ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
「メインエンジン再点火できません」
「宙域外との通信を阻むフィールドが発生しています」
「変形機構に異常が発生。大気圏への降下は難しいかと」
ユニヴァースの状況は過去最悪だった。
いま私たちは無防備に惑星アストライアの軌道上を漂っていて、艦内のエネルギーは48時間で限界を迎える。エネルギー節約のために非常灯を残して照明を落とすほどだ。
私は手元を確かめるために、懐中電灯を頭にくくりつけていた。
「ユニヴァースの弱点を的確についてきてるわね。まるで、私たちのことを知っていたみたい」
巨大な獣の口の中に自分から飛び込んだような気分だった。
惑星アストライアには無限のエネルギーの伝説があった。無限だなんて話を信じていたわけではないけど、いくつかの仮説を検証した結果、「何かがある」ことはまちがいない、と思えた。
だから、私はこの星の調査を決行した。本当はもっと時間が欲しかったけど、問題があった。ユニヴァースは一隻しかない。一方で、銀河最大の勢力、レグルス帝国の侵攻がこの宙域に及んでいた。
多数の艦隊を擁するレグルスに対して、私たちが優っているのは機動力だけだ。だから、巧遅より拙速を選んだのだけど……
「レグルスの罠……ううん、その可能性は低いわね」
私はチョコレートのかけらを口の中に放り込みながら考え続けていた。
レグルス帝国の皇帝、アレクサンダーは一種の美学を持っている。こんなやり方は、彼女が愛する侵略戦争ではない。
「何か、目に見えない力が働いて……ああもう、考えがまとまらない」
半ばヤケになって、私はシートの背もたれに体を投げ出した。思った以上に目が疲れていたみたいで、眼鏡を外してじんと痛む眉間を揉む。
眼鏡をかけ直した時、ふと不思議な数値に気づいた。光学センサーやその他物理的な観測器が、あるポイントにまるで反応していないのだ。
計測を「していない」ことに気づいたのは幸運だった。ひとつのデータだけを見ていたら気づかなかったに違いない。
「カメラ映像を。私が支持するポイントを拡大して」
前方のスクリーンにリアルタイム映像が映し出される。同じく軌道上のあるポイントに、カメラが近づいていく。
はじめは、
「あれは?」
「レーダーに反応ありません。何もないはずです」
「何もないはず、ね」
何かがあるはずだと信じていないと、決して見えない何かがある。おとぎ話みたいだ。
「あのポイントに信号を打って」
「どのような信号を?」
逡巡が少しだけ。でも、今のユニヴァースはまともに動ける状態じゃない。敵対的な何かがあの闇の中に潜んでいるなら、もうとっくにこの艦は落とされている。
「救難信号を」
銀河の果ての惑星に、「ともだち」になれる相手がいるかもしれないと考えるなんて。無重力下で投げたコインに表が出ると信じるのに似ていた。
でも……私が投げた
「通信が入りました。これは……前方のポイントから。音声のみです」
「私が対応します」
緊張の一瞬。
『本艦はクイーン・エルナト号です。貴艦からの救難信号を受信しました』
ブリッジに届いた声は、驚くほど若い。ううん、幼いといってもよかった。それに、緊張を隠そうとしていた。私の神経はその声から多くの情報を受け取っていた……明らかに、この通信相手は異文明との接触に慣れていない。
「エスペラント共和国の夏目カレンです。謎の敵対勢力から襲撃を受け、本艦は動作不良に陥っています」
できるだけ怖がらせないように、でも哀れに聞こえないように、抑揚をコントロールする。私の二つある特技の一つだ。もう一つは、チョコレートの糖分量を当てられること。
しばしの沈黙があった。やがて、通信が切り替わった。映像が送られてきたのだ。通信手へ指示して、こちらからもブリッジの映像を返す。
メインスクリーンに美しい顔が映し出された。その顔には、未知のものへの恐れと勇気が満ちていた。でも、すぐにそれは困惑に切り替わった。
『エルナト皇国第5皇女、シャルロット・エリザベスです。ひとつ……お聞きしたいことが』
「私に答えられることなら、なんでも」
通信相手……シャルロットは、おそるおそる、というように口を開いた。
『どうして頭に懐中電灯を?』
☆彡
クイーン・エルナト号は巨大な熱帯魚のような、美しい
私たちにとっては未知のテクノロジーの結晶で、魔法力学によって巨大な姿を隠していたらしい。そのフィールドの中にユニヴァースは迎え入れられ、現在はクイーン・エルナト号と接続している。
私はシャルロット皇女との面会に赴いていた。本来ならオリヴィアが同行するのだけど、私は一人で招待を受けた。
オリヴィアの代わりなんていない。
