ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
『エルナトシステムはクイーン・エルナト号の制限を解除し、皇族のみに許されるエレメンタル・リンクを確立する機能です』
『何言ってるかわかんない!』
ディアナのオペレーションを続けるシャルロット殿に、ソロモンの端的な返事。
「つまり、最大火力を発揮するためのプロセスです」
カレン殿の視界の隅に新たな情報がポップアップするのがわかる。クイーン・エルナト号の情報を観測しているようだ。
『本艦はこれから、エレメンタル・リンクに全エネルギーを集中します』
『つまり、無防備になるということか』
『有効射程はいかほどでありますか?』
エルナト号の情報を持たないレグルスは信頼しきれていないようだ。それはアルビレオにとっても同様だろう。
「ギルガメッシュまでは十分に。しかし……」
敵はそれほど甘くない。マリア・ラルクは無数の機械生命体を展開しながら、的確に4隻のマザー級が接近するように戦場をコントロールしている。
ギルガメッシュからすれば攻撃のポイントをしぼりやすい一方で、我々とギルガメッシュの間には大量の機会生命体がひしめいている。
アルビレオとレグルスの強力な主砲も、その壁に阻まれてギルガメッシュまでは届かない。
『よかろう。全員、余の指揮に従え。密集陣形をこじ開けてディメンジョンクラッシャーで叩く』
『いいえ、波状攻撃で敵を押し返してツインドライバーキャノンでとどめを刺すわ』
ヒルダとダヴィデが交互に戦略を提示する。当然だが、私たちは急増の同盟であり、お互いに誰の指揮下にも入っていない。
『ヒルダ様の完璧な計画に従うであります!』
『じゃあこうしようよ! いっぺんに発射して、だれが魔女を落とせるか勝負!』
『ソロモン、少し黙ってて』
「協同しないと勝率は上がりません。まずはエルナト号を守らないと……」
『とにかく、魔女を討つのはヘカトンケイルだ』
各自の意見が交錯する。足並みがまるでそろっていない。
(どうする……? カレン殿に任せようにも、彼女らの指揮を執るのは……)
口をはさむべきかどうか、私が考えていた時……
『いいえ』
決意に満ちた声。ミレイユ殿だ。
『いま私たちに見えているのは、ギルガメッシュのごく一部です。もっと大きな本体が、エレメンタルフィールドに隠されています』
『あれ以上!?』
驚きの声はレベッカのものだ。すこし前にアルビレオに吹き飛ばされたというのに、しぶといやつだ。
「エレメンタルフィールドというと、エルナト号が展開していたものと同じ?」
『そうです。周囲の空間からは分断されています』
『なるほどな。その本体が機械生命体の生産工場となっているから無尽蔵に湧き出てくるわけだ』
『エレメンタルフィールドを破れるのはエルナト号だけです。どうか、わたくしにすべてを賭けてください』
きっかり3秒、沈黙があった。
『フィールドに穴を開けられるなら、その内部に戦闘機部隊を向かわせるのが確実ではないか?』
『だったら、トリニティも突っ込んじゃうよー!』
「き、危険すぎます。通常と同じように攻撃が通じる保証はないんですよ」
議論は続いている。その間にも、3艦はエルナト号の前に展開して防御に当たっている。
通常通りの艦隊戦なら、この程度の時間は隙ともいえない。だが、いま私たちが相対しているのは、統一された意思のもとに動く機械の化物たちだ。
1分にも満たない時間で、マリア・ラルクは次の手を打っていた。
「前方にエネルギー反応!」
「あれは……!」
ギルガメッシュの持つ触腕のようなものが複雑な模様を宇宙空間に描き出している。おそらく、ミレイユ殿がいうフィールドからエネルギーを抽出しているに違いない。
マザー級の主砲に匹敵するエネルギーが形作られていく。無防備なクイーン・エルナト号が狙われている。
「カレン殿!」
「ええ……!」
艦長席の横に取り付けられたレバーにカレン殿が手を添える。その手が小さく震えているのがわかる。
決断しなければならないことは分かっていても、その決断を下すには勇気が必要だ。
カレン殿はすでに決意を固めている。なら、私は……私たちは、その勇気になるべきだ。共和国が、カレン殿に命令を下したときのように。
