ノベル銀河乙女『リーチ・フォー・アストライア』 作:五十貝ボタン
『強いエネルギー反応をキャッチしました』
クイーン・エルナト号の管理AI、ディアナの抑揚のない声。シャルロットさんが指を滑らせて指示を出すと、地上の反応を各種センサーで計測したデータが表示される。
私にとっては、見慣れた数値群だ。映像を見るよりも確かに、その空間を私の脳裏に構築してくれる。
「誰かが戦ってますね」
「わかるんですか?」
「専門ですから。映像は……」
「スクリーンに映します」
ユニヴァースの高感度カメラが地表の映像を捕らえる。クイーン・エルナト号の魔法フィールド越しでは解像度が下がってしまうのだけど、そのパターンをある程度は予測し、立体情報とあわせて実像を再現するアルゴリズムを構築しておいた。どうやらそれはうまく働いてくれたみたいで、巨大スクリーンに地表の映像が投影された。館艦の間のリレーションは成功しているようだ。
広大なアストライアの地表に、人影が三つ。そのうち一つは、とっても見慣れた姿だった。
「あれは……オリヴィア?」
「ミレイユ様!」
シャルロットさんも私と同様、スクリーンに見慣れた姿を見つけたらしい。
「念のため聞いておきたいんだけど、ミレイユ様というのは……」
「武器を持っていない方です」
「よかった」
スクリーンで見る限りでは、オリヴィアは大きな武器を持った相手と明らかに敵対していた。ということは、オリヴィアから見て後ろ側……彼女が守っているのが、ミレイユ殿下なのだろう。
状況を整理すると……私が探しているオリヴィアと、シャルロットさんが探しているミレイユ様は同じポイントにいる。これは大きな前進だ。でも、その二人は何者かに襲われている。言うまでもなく、これはとても危険な状態だ。
となると、なんとかして二人を助けに行きたい。でも、下手に動けばアルビレオ連合の気を引いてしまう。
地上でオリヴィアと戦っている誰かは、アルビレオの構成員だろうか。いや、使っている技術が違うように思う。
(服装や武器の形態からして……レグルス帝国、ね)
レグルスがアストライアに興味を示していることは周知の事実だ。おそらく、先遣隊として派遣された兵士、と考えるべきだろう。
帝国の迅速さを見誤っていた。こんなに早く行動できるなんて。
「シャルロット様、私はユニヴァースに戻ります」
「どうなさるつもりですか?」
「もうすぐ出撃準備が整います。大気圏突入の準備をしなければ」
オリヴィアと互角に渡り合うほどの相手がミレイユ殿下を襲っているのだ。もはや猶予はない。
「わかりました。ディアナ、ユニヴァースの修理を急いで」
「搭乗員のご協力により、想定以上の速度で進んでいます」
「ミレイユ様を休出いただいた暁には、皆さまに最高級のエルナト茶葉をお送りしないと」
シャルロットさんはとても賢い方だ。ミレイユ殿下の救出のためには、私に任せるのが一番と判断してくれたのだろう。
私は深呼吸して、ユニヴァースのブリッジに向かった。
ユニヴァースは再点火の時を今かと待っているのがわかる。座り慣れた艦長席のシートに腰を下ろして、私はコンソールに指を滑らせた。
☆彡
採掘は最終段階に至っていた。
母船トリニティはアストライアの太陽からも十分なエネルギーを得ている。光と闇の偏差から生まれるそのエネルギーを地表に照射し、私とソロモンの作るエネルギーフィールドでさらに収束する。こうしてピラミッド状の遺跡の真上から掘削していく。
遺跡の最深部には、微弱ながらも精神エネルギーを放つ何かが眠っている。きっと、それがシエルストーンに違いない。
「もうすぐだね、ダヴィデ」
「ええ。眷族の融和にきっと役に立つわ」
「どっちが使いこなせるか勝負しようね!」
「まったく……すぐそれなんだから」
ずいぶん深い縦穴になってしまった。その底で、私たちは穴を掘り続けている。もしかして、この遺跡の中には様々な仕掛けがあって、それをクリアしないと最深部にはたどり着けない……そういう場所なのかもしれない。
