GS伊達!~逆行大作戦~(仮) 作:S11
伊達雪乃丞、小学6年・秋。
「お仕事行ってくるから、家の事はお願いね」
「あぁ……」
安アパートの玄関先。
仕事に向かう母を見送る雪乃丞の姿があった。
予定より5年近く過去に遡るといったハプニングこそあったものの、雪乃丞は概ね順調に過去の自分として世界に溶け込む事が出来ていた。
母の目を誤魔化すのも、アラフォーの精神で小学生の輪に溶け込むのは難しい事であったが、元々無口な一匹狼を気取っていたのが幸いした結果である。
そして、幸いと言えば母の存在だろう。
本来の歴史で言うと雪乃丞の母親は、過労から流行り病のコンボで死ぬことになる。
母を助けるために過去に来たわけではない。
しかし、これから母が死ぬと知っていて、黙って見過ごす事が出来る人は少数派だろう。
助けられるモノなら助けたい、というより何がなんでも助ける! 横島を救うという当初の目的を一先ず横に置いた
と言っても現在の雪乃丞は小学生。
出来る事と言えば限られていた。
身近なところでは、長時間パートで働く母の代わりに買い出しを行い、一度目の人生でとった杵柄を発揮して料理を行い、掃除や洗濯も進んでやっている。
孝行息子として周囲で評判になっていたりするのだが、こんな程度のことで“死”という運命から逃れられるとは雪乃丞には思えなかった。
(金だ……金がいるっ!)
勿論、金が有っても叶わない事はある。
だが、金さえ有れば出来る事は格段に増える。
こんなに金が欲しいと思ったことは一度目の人生においては無かった。
もしかしたら、あの女もこんな想いから守銭奴になったのか?
そんな益体もない事を考えながら雪乃丞は手早く家事をこなしていく。
「…………あの野郎のとこにでも行ってみるか」
一通りの家事を済ませた雪乃丞は、一度目の人生で交流があった知人を探すべく、半ズボン姿でアパートを出るのであった。
◇
喧騒飛び交う土曜日昼間の繁華街。
その交差点付近のガードレールにバランス良く座った雪乃丞は、道行く人の姿を眺めていた。
そして、道行く人も違和感しかない雪乃丞の姿をチラチラと見ては通り過ぎていく。
冷たいものだが、都合が良い。
と言うのも、知人の今現在の居所を知らない雪乃丞は、偶然通りがかるのを待つといった不確かな方法しか実践出来ないからだ。
金さえあれば興信所を使うなどの方法もあるのだが、その金がないのだからどうにもならないのである。
雪乃丞が目当てとする人物は、この繁華街を拠点に高利貸しを生業とする男。
その名を、億田金二郎といった。
一度目の人生でモグリのGSとして活動していた頃に縁を持った億田は、いわゆる反社会的勢力とも繋がりが強い裏家業の男であった。
裏家業に属するが故に法や常識に囚われず、小学生の自分が相手でも能力と成果次第では金を払うだろう。
そんな目論見で雪乃丞は億田を探して街中で時を過ごしていたのだった。
(そう都合良く通らないか……って、居た)
ストライプのスーツに眼鏡。
いくらか若々しく見える億田金二郎が道路を挟んだ向かい側の歩道を、肩で風を切って歩いている。
これが人の縁というものか?
