ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
「つまるところ、そのシエルストーンを邪悪なものより先に手に入れなければならない、というわけか」
「そうです。それこそが卑弥呼の導きに間違いありませんわ」
豊かな胸の前で指を組み合わせ、ミレイユ殿がうなずいた。
卑弥呼というのは、彼女の夢に現れた謎の存在らしい。おそらく、ただの人間ではないだろう。オカルトには詳しくないが、魔法科学を操るエルナト皇女にしてみれば、銀河を見守る霊的意思、というのもありうることなのかもしれない。
その夢の使者が、この惑星にあるシエルストーンなるものを手に入れるよう、ミレイユ殿を差し向けたらしい。
(シエルストーン……それを手に入れることができれば、私たちも……)
私は訓練を思い出していた。自分が考える必要のないことを考えず、考えるべきことを考えるための訓練だ。
カレン殿が膨大な情報を分析した結果、惑星アストライアには「何かがある」と判断した。おそらく、シエルストーンこそが「それ」だろう。なら、エネルギー不足にあえぐエスペラントを救う手立てにつながるかもしれない。
「確かに、それが悪しきものの手に渡っては危険だ」
「そうです。銀河の存亡の危機なのですわ!」
「私にも協力させてほしい」
「まあ! 最果てで助力が得られるなんて……これも導きですわね」
たいそう喜んでいる様子は、思わず気を抜いてしまいそうだ。
シエルストーンが他の勢力の手に渡らないようにミレイユ殿に協力すれば、その石から得られる恩恵の、いくらかを求める権利はあるだろう。その交渉は……もちろん、カレン殿の生業だ。
私にはシエルストーンの行方は分からないが、ミレイユ殿には感じられるらしい。なら、彼女の身の安全を守るのが、当面の私の役目だ。
カレン殿も、他国の皇女を護衛したことに妬いたりはしないだろう。
「問題は、そのシエルストーンがどこにあるか、ですが」
「そうですわね。うっすらとですが、あちらの方から……」
そう言って、ミレイユ殿は彼方を指さした。思わず見とれてしまうほど美しい指だ。
戦いを知らぬ者の指。
「オリヴィアさん? 指ではなく、あちらを見ていただきたいのですが……」
「し、失敬。つい……」
さまざまなことに思いをはせるのは中止して、私は指さされた方角を見た。薄赤いアストライアの大地と空が延々と続いている……かとおもえたが、よく目を凝らすと、その先にうっすらと、光の柱のようなものが立ち上っているのが見えた。
「あれは……」
「何かが行われてますわね。儀式でしょうか?」
「いえ……近づいて確かめましょう」
足を踏み出した。迷いなく、まっすぐに。だが……
「あそこまで歩いていくんですの?」
「他に方法はありません」
「わたくし、きっと最高記録ですわ」
墜落してからというもの、私は歩いてばかりだ。だが、ミレイユ殿は……これほどの距離を歩く機会などめったにないのだろう。
嫌がっているかと思ったのだが、そうではないらしい。皇女ミレイユは、なんと……喜んでいるのだ。
「お散歩はいつも決まったコースでした。自分で行き先を決めて歩くなんてこと、初めてです」
「それは……」
想像を絶する貴人ぶりに絶句する。ミレイユ殿の足つきは、今にもスキップに変わりそうなほど軽い。
もしかしたら、魔法科学で体を軽くしているのかもしれない。
「きっといい思い出になりますよ」
「ええ、シャルロットにお話するのが楽しみです」
「故郷の方ですか」
「いえ、一緒に旅をしていますの。とても素直で優しい子です……ちょっぴり、気が利きすぎるけど、きっとわたくしのためを思って言ってくれるのです」
ミレイユ殿はどちらかというと、注意をされることが多いらしい……短い付き合いでも、なんとなく分かってきた気がする。
「立場によってものの見え方は違うものです。違う立場から見えるものを補い合うのは当然のことですよ」
「でもわたくし、シャルロットのためにできることなんて何もありませんわ」
ステップを踏むような歩調が、あっという間にスローダウンするものだから、私も歩幅を短くしなければならなかった。
おそろしくわかりやすい人だ。
「わたくしが第一皇女だから仕方なく補佐してくれているだけなのでしょうか……」
ずっしり肩を落としているのは、たぶん……彼女も見慣れぬ惑星にいることが不安なのだろう。
