仮面ライダーエグゼイド 【裏技】 友情のNEW GAME!   作:度近亭心恋

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信頼こそ、才知よりも交際を深める。
フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー(1613~1680)


Part2 「八神さんのこと、本当によろしくお願いします!」

「患者は八神コウさん、26歳。職業はゲーム会社、『イーグルジャンプ』のデザイナーとのことです」

 

「イーグルジャンプ? 聞いたことが無いな。どうなんだ、研修医」

 

「いえ、それが……失礼ですけど、僕もそんな会社聞いたことが無くって」

 

 聖都大学付属病院の地下深くに、その部屋はあった。

 それは、バグスターウィルスに対抗する為に衛生省が作り出した極秘部署──「電脳救命センター」、通称「CR」。

 

 MRIの機器のようなごてごてとした大型のベッドに寝かされたコウを眺めながら、二人の青年がその両端で状態を確認していた。

 

 一人は宝生永夢だ。クリップボードに救急搬送時に集めた患者の情報をまとめあげており、必要な情報を逐一報告できるようにしている。

 

 もう一人は、白衣の下にパリッとしたシャツを着てきっちりとネクタイを締めた医師だった。その小綺麗かつびしっとした立ち振舞いからは、臨床において多くの場数を踏んできたことが見てとれる。

 

 もう一人の青年──鏡飛彩は、そこまで聞くと永夢を伴ってコウの病室を後にした。

 病室は天井が高く、ちょうど患者のベッドからななめに見上げた辺りの天井と壁の境の辺りに、映写室のような小窓がついている。

 

 そしてその小窓の裏には、医師たちが患者の治療方針を話し合う為のカンファレンスルームがあった。

 外部との通信モニターのほか、パソコンやコーヒーメーカーなども置かれたここがCRの実質的な基幹部となっている。

 飛彩と永夢が戻ってきたそこには、既に九条貴利矢と葉月しずく、遠山りんが顔を揃えていた。

 

「貴利矢さん! 戻ってくるの早かったですね」

 

「ワープで速攻戻ってきたんだよ。フツーのゲーム病案件じゃなさそうだったしな」

 

 貴利矢が渋い表情で頭を掻く。その会話を聞いたりんが、たまらず尋ねた。

 

「あの! その『ゲーム病』って何なんですか? コウちゃんはどうなっているんですか?」

 

「ゲーム病を知らないだと……!?」

 

 飛彩は目を見開き、1+1の答えを間違えた人間でも見るような目でりんを見た。

 永夢がそれに何か言おうとした時、CRの階段を上ってくる大勢の足音が聞こえてきた。

 

「遠山さん! 葉月さん!」

 

 青葉が先導し、イーグルジャンプの面々がどやどやと姿を見せる。思わぬ大勢の来訪に、飛彩はたじろいだ。

 

「失礼ですが、みなさんは?」

 

「あっ、その……患者の同僚や後輩です。……あなたは?」

 

「鏡飛彩です。当院の心臓血管外科医として常勤しているほか、ゲーム病とバグスターウィルスの専門医としても活動しております」

 

「そう! それなんです!」

 

 青葉は場をちらっと見まわしてから、飛彩に尋ねた。

 

「『ゲーム病』っていったい何なんですか? 八神さんはどうなっちゃったんですか!?」

 

「貴方も……?」

 

 飛彩はますます驚いた表情で、イーグルジャンプの面々を見回す。

 

「まさか……皆さん全員、ゲーム病をご存じないと?」

 

 知らないです、知りませんと一同は口々に返す。

 飛彩はいよいよ訳がわからないといった顔を見せた。

 

「研修医! いったい何があったんだ!? 全員がゲーム病に関する記憶を喪失する新型のバグスターウィルスなのか!?」

 

「おー面白い考察、流石は天才外科医」

 

「茶化さないでくださいよ、貴利矢さん」

 

 貴利矢を永夢がたしなめる。

 永夢は仕方ないといった表情で、一同に解説を始めた。

 

「『ゲーム病』というのは、近年発見された新種の病気です。正式名称は『バグスターウィルス感染症』。コンピューターのバグから発生した、人体に感染する新型コンピューターウィルス。それに感染した状態を『ゲーム病』と呼んでいます。感染すると発熱、全身の疼痛、気分不良といった症状を発症しますが……感染源となっているデータの怪物、『バグスター』を倒さなければ、完治することはありません。治療せずに放置していれば、やがて全身が完全にデータ化し消滅することになります。バグスターは自分たちを完全な存在にする為に自分の感染者を消滅させることを目論み、患者にストレスを与えようとしてきます。ゲーム病はストレスで症状が進行しますから……」

 

「人間に感染するコンピューターウィルスぅ~~!?」

 

 ねねが「アッチョンブリケ」の仕草で驚いていた。

 

「聞いたことないですよそんなの……」

 

「ありえへんやろ。まんがや映画じゃあるまいし」

 

 青葉とゆんも半信半疑といった声色で答える。

 

