ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
岩陰に潜んでしばしの時間を耐えた。
アストライアの景色は……この世のものとは思えない。銀河旅行の最中にそんな陳腐な言葉を使うべきではないことはわかっているのだが、そうとしか言い様がないほどここは不思議だった。
大気組成は多くの生命環境を持つ惑星によく似ている。にも関わらず、空は赤い。いつでも夕暮れのような按配だ。ゴツゴツした岩と結晶鉱石が大地に並び、それらは不可思議なエネルギーをたたえているように思えた。その上にはハイウェイのような、何か巨大な建造物がある。見渡す限りに伸びているその建造物は、もしかしたら惑星全土を覆っているのかもしれない。
(まるで巨大な闘技場だ)
何か、巨大な力が惑星を覆っているように思えた。それは、砂場のアリを見るように私を見下ろし、同時に強い衝動を駆り立てているように思えた。
勝利。
栄光。
それを手中に収めたい、という思いを、私に引き起こさせる。心がざわつくのは、単なる不安のせいだけではないようだ。
「墜落した飛燕を探す」
音声記録を残しながら私は歩き始めた。小型のレーダーが、微弱ながら飛燕の反応を捕らえている。
「幸い、武器は私の装備に含まれている。原生生物に後れを取ることはないだろうが、先ほどの二人組……光と闇のエネルギーを持った連中に見つかるのは危険だ。彼女らが飛燕の反応を追っていたら、鉢合わせになるかもしれない。飛燕のブラックボックスを持ち去られるのは避けたいが……」
ペースを保って歩く。体力を保ち、常人よりも速く歩くことができるのは修練の賜物だ。上空に気を張らなければならないのは、戦場のストレスと同種だ。
3時間ほど歩き続けた。アストライアの景色は代わり映えせず、まるで同じ場所をぐるぐると走り続けているような気にさせられる。
飛燕は……少なくとも飛燕の残骸は、反応があるポイントにあった。
(修理するのは……無理だな)
大気圏に突入させるだけでもかなりの無茶をしたのに、はっきりと攻撃を受けたのだ。一部の機能が残っているだけでも喜ぶべきだろう。
「せめて食料だけでも手に入れたいが、あの速度で墜落していては……」
絶望的、という他ないだろう。
1日程度は平気だが、この状況では体を動かすためのエネルギーが手に入らないのは不安だ。
と、考えていた時。
視界の端を何かが動くのが見えた。
「何者だ」
反射的に、片手を刀、片手を銃にかける。野生の獣なら、私の殺気を感じて逃げ出すに違いない。
だが、それは……恐る恐る、というように、岩の裏から姿を現した。
それは……簡単に言えば、直立したウサギのように見えた。紙か、あるいは極薄の素材で作られた兜を被っている。
「おにいちゃん、どこ?」
そして、驚くべきことに明らかに私に向けて人の言葉を喋った。
「……な、なに?」
「おにいちゃん、しらない?」
「誰かを探してるのか?」
生き物はこくこくと頷いた。
敵意があるようには見えない。が、それ以上にここにいる必然性がわからない。
「きみはこの惑星に住んでいるのか?」
「グミだよ」
意思疎通ができているのかどうかもかなりギリギリのラインだ。慎重に対応するべきだが、完全に未知の相手と接触することになるとは。
カレンならどうするだろう。高度に知性化されたウサギとして扱うか、それとも着ぐるみだと断じるのか……
「たたかうの?」
「いきなり、何を……」
つぶらな瞳を私に向けて、その着ぐるみが問いかけてきた。
その意味を問いただすよりも早く、背に悪寒を感じた。
私はとっさにぬいぐるみモドキ……もとい、グミを抱き上げ、岩陰に飛び込んだ。
直後、先ほどまで私たちがいる場所にエネルギー弾が飛来し、激しい土煙が上がった。
「きゃーっ」
