ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
アストライアの衛星軌道上……にもかかわらず、その
ふたつのアームを前方に突き出した、不思議な造形の船だ。ほんとうに、銀河には想像もしなかったような技術がたくさんあるみたい。
「あれは、アルビレオ連合のマザーシップ、トリニティです」
シャルロットさんは緊張した様子でつぶやいた。クイーン・エルナト号とユニヴァースは魔法的ワームホールの中に身を隠しているから、安全なはず、だけど。
「アルビレオ……確か、昼と夜が完全に分かたれた惑星……」
「ええ。非常に奇妙な文明です」
あなたがそれを言いますか。
「彼らは光と闇の精神エネルギーを抽出して、それを混交させることでさらなる力を得る技術を持っています。近年、惑星外に進出を決めたらしく……」
「アルビレオもまた、アストライアにある『何か』を探している、というわけね」
「おそらく、そうでしょう」
細い首でうなずいて、シャルロットさんはモニターの中のトリニティを見つめていた。
「アルビレオの精神エネルギー理論は私たちの魔法科学に通じるところがあります。ディアナ、あの艦の状態を調べて」
『解析します』
同じポイントに静止しているトリニティは、まるで地上を監視しているように見えた。
精神エネルギー、とシャルロットさんは言ったけど、それは確かに何らかのエネルギーを身にまとっているみたいだ。紗がかかったような揺らめく光と、真っ黒な砂のような闇が、艦から惑星に降り注ぎ、あるいは立ち上っている。目に見えるほどだから、かなり強力で、純粋なエネルギーなのだろう。
『解析結果が出ました』
ディアナ……クイーン・エルナト号の制御AI……が、モニター上にイメージを投影した。
視覚で見た通り、高濃度のエネルギーを地上とやり取りしている。同じポイントに静止しているのも、どうやら地上のどこかに位置を合わせているらしい。
「ユニヴァースのセンサーを使ってスキャンします。地上の様子を確かめましょう」
クイーン・エルナト号に比しても、ユニヴァースのセンサー類は優秀だ。それに、専任の分析官もいる。走査能力で劣ることはないはずだ。
さらに、彼女等が統合したデータをディアナに解析させて立体イメージ化させる……オリヴィアやミレイユ様を探すときには、同じことを惑星全体に行うのだから、その予行演習、と言ったところだ。
『イメージを表示します』
全方位モニターから私たちがいる中央部分に立体ビジョンが表示される。薄青色の輪郭がまず表示されて、徐々に色づいていく。
アストライアの地表の様子だ。荒涼とした地上に、つるりとしたピラミッドが突如としてそびえ立っている。明らかな人工物だ。
トリニティから発せられるエネルギーはその表面に集められている。私が操作して拡大すると、ピラミッドの頂点から、そのエネルギーがゆっくりと下へ向かっているのがわかった。
「掘り進んでいるんでしょうか?」
「そうですね……遺跡らしきものに見えます。正面から入るよりも、強引に穴を開けたほうが楽と考えたんでしょう」
「乱暴なのか合理的なのか……」
「豊富なエネルギーがある文明の発想ね」
アイスクリームにホットチョコをかけるみたいに、アルビレオが遺跡を掘り進んでいる。実際には、誰かが地上に降りて、マザーシップから送られているエネルギーを利用しているのだろう……って、文章にするのは簡単だけど、どうすればそんな効率のいいエネルギーの変換ができるのかは、私には想像もつかない。
光と闇、二種のエネルギーを同時に扱うことができる文明だから、そんなことが可能なのだろう。
「まだこっちには気づいていないみたいだけど、惑星全体をスキャンすることになったら隠れてはいられない……」
頭を休ませたいけど、考えるべきことはまだまだたくさんあった。
アルビレオ連合がこの星にいるのは、おそらく私と同じ目的だろう。この星にあるという何かを探しているのだ。
身の安全を考えるなら、連合が立ち去ってから行動したいところだ。でも、こっちには時間制限がある。私たちが身を隠せているのはクイーン・エルナト号の機能によるもので、そしてこの艦は15時間後にはこの星を去ってしまう。
いや……
15時間はエルナトのタイムリミットだ。
エスペラント共和国にとっては、アルビレオ連合に先を越されてしまったらここまで来た行程の全てがムダになる。
ユニヴァースのエネルギーを浪費させたことは、指揮官としての私の責任だ。外務大臣の辞任は避けられない……エスペラントにとって、それだけ浪費は罪深い。
「夏目さま?」
「はい? どうかしましたか?」
不意に声をかけられて、驚きが声に出てしまった。いけない、いつもの「特技」を忘れている。ここはユニヴァースではないのに。
「とても……怖い顔をされていたから」
「考え事をしていただけです。アルビレオ連合に気づかれず、どうやってミレイユ様を探すかを」
「何か、考えは浮かびましたか?」
「まずは情報です」
ぽんと手を打って、ユニヴァースへの通信回線を開いた。
「トリニティから発せられているエネルギーを可能な限り計測して。そして、あの遺跡の材質、深度……得られる限りの情報を分析して、彼らの目標が達成されるまでの時間を計算して」
『
確かな情報がないと、確かな手は打てない。焦れる心を押さえて、私はシャルロット姫が淹れたお茶を口に運ぶ。
(この人には私がどう見えてるだろう?)
