサーの数値を読み取りながら、シャルロットさんがつぶやく。
「ど、どうすれば……」
「しっかりしてください、ミレイユ様。フィールドの中に隠れていれば平気です」
「確かに、トリニティが機械生命体に囲まれている間に脱出しやすくなったとも考えられます……」
「アルビレオの方々を見捨てるんですの?」
「この数を相手に、そんなことを言っている場合では……」
だが、この時はミレイユ様が正しかった。次に起きたことは、さらに私たちの想像を超えていた。
『宇宙空間に……人影が!』
「なぁんですってぇ!?」
漆黒の宇宙空間に、エルナト号の外部を捕らえるカメラが向けられる。漆黒の宇宙空間。きらめく星々を背負うようにして、女が一人、機械生命体を従えるように浮かんでいた。
その手のなかには、不思議な輝きを放つ石があった。直感でわかる……あれが、シエルストーンだ。
『ついに……手に入れた』
その声がどこから聞こえているのかはわからない。神経に直接響くような、首筋当たりがぞわぞわと逆立つ声。
『わが名はマリア・ラルク。星喰いの魔女。この星も喰らってやろう。貴様らと共にな』
ぞっとするような笑みを浮かべて、女はこちらを見ていた。不可視のフィールドに覆われて、見えないはずの私たちを。
『機械生命体が接近してきます。この艦は見えないはずなのに……』
言い様もない不安が胸の中に広がって、私はヘビに睨まれたカエルのように呼吸を忘れていた。
昏い宇宙に吸い込まれるように、私の意識が凍りかけた時……
「カレン殿」
手が、私の肩に触れた。知っている手。オリヴィアの手だ。
エンジンに再点火したみたいに、凍り付いていた思考が再び回転し始める。半歩後ろにオリヴィアがいる。
そうだ。私には使命がある。責任と。それから、ちょっとだけワガママにふるまう権限も。
ユニヴァースを守らないと。
「私たちは母艦に戻ります」
シャルロットさんは、短く、一度だけうなずいた。
「ミレイユ様、戦いになります」
「でも、わたくし、どうすれば? 戦いなんて……」
ミレイユ様が不安げに私たちを見た。青い瞳には少女のように涙が浮かんでいる。私よりもずっと、怖いはずだ。
でも、彼女を励ますのは私よりずっと適任がいる。
「私にはオリヴィアが、あなたにはシャルロットさんがついています。さっきよりもずっと、うまく戦えるはずです」
クイーン・エルナト号の全乗員……たったふたり……に、私は深く頭を下げた。
オリヴィアは両手を合わせて、エスペラント流の礼をした。
「エルナトの貴重なお茶をありがとう。次は、
『機械生命体がフィールドに接触するまで、およそ3分』
ディアナの無慈悲な警告がブリッジに響く。また時間は私たちの敵をする。でも、もう待つだけの時間は終わりだ。
「行きましょう、カレン殿」
「ええ」
「ディアナ、お二人が戻ったら接続を解除して。戦闘態勢に移って」
『了解しました』
戦いが始まろうとしていた。