GS伊達!~逆行大作戦~(仮)   作:S11

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とりあえずここまで。


第3話

(嫌な気配がしやがる)

 

 工場に足を踏み入れた雪乃丞が顔をしかめる。

 この工場内に漂う空気は一度目の人生において経験した大きな事件、香港の時の空気――魔界の空気に似てやがる、と。

 

 その空気に引き寄せられたのか、工場内を低級の浮遊霊が所狭しと飛び回っている。

 羽虫が光に集まる様に、或いは救いを求める餓鬼の様に、低級霊達は工場内を進む雪乃丞の周りにまとわりついていく。

 それをスナップ効かせた手を振るって、消し飛ばしていく雪乃丞。

 雑に見えるが、これでも立派な徐霊だ。

 迷える霊の存在を現世から消し飛ばしてやる事で輪廻の流れに戻り、魂の救済に繋がる。

 一般的に行われる吸引札と呼ばれる霊具に頼る徐霊とて、悪霊を吸引した札を燃やす事で強引に霊を消滅させている。

 つまり、手法は割とどうだっていい事で、大事なことは霊を現世に留まらせないことにある。

 

「なんや? 虫でもおるんか?」

 

 背筋に冷たいモノを感じながらも雪乃丞の後に続いて工場内を進む億田が声をかける。

 

 霊力を持たず、浮遊霊を見ることが出来ない億田には雪乃丞の仕草が虫を振り払うように見えたのだろう。 

 実際、雪乃丞としては虫を払う程度の事だが、素手で簡単に徐霊が出来るGSとなれば世界的に見ても珍しい。

 

「まぁそんなとこだ。それより億田の旦那はここから出た方が良いぜ」

 

「や、やっぱり、何かおるんか?」

 

「さぁな。姿が見えりゃあ何とでも出来るんだけどな……まぁ、俺がエサになって様子を見てみるさ」

 

 飛び回る浮遊霊程度では生きている人間の体調に悪影響を与える事など出来やしない。

 現世において肉体を持つ人間は、一般的に思われているより強いのである。

 裏を返せば人間に害を与えられるレベルの悪霊となれば、相当の力を持っているということになり、一般人では太刀打ち出来ない。

 

(何処に隠れてやがる?)

 

 早く片を付けたい雪乃丞が苛立ちを覚える。

 

 心霊現象が起きている以上、浮遊霊以外の何かが居るに違いないが、工場内を見渡してみてもそれらしい悪霊が見当たらない。

 こんなことなら検知方法も学んでおくべきだった――と後悔する雪乃丞であったが、人間には得手不得手というものがあるのだから仕方がない。

 

 こと霊的格闘において雪乃丞は人類最強クラスの域に達していて、時間逆行を行い幼くなった今でも人類最強クラスに変わりはない。

 霊力の総量が減り、肉体の強度が弱まった事で出来なくなった事もあるにはあるが、身に付けた技術は失っていないのである。

 全盛期と比べれば及ぶべきもない一撃だが、霊力を練り上げて放つ拳は悪霊にとって必殺の一撃であり、人類最強クラスの水準にある。

 

 だが、それだけだ。

 最高クラスのGSかと問われれば、雪乃丞の答えは常に否であった。

 最高のGSと呼ばれるには戦闘能力よりも、深い知識を元にした霊の探索や対策、結界の構築などの技術が必要不可欠になってくる。

 雪乃丞にはそれらの能力が著しく欠けているのだ。

 

 従って、今の雪乃丞が取れる行動は、己の身をエサにして悪霊を誘き寄せる囮作戦、と言ったなんとも原始的な手法になる。

 尤も、この手法が取れるのは、何が出てもぶん殴れるだけの力量と経験を雪乃丞が持つからであって、良い子の皆は決して真似をしてはいけない。

 

「さ、さよけ。無理はアカンで……って、な、なんや……っ!? 足が動かへんっ!?」

 

 この段になってくると、億田は雪乃丞が普通のガキでないと認識を改めていた。

 海千山千の修羅場をくぐり抜けてきた自分でさえ、えもいわれぬ恐さを感じる工場内で平然としているのだから、普通であるはずがない。

 

