ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
数秒の間、気絶していたようだ。
視界がめちゃくちゃに回転していた。飛燕の全周囲モニターにはアストライアの赤い大地と漆黒の宇宙空間がめまぐるしく位置を入れ替えている。
とっさに操縦桿をつかむ。力づくでそれをひねり、きりもみ上の回転速度を落としていく。
飛燕の操縦系統は少々
回転は安定してきたが、すぐに別の問題に気づいた。機体は笑ってしまうほどの速度でユニヴァースから離れ、そのうえ高度を落とし始めている。いまからUターンしてユニヴァースに帰還しようとしたら、軌道上からはじき出されてしまう。
「突入するしかない」
覚悟を決める必要はない。それは母星を離れた時にとっくに済ませてある。
さいわい、飛燕は大気圏への突入に耐えうる構造だ。アストライアの大気層はエスペラントのそれにかなり近いことは分かっている。予測不能のアクシデントがないとは言えないが、無茶な離脱よりは、一度突入して本艦からの救助に備えた方がいい。
猛烈な光と熱が機体を包む。偏光フィルターが作動して、全周囲モニターは真っ黒になった。
録音装置が起動していることを確かめて、計器の数値を頼りに角度を保ち続ける。
「飛燕、柳生オリヴィア。いまからアストライアの大気圏に突入する。
いまはユニヴァース艦内時刻で午前5時49分。
エスペラントの首都で日の出が見えるころだろう。懐かしいな。
……っ!
強い衝撃を受けた。大気圏に突入している。
数値は想定範囲内だ。
大きな爆発を受けたが、飛燕はさすがだ。
揺れを感じるが、安定している。
偏光フィルターは問題なく作動している。
速度が安定したら、アストライアの大地が見えるだろう。
朝食前でよかった。さすがの私も、経験したことがない速度に達していたようだ。
カレン殿を心配させてしまうな。いまのところ、ぴんぴんしている。
水と食料は飛燕に搭載してある。72時間はもつだろう。
しまったな、携行食料には梅干しが入っていない。
どうせ私しか使わない機体なのだから、こっそり載せておけばよかった。
揺れが安定してきた。水平飛行に入り減速する。
……ん?
妙だ。何かが接近してくる。
小さいな……。
反応はふたつだ。さっきユニヴァースを襲った機械生命体か?
いや、速すぎる。大気中で飛燕に追いつけるわけが……
まずい、相対距離が近づいてくる。
再加速は間に合わない。
偏光フィルターを解除。目視で状況を確認する」
超音速にまで
間違いなく、ふたつの影が接近してきていた。
訂正する。
接近してくるのはひとつの影とひとつの光だ。
一方は深橙色に周囲の光をゆがめている。もう一方は青白色の光を発していた。どちらも信じがたい速度で、そしてぴったりと寄り添いながら飛燕に接近していた。
「なんなんだ……!?」
加速はできない。これ以上の衝撃を受ければ、飛燕の機体がはじけ飛んでしまう。
減速をできるだけ緩めながら、進行方向を変える。だが、二つの飛翔体は私が左に向かえば左へ、右へ曲がれば右へ追いすがってきた。さらに信じがたいことに、二つは明らかに違うエネルギーを発しているにも関わらず、双子星のように寄り添ったままだ。
「くっ……!」
相対距離がさらに縮まっていく。意を決し、飛燕の武装を確認する。小型レーザーはまだ動くようだ。
減速を強める。飛翔体たちとの距離が一気に縮まった。飛翔体は一定の速度を保っていたから、私が速度を落としたとき、反応が一瞬遅れた。
まるで連続写真のように、時間がゆっくりに感じられた。
最初に見えたのは、瞳だった。光の中から、大きな丸い瞳が、楽しそうに飛燕を見ていた。もう一方は、その瞳を窺うように見ている。
それはひとの形をしているように見えた。うら若い乙女の姿をしている。白と黒。見たこともない素材に身を包んでいた。
生身で超音速の飛燕に追いすがっている。
(信じられん)
だが、信じようと信じまいと、私には生き残る義務がある。相対距離がちかづいた瞬間に、レーザーの発射トリガーを引いた。
事態は私の想像をさらに超えた。生物の反応速度を超えているにもかかわらず、その一方が両手を前に突き出した。
カフェオレ色の肌をした乙女が、黒い闇のエネルギーのフィールドを発した。飛燕のレーザーはフィールドの中に吸い込まれていた。
「まずい……!」
とっさに、脱出ボタンのカバーを開いていた。
フィールドの向こうに、ぎらりと光るものが見えた。
砲口。白い乙女が私に向けてまっすぐに腕を突き出し、こちらを狙っていた。
考えている時間はミリ秒もなかった。脱出ボタンを押した直後、私の体は大気の中に飛び出す。
直後、閃光を感じた。
一瞬遅れて、爆音と衝撃が私の全身を包んだ。
(撃墜は、初めて経験するな……)
今度は上から下に落ちていく。薄らぐ意識をなんとか保つので精一杯だった。
☆彡
「目標ロスト」
ダヴィデが小さくつぶやいた。あたしは急制動をかけてホバリングに移る。何も言わなくても、ダヴィデは距離を止まったまま同じように制止した。
「見た、今の? 直前に脱出したみたい」
「そうね。さすがに人間サイズの反応をサーチするのは大変だわ」
ダヴィデは目を凝らして360度を見回している。さっきのパイロットは、相当遠くまで吹き飛ばされたみたいだ。
しかも、パラシュートをギリギリの低高度で開いたに違いない。じゃなきゃ、(あたしはともかく)ダヴィデが見失うわけがない。
「ここについてからずーっと退屈だったけど、面白くなってきたね!」
「ソロモン、あんたって……」
ダヴィデは大きく溜息をついた。いつもあたしに呆れている。それは彼女の特権だ。
で、ダヴィデにわがままを言うのは、あたしの特権。
「生きてたら、また勝負できるかな?」
「無理よ。戦闘機なしで私たちに勝てるわけないわ」
「そっかあ」
「何が残念なのよ」
「あれだけの反射神経があれば強そうなのに」
「いくら反応が早くても、他の文明はアルビレオに匹敵はできない」
「じゃあ、やっぱりあたしと勝負できるのはダヴィデだけだね」
「なっ……」
最後の一言に、ダヴィデは驚いたみたいだった。いつもより目を丸めて、あたしを見ていた。
「帰投しよう! どっちが先に着くか勝負だよ!」
空中で身を翻し、あたしはもと来た方向に飛び出した。まだシゴトが残ってるから。今の勝負は楽しかったから、もうトリニティに戻っておフロにしたかったけど、そういうわけにもいかない。
ダヴィデは……なぜか反応が遅れていた。一瞬、ぽかんとしてから、あたしの後をまっすぐに追いかけてきた。
「勝手に勝負にするのはやめなさい」
「あたしを捕まえられたら聞いてあげる!」
ほんのすこしだけ速度を緩めて、ダヴィデがそばまで来たらまた全速力に戻した。
二人で飛ばなきゃつまらないから。