ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
「クイーン・エルナト号との接触を解除」
「敵機械生命体の接触まで20秒!」
「エンジン点火。いつでもいけます」
ユニヴァースのブリッジに私たちが飛び込んだ瞬間、オペレーターの報告が続いた。
滑り込むように艦長席に体を預け、ハーネスで体を固定する。私はそのすぐそばに立つ……私には体を固定するハーネスは必要ない。
「カレン殿、作戦は?」
「本艦はあれだけの数を掃討するだけの火力はないわ。でも、クイーン・エルナト号にはある。だから、エルナト号へ敵が接近しないように護衛に回ります」
「
「つねに飛び回るわ。ユニヴァースの燃料が
「操舵は私に。こんな機会を逃すわけにはいかない」
「もちろん」
私の目の前に、ホログラムの操作器が現れる。飛燕の操縦系とは違う、最新のものだ。コンソールに手を振れて認証し、操縦桿に手を置いた。
「敵群、フィールドに接触します!」
立体レーダーに無数の光点が浮かび上がる。ユニヴァースとクイーン・エルナト号を中心にした球状の空間へ、いくつかの群れに分かれて迫ってきている。私たちの存在を認識していることは間違いない。
光点がフィールドに接触する。エルナト号の魔法力が生み出した不可視領域へ、機械生命体は一気に突っ込んできた。
フィールドは簡易な防御力も備えているはずだ。だが、敵は巨大なあぎとをむき出し、そのフィールドを食い破る。一部がフィールドに衝突しても、次から次に飛び込んでくる。すぐに、フィールドが役に立たなくなるのは目に見えていた。
「ユニヴァース、発進!」
「発進!」
敬愛する艦長の命令を復唱し、操縦桿を一気に押し出す。銀河最高の加速をほこるユニヴァースは、敵軍の中央に突っ込んでいく。
最新鋭の制御によって艦内に伝わる慣性は打ち消されているが、それでも急加速の際は体が後ろに引かれるのを感じる。私は二本の足で床を踏み、さらに加速を強める。
「パルス砲、撃て!」
最接近の瞬間、ユニヴァースの兵装がパルスを放つ。機械生命体の群れの中心、もっとも効果的な場所に到達したパルスは、そのうちの一体をはじけ飛ぶように四散させた。すると、その衝撃が破片とともに増幅され、周囲の敵を巻き込んでいく。本来は堅い外装を徹してダメージを与えるための装備だが、この状況には最適だ。
ただし、パルスは効果を発揮する射程が短い。限界まで接近し、最接近したところで放ち、急旋回して距離を取る……いや、すぐにまた他の群れの中に突っ込んでいく。
「オリヴィア、私の計算の通りに」
「了解!」
オリヴィア殿の手元で計算された軌道が、私のコンソールに転送された。もっとも効率よく、多くの敵を倒すことができるルートだ。
制動の98%は
ユニヴァースはその性能をいかんなく発揮していた。接近。砲撃。旋回。離脱。星喰いの魔女があやつる機械生命体はその速度に翻弄されていた。
「こんな戦いができるなんて……」
カレン殿の小さなつぶやき。
ユニヴァースは単独で銀河を飛び回るために設計された。航続能力と生存能力は銀河イチだ。ただし、正面からの戦いは意図されていない。我々の任務は外交だから、突発的な事態を切り抜けるだけの兵装があればいい。単独で自分たちが生きのびるための船なのだ。
だが、いまは違う。クイーン・エルナト号を守るため、ユニヴァースは乗員を含めてその能力を最大限に発揮していた。
「私がいつもどんな気持ちでいるか、分かってくれましたか?」
「こんなに誇らしいなんて思わなかった」
私は口元がほころぶのを感じながら、また別の一群に突っ込んだ。パルス砲が引き起こす爆発から生きのびた機械生命体がユニヴァースを追う。
今や、蜂の群れのように密集した敵がユニヴァースの後ろを追っている。膨大な数だ。
「エルナト号からこちらに敵の目は集中しているようですが……この後は?」
「急制動をかけるか、旋回して……ううん、確率が高いのは……」
示される大量の情報を目で追いながら、カレン殿は眉をしかめた。その頭脳には未来を見通すためのシミュレーションが幾度も繰り返されているはずだ。その結果のうち、もっとも勝利の確率が高いものを選び取る能力こそ、エスペラントが彼女に未来を託した理由だ。
「支援があれば……」
