ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
「以上ご報告の通り、アストライアにはすでに3つの勢力が
余の面前にかしずいたレベッカが、簡潔な報告を終えた。
玉座に肘をついた余……ヒルダ・アレキサンダーに先んじた勢力が3つもあることには驚きを隠せない。
「だが、好機でもあるな」
目下、レグルス帝国にとって最大の懸念は、『星喰いの魔女』と呼ばれる存在だった。行く先々でわが軍の先遣隊が無秩序な攻撃に遭い、撤退を余儀なくされている。
その活動範囲が惑星アストライアに収束しつつあることが判明した。星喰いの魔女、そして実在の不確かなシエルストーンについて調査するため、腹心であるレベッカを単身、送り込んでいた。
「魔女の狙いは?」
「シエルストーンと呼ばれる超常物質とみて間違いありません」
「それは今、どこに?」
「アルビレオ連合の採掘によって発見された直後、星喰いの魔女によって奪取されました。魔女の手に渡ることを防げなかった自分にどうか罰を……!」
レベッカは
「よい。誰がやっても防げなかった」
「寛大極まりないご判断、恐悦至極であります!」
一層深く頭を下げて、レベッカが答える。報告によれば、レベッカに匹敵するレベルの兵士……あるいは戦士が、数名はいたという。
ますます、後れとるわけにはいかない。
「代わりに、お前には砲手を任せる。働きで報いよ」
「とおっしゃると……」
「銀河の至宝たるシエルストーンを悪しき魔女から守らねばなるまい」
「では!」
「へカトンケイルで征くぞ」
「はっ!」
私は立ち上がり、レグルス帝国皇帝として、ブリッジに居並ぶ臣民へと宣言した。
「これより星喰いの魔女マリア・ラルクの討伐のため、へカトンケイルを発進させる。帝国の進退は今日ここで決まると覚悟せよ!」
歓声と気合がブリッジに満ちる。我が根城にして帝国旗艦、へカトンケイルは常に最前線にいる。余がいる場所が最前線だからだ。
「すでに戦いは始まっている。遅きに失したと思うか?」
「いいえ」
レベッカは背筋を伸ばし、右手を額に当てて敬礼を示した。
「主役はいつでも、遅れて登場するものであります!」
☆彡
アストライアの軌道上には機械生命体が絨毯のようにひろがっていた。それらは巨大な波のようにうねり、時には巨大な錐を形作って突っ込んでくる。
ユニヴァースはその間隙を突き続けている。オリヴィアの見事な操舵は機械生命体の「流れ」の間を縫い、船体を踊るように滑らせる。射程の短いユニヴァースは速度と小回りで戦うしかない。でも、それは一瞬の気のゆるみが全壊につながりかねない戦法だ。オリヴィアが武道で培った「間」をつかむ能力がなければ成立しない。
おかげで私には、周囲に気を配るだけの余裕があった。
「こちらユニヴァース。敵主力をひきつけているけど、要塞がいつ動くか……」
『こちらトリニティ! 数が多すぎて、身を守りながらの攻撃じゃ限界があるよ!』
「クイーン・エルナト号、無事ですか?」
『こちらシャルロット。防御フィールドで持ちこたえています。エルナトシステムさえ起動できれば……』
状況確認……クイーン・エルナト号を中心に防御フィールドが展開され、全周囲を機械生命体が囲んでいる。まるで甘い果実に群がる虫のように。クイーン・エルナト号の防御フィールドは強力だけど、いつまでもしのげるわけじゃない。
エルナト号は本来の能力を発揮できていない。推測するに、彼女らが本格的な戦いをするのははじめてなのだ。艦の機能を理解していても、ディアナがサポートしてくれていても、状況に対応するのは難しい。
(エルナト号のサポートに回れるのはユニヴァースだけ……)
トリニティの船速では、フォローに時間がかかる。ツインドライバーキャノンの射程と威力は折り紙つきだが、敵の真っただ中にあるエルナト号を巻きこんでしまう危険性も高い。
その点、ユニヴァースは戦場の端から端まで飛び回る速度と燃費を兼ね備えている。ただし……
(これを続けても勝てない……)
宇宙要塞ギルガメッシュは今も機械生命体を生み出し続けている。無尽蔵といってもよさそうだ。本を絶たなければ、軌道上を覆い尽くす敵は物量でいつか私たちを押しつぶすだろう。
ギルガメッシュを落とすことができるとしたら、エルナト号だけだ。システム構築中に見た限りでは、トリニティを超える火力を持っているはず。けど、そのためには艦長が……ミレイユ殿下が戦う意思を持たなければならない。
(とにかく、エルナト号を守らないと)
敵の展開状況に合わせて、新たな軌道を計算する。1分後の未来がどうなっているのかを何度もシミュレートして、そのたびに修正をかける。戦い続けるには、10分以上もの時間、オリヴィアに危険な