「初めまして、夏目さま」
意外なことに、広大なブリッジにいたのはシャルロットさんお一人だった。私に合わせてくれたのかと思ったけど、どうもそういうわけではないらしい。
「お目にかかれて光栄です、殿下」
「いえ、本来なら第一皇女がご挨拶を差し上げるところなのですが、今は私一人しかおらず……」
「ミレイユ・アントワネット様ですね」
「ご存じでしたか……」
シャルロットさんの反応は、驚きと悲しみが混じったものだった。私に知られていると都合が悪い事情があるのだろう。とはいえ、魔法の王国・エルナトの情報は銀河によく知られている。他文明とはめったに接触しないが、その状態で独立を保てているのだから、その技術の高度さ、資源の豊富さはかなりのものに違いない。
いけない、彼女のちょっとした反応から他国の事情を探ろうとしている。いまは私たちの方が危機を助けてもらっているのだ。
「……って、一人、とは……」
まわりをぐるっと見回す。てっきり、乗員は姿を隠しているのだと思ったのだけど……
「この大きな艦に一人!?」
久しぶりに、腹の底から驚いてしまった。クイーン・エルナト号はユニヴァースよりもずっと大きい。そのユニヴァースにだって、80名以上の乗組員がいるのだ。
「ええ。本来なら、ミレイユ様ひとりのための艦なのですが、今のところは私が補佐をしています」
「エルナトってすごい文明なんですね……」
ところ変われば常識が変わる、ということなのだろうか。でも、艦には乗組員の維持のための施設がたくさん必要なわけだから、乗員が少なく済むなら、減らす方が合理的だ。
「交換条件があります」
私が感心していると、出し抜けにシャルロットさんが真剣な表情で告げた。
「条件……ですか」
「隠しても仕方ないでしょう。現在、エルナトの第一皇位継承者にして本艦の艦長、ミレイユ様は行方不明になっているのです」
「それは……非常事態では?」
「その通りです! 皇国が始まって以来の危機なのです! ただでさえこの外遊は危険な旅だというのに、皇女自らが姿を消すなんて! 何度も何度も忠告したのに、夢に見たとか卑弥呼が呼んでるとかおっしゃって……ふだんはのんびりしているくせに、いざというときには急に!」
とつぜん大声&早口になるシャルロットさんは、さっきまでの張り詰めた雰囲気から一転、なんだか急に年相応の表情になったような気がした。
きっと、そのミレイユ様を本当に心配しているからだろう。
「こほんっ。とにかく、ミレイユ様の魔法力反応がこの惑星にあるんです。それが、どういうわけかそれ以上詳細なスキャンができず……」
「その捜索に協力して欲しい、と?」
シャルロットさんは頷いた。
確かに、この巨大マザーシップでは惑星への降下は難しそうだ。降下艇くらいは乗せているのだろうけど、それを使えば今度はこの危険な惑星上に無人の母艦を置いていくことになる。
そして、ユニヴァースは単独で大気圏内への突入と脱出が可能だ。その背景にはエスペラント共和国の悲しい事情が影響しているのだけど、全銀河に誇る技術なのは間違いない。
彼女にとっても、私たちの存在は渡りに
「この艦を制御しているディアナの力で、貴艦の修理が可能なはずです」
「願ってもありません。エスペラントを代表して、協力を誓います」
いまは時間が惜しい。アストライアの地表をサーチすることもできない状況だ。オリヴィアはきっと無事でいるだろうけど、彼女の不在が私に与える影響は思ったよりも大きい。
たぶん、時間が経つほどにもっと深刻になる。
「ディアナ、彼女の艦の修理を」
『了解しました、艦長代理』
「修理に必要な時間は、およそ12時間です」
「ご尽力に感謝いたします、シャルロット様」
ひとまず、光明が見えた。飛燕の中には72時間ぶんの食料と水がある。60時間あれば、オリヴィアを……そして、この得がたい協力者の尋ね人を探すには十分だ。
「……24時間後には、私は本艦の指揮権を失います」
「はい?」
私の計算は音を立てて崩れた。
「24時間以内にミレイユ様がこの艦に戻らない場合、クイーン・エルナト号は自動的にエルナト本星に貴艦します」
「じゃあ……ユニヴァースに許されたタイムリミットは12時間だけ……?」
シャルロットさんは、再び大きく頷いた。
「そうなった場合、私は皇女をお守りできなかった役立たず、ミレイユ様は皇国はじまって以来の
ついに頭を抱えて苦しみだした。きれいな髪がバサバサと乱れている。
「お、落ち着いてください。ユニヴァースの乗員は精鋭です。12時間あれば、きっと」
「ほ、本当ですかぁ?」
潤んだ瞳で見つめられている。いつの間にか、頼る側と頼られる側が逆転している。
まったく、時間はいつでも私の敵だ。