ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
「グミ? どこだ?」
アストライアの赤い大地の上。私は白いウサギ(だと思う)を追いかけていた。
しかし、ある瞬間、こつ然と彼女(だと思う)は姿を消していた。土煙が舞い上がり、ふと意識を逸らした次の瞬間にはもういなくなっていたのだ。
グミがこの惑星で生きていくだけの
「……いや、人の心配をしている場合ではないか」
私だって、生きて帰れるかどうかわからない状況だ。まだ助けはなく、環境は過酷で、何より敵がいる。光と闇のエネルギーを纏った二人組、驚異的な射程と精度を持つ狙撃手……まだ増えるかもしれない。
最も重要なことは、生き残ることだ。その次は、ユニヴァースへ戻ること。自分の腕には自信がある。が、敵の実力を侮りはしない。もし戦うことになるなら、私の腕だけではなく、カレン殿の知性や判断力を頼らなければ。
(ユニヴァースへの連絡手段が必要だ)
幸い、我らの母艦は高感度のセンサー類を備えている。光、音、電波……何かを使って、エスペラント式のモールス信号でも発信すれば、いずれはあちらが見つけてくれるだろう。もしくは、開けた場所に石を並べてSOSの文字を書く、
いずれにしろ、私を狙っている敵に見つかるかもしれないのが難点だ。
(安全な場所を確保しなければ……)
課題が私を取り囲んでいる。まるで、眼前に暗闇が立ち込めているように視界が暗くなった。
いや、違う。
私が進む先には、実際に黒いもやのようなものがひろがり、光を遮っていた。
「なんだ……?」
異変は明かだ(暗いけど)。そこだけ夜になったかのような暗闇が鎮座している。正確な広さはわからないが、ひと区画に相当するほどはありそうだ。
暗闇を警戒するように睨みつける。その時、脳裏に不思議なイメージがよぎった。
青い輝きの中に、髪を織った女性のシルエットが浮かび、私にささやくように頭の中に声が聞こえた。
(
スピリチュアルなビジョンに驚くよりも早く、暗闇の中から何かが飛び出してくる気配があった。
「はぁっ!」
腰の刀を抜き放ち、暗闇から躍り出してくるものを迎え撃った。
敵意をみなぎらせて姿を現したのは、金属製のワニのような機械生命体……ユニヴァースを襲った、あの敵だ。
「やはり、地表にも!」
力を込めて刀を振り払う。飛び出してきた牙を受け止める。激しく火花が飛び散り、金属質の表皮にうがたれた穴のような目が私を見ていた。
「はっ!」
気合の声とともに、機会生命体の体を真っ二つに切り裂く。ワニのようなそれは飛び出してきた勢いのまま私の背後で地に落ちた。
それだけで終わりではない。眼前の闇の中からは、機械生命体がさらに飛び出してきて、その意思のない目が私を捉えていた。
「ここで何かを見張っているのか? とにかく、わが身は守らせてもらう」
柳生
抜き放った剣を風に迷うように閃かせ、あるいは銃を抜き打ちにして生命体の額を砕く。すぐにまた剣に持ち替え、両手で1匹ずつを切り伏せる。敵意を向けた時にはすでにたおしている、攻防一体の技だ。
すぐに、機会生命体はその数を減らしていく。闇のなかから現れるたび、私の剣、あるいは弾丸が機械生命をなぎ倒した。
機械生命体の数が減るにしたがって、あたりを覆う闇が徐々に薄く、小さくなっていることに気づいた。この怪物どもが不可思議な闇を発生させているのなら、その中心になにがあるのか。
「見せてもらおう」
アストライアは妙なところだったが、戦ってコトが済むなら私の得意分野だ。
瞳の中に封じられた力を解き放ち、寸分の狂いなく弾丸を放った。もはや、敵の姿を見ずともその位置が感じられるほど、感覚が鋭敏になっている。
