例えばの話である。
あるところにぼっちがいたとする。
なんの変哲もないぼっちだ。無口で目つきが悪い、小心者、無駄にプライドが高い、なぜか一人でにやにやしてる。そんな出来れば近寄りたくないぼっちだ。
そんなぼっちが、だ。なんとも有り難いことに異世界──この場合の異世界とはありきたりなそれを思い浮かべてもらって構わないだろう──に転生したらどうなるだろうか。
召喚ではない。なぜならぼっちは誰にも呼ばれてないからである。
それでだ。
ぼっちが異世界で魔法という超上の力を得たとしよう。で、だ。では、ぼっちは見目麗しい少女とお近づきになり、楽しい冒険者ライフをおくれるのか? あるいは頼りになる兄貴分と迷宮を走破できるのか?
否だ。
ぼっちはどこまでいってもぼっちである。だからこそのぼっちなのである。馬鹿は死んでも治らない、ぼっちは異世界にいっても治らない。
つまりぼっちは、今でも。異世界に来ても、
──ぼっちである。
□■□
ぼっちは今日も不機嫌である。
愛用の魔杖剣、デミバルト社製夜泣きシリーズ九二式<泣き叫ぶイガルタ>を片手で弄びながら、足の爪先で地面を叩く。ブーツが地面を叩く硬質な音が響く。
時期は春、しかも真っ昼間で天気もいいときた。ぼっちとしては自らの唯一の安息の地である牙城、つまるところの自宅に帰りたい。もしくは露天でポロック揚げでも買って、公園に散歩に行ってもいい。
しかしそれも虚しく目の前の存在に阻まれる。
「金ならねえって言ってんだろんが!」
目の前の男の口から怒声が放たれる。アルリアン人によくみられるくすんだ金髪に長い耳の気の強そうな顔立ちは、追いつめられた現状に対する怒りが浮かんでいた。
対するぼっちの反応は素っ気ない。どうでもいいように空を見上げたまま、片手で相も変わらず魔杖剣を弄くり、片手をポケットにさしこんだままだ。
今回の仕事はこの男から規定の金額を回収することだ。ようは取り立て屋の代理である。一二〇〇万イェンだったか、まぁこんな所でくすぶっているような男にとって返済は絶望的だ。金利とも言えぬ暴利が膨らんで、これだ。元金がいくらだったかは知らないが、逃げ出したくなるのもわからなくもない。
で、なぜ本業ではなく攻性咒式士である自分にこの仕事が回ってきたのかと言うと、目の前の男が咒式師だからに他ならない。高位の咒式師ともなると対応が難しい。と言うわけでぼっちが選ばれたのである。ぼっちだから安く済むし。
「……」
「なんとかいえよ!」
男が怒りで震える手で魔杖叉を腰から引き抜く。
追いつめられた男の目には殺意があった。今までにぼっちがなにも言ってないのも関与しているのだろうが。
「……期日は、今日で最後だろうが」
かちゃかちゃと弄くる手を止め、静かにぼっちは口を開いた。
がちり、と握っていた銀色のイガルタの撃鉄を起こす。八連式回転シリンダーが回転し呪弾が装填される。
静かに向けられた魔杖剣に男は恐怖に震えていた。いままで呪式があったからできた強気が崩されたからか。あるいは、単純に一般人を相手にしていただけで本業の攻性咒式士を相手にしたことがなかったのか。
「で、金はあんのかよ」
これが最後通牒である。文字通りの最後だ。裏側の金貸しに借りた時点で詰んでるとも言えるが、よりにもよって借りた額が額だ。返せなければ無理矢理にでもしょっぴいてこいとも言われてる、どうせ臓器でも売られるのだろう。高位の咒式師だ、高く売れるに違いない。
「ふっざ、けろ……! てめぇを殺せば万事解決だろうが!」
予想通りと言うべきか、男にも結末がわかっているからか。「てめぇに恨みはねーが、死んでもらうぜ!」男が叫ぶ。
ぼっちは溜息を吐く。
エリダナの路地裏は普段と変わらず誰もいない。整備された道に転がる安酒の瓶と張り紙。「くそったれ」ぼっちの声が寂れた路地裏に響く。
どうせなら逃げてくれた方が楽だと言うのに。最善には抵抗しないことだが。
「同じ知的生物なんだ、もっと生産的に死に方を考えようぜ?」
特にぼっちの懐を潤す方面で、だ。
返事は無かった。男が手に握った魔杖叉の引き金を引く。咒弾が炸裂し注がれた咒力の組成式の青い光が先から漏れる。化学錬成系第二階位<