決意と勇気はエスペラントの、ユニヴァースの両翼なのだ。
私は舵をまっすぐに向けて、左手をカレン殿の手に沿えた。
「カレン」
「……うん」
ほんの一瞬、私はカレンを、カレンは私を見た。
「まだ終わりにはさせないわ」
そして、二人でレバーを押し出した。エンジンから伝わるエネルギー系統の全ての出力が
「インペリアルフェザー!」
音声コマンドによって、最後の安全装置が外される。本来なら長距離航行用の形態にユニヴァースが変形して、何もかもを置き去りにする速度で飛び出した。
『喰らってくれる!』
ギルガメッシュが放つエネルギーは鋭角に宇宙空間を切り裂く。その中心部へ、不死鳥のように灼熱するユニヴァースが飛び込んだ。
一瞬の出来事だった。
まともに直撃すれば、クイーン・エルナト号どころかヘカトンケイルですら全壊を免れないほどのエネルギー量だ。だが、ユニヴァースが身にまとう炎のごときエネルギー・フィールドがそれを相殺し、さらに亜光速の突撃は、船体に衝撃がつながるよりも早く、周囲の空間に波としてばらまいた。
空間を置き去りにして、ユニヴァースは……私たちはきりもみ回転しながら衝突地点から遠ざかる。背後では、何が起きたのかを観測するよりも早く機械生命体がばらばらに千切れ飛んでいるはずだ。
『こんな切り札を持っていたのか……』
皇帝ヒルダの驚きとも称賛とも取れない声が聞こえた。
「トリニティ、ヘカトンケイルへ告ぐ! これが最大の機会です。エルナト号の射線を確保してください!」
『レベッカ、砲撃用意!』
『行くよ、ダヴィデ!』
どちらも反論はなかった。私たちが見せた決意に応えたのか、それとも純粋に戦略的な判断なのかはわからない。
だが、この瞬間、全員が確かに共同していた。
『ディメンジョンクラッシャー、ファイヤー!』
『ツインドライバーキャノン、発射!』
宇宙に咲く花のように、美しい輝きが戦場を満たした。
ヘカトンケイルの放った重力場が機械生命体を密集させ、その中央をトリニティの放ったビームのらせんが貫く。
視界を覆い尽くすほどの敵の群れが、すっかりいなくなっていた……もはや、クイーン・エルナト号とギルガメッシュの間を隔てるものは虚空のみだった。
クイーン・エルナト号は船体を覆うリングを展開し、虹色の輝きを放っていた。
『みなさん、ご助力を感謝します。文明を超えて手を取り合えることを、私は知りました』
シャルロット殿が、そっとほほ笑んでいた。
『すべてを賭けます……』
ミレイユ殿の、静かな、だが決意に満ちた一言が、決着の時を報せていた。
『エレメンタルシャワー!』
☆彡
銀河を照らさんばかりのまばゆい光が視界を満たしていた。その光が晴れたころには、宇宙要塞ギルガメッシュとその配下の機会生命体たちは姿を消していた。
「終わったのか……」
緊張と共に抑え込んでいた汗がどっと滲み出してくるのがわかる。
「いいえ、まだよ」
計器に視線を走らせていたカレン殿が、小さく言った。
「マリア・ラルクはまだ消えていない」
「なに?」
「シエルストーンの反応があるわ。アストライアの地上に移動してる」
「星喰いの魔女がギルガメッシュを脱出し、地表に降りたのか?」
「おそらくね。他の勢力も気づいているはず」
エネルギーの余波で、通信回線は一時的にマヒしている。1分も経たないうちに、復旧するだろうが……
「シエルストーンを手にすることができる文明は一つだけ……か」
一緒に戦った同盟相手を信用していないわけではない。事を構えずに済むならそれが一番だ。そして、その方法は二つに一つ。
今すぐにここを離れ、巻き込まれない安全な場所まで撤退するか……
誰よりも早くシエルストーンを手に入れるかだ。
「ユニヴァースで大気圏に突入できる私たちが有利だわ」
決断には、1分も必要はなかった。
「今までより、もっとつらい戦いになるかも」
「私がついています」
カレン殿は小さくうなずいて、艦長として命令を発した。
「アストライア地上へ降ります。マリア・ラルクを追跡し、シエルストーンを手に入れ……私たちの故郷へ帰りましょう!」
そして、私たちは突入する……
さらなる戦いと、運命の待つ星へ。
ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア(了)