ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』   作:五十貝ボタン

5 / 14
異文化フレンド(仮)

「なんてすばしっこいやつでありますか……」

 

 自分の……レベッカ・ワーグナーの狙撃をかわすことができるなんて。レグルス帝国の精鋭歩兵でも、そんな能力を持ったものはいない。

 スコープの向こうには土煙が立ち込めている。熱反応を探ることができる範囲から、標的(ターゲット)は脱出してしまったようだ。この照準器は、超長距離からヒルダ様のお姿を撮影することができるように自分が開発したものだ。遠く離れていても熱や振動を感知し、カーテンや薄い壁なら透過してその向こう側の状態を再現することができる。それを少し応用して、武器に使っているのだ。

 携行火器としては最大級の出力に加えて、この照準器の能力で百発百中を誇っていたというのに……。

 

「いや、ヒルダ様への愛があれば、乗り越えられない壁はないはず!」

 

 折れかけた心を燃やして、不死鳥の如く立ち上がる。こんなところでつまずいていては、レグルス皇帝の親衛隊長は務まらない。

 

「自分がトリガーを引くより一瞬早く、こちらに気づいていたようだから、何らかの予知能力……それとも、一種の超感覚? どちらにせよ、次に会ったら近距離から圧倒的火力で制圧するのが最前でありますね」

 

 赤い髪の女がエスペラント共和国とかいう小国の所属だということはわかっていた。でも、所属が小国だろうと、信じがたい力を持つ個人がいることはある……分かっていたはずなのに、油断しすぎていた。

 

「プランを練りなおさないと。ヒルダ様がいらっしゃるまでに、何としてもアストライアを制圧しなければ……」

 

 レグルス帝国の圧倒的情報網によって、銀河の覇権をつかめるという伝説の惑星アストライアのポイントは判明していた。しかし、先遣隊として送った艦隊が謎の襲撃を受けて撤退の憂き目に遭っていた。そこで、惑星に対する監視を続けていたのだ。

 ほとんど時を同じくして、3隻の宇宙戦艦がアストライアに接近した。その3隻は、軌道上の機械生命体との戦いを繰り広げていた。特に、エスペラントの攻撃によって、機械生命体の出現が停止したとの報告を受け、レグルス本隊による侵攻をヒルダ様は決断された。

 それに先んじて、レグルスいちの斥候であり、ヒルダ様が最も信任を置くこのレベッカが、アストライアの地上戦力の偵察を拝命した……というのが、ここまでの経緯であります。

 

「偵察のついでに排除しておけばもっとヒルダ様からもーっと褒められるはず!」

 

 という鉄の信念が自分を突き動かしていた。そう、お褒めの言葉を賜るその時まで、レグルス兵に諦念の二文字はない!

 地上行動用の個人艇に乗り込み、後ろ足でエンジンを蹴って火をつける。それ以上の燃えたぎる闘志を引き連れて、自分は次の作戦へ向けて飛び出した。

 まあ、作戦はこれから立てるのでありますが。

 

 

 ☆彡

 

 

 12時間はなにかをするためには短すぎるけど、ただ待つだけの時間としては長すぎる。

 クイーン・エルナト号のほぼ全権を管理しているという驚異の人工知能、ディアナによって、ユニヴァースは補給と修理を行っている。

 スタッフは適切な対応を取ってくれている。ユニヴァース乗組員の大部分は共和国軍の所属だ。軍の高い練度には驚かされることばかりだが、それ以上に軍属でない私を認めてくれていることがありがたい。

 修理を終えたら、アストライアのどこかにいるエルナト皇女ミレイユ様を捜索しなければならない。そのためには、ユニヴァースの高感度センサーとクイーン・エルナト号の魔法力探知との連携が必要だ。

 私はその間を取り持つシステムの構築に取り組んでいた。

 

「魔法力というのがどんなものか、すぐに理解するのは難しそうね……」

 