迫りくる氷の弾丸全てをぼっちは伏せる事で回避。組成式が甘いからか急速に凍結された気泡混じりの白い弾丸が靡いた黒のロングコートの裾を切り刻む。
そのままの体勢で足を踏みきり前方へ加速。同時に引き金を引きイガルタの撃鉄が落ちる。脳内で構築された化学鋼成系第一階位<
さらにその後を追いかけるかの様にぼっちは疾走。再び咒弾を炸裂。化学鋼成系第三階位<
同時に響く粉砕音。目の前の状況を判断。鋼で構築された槍は、その全てが砕かれていた。視界の端に踊るきらめき。なるほど、納得がいった。化学錬成系第二階位<
実戦慣れしていたのか、相手もこちらに踏み込む。
腰だめから両手で振り抜いた剣撃が相手の上段からの一撃と絡み合う。互いの剣には冷たい殺意があった。
鍔迫り合いを無理矢理に刀身を振り抜くことで防ぐ。押し切られ体勢を崩した男にぼっちの蹴りが入る。うめいて身を僅かに丸めさせた男に切り返しが腕を断とうと放たれる。魔杖叉を持つ男の左手を狙った一撃は差し込まれた男の右手によって防がれた。血と共に男の右手が舞う。
「が、ああああ!」
苦痛に喘ぐ男の声が路地裏に響いた。同時にこの状態での近接戦闘は不利とみたのか、後ろに跳躍し間合いをとる。だがそれはぼっちにとって隙でしかなかった。追いかけるように加速、一気に畳みかける。
「焼け死にやがれっ!」
ふりあげた男の機械杖から一際大きな咒力の光が漏れる。火花が散る。剣先から赤い炎が炸裂。蛇の様にうねりながら路地裏を炎が舐め尽くす。
化学錬成系第五階位<
しかしそれすらも想定内である。
冷静に咒式を発動。三発目の咒弾が消費される。
発動したのは化学鋼成系第五階位<
さらに重ねて化学鋼成系第二階位<
瞬間、一つの風となってぼっちは柱を駆け上がる。跳躍し見たその先、驚愕に歪む男の顔があった。甘い。その程度で攻性咒式士が死んだりするはずがない。
あわてて男が左腕を持ち上げ、魔杖叉を掲げようとする。遅い。それより先にぼっちの咒式が発動。電磁雷撃系第一階位<
電磁加速された古代のいかな剣豪よりも速い神速の斬撃が炸裂。一瞬だけ交差した魔杖叉は、刹那に断たれた。斬撃は止まらない。そのまま男の首筋へと入り込み、心臓からの男の右腰と走る。両断された男の体がずれる。遅れて吹き出た血がぼっちを染める。
「アンナ……」
斬撃の直前、聞こえたそれは断末魔か。娘か妻でもいたのだろうか、切実な声だった。
地面に落ちた男の上半身にのる男の目は、瞳孔が開ききっていた。即死だろう。攻性咒式士ならまだしもただの咒式師だ。そんなものだろう。
「……くそったれ」
顔についた返り血を拭う。路地裏にはあいも変わらず天気が良い事を知らせる日光が眩しい。
気分が悪かった。こんな良い日だからこそこんなことをしてる自分が酷く汚いものに思えた。
携帯を取り出し依頼人に繋げる。仕事が終了したことを伝える。死亡した事に不満を漏らしていたが、本気ではないだろう。生体系の咒式治療でも使えば体の再生も出来るだろうから、売りには出せるだろう。いくらぐらいだろうか。
「ルップフェットだ、くそったれ」
そこまで考えた自分の思考をぼっちはアルリアン式の魔除けの言葉で罵る。
回収の黒いヴァンがきたのを目視で確認。同時に端末で依頼料が振り込まれるのを確かめ、路地裏を歩いてく。すれ違うヴァンから降りてきた黒服たちと会釈の一つの、視線の一つも交えずに路地裏を出る。
今回の依頼は三旗会からの依頼だったか、依頼人について軽く思い出す。ろくなもんじゃなかった。思考を切り替える。
現在地であるアルム通りからガーネル公園は近い、予定通り散歩に行ってもいいかもしれない。それに奮発して近くの海鳥亭に行くのもありだろう。とにかくここから離れたい。
「その、前に着替えねえとな」
はあ、と血が付いた服を見る。目立たない様に黒を着ているが、臭いがするし、なにより早めに洗濯したほうが楽なのだ。が、家は西岸側だ。少しめんどくさい。ポケットからキーを取り出し単車にまたがる。
なんとなく路地裏を振り返り、既に先の痕跡がないことに気づく。いつも通りの光景だった。親父譲りの黒髪をかきむしる。
なんともなしに、やるせない気分に包まれてぼっちは────俺は空を見上げる。雲一つない綺麗な青空だった。