一時的に、そしてとても秘密裏に強力することになったけど、どれほど信頼できる相手なのか、私は測りかねていた。
優しいお姉さん……なんて風には、見えないだろう。そんな平和な状況じゃない。
手ごわい指揮官……と見られていたらいいけど、失態をさらし過ぎね。
よくわからない異文明の代表者。たぶん、そんなところだろう。
あまり楽観的な状況ではないけど、ひとつだけ私にとって有利なことがある。皇女ミレイユ様を救出することができれば、エスペラントがエルナトに、私がシャルロット様に、それぞれ貸しを作ることができる。もちろん、ユニヴァースを修理してもらった借りもあるけど、皇女の価値は補ってあまりあるはず。
そして、彼女と接触しているのは私ひとりだから、私が彼女に好印象を与えることができれば、それがそのままエルナトからエスペラントへの評価になる。
(今の状況を切り抜けた後のことを考えれば、いいところを見せないと)
だから、今は弱みを見せるわけにはいかない……オリヴィアが惑星上にいることは黙っておかないと。
シャルロット様はディアナが表示する細かな情報を何度も確かめている。不安に違いない……私にはユニヴァースのクルーがいるけど、彼女は唯一の
のちの信頼関係のために、励まして、優しい言葉をかけるべきだ。他人の感情を利用するのは気が引けるけど、これも外交のうち。
「ミレイユ様は見つかるでしょうか……」
「焦って情報を見落とさないようにすれば、大丈夫です。エスペラントの古い言葉に『急がばまわれ』というのがありますが、これはある歌がもとになっています……」
教養のあるところを見せないとね。シャルロット様の言動から、エルナトは文化を重んじることは見て取れるもの。
「『もののふの
「どういう意味なんですか?」
「危険な宙域を通るときは、船速と操縦技術を頼りに突っ込むよりも、安全と分かっているルートを着実に進む方が、結局は早く着く、ということです」
指を立てて説明してから、私は息をのんだ。
まるで自分に言ってるみたいだ。
早く行動することにとらわれて、オリヴィアがいることを頼りに作戦を立てるなんて。
「夏目さま、私は、大丈夫ですから……」
そっと、シャルロット様の手が私の手に重ねられていた。
大きな瞳が、私の心を見透かすように見つめている。
「大事な方のことを考えていらっしゃるんですね」
「……どうして?」
「見ていれば、わかります。無理をしている人の顔だから」
隠し通していたつもりが、すっかり見透かされている。
私よりもずっと幼く見えるのに。シャルロット様はずっと私の不安に気づいていたのだ。
「その方も、この星に?」
「隠してもムダですね」
洞察力か、それとも感受性だろうか。とにかく、人を見る目を持っている。侮っていたのは私のほうだ。
「私の護衛官が、アストライアに墜落しました」
「護衛官?」
「それに、ともだちです」
「なら、その方も探さないと」
隠し事はやめにしよう。ここは私がオリヴィアを心配していることを隠したまま超えられるほどイージーな
「信頼していますよ」
「もちろんです」
こうして、私たちは、同舟関係から同盟関係になった。それは、結果的にとても短い時間だったけど。
でもそこに信頼があったことは、どんな証拠でも覆せないくらい確かだった。