全部で20体ほどは相手にしたころだろうか。文字通り霧散するように闇が消え去った。
その中心には……
「これは……」
一瞬、あのビジョンが重なった。まるで私を導こうとしているように、緑の輝きがあたりに満ちたように思えた。
その中心には……女性がいた。長い金色の髪。たなびくほど裾の長いドレス。儚くもやわらかい、乙女の中の乙女、という印象だ。
その乙女はエネルギーに支えられるように、目を閉じたまま空中に浮かんでいた。先ほどの闇と機械生物から彼女を守っていたのだろうか。やわらかに発せられるエネルギーが徐々に弱まり、彼女のつま先が地面に着いたかと思うと、糸の切れた人形のようにくずおれる……
「あぶない!」
とっさに飛び出し、その体を支える。衝撃は軽い。
「ん……ぅ……」
長い睫を震わせて、彼女はゆっくり目を開いた。引き込まれるほどブルーの瞳に、私が映っていた。
「あ……ここ、は?」
「アストライアだ。私は柳生オリヴィア。あなたは、機会生命体の力でここに捕らえられていたようだ」
「……そうでした。私はミレイユ・アントワネット。エルナト皇国のものです」
「あまり動かない方がいい。消耗しているようだ」
「魔法力は、少し休めば回復します……しかし、急がないと……」
彼女……ミレイユは、ふらつく体を起こそうとした。
私はそれを抑えた。
「よければ、事情を聞かせてくれないか? 力になれるかもしれない」
ミレイユはしばし私を見上げていた。白い頬が、ぽっと赤らんだ。
「……重くないですか?」
「支えるのには慣れている」
「慣れているんですか」
ミレイユは状態を起こして息を整え、整理を着けるように胸を押さえた。
「わたくしはシャルロットと共に見聞を広める外遊の旅に出ておりました。エルナトにも、変革の時が来ていると……そのために、将来皇位につくべきものが、直接、銀河を知るべきだと」
私は口を閉ざし、彼女の話の邪魔にならないよう聞いていた。
目のまえにいる乙女が魔法科学で知られるエルナトの皇族であるとは驚きだが、なるほど、常人とは違った雰囲気がある。
どのように、というのは難しいが、こう……ぽやっとしている。
「星から星へ巡るうちに、わたくしはある夢を見るようになりました」
「夢?」
「不思議な装束の女性が現れ、わたくしを導こうとするのです。この銀河の滅びを食い止めよ、と」
「滅びだと?」
穏やかではないことばだ。夢で見たなんて、カレン殿が言ったとしたら「一人で眠れない」程度の話だが、エルナト皇女が口にするのでは意味合いがまるで違う。
「ここに……アストライアに、その滅びのキーとなるものがあります。それは、シエルストーン」
「シエル……ストーン」
「力ある石が悪しき者の手に落ちれば、銀河の滅びにつながる……そう言われています」
ミレイユの話を聞きながら、私は得心していた。現実離れした話だが、この荒れ果てた星に何かがあるのは確かだ。おおくの勢力が、この星に集まっているのも、もしかしたらその石と……謎のメッセンジャーによるものだろう。彼女が夢に見たという女性の姿を、私もまた幻視しているに違いないのだ。
「では、その導きでここに?」
「ええ。夢の中で、なんとかしないと、と思ったら、いつの間にか
「て、テレポート?」
なにもかも常識が違う。彼女を支えていなければ、私は頭を抱えていたに違いない。
「寝ぼけた状態のまま、敵に襲われて身を守っていたようです。あなたが助けてくださったんですね」
ついでに、会話のテンポもずいぶんのんびりしている。眠っている間に襲われて、こんなふうに話す人が銀河にふたりといるのだろうか?
「とにかく、無事でよかった」
「ええ! 心強い友達ができて、僥倖です!」
彼女が脱出の助けになってくれることを、私は無心に祈っていた。