歯がゆい。
私たちの切り札はクイーン・エルナト号の中だ。シャルロットさんはいま、彼女への説得と精神的なフォローを続けているに違いない。なのに、私にできることは……いちばん信用できる部下であり親友に、全乗員の命を任せる、危険な戦法だけ。
「カレン殿」
オリヴィアに声をかけられて、私ははじめて顔をこわばらせていたことに気づいた。いつもの表情を取り戻して振り向く……唇が痛い。自分でも意識しないうちに、つよく噛んでいたらしい。
「構いません、ご命令を」
オリヴィアの声は、この修羅場においても平静だった。その一言で、自分が驚くほど落ち着くのがわかる。
「ありがとう」
「いいえ、ミレイユ殿は必ず決断してくれますよ」
やっぱり、私にはオリヴィアが必要だ。
コンソールに手を滑らせて最後のシミュレーションを終えた時……
「6時からエネルギー反応! ワープアウトです!」
「敵の増援!?」
「いえ、これは……!」
私たちと星喰いの魔女の戦いを睥睨するように、巨大戦艦がすがたを現した。燃え盛る炎のような赤い船体に剣のマーク。
間違いない。
レグルス帝国だ。
空間をゆがめて移動するワープ航法は、出現させる空間の安全性がきわめて重要だ。残骸が漂う惑星軌道付近、それも戦場のすぐそばにワープアウトするなんて正気の沙汰じゃない……普通なら。
『レグルス帝国皇帝、ヒルダ・アレクサンダーの名において命じる』
その声は、全周波の通信で発信されていた。私たちにも聞かせているのだ。
『ディメンジョンクラッシャー、撃て!』
『発射ぁーっ!』
戦艦の前部が丸ごと展開し、巨大な砲身が現れる。その砲口から巨大なエネルギーが放たれる。レーザーやビームじゃない。圧縮されたそのエネルギーは、無数の機械生命体に取りつかれたクイーン・エルナト号のすぐそばに着弾した。
「危ない……!」
が、その着弾は想定外の効果をもたらした。爆発を起こすのではなく、
亜空間は強い重力を生み出しているらしい。大量の機械生命体がその「次元の穴」に吸い込まれ、圧潰していくのがわかった。エルナト号のフィールドに取りついて蜂球のようにびっしりと覆っていた機械生命体たちが、掃除機に吸い出されるように剥がされ、その中に隠されていた壮麗な艦の姿が再び現れた。
「エルナト号への攻撃……?」
「いいえ、あの出力ではエルナト号はほとんど影響を受けない。緻密に計算して威力をコントロールしてる」
『た、助けてくださったんですの?』
ミレイユ殿下がはじめて、通信回線に姿を現した。不安と驚きと困惑が混ざって、白い
『ごきげんよう。余はヒルダ・アレクサンダーだ』
『本物だ、初めて見た』と、トリニティのソロモンさん。
『偽物は見たことがあるのか?』
『まあね』
「ご、ご助力感謝いたします!」
あまりそこを掘り下げられるわけにはいかない。私は慌てて、回線に割り込んだ。
「敵は星喰いの魔女マリア・ラルク。前方の宇宙要塞ギルガメッシュにいるはずです」
『では、最大出力を持って敵中枢を叩き潰す』
『あーっヒルダ様! この事態にあってもなんと的確な判断力! 美しさにもますます磨きがかかってるであります!』
『レベッカ、回線が開いたままだ』
帝国のなかにも何やらややこしい人間関係があるようだけど、さすがにツッコんではいられない。
『雑魚が、何匹集まろうとも敵ではないわ』
これは、通信じゃない。星喰いの魔女の思念波とも言うべきものが、戦場に伝わってくるのだ。
『銀河を食い尽くす前菜として喰ろうてくれる』
『間食ばかりは体によくないわ』
ダヴィデさんがボソリと言った。トリニティは船体を包むエネルギーを武器として戦い続けている。
『そんなに腹が減っているならたっぷり食らわせてやろう』と、ヒルダ陛下。
『光と闇、どっちが好みかな?』
「どちらもプレゼントすればいいさ。地上の時みたいに」
『恨みは返すでありますからね!』
通信回線がにぎやかになってきた。惑星にたどり着いた時には、ユニヴァースはずっと孤独な旅をしてきたのに。
『みなさん、お願いがあります』
その時、シャルロットさんの真剣なまなざしがスクリーンに映った。
私たちが戦っている間、クイーン・エルナト号の二人きりのブリッジでどんなやり取りがあったのかはわからない。知りようもない。
だけど、きっと彼女たちにとって、とても大事なことが話し合われたに違いない。
だから、私は、彼女たちの決断を信じることにした。
「なんなりと」
シャルロットさんはほんの小さな笑みを浮かべてから、再び瞳に真剣な光を宿らせた。
『本艦は今から、エルナトシステム起動の祈りに入ります』