雪乃丞は1日とかからず出会えた事を奇妙に思いながらも、ガードレールから飛び降りると億田の後を追って歩き始める。
追い付こうと歩く雪乃丞は必然的に早足となる。
それが億田に
追跡に気づいた億田の足取りが次第に人通りの少ない裏通りへと向かい、ビルの合間の路地裏で立ち止まる。
「ワイになんぞ用でっか? 金なら幾らでも御用立て……なんや? ガキやないか」
両手をポケットに突っ込み大声上げて振り返った億田は、雪乃丞の姿を確認すると拍子抜けといった表情を浮かべて肩を落とした。
そして、続けざまに『また怨み言かいな……』と内心でぼやいた億田の表情がウンザリとしたものへと変わる。
高利貸しという職業柄もあって怨みを買いやすい億田の経験上、近寄ってくる子供の殆んどが罵詈雑言をぶつけてくる。
表面的な事柄でしか物事を考えられない子供にとっては、億田の行いは悪事にしか見えないのだろう。
しかし、億田の高利は借り手も納得の上であり、億田が貸さなければその時点で破産が確定するような状況が多い。
法に照らせば確実に悪と言える億田の商売は、ある意味で最後のチャンスを与えるものと言えなくもないのである。
勿論、人によってはそんな言い分は詭弁にしか聞こえず、決して受け入れられない――が、自身も裏家業に身を落とした経験をもつ雪乃丞からすれば、億田の稼業は許容範囲だ。
なにより、なんとしても金を稼がなくてはならない雪乃丞には、裏だの表だの、善だの悪だのと拘っている余裕はない。
この奇妙な出逢いを逃すまいと、ウンザリする億田の意表を突き、興味を引くであろう言葉を投げ掛ける。
「俺を雇ってくれ」
単刀直入。
開口一番で要件から切り出した。
これには億田も驚きを隠せない。
だが、惚けたのは束の間。
「銭っちゅーもんは簡単に稼げるもんやないで? ボウズに何が出来るんや?」
右手に輪っかを作った億田は雪乃丞の方へと身を乗り出すと、不適な笑みを浮かべる。
面白いガキ――自身が強面であると認識している億田は、臆することなく話してくる目付きの悪い少年をそう評価する。
それは、雪乃丞の思惑通りであった。
値踏みするような視線を向ける億田。
その意表を再び突く言葉がニヤリと笑った雪乃丞の口から紡がれる。
「悪霊をぶん殴れる」
◇
都内を走る1台のタクシー。
その後部座席には些か不釣り合いに見える二人の男が座っている。
一人はどう見ても堅気には見えず、もう一人は男と表現するには幼すぎる目付きの鋭い少年。
親子には見えないこの組み合わせは何なのか?
誘拐? 拉致?
それとも親分筋のご子息か?
ともかく、厄介事は勘弁してくれ。
運転手がそんな思いを抱く中、億田が隣に座る雪乃丞に向かう先の事情を語り始める。
「今から行く工場はな、夏の暑い最中に従業員が倒れるようになったんや。最初こそ暑さのせいやと思われとったんやけど、気付いたら毎日誰かが倒れる様に成ってもうててな。いくらなんでもこれはおかしいって皆が騒ぎ出して操業もままならんっちゅー状態なんや」
工場の様子を見に行く予定があった億田は、モノのついでとばかり雪乃丞の売り込みを受け入れた。
悪霊をどうにか出来れば儲けもの。
雪乃丞の発言がただの子供の戯言ならば、お仕置きがてら放置して帰れば良いだけの話。
つまり、雪乃丞が悪霊を倒せようが倒せまいが、億田としてはどちらでもよく、面白そうというだけの軽い行動なのである。
平成の世の常識では、見知らぬ子供を連れ出す時点でヤバいのだが、
流石に死なせるような事があれば色々と不味いのだが、億田が聞いている限り向かう先の工場で起こる怪奇現象は、疲労困憊で倒れる事が有っても死ぬことはないといったものであった。
「それがどうした? 倒れるのは悪霊の仕業なんだろ?」
その状況を伝えようとする億田だが、流れる景色を眺める雪乃丞は興味を示さない。
「いや、ほやさかい悪霊の仕業て一口で言うたかて情報は必要やろ? GSっちゅーんはワシにはよう判らん業界やけど、相手次第で対策が違うんちゃうんかい?」
「必要ねぇ。聞いたって判らねぇし、ぶん殴って片付けるだけだ」
「さいでっか」
話を聞こうとしない雪乃丞に匙を投げた億田は、このガキほんまに大丈夫なんかいな? と、訝しげな視線を向ける。
「そんな心配すんなって。無理そうなら手は出さねぇよ。それより夕飯の支度に間に合う様に帰りたい。工場とやらはまだかかるのか?」