 そんな雪乃丞の助言に従い工場から出ようと踵を返した億田の脚が止まる。

 霊能の力を持たない億田には何が起きているのか分からない。分からないが確かに何かが自分の下半身を縛り付けている。

 

 そして、何とも言い難い悪寒が背筋を走る。

 

「なるほど、床下に潜んでたって訳か……オラッァ!!」

 

 一方の雪乃丞にはその姿が見えていた。

 

 億田の前に屈み、腰にしがみついている何かは、床の下からせり上がる様に現れた。

 いわゆる透過能力と呼ばれるものだ。

 肉体を持たない霊体が持つ、基本かつ厄介な力。

 

 だが、姿さえ見えれば雪乃丞には関係ない。

 獣の下半身とコウモリの羽を持つ何か。

 その首根っこを掴んで持ち上げた雪乃丞は、鳩尾目掛けて拳を振るってぶっ飛ばす。

 

「ワシにもはっきり見えるでぇ! そいつか? そのケモノみたいなヤツが原因なんやな!?」

 

 攻撃を受け顕現化した何かが空中で静止して雪乃丞を睨み付けている。

 いわゆる飛行能力。

 人の世の理から外れた存在が備える、基本かつ厄介な能力の一つだ。

 

「さぁな……俺もよく知らねぇがそいつはインキュバスとか言う魔族、いや、悪魔か? たしか人の精気をエサにするヤツの筈だが、こんな所に居て良い類いのもんじゃねぇ。誰か――この工場に怨みのあるヤツが召喚したってとこだろうぜ」

 

 餅は餅屋。

 一度目の人生で曲がりなりにも20年を越えてGSとして活動した雪乃丞は、一般人とは比べ物にならないオカルト知識を有している。

 ここで雪乃丞が言う《よく知らない》は、あくまでも超が付く一流のGS達と比較してでの話である。

 

「く、詳しいやないか」

 

 雪乃丞の解説に関心した億田は、それと同時に冷や汗を垂らす。

 精気をエサと言うことは、あの半獣半人のケモノが何らかの方法で自分の――いや、考えまいと首を振る。

 

「知らねぇって。まぁ、取り敢えずこいつは俺がぶっ飛ばしておくが、それでメデタシメデタシって訳にはいかないだろうぜ」

 

 雪乃丞にはからくりが見えてきていた。

 未来には無くなっている工場。

 居るはずのないインキュバス。

 大きく評価額の下がった土地。

 それらを合わせて考えれば、誰かが地上げを狙って陥れようとしているとの結論に辿り着く。

 そして、本来の歴史ではこの企みが成功に終わっていたとも伺い知れる。

 

 ぶっ飛ばすと言ってはみたが、このままコイツをぶっ飛ばしてしまえば、本来の歴史を歪めかねない。

 だが、こんな非道な手法は許されるのか?

 

(ちっ……どうしたもんかな)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()と知らない雪乃丞は、インキュバスを睨み付けつつ思案する。

 

 そんな時――

 

【考え過ぎず、思いのまま生きるが良い】

 

 思い出される歳の離れた友人の最後の言葉。

 

 雪乃丞は拳を強く握り締めた。

 

『毛も生えていない子供のクセに生意気ねっ! 誰が誰をぶっ飛ばすっていうのよ!』

 

「……………お前が俺にぶっ飛ばされんだよ。三下悪魔が地上で俺に勝てるかっ」

 

 雪乃丞は握った拳に霊力を籠めると、一足跳びにインキュバスとの距離を詰めた。

 

『なっ……!? グぁぁ……っ!』

 

 霊体を構成する核を拳で撃ち砕かれたインキュバスが断末魔の叫びを上げ、霧散するように掻き消えた。

 

 時間にして1分にもみたない戦闘。

 全ては人類最強レベルの強さを持つ雪乃丞だからこそ成せる離れ業だった。

 

 しかし、この場でそれに気付く者はない。

 

「や、やるやないけ」

 

 雪乃丞の一撃を目の当たりにした億田でさえ、凄いと思いはしても、それがどのレベルか推し測る術を持たず、割と在り来たりな感想を述べるに留まった。

 

「これくらいはな……。それより、報酬」

 

 汗の一つもかかない涼しげな顔をした雪乃丞は、億田に向けて右手を伸ばす。

 