悲鳴だかなんだかわからない声を上げるグミを押さえながら、私は瞳に込められた力を解放する。視覚を超えた空間把握。おおよそ、狙撃された方角の見当はついたのだが……
(射手の姿が見えない。少なくとも、4㎞は離れた場所から撃たれている。私の装備では反撃は不可能だ)
アストライアに着いてから、驚きの連続だ。先ほどの空飛ぶ二人組とは別の勢力だろう。そして、敵対心は明らかだ。
ひとところにとどまっていてはまずい。大きく息を吸い込んで、疲労を訴える体に喝を入れた。
「私の専門は白兵戦と護衛だ。狙撃手と戦うのは分が悪い。だが、身の安全は保証する」
腕の中のグミを安心させようと話しかける。いまは、だれかを守ることができるのは幸福に思えた。自分の命をなげうつのは、私の戦い方ではない。
走った。自分の体が弾丸のように撃ちだされることをイメージして、まっすぐに。すぐ背後で爆発。私が今まで隠れていた岩が狙撃され、崩壊していくのを感じる。
狙撃手は一人だ。これほどの射程と精密さを併せ持った敵が一人だけであることに感謝せずにはいられない。
「あぶないよ」
「君は安全だ」
私の背中を狙う視線を感じる。狙撃種の息遣いがわかる気がした。二度の射撃で、おおよそ敵の位置が分かった。私はその視界を遮る岩陰を選んで駆けつづけた。グミをかかえたまま、全身の瞬発力をフルに使う。
敵の狙いが徐々に乱れるのがわかった。エネルギー弾で岩を撃ち崩して私の姿を探しているようだが、それが巻き起こす土煙は私の姿を紛れさせる。
姿の見えない狙撃手との駆け引きは、時間にすれば10分もなかっただろう。その間に私は300メートルほどを駆け抜けた。
「……狙撃が止んだ」
大きな岩に背中を預け、ふ、と息を吐き出した。おそらく、敵にとってもこの狙撃は射程範囲ぎりぎりのものだったのだろう。私の直感と反射神経がなければ、最初の射撃でやられていただろう。
すでに、スコープ越しの視線は感じない。追跡も諦めたようだ。
「もう安全だ。すまないな、私を狙った攻撃に巻き込んだようだ」
グミを地面に降ろしてやる。彼女(?)は私をしばらくじっと見上げていたが、やがてどこからともなく大きなニンジンを取り出した。(私も何が起きたのかわからなかったが、そうとしか言いようがない)
「あげる」
「なに?」
「おいしいよ」
それを両手で受け取って、まじまじと眺める……まるまるとしたオレンジ色のニンジンだ。どうやら、お礼のつもりらしい。
「おいしいよ」
「た、食べろということか?」
確かに私は空腹だ。しかし、異星で謎の生物から渡された根菜をそのままいただくというのは、さまざまな問題をはらんでいるような気がしてならない。
グミはじーーーーーーーっと私を見つめていた。私がそれを食べるまで、動くつもりがないようだ。
「……い、いただきます」
土もついていない。清潔に見える。私は意を決して、ニンジンの半ばあたりに噛みついた。
生のままだったが、それは……思ったほど固くはなかった。いや、むしろ……
「うまい……」
歯ごたえはあるが、噛むとジューシーだ。水分補給にもなるし、体にエネルギーがわいてくるような気がした。いや、おそらく気だけでなく、それは栄養にあふれていたに違いない。なにか、特別な力がこもったニンジンに違いない……
立て続けの戦いの緊張もすっかり忘れて、私は求めてやまなかった体力補給を終えた。
まさか、ここにきてニンジンに命を救われるとは。
「こっちだよ」
私が少々不恰好な食事を終えるのを待っていたように、グミは声をかけて駆け出した。
小さな体の割に、妙にすばしっこい。
「ついてこい……ということか?」
困惑しながらも、私はそのあとを追った。互いに命を救った仲だ。当てもなくぶらつくよりは、ずっといいだろう。
伝説の惑星までやってきて、ウサギの後を追いかけることになるとは……
(まるで、遠い昔のおとぎ話のようだ)
ウサギ穴には注意しなければ。これ以上どこかに連れて行かれたらたまったものではない。