「もうすぐやな……って、飯の支度てなんや? 親がおらんのか?」
「ママ……いや、母さんは居る。ただ、母さんは忙しく働いているから俺が自主的に作っているってだけの話さ」
「ほぅー。えぇとこあるやないか。親を大事に出来んやつはアカンで」
何気なく放たれた言葉に感心した億田は、雪乃丞の評価を一段上げる。
相手によっては鬼にもなる億田だが、本質的には情に厚い人間でもある。
付き合い方さえ間違えなければ、億田は頼りになる男――と知っている雪乃丞の搦め手だったりする。
「そう思うなら報酬をしっかり頼むぜ、億田の旦那」
ともあれ関係構築の第一段階は済んだとばかりに雪乃丞は、一度目の人生で慣れ親しんだ呼び名で億田を呼ぶのだった。
そして、依頼を受けるにあたっての雪乃丞からの条件を提示しつつ、車内の時を過ごしたのであった。
◇
「ここや」
都心でもなく郊外でもない。
都市開発の波に飲まれつつある中間地点。
そこに建つ平屋の工場。
雪乃丞が億田に連れられてやって来たのはそんな所であった。
「こんな所に工場があったのか……?」
「なんや? 来たこと有るんか?」
「いや、そう言うわけじゃ……」
一度目の人生、アラフォー雪乃丞の記憶では、ここには巨大商業施設が建っていた。
様変わり、という言葉では言い表せない程の変化に小首を傾げた。
「変なガキやな? まぁええわ、工場長に挨拶してから行くでぇ」
雪乃丞が変なのは最初からだと気付いた億田は、事前に連絡を入れていた工場長と落ち合う為に、工場の隣に立つ事務所へと向かい呼び鈴を鳴らした。
程なく現れた少しばかりやつれた女。
年の頃なら三十半ば。
化粧もなく、乱れた髪が疲れを物語っている。
工場長は悪霊の被害に遭ったわけではない。
騒ぎのせいで工場は操業停止。
ただでさえ苦しい台所事情に加えて、悪霊騒ぎを解決する為には莫大な金がいる。
資金繰りに困窮した工場長は、あらゆる
「億田さん、お願いします……もうっ、どうしたらいいのかっ……! 依頼したGSでは歯が立たず、光覇明宗の方々に相談しても自分たちの関わる事ではないと突き放されてしまい、神父様に頼ろうにもお忙しい様でして……このままでは土地を売るしかなくなりますっ」
余程切迫しているのだろうか。
億田の姿を確認した工場長は、若干演技かかった様子で涙を拭う仕草を見せ、自身の苦境を一気に語る。
「この億田銀行に任せておくんなはれ! うちはアフターサービスも万全でっせ。土地を手放すのは最後の手段や」
工場長の訴えに応え億田が大袈裟に胸を叩いてみせたが、善意100%というわけではない。
都内に土地を持つこの工場長は、最悪でも土地さえ売れば全債権の回収が容易な、実に優良な顧客となる。
しかし、億田としては破産して土地を手放されるよりも、時折金を借りてくれる方が有難い。
土地を手放すのは億田にとっても、工場長にとっても最悪……それだけの話だ。
「だがよぉ、億田の旦那。こんな悪霊騒ぎの土地に買い手がつくもんなのか?」
直ぐそこにある工場を見つめる雪乃丞。
その外観からでも雪乃丞の目には異様に映る。
この工場を身近な例で表すなら、自殺者が出た事故物件になる。
果たしてそんな物件に値が付くのか?
雪乃丞としては至極当然の疑問を口にする。
「なんやて!? どないやねん!? 工場長っ!」
「はい……その子の言う通りです。現状では土地の評価額が大きく下がっています。このままでは元金をお返し出来るかどうか……」
工場長の弱々しい言葉に億田の目の色が変わる。
商法、民法、土地取引。
金に纏わる法律には精通している億田でも、オカルトが絡む案件までは勉強不足。
だが、言われてみれば尤もな話だ。
いくら都心に近いと言っても、悪霊騒ぎで操業すらままならない土地を誰が買いたいというのか。
「ま、任せておくんなはれっ! 行くでぇ! 雪の字!!」
軽い気持ちでやって来たハズの億田に突きつけられた厳しい現実。
元金はなにがなんでも回収するのが億田の流儀だが、好き好んで鬼の取り立てをしているワケでもなく、穏便かつ確実に回収出来るならそれに越したことはない。
その為には、この出会ったばかりガキの手腕に期待を寄せるしかなかった。
半ばやけくそとなった億田が雪乃丞を連れだって大股で工場に向かって歩き出す。
黙って後に続く雪乃丞。
「鬼が出るか、邪が出るかやっ!」
大きな扉の前に立った億田は、己を奮い立たせる様に大声上げて扉を開いたのだった。