歴史はヒーローになれるのか   作:おたま

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悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見いだす。楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見いだす。

ウィンストン・チャーチル


男の子は開放する

ただいまー

 

どうやら、あの男の子の母親が帰ってきたようだ。

 

私が名前を聞こうとすると邪魔が入るな。ちょび髭にでも聞いてもらうか?

 

「あら!何?この状況?なんで縛られているの?というか、誰?」

 

よし、懐柔だ。何事もコツコツとだ。

 

「Excuse me, ladies. I think I'm bound and have suspicious eyes, but listen to me.(失礼、ご婦人。縛られていて怪訝な目をしてしまうと思うが、私の話を聞いてくれ。)」

 

「あら?英語かしら。what? You can listen to as many stories as you want. What do you want to say?(何?話はいくらでも聞けるわ。何が言いたいの?)」

 

おお!男の子以外にまともな人間と話ができる!とりあえず、このテープを取ってもらわなければ。

 

「Oh! Do you understand English! ! Was good! ! My name is Winston Churchill. The reason for being tied up is that the house has been trespassed.(おお!英語が分かるのか!!よかった!!私の名前はウィンストン・チャーチルと言う。縛られている理由はこの家に不法侵入をしてしまったからだ。)」

 

「Oh dear! Why did you do that? It looks like your clothes aren't poverty ...(まあ!なんでそんなことをしてしまったの?あなたの服装からは貧困とは無縁そうだけど・・・)」

 

「To be honest, I don't know. Before coming here, he was being treated in Kensington, England. I was here when I realized. It's hard to believe, but I only know that. Please believe me.(それは正直なところ、私にも分からないのだ。ここに来る前はイギリスのケンジントンで療養中だったのだ。気が付いたら、此処にいたのだ。信じるのは難しいが私は其れしかわからないのだ。どうか信じてほしい。)」

 

ご婦人が怪訝な表情でこちらを見る。

そうしていると男の子がやってきた。

母は男の子を見る。

 

「おかあさん。このひとはわるい人じゃないよ。しゅしょーをしていたんだって。しんじてあげて。」

 

目線を男の子に合わせる。

 

「・・・分かった。あなたを信じるわ」

 

男の子のあたまを撫でる。気持ちよさそうに目を細めている。

 

「I believe in you. Speaking of which, who is the next man? Who are you?'ve seen it somewhere ...(この子に免じて、あなたを信じます。そういえば、隣の男性は?誰なのかしら?どこかで見たことあるような・・・)

 

「It's okay. This guy next to me does n’t have to worry about it. Please keep this.(大丈夫です。私の隣にいる此奴は、気にしなくて大丈夫です。どうかこのままで。)」

 

「That's right. . . I understand.(そっそう・・・分かったわ。)」

 

今ヒトラーは人類の進化に興奮しており、話しなんぞ1ミリも聞いていない。呑気なものである。

 

 

 

いまおかあさんは、よるごはんのじゅんびをしている

 

ぼくはテレビをみている。となりのハゲのおじさんは、目をキラキラにしてテレビをじっとみている。

 

「おじさん。なんでそんなにじ~っとみているの?」

 

「おじさんじゃなくて、チャーチル。ウィンストン・チャーチルだ。ウィンストンでも、チャーチルでも好きなほうで呼ぶといい。・・・テレビってのはすごいな。綺麗だ。私がイギリスにいたころはね、白黒だったんだ。ここまで綺麗なものを見れるのは凄く羨ましいよ」

 

「いまテレビ、みてんじゃん。へんなの」

 

チャーチルおじさんは、ははは。とわらっている。

 

さっきぼくがおしえたんだ。ここはにほんだって。チャーチルおじさんに。

 

チャーチルおじさんが

 

「日本のどこだい?」

 

といってきたけど、わからないから、しらないっていったんだ。

 

そうしたら、へんなかおでわらってた。なんでだろう。

 

そうしていたら、ノリのおじさんがぼくにむかって、さけんできたんだ。

 

「おい!なんであのハゲが解かれていて、自分は解かれていないんだ!開放してくれ!!」

 

