ウィンストン・チャーチル
一か月たった。
チャーチルとヒトラーのサイン色紙は、額縁に入って寝室に飾られている。
父は凄くうれしかった。
チャーチルとヒトラーは相も変わらず家にいる。
チャーチルは日本語の勉強をしており、平仮名は覚えた。あとはカタカナと、漢字だ。勤勉である。
ヒトラーは、レーニン像やスターリン像が下ろされ、ソビエト連邦が崩壊する映像を見ながら、爆笑していた。悪趣味である。
それにチャーチルは家の手伝いもしている。
動けることがうれしいのだと言っていた。彼の死因は確か脳卒中だった筈だ。
半身がマヒして動けなくなるのだ。とっても辛かったであろう。
最初は四苦八苦していた。だってそうだろう。
上級貴族の生まれなのだから、家事など一度もしたことがない。
掃除洗濯はできるようになった。今は、母の卵焼きを目で見て覚えようと必死である。本当に勤勉である。
ヒトラーは寝ているか、インターネットでドイツ語のサイトを見て研究している。何の研究かは、分からない。見せてくれないのだ。
妻はヒトラーに怒り心頭である。
あと一週間もこのままだと追い出されそうだ。
追い出されそうになった時、きっと逆切れし、グデーリアンを出すだろう。
出したところでグデーリアンは、ヒトラーを助けないであろう。哀れである。
ヒトラーは、考えていた。
それは、日本語を喋ることである。チャーチルは書け、喋れることを目標にしているが、ヒトラーは喋れることだけを目標にしている。
彼が言うには、二つの事を同時にするのは非効率だと、意味がないと言っていた。
イギリスと戦いながら、ソビエト連邦と戦った奴が何を言うと、父は思った。
そして、あのちょび髭は息子に秘密裏に歴史の本を読ませているのだ。どちらも日本語が分からないから、絵のみだが。
俺が読ませてほしいわ。
どうやら、ヒトラーはほかの人を召喚したいようだ。
だが、息子は興味がなさそうだ。
俺も召喚したい人はたくさんいるわ。
カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムとか、ムスタファ・ケマル・アタテュルクとか。
私は基本、結構マイナー好きなのだ。
息子は幼稚園児だ。カタカナをだいぶ覚えたと言っていた。
もしかしてだが、チャーチルとヒトラーが居るから、英語やドイツ語も覚えられるかもしれん。
後、俺も歴史の本を見せて、マンネンヘイムを召喚してもらわねば。
そう。私、アドルフ・ヒトラーは、あの坊やに早くムッソリーニを召喚してもらい、あのブルドックを粉砕しなければならない!
彼に早くナチズムを継承させなければ。
彼は未来のラインハルト・ハイドリヒにも、ヨーゼフ・ゲッベルスにもなれる逸材である。
その為にもムッソリーニを召喚せねば。
だがどうすればいい。
どうすれば興味を持ってくれる。演説の時の変顔か?どや顔か?それとも乗馬の映像か?
いや、彼の演説は素晴らしい。演説を見せればきっと、興味を持ってくれるかもしれん。
そうして考えていたら、ふと、疑問に思った。
坊やの名前はなんなのだろう。
忘れていた。一か月あったのに。
聞かなければ。人は名前で個性が決まるのだ。
ジークフリートなら勇猛で、フリードリッヒなら聡明で、ヴィルヘルムなら、厳格であろう。
私はそう考える。
坊やはいた。どうやら、チャーチルとカタカナとやらの練習をしている。
というかカタカナとは何なのだ。何故日本語は三つの文字がある。非効率的ではないか。私は効率を信仰している。
だから私はあの時ソビエトに侵攻したし、ユダヤ人を滅亡させるために、人体実験しながらガス室に送ったのだ。
父が聞いたら、ソビエトと戦いながらアメリカに宣戦布告した男が何をバカなことを言っているのだと言うだろう。
「坊や、お勉強中わるいね。申し訳ないが、忘れていたことがある。今聞いてもいいのだろうか?」
「なに?」
「名前を今まで聞いていなかったよ。名前を教えてくれ。」
チャーチルは勉強をしている、男の子と共に。カタカナはもうすぐ覚えられそうだ。
これで、男の子に歴史の本を読み聞かせれば、興味を持ってくれるかもしれん。はやく、ドゴールを召喚してもらい、ヒトラーを抹殺しなければ。
彼は、クレメント・アトリーにもなれるし、ヒュー・ダウディングにもなれる。素晴らしく才能ある子供だ。
彼は勉強している。幼稚園でもらったプリントらしい。名前の欄には漢字で名前が書いている。
なんて書いてるかは分からん。
なんて書いているのかを聞けば、すぐに分かることだが、邪魔が入るのだ。
今まで10回ほど聞いたが、一度も聞けたためしがない。
名前とはその人の、人となりが分かるのだ。
アーサーなら勇猛で、エドワードなら聡明で。クロムウェルなら厳格だろう。
私はそう思う。
ちょび髭が来た。話したいことがあるらしい。
「名前を今まで聞いていなかったよ。名前を教えてくれ。」
チャーチルは周りを見渡す。いつも邪魔が入るのだ。
此奴が言えば、分かるかもしれん。
「そうだったな。私も聞いたことがなかった。私にも聞かせてくれ。君の名前を」
男の子は答える。
「ぼくの名前は、おおいし てんま だよ。」
彼らには漢字が分からなかった。
だが、私たちには分かる手段が有った。
幼稚園のプリントである。
『大歴 伝馬』
個性:”歴史”
我々は敵を絶滅する。根こそぎに、容赦なく、断固として。
アドルフ・ヒトラー