 エルナトの魔法科学について知る機会でもあったのだけど、はっきり言ってこれは難題だった。エスペラントが築いてきた物質的な科学では説明できない理論がその礎を成しているのだ。

 

「ミレイユ様がお持ちになっている髪飾りは物質界とアストラル界とをつなぐ鍵になっています。そのため、一種のアストラル派を物質界にも投射しています。その反応はとりわけ生命体への精神的な揺らぎとして現れます。アストライアの地表にいる微生物の魔法的特性がわかれば、感応現象を特定しやすいのですが……」

 

 と、シャルロットさんが説明してくれたけど、まったくもって理解が及ばない部分が多い。

 ちんぷんかんぷんだ。

 

「とにかく、ユニヴァースが感知した情報をディアナに送って、アストラル反応……というものが見られるかを総合的に判断してもらうしかなさそうね」

「ユニヴァースがディアナの目になるわけですね」

「そのためには、リレーションを強固にしないと」

 

 二人がかりで、なんとかシステムを構築した。まったく違う言語で動いている二つの艦を結びつけるのは容易ではないけど、今までいくつもの異文明と行ってきた交渉以上の手ごたえを感じた。

 

「ユニヴァースのセンサー類は現状でも使えるはずだから、動作テストを。条件を変えながら20回反復して、その成果を観測しましょう」

「ディアナ、お願い」

『了解しました』

 

 うまく作動してくれれば、私も作戦時間まで休むことができる。

 疲れた頭にはチョコレートが必要だ。私はほとんど無意識にポケットをさぐって、そこにあったミルクチョコレートの包みを破いて口へ運んでいた。この間、わずか3秒。

 甘味をかみしめてから、それをシャルロットさんに見られていることに気づいた。

 

「す、すみません、つい」

「いえ、夏目さまはすごいです。こんなに複雑なシステムをこんな短時間で」

「シャルロット様の魔法科学への見識のおかげです」

「い、いつも、もっと厄介な生徒に教えてますから……」

 

 事実、彼女はその若さに似合わないほど幅広い知識と理解を有している。シャルロットさんの説明を抜きに同じシステムをつくろうと思ったら、この百倍は時間がかかっているはずだ。

 

「お茶を入れます。休憩にしましょう」

「ごめんなさい、気を使わせて」

「とんでもない! 夏目さまはこのクイーン・エルナト号に招いた最初の客人です。精一杯のもてなしをさせてください」

 

 皮肉なことに、この絶体絶命の危機にあって、私たちは短いながらも、真に安らぎといえる時間を共有していた。

 シャルロット殿下の淹れたお茶はエルナト産の茶葉で、優しい味わいと豊かだけど主張しすぎない香りがあった。

 

「おいしい……」

「エスペラントのチョコレートも、とっても甘くておいしいです」

 

 張りつめていた意識が和らいで、体が温かくなった気がした。それはたぶん、お茶以上に、シャルロット殿下の無垢な笑顔のおかげだっただろう。

 異国のお茶会にエスペラントのチョコレートがお茶菓子として受け入れられることは、私にとって、これ以上ないくらいうれしいことだった。

 

『報告します』

 

 ちょうど私が最初の一杯を飲み終えたころに、ディアナがテストの終了を伝えてくれた。もしかしたら、この人工知能は皇族のお茶会がひと段落するまで待ってくれたのかもしれない。

 何せ、その報告は穏やかなものとは程遠かったから。

 

『ユニヴァースとのリンクに異常は認められませんでした』

「よかった、システムが作動したのね」

『ただ……』

「ただ?」

『付近に強い精神エネルギーを感知しました。マザー級戦艦が存在します』

 

 全面スクリーンに、拡大映像が表示された。巨大な腕のような砲門を前に突き出した形のシップが映し出されている。

 私にとっては、見たこともない形状だった……だけど、シャルロットさんが緊張に満ちた声で小さくつぶやくのが聞こえた。

 

「アルビレオ連合……どうして、ここに……」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。