前を向く。単車のハンドルを回し、路地裏から離れる。
「くそったれ」
エリダナは今日もいつも通りだった。
□■□
「死ね、死んで俺の為に保険金を稼いできてくれ糞ドラッケン。出稼ぎだ、片道のな」
「まて、我が輩とお前は初対面だぞ。ちょっと泊めてくれと言っただけでそんなに言われなくちゃいけないのか?」
「ドラッケン族というだけで俺の肌はアレルギーを起こすんだ。わかったら速やかに死ね」
晴れ渡る空の下。学校が休みなのか、子供たちの声が聞こえるマンションの俺の部屋の前。俺は知りもしない初対面のドラッケン族の女に罵声を浴びせていた。白い銀の様な髪を後ろでまとめた肉付きのいい、男好きする体はもろにタイプだったが、いかんせんドラッケン族というだけで俺の口は動いていた。
「せ、せめて名乗らせてぐらいは……」切れ目の顔立ちを弱弱しく歪める。「貰えないだろうか?」
「却下だ。総じて貴様等は名前が長い、フルではなくショートで名乗れ」
なにも理由もなしに罵声を浴びせる俺では無い。なぜ俺が罵声を浴びせるのかと言うと、その理由はこいつの背中にあった。
大剣。
この世のすべての恥晒しを集めたら作りそうな大剣が女の背中にはあった。一般に屠竜刀と呼ばれるそれは、<竜>との戦いを神聖視するドラッケン族の魔杖剣だ。
存在こそエリダナでも随一と呼ばれる剣舞士がいたためその破廉恥な物体の存在は知っているが、余裕で「え? 僕なんか変?」みたいな顔して法律違反──刀身の長さがだ──されるのを見ると腹が立つのである。限りなくブラックの攻性呪式士である俺が言えた義理では無いが。
「我が輩の名前はナハト。ナハトと言う」
綺麗な赤の唇が動く。ナハト、そう女は名乗った。
今更だが、そのラルゴンキン事務所で有名な魔法少女の様な口調が腹立つ。確かジャベイガと言ったか、表通りで騒いでいるのを見たことがある。
「はー、ナハトさんねぇー」
果たしてそんな知り合いはいただろうか。脳内を検索しつつ「邪魔だよー」女をどかし鍵を開け、自室へと入る。
「ちょっと待ってろ」
玄関にて不安そうな顔をするナハトとやらを待たせ玄関目の前の廊下の横、クローゼットの中から予備の咒弾を取り出しイガルタの使用済みのそれと交換。呪弾の残りが少ない、近いうちにロルカ屋で買わなければ。
脱いだコートは洗濯機に入れようとし、裾がぼろぼろな事に気づく。屑籠に捨てた。クローゼットから別のコートを取り出し羽織る。ふと部屋に視線を向けると立体光学映像がつけっぱなしだったのか、今日の報道が流れてた。皇歴四九七年六月二〇日、日付を確認し軽くニュースに目を通すとゴーゼス経済特別区で殺人事件でもあったのか、攻性呪式士の名前が浮かんでいた。まあ、あそこじゃいつもの事だ。そして一人も知り合いがいない事を確認、ぼっちだから当然か。
「おお、これが……」
ナハトが初めて立体光学映像を見たかの様な声をあげる。どんな田舎から来たのか知らないが、どうでもいいから立体光学映像を切る。「ああっ」残念そうな声を努めて無視。
玄関へと向かう。
「どこかへ行くのか?」
「ああ」
家にいてもいいが、プライベートルームに他人がいるなど俺には耐えられない。もとより外に行くつもりだったし問題は無い。
「ならば我が輩も行こう」
はんば予想通りの回答。気が滅入ってくる。
「……好きにしろ」
この時点で東岸行きはなくなった。下に目新しい車や単車は無かったし、俺は単車しか持ってない。別に攻性呪式士、それも前衛だろうから走らせてもいいのだが、せっかくの客人にそんな事をさせるほど俺は性根が腐ってる訳でもなかった。
それにまず無いだろうが、依頼人なんて言う可能性もある。無碍には出来ない。
そうなると自然と行き先は絞られてくる。近隣ともなると青い煉獄か銀鱗亭、ロッソ食堂、マイート菓子店だろうか。残念ながら海鳥亭は断念しなければならないようだ。モッゾ亭にしてもいいが予約をしていない。さて、どうしようか。
ナハトを追いやりドアの鍵を閉める。
「どこへ行くのだ?」
ナハトが首を傾げ尋ねてくる。よし、決まった。
「銀鱗亭だ」
短く言葉を切る。
時刻は昼も近い、混む前に行くにこしたことはないだろう。
他のを更新しろ?また今度するから安心しな(偉そう)。