もしかしたら、ふだんから泣き虫なのかもしれないが。ここで泣かれていては、私にとっても都合が悪い。
「そんなことはありません。その方とは、一緒に旅をしているのでしょう?」
「ええ、ですが……」
「好まぬ相手と長時間一緒にいることは、つよいストレスの原因になります。
「オリヴィアさん……」
ミレイユ殿の目には、おそらく……困惑が広がっていた。
「元気づけてくださってるんですのね。何を言ってるかはわかりませんが、少し楽になりました」
「な、なによりです」
言葉が伝わる必要はない。意図が伝われば。自分で自分を説得して、私は再び歩き出した。ミレイユ殿の歩調も、元のペースを取り戻している。
今や、私たちの目的地ははっきりとその全容を見通せるほどになっていた。
ピラミッド状の外観は、荒れた風景が広がるアストライアにおいて明らかに人工物であることがわかる。その上空から光の柱のようなものが注いでいる。それは、よく見れば青い光と濃橙の闇のマーブル調のエネルギーだ。
「あれは……そうか。あの時の」
私に襲撃をかけた二人組と同じ力だ。彼女らはこの場所を守ろうとしていたのだろう。シエルストーンがここにあることに、さらなる確信を感じていた。
「どう……するんですの?」
「侵入して様子を探ります。可能ならば、あの遺跡を制圧して……」
「危険……なのでは?」
ミレイユ殿は特段すぐれた戦術的視点を持っているわけではなさそうだが、この場は彼女が正しい。
敵の実力の全容は知れていない。二人で戦闘機を落とすことができる相手に、私一人でどれだけ立ち回れるか。ましてや、ミレイユ殿を守りながら戦うのは非現実的である。
「ミレイユ殿にはどこかに隠れていただいて……」
「しかし、オリヴィア様にばかり危険な目に遭わせるわけにはいきません。あそこにいる方々に事情をお話してシエルストーンを譲っていただくのはどうでしょう?」
「……無理でしょう」
「なぜです?」
曇りなき瞳で見つめられると、答えに窮してしまう。
銀河の危機と伝えて答えてくれるとは思えない……光と闇のエネルギーを操るあの文明は、強力なうえに好戦的だ。勝利を目指すなら、先手を取るほかない。
「私は戦うのが専門です。どうか、私に従って……」
「あぶない!」
なんとか彼女を説き伏せようとしたときだ。とつぜん、ミレイユ様が私を押しのけてて空中に手をかざした。
「
耳慣れない言葉を彼女が叫んだ瞬間、私たちの周囲を半球状の無形エネルギーが包む。
さらに次の瞬間、彼方から放たれた
「なっ……!」
ミレイユ殿が生み出したエネルギーシールドはその光線をはじいた。その技術もまた、見覚えがあった。
私とグミをどこかから襲った狙撃手によるものだ。
「危ないところでしたわね」
「命を助けられました」
「おたがいに」
「ええ!」
二挺の銃を抜き放った。今度は、前の襲撃ほど遠くはない。
ミレイユ殿の手の中には、彼女が魔法力と呼ぶ力が光となって宿っていた。今度は、障害物に隠れる必要はない。
「今度は、こちらから攻める!」
私は前傾し、駆けだした。飛燕のようにまっすぐに。
眼に宿った力が、射手の姿を克明に伝えていた。驚くほどに小柄だ。自分の体よりも大きな銃を肩に構えている。単独活動に優れた特殊兵。紫の髪。
照準を合わせようと構えなおす。だが、こちらのほうが速い。疾走姿勢を保ったまま、片手のトリガーを引いた。
弾は狙い通りに、構えられた銃……砲と呼ぶべきかもしれない……の銃口へ。だが、一瞬早く射手は身をかわしていた。
「おのれ!」
「逃がさない」
跳ぶ。空中で銃と剣を持ちかえ、横なぎに振る。射手は構えた砲でそれを受け止めた。強固な銃身が私の微振動剣を受け止めている。攻防一体の武器。
近くで見ると、射手の顔は幼い。そう見えるだけかもしれないが……
「せやぁっ!」
身をひねりながら、射手は膝で私の脇腹を狙う。私はとんぼをきってそれをかわした。
数歩の距離をとって、対峙する。
「何者だ?」
「貴様に名乗る名はないでありますが、自分はレグルス帝国親衛隊長、レベッカ・ワーグナー! この星はすでに我らが皇帝ヒルダ様のものであります!」
「全部言ってますわね~……」
ミレイユ殿が息を切らしながら追いついてきた。
「足手まといと一緒に戦うつもりでありますか?」
「彼女を甘く見ない方がいい」
「わたくし、戦うつもりは……」
「問答無用であります!」
レベッカが砲を構えた。
闘志が私の全身を炙っていた。