「まぁえぇやろ、ご苦労さん。ほんで、メデタシっちゅーわけにはいかへんって、どういうこっちゃ?」

 

 報酬を求められた事で事案が解決したと察した億田は安堵の表情を浮かべると、懐から厚みのある財布を取り出した。

 適当に札を抜いて雪乃丞に手渡しながら、気になった

発言の真意を尋ねる。

 

「だから俺は詳しい事なんか判らねぇって。ただ……」

 

 雪乃丞が自分なりの見立てを語っていくと、億田の安堵の表情が次第に鬼の形相へと代わりゆく。

 

「ほー……つまり、誰かがこの土地を狙って悪魔を召喚したってことかいな?」

 

「その可能性が高いって話だ。先に言っとくが、誰がやったか見当はつかないからな。俺の領分じゃないし、そういうのは旦那の方が得意だろ?」

 

「せやな。こんなエグい真似してくれる奴には容赦せんでかまんしな。見つけ出してきっちりカタつけさせてもらうでぇっ!!」

 

 色んな意味で恐怖体験だったのだろう。

 握り拳を作った億田はこめかみの辺りに血管を浮かせて怒気を放っている。

 

「その前に正規のGSに見てもらうんだな。悪魔召喚ならこの工場の敷地の何処かに印があるだろうし、調査だけならそう高くもないだろうぜ」

 

「なんや? 雪の字が見つけてくれやんのか?」

 

「細かい事は判らねぇんだよ。俺に出来るのはぶん殴って消滅させる事だけだ」

 

「さよけ。まぁ、今回は助かったわ。またなんかあったら頼むでぇ」

 

「あぁ。けど、旦那。来る途中にも言ったけどよ、俺は()()()()()()()()()()()からな」

 

「分かっとる。雪の字はワシの()()()()()()()()()()()んやな。GS協会やったか? 難儀な団体が何処の業界にもおるもんやの」

 

 GS協会とはGS達を統括する団体だ。

 日本においてGSと名乗って商売をするなら加入するしかない――と言うより、GS資格の免状を発行しているのが協会だからゴーストスイーパー=GS協会員という図式が成り立つ。

 協会員にとって霊具の購入、仕事の斡旋、社会的信用の付与といったメリットは大きく、日本で徐霊を商売にするなら加入するのが賢明だ。

 その半面、利益を独占する既得権益団体でもあるGS協会は、免状を持たずに徐霊をするモグリ行為に対しては厳しい対応を取る。

 一度目の人生においてモグリのGSとして活動していた雪乃丞は、その負の履歴を消すのに苦労したばかりか、消した後でさえ色眼鏡で見られた苦い経験を持つ。

 

「まぁな……けど、目を付けられるのは馬鹿馬鹿しいし、俺は別に大金が欲しい訳じゃないからな。母さんに栄養価の高い食い物を喰わせてやれるだけの金が有ればそれで良い」

 

 GS協会に対して思う所が無いわけではない。

 しかし、真っ向から敵対するには厄介な強さをGS協会が備えていると知っている。

 強さとは戦闘能力だけではない――それなりに長く一度目の人生を生きた雪乃丞はそれを学んでいた。

 

 今回の仕事は、あくまでも億田の手伝いであって、報酬を支払うのも被害を受けた工場長ではないから、徐霊ではないとの屁理屈だ。

 GS協会にその屁理屈が通用するかどうかはさておき、万一露見した時には雪乃丞はそれで突っぱねようと考えていた。

 

「あ、あのっ……」

 

「なんだ?」

 

 呼ばれて振り返ると、入り口から様子を見ていたハズの工場長が立っていた。

 子供が貰うには高額な金銭のやり取りを見咎められたかと雪乃丞が身構えるも、工場長の行動は予想を裏切るものであった。

 

「有り難う御座いましたっ! お母さん思いなんですね。お礼と言ってはなんですが……うちの商品です! 是非、お母さんにっ!!」

 

 自慢の商品を握り締めた工場長が、身体を90度に折り曲げて雪乃丞に差し出した。

 

「アホかぁっ!!」

 

 何処から出したのか、億田がハリセン片手に工場長の頭をひっぱたく。

 

 工場長の手から商品が転がり落ちた。

 

「これは……?」

 

「雪の字、気にせんでえぇ。

 工場長はん、あんた子供になんちゅうもんを渡そうとしてるんや?」

 