敵の数が多すぎる。エルナト号はいまだに戦闘の体勢が整いきっていない。高い火力がある、とカレン殿は評したが、一見したところで武器らしきものは見受けられない。おそらく、ユニヴァースと動揺、戦いが主目的の艦ではないのだろう。
近距離で敵を払いのけて離脱するユニヴァースの戦術をこの条件で最大限に活かすには、支援砲火が必要なのだが……
「九時の方向から大きなエネルギー反応!」
「カレン、回避行動を!」
その時起きることをカレン殿は即座に悟っていた。私がその意図を理解したのは、回避行動に入ってからだった。
まばゆい光が、ユニヴァースの後ろを追う機会生命体の群れの中心に突き刺さった。その光は二条の奔流がらせん状に交わり、
「……入電です!」
「回線を私に回して」
スクリーンにリアルタイム映像が映し出される。強く輝くエネルギー場で形成された不思議な空間に、二人の乙女が浮かんでいる……一方は白、一方は黒のスーツ。
アルビレオ連合。
『レグルス帝国ではないわね?』
その一方……銀の髪に褐色の肌を持つ乙女が、冷たい瞳をこちらに向けていた。
「非礼はお詫びします。私はエスペラント共和国の外務大臣、夏目カレンです」
『えっ、違ったの! だって自分で皇帝って……』
白いスーツを着た乙女が、大げさなほどに驚きの声を上げた。
『嘘をつかれたのよ。レグルス帝国が惑星に接近してるように思わせて、私たちに地上のレグルス兵を排除させたの』
『そぉだったんだぁ。ぜんぜん気づかなかった』
『じゃあどうしてあの時レグルス兵を撃ったのよ?』
『背中から撃つよりもこっちを向いているヒトを撃ったほうがいいと思って』
『あんたねえ』
通信回線の向こうで、妙に息の合った漫才が繰り広げられている間に、カレン殿が彼女らの様子を探っているのがわかった。
アルビレオ連合のマザーシップ、『トリニティ』もまた、私たちと同じくアストライア軌道にいる。そして、機械生命体の襲撃を受けていた。
だが、その砲火はユニヴァースの比ではない。集ってきた生命体らを打ち払い、あまつさえ私たちへの支援砲火をするほどだ。
「私たちに協力してくれるんですか?」
『あの魔女、あたしたちを襲ってシエルストーンを奪ったんだよ!』
『あなたたちへの借りは後でかえすとして、今はこっちが優先よ』
『あたしはソロモン。よろしくね』
『ダヴィデよ。できるだけ短い付き合いになるといいわね』
『あーっ!』
通信の向こうで、白い乙女……ソロモンが大声を上げた。思わず耳を覆いたくなるほどの声量だ。
『あの時のパイロット!』
飛燕を彼女らに撃ち落とされたのが12時間前のことだ。
あの猛スピードのなかで私の顔まで認識していたらしい。舌を巻くほどの反射神経だ。
「柳生オリヴィアだ。地上では世話になった」
『戦っているのを見たでしょう?』
『後ろ姿だからわからなかったよ』
『やれやれ……』
ぴったり息の合った掛け合いに和んでしまいそうだが、漫才を楽しんでいる場合ではない。
「本艦が敵をひきつけます。敵群が固まったところで、先ほどと同じように砲撃を」
『ツインドライバーキャノンだね!』
「カレン殿、第二波が来ます」
レーダーに表示される光点が、再び群れになって向かってきている。
「軌道を再計算するわ。トリニティの支援があれば……」
『無駄だ。わらわのギルガメッシュに敵うと思っているのか?』
魔女の声。方法は想像もつかないが、私たちの会話も聞いていたのだろう。
暗闇が形を浮かび上がらせるように、宇宙空間にその本拠が姿を現していた。
巨大な髑髏を思わせる艦……いや、宇宙要塞。悪魔の翼のようなエネルギーフィールドから、無数の機械生命体を生み出し続けている。
「あれが星喰いの魔女、か……」
冷たい汗が頬を伝った。だが、逃げ出すわけにはいかない。クイーン・エルナト号が、私たちの後ろにいる。
『おとなしく、わらわの
「いいえ、マリア・ラルク。いま計算してみたわ」
まっすぐに要塞ギルガメッシュを見つめ、カレン殿が告げる。
「およそ0.25%……399.6分の1はあるわ」
『あまり変わらないんじゃない?』
ダヴィデがぽそりとツッコんだ。私も同感だ。
「ぜんぜん違います! とにかく、確率的にゼロでない限り、私はあきらめません」
「私もだ。行くぞ、マリア・ラルク!」
ユニヴァースが急加速をかけ、機械生命体の群れを正面から迎え撃つ。トリニティがそれに続き、火砲がエネルギーを高めていくのがわかった。
戦いは継続する。第二ラウンドだ。