だって。

 

しょうがないから、ソファでねてたおとうさんをおこして、

 

「ノリのおじさん、たすけてあげて」

 

そういうと、おとうさんはさっきのおかあさんみたいにへんなかおをして、といてくれたんだ。

 

ノリのおじさんが笑顔で

 

「坊や。有難う。これで自由の身だ。感謝してもし切れないよ。私が祖国ドイツに帰ったら、坊やを招待して、二級鉄十字章を送ろう。勿論沢山のプリンと、ケーキも一緒だ。あと、ナチス・ドイツが生み出した、コーラに勝る飲み物である、ファンタグレープも沢山飲ませてあげよう。後、私はノリのおじさんではない。アドルフ・ヒトラーだ。ヒトラーおじさんとでも呼びたまえ。」

 

プリン! ケーキ!ファンタも大好き!!でも、てつなんちゃらはいらないや。

 

たくさんほめられた。うれしいな。

 

 

 

 

まだ眠い頭で考える。息子は「ノリのおじさん、たすけてあげて」と言ってきた。

 

息子の頼みだ。叶えてやりたい。

だが、開放する人間は・・・

 

あの、アドルフ・ヒトラーだぞ。

 

アドルフ・ヒトラー。

 

 オーストリアで生まれ、ウィーンに上京。そこで日雇いの仕事をして生活していた。我が闘争によると、この日雇い労働の時、同僚にユダヤ人思想を教えられたという。

 

 その後、第一次世界大戦が勃発。ヒトラーはドイツ帝国に兵役志願。フランス兵を捕える等の功績と伝令兵としての勤務ぶりを評価され、6回受勲している。

 

 終戦後、ドイツ労働者党に入党。そしてヒトラーは頭角を現し国家社会主義ドイツ労働者党に改称。党首へ。

 

 党首になって二年後、その、一年前にムッソリーニによって行われていた、ローマ進軍に倣いミュンヘン一揆を実行。だが、失敗する。

 

 罪状は二年間の投獄である。投獄中に書いた本が、前述の『我が闘争』である。

 

釈放後、ヒトラーの演説に市民が共感。どんどんと党の支持者は増大し、世界恐慌が起こる。

ヒトラーは、当時の与党があるドイツ中央党を痛烈に批判。さらに支持者が膨れ上がる。

 

 そして1932年、ドイツ国内での大統領選挙で第一党へ。ヒトラー内閣が1933年にできた。

 

 その後独裁体制を敷き、軍備を増強。

 

 1936年当時非武装地域であった、ラインラントへ進軍。

 

 1938年大ドイツ主義を掲げていた、ヒトラーは同じドイツ語圏であるオーストリアでアンシュルス国民投票を開催。

オーストリアを平和裏に併合。

 

 その後チェコスロバキアに対し、ドイツ人が多い地域である、ズデーテンランドを要求。

イギリス、フランス、ドイツ、イタリアによるミュンヘン会談により、チェコスロバキアはズデーテンランドを割譲。

 因みに、ミュンヘン会談では、チェコスロバキアは参加できなかった。可哀想である。

 

そのチェコスロバキアを解体。チェコを併合。スロバキアを傀儡国として独立した。

 

その後、リトアニアのメーメル、ポーランドのダンツィヒを要求.

メーメルは割譲されたが、ダンツィヒは拒否。

 

ドイツはポーランドに宣戦布告。その後イギリス、フランスがドイツに宣戦布告。

 

第二次世界大戦が勃発した。

 

 

思考をもどす。

 

まあ、一回ヒトラーに勝ったしぃ、妻に新しいをスプレーを買いに行ってもらったしぃ、また勝てるだろ!

 

ヒトラーは二度負けてるしぃ。

 

それに息子にいい顔したいしぃ♪。

 

開放するとヒトラーは息子のところに行きなんか喋ってた。

 

俺も、ヒトラーとしゃべりたい!!色々聞きたいのに・・・。

 

 

ちくしょう

 




私は『説得』よって、全てを作り出した

アドルフ・ヒトラー

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