でも、私は現実主義だし、安全が好きだ。たくさんエネルギーがかかると分かっている方法のほうが、どれぐらい危険なのかわからない方法よりもいい。
精神エネルギーは確実に近づいてきている。もう、私たちの足元にあると言ってもいいぐらいだ。
『ソロモン、ダヴィデ』
その時、不意の通信が入った。トリニティからだ。
「なぁに?」
『衛星軌道上に大質量の物体を感知しました。おそらく、マザー級のシップかと』
「接近に気づかなかったの?」
『なんらかの方法で姿を隠していたようです。それと……』
「それと?」
『現在地点の付近で戦闘が行われています』
トリニティから私たちへ、情報が送られてくる。空間投影された3Dマップには、確かに何者かが戦う様子が見てとれた。大出力のエネルギー砲が、たびたび発射されている。
「こっちを狙ってるのかな?」
「狙いはシエルストーンでしょう。全員、排除するわ」
採掘を中止して上昇する。すぐに、ソロモンがついてきた。
「地上に……ひい、ふう、3人。それに軌道上にマザーシップ。どこから攻撃しよっか?」
「まず地上の安全を私たちで確保しないと。シエルストーンを横取りされるわけにはいかない」
「3人同時に倒せるかな?」
「一番強そうなのを、最初の一撃で倒してしまえばいいわ」
ピラミッド型の遺跡の頂点に飛び出して、私たちは周囲を確かめた。戦いは見おろせる位置で起きている。
二つの陣営に分かれているのがすぐに分かった。赤い髪の剣士と、ドレス姿の女が協力している。だが、いまいち足並みが合っていない。一方、大きな銃を担いだ少女が、その武器の特性を生かし、距離を取って立ち回っていた。
「剣を使ってるのが一番強そう」
たった数秒だけど、ソロモンの判断は早かった。
私も同意見だ。後ろを気にしながら戦っているから後れを取っているものの、射手のエネルギーが切れたら形勢が変わるだろう。
「それじゃ、行くよ!」
「はいはい」
ソロモンが手を差し出した。私も同じように差し出して手を重ねる……
『通信が入りました』
☆彡
「ユニヴァース、修理完了しました」
「テスト、すべて問題なし」
「完璧ね。シャルロット様には、こっちからお礼をしなきゃ」
大爆発に巻き込まれたユニヴァースがたった12時間で復調している。電子機器から外装まで、何もかも元通りだ。
「クイーン・エルナト号との物理接続を解除。電子的なリレーションは保ったまま」
エルナト号の魔法的なフィールド(としか言いようがない)から、ユニヴァースが姿を現していく。すぐに、アルビレオに索敵されるはず。
「エンジンの点火を準備して。その間に、通信を」
「どちらに?」
「前方のトリニティへ」
ブリッジに緊張が走る。もしもトリニティと戦うことになれば、マザーシップ級が3隻での戦闘になる。そうなれば、最も深刻な痛手を負うのは、再補給ができないユニヴァースだ。
交渉で事態を解決できるなら、それが最良。
(私たちが切れるカードは少ないけど……。)
数秒の間があった。通信拒否かと思ったその時、スクリーンに映像が届いた。
『あなたは?』
届いた映像は、地上からのものだった。どこか高いところにいる女性が二人……一方は白、一方は黒のスーツに身を包んでいる。
誰何の声を発したのは、黒いスーツの女性だ。まっすぐにこちらを見ている……私の姿も、向こうに届いているはずだ。
『早く撃とうよ、ダヴィデ』
『まだよ。誰が敵か、確かめないと』
その瞬間、私は理解した。彼女らは地上にいる誰かを攻撃しようとしている。攻撃体勢はもう解けない状態だろう。そして、地上で戦ってる二組のうち、誰が明確な敵なのか、測りかねている。
通信に応えたということは、トリニティの指揮官にあたる立場に違いない。つまり、彼女らにしてみれば地上と軌道上、二か所での対処を同時に迫られている。
あまりズルい手は使いたくないけど、オリヴィアとミレイユ殿下を守るための『やり方』が、頭にひらめいた。検証している時間はない。
「私は……」
大きく息を吸い込んで、できるだけ説得力を持たせられるように声を低くした。
「私はレグルス皇帝、ヒルダ・アレクサンダーです。ただちに武装を解除してください」