「先祖代々受け継ぎ、この地で作り続けるハリガタです! 一応言っておきますけど、うちの商品は女性が使う前提で作られているんですよ。だからこれはお母さん用です!」

 

 工場長が資金繰りに困窮した原因の一つに、取り扱い商品の不味さがあった。

 この工場では限りなく人肌に近い感触の道具、いわゆる大人のおもちゃと呼ばれる商品の開発と研究が行われていた。

 悪いことをしているワケでもないのに世間の風当たりは強く、悪霊騒ぎで経営が傾いた途端に融資が受けられなくなったのである。

 

「そないなもんを母親に渡す子供がどこにおんねん!?」

 

「子供を闘わせた億田さんには言われたくありませんっ」

 

 雪乃丞が子供であることを理由に、顔を付き合わせていがみ合う二人。

 

「なぁ……あんた、ここではコレしか作ってないのか?」

 

 転がる商品を手にした雪乃丞は、歳の離れた友人に従う少女の事を思い出していた。

 

「えっと……少数なら男性用のオっ」

「言わせへんでえぇぇ!」

 

「いや、そうじゃなくって、医療用とかは考えないのか? これは人工皮膚みたいなもんだろ?」

 

 この技術が発展すれば、あの少女の悩み(体重)が少しは解決出来るかもしれない。

 

「あっ……それやっ! 工場長はんっ、医療分野に進出しなはれ! 医療はがっぽり儲かりまっせぇ」

 

「そんな簡単に言われましても……」

 

 考えた事もない着眼点。

 しかし、大人のおもちゃと医療用では似て非なるものだと工場長は考える。

 全くのゼロからスタートするよりはマシかもしれないといった程度だろう。

 工場の立て直しにお金がかかる今の時期、気軽に挑戦出来る事とは思えない。

 

「まぁ、そうだな。余計な事を言って悪かった。じゃぁ、そろそろ俺は帰るぜ」

 

 工場長の芳しくない反応を見た雪乃丞は、あっさり提案を引っ込めると、もう用はないとばかりに帰路につく。

 

「一人で帰れるんか?」

 

「当たり前だ」

 

「あのっ……本っ当にありがとう御座いました!」

 

「気にすんな。俺は金が欲しかっただけだ」

 

 振り返る事なく伸ばした腕を振るう雪乃丞。

 

 だからその金が欲しいならもっと高額の徐霊料を――その言葉を飲み込んだ工場長は、雪乃丞の姿が見えなくなるまで深く頭を下げ続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「億田さんは……この徐霊にいくら必要だったか知ってますか?」

 

 雪乃丞が去り、深く下げた頭を上げた工場長がおもむろに億田に訪ねる。

 

「徐霊なぁ……暴利を貪ってるって話やさけな。一本(1000万)くらいか?」

 

「最低でも3000万。下手をすれば1億です」

 

「ほー。GSっちゅーんは儲かるんやなぁ」

 

「真面目に答えて下さい! 本当に良いんですか!? 1億ですよっ!? 後から言われても払いませんからねっ」

 

「あんさんも頭が固い人でんなぁ。

 あんさんは悪霊騒ぎが収まって金儲けが出来る。ワシはあんさんから利子が回収出来る。雪の字は御袋さんに旨い飯が食わせてやれる。三方一両得‥‥それでえーんとちゃいまっか?」

 

「でも……」

 

「恩義に感じるんやったらな、人工皮膚の開発するのはどないでっか? 雪の字があないな事を言うたんは、誰ぞ必要な知り合いが居てるからとちゃいまっか?」

 

「そう……ですね。でも、お金が……」

 

「そやっ、金や。世の中何をするにしたかて金はかかる! そこでや。工場長はん、えー儲け話があるんやけど一口乗りまへんか?」

 

 一気にまくし立てた億田が指先で輪っかを作り、鬼の笑顔を浮かべている。

 非合法なエグいやり方を仕掛けて来た相手に対して遠慮はいらない。

 それが億田の流儀である。

 

 

 

 

 その後、億田は土地買収を目論んだ連中から大金を巻き上げる事に成功し、工場長はそれを元手に新たな製品開発に着手するのであった。

 

 




ありがとうございました。

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