「信じる信じないは勝手だがね。だが、八神さん……だっけ? 彼女の状態はどう説明すりゃいいんだ?」

 

 貴利矢がびしりと正論を突き付ける。

 まったく彼の言う通り、青葉たちの常識で「ありえない」と否定するのは簡単だ。

 だが、そのぐらい「ありえない」理屈でもなければコウが怪物に変貌したこと、今現在も身体が透けている症状などの説明がつかないことも事実なのだ。

 

「それにしたって……。そんなウィルスがいたら、ニュースにぐらいなってる筈です!」

 

 紅葉が食い下がる。彼女にしてみれば、先程からの「ゲーム病を知っていて当然」というドクター達の反応は非常に気に食わないらしかった。

 

「本当に聞いたことないかな? それじゃあ『仮面ライダークロニクル』は?」

 

「なんですかそれ……」

 

「……ついこの間まで巷で蔓延していたゲームだよ。人間が実際に変身してバグスターと戦って、負ければデータになって消滅するゲーム。このゲームで、大勢の人が犠牲になった。しかも運営は『クリアすれば消滅した人々を取り戻せる』なんて嘯いて人々をゲームに駆り立てて……。最後はゲームを支配していた人物が自殺して終わったんだけど」

 

 永夢は紅葉に淡々と説明する。

 

「そんなゲームがあったらそれこそ大ニュースになってる筈でしょう? あまりニュースとか見る方じゃないけど……見たことも聞いたこともありません」

 

「なってたよ? ニュースに。失礼だけど、始まってから終わるまで毎日がクロニクル関連の報道がされていて……」

 

「だから聞いたことないって言ってるじゃないですか! 私の話聞いてます!?」

 

「もも」

 

 ツバメが紅葉の肩を掴んだ。

 

「なる……」

 

「気持ちは解るけど熱くなりすぎ。先生困ってるよ」

 

「……うん」

 

 紅葉は気勢をそがれたといった感じで大人しくなった。

 紅葉とツバメは幼馴染で、一緒に上京して専門学校に通い、イーグルジャンプへの入社を目指した仲間同士だ。互いの気持ちの理解に関しては、人一倍のものがある。

 

「やっぱりこう考えるしか無いよなあ。『ゲーム病の記憶を無くした』んじゃなくて、『ゲーム病を最初から知らない』って」

 

 貴利矢が渋い表情で腕を組む。

 

「そんなことが……ありえるはずがない……」

 

「それじゃあまるで……」

 

 飛彩と永夢は、あるひとつの結論に達しようとしていた。

 だが、それを口にするのは憚られる。

 それはあまりにも、あまりにもばかばかしい結論だったからだ。

 

 その時、CRの階段から再び誰かが上ってくる音がした。

 

「認めるしかないでしょう? 『別の世界からやってきた』って」

 

 それは明日那だった。

 救急搬送の際に手筈を整えた彼女は、患者をCRに運び込むと青葉たちの到着を待った。

 そして全員がここに入ったのを確認し、今ここに馳せ参じたというわけだ。

 

「それは……! しかし、そんな馬鹿なことが……」

 

「私たちは一度経験している筈でしょう? 『超スーパーヒーロー大戦』事件の時に」

 

 飛彩はその単語に唸った。

 

 『超スーパーヒーロー大戦』事件。

 それは、永夢達の戦いの中でも苛烈を極めたもののひとつだった。

 

 事の始まりは韓国のソウル。

 レトロシューティングゲームのひとつ、『ゼビウス』に登場する円盤、アンドアジェネシスが大量に出現し、ソウルの市街地を攻撃するという異常事態が発生した。

 騒ぎは日本にも波及し、永夢達は「ゲームが現実に出現する」という事態からゲーム病との関連を疑い戦いに赴いた。

 

 そこで出会った相手こそ、”異世界”からの来訪者──”宇宙戦隊キュウレンジャー”であった。

 彼らは"宇宙幕府ジャークマター"なる組織によって全宇宙が支配されている別の宇宙からやって来た戦士たちだった。

 

 そして事件の影に飛彩がかつて担当した患者であった少年、霧野エイトと彼が作ったゲーム『超スーパーヒーロー大戦』が絡んでいることを突き止めた永夢達はゲームの世界に飛び込んだ。

 

 アンドアジェネシスの攻撃で壊滅した動物人間の世界、ジューランドからやって来た“動物戦隊ジュウオウジャー”の戦士、ジュウオウタイガーことアム。

 

 ゲームの中の世界で出会った、ゲームキャラであるもう一人の飛彩。

 

『超スーパーヒーロー大戦』のキャラクターたる、数々のスーパーヒーロー達。

 

 様々な異世界の存在との紆余曲折を経て、彼らは成長していった。

 

 そして彼らは、ゲームの中で電子化していたエイトの心を開き、遂にはエイト同様にゲーム世界に電子化して潜んでいた世界征服を企む秘密結社、ショッカーの野望を打ち砕いた。

 

 キュウレンジャー達はその戦いが終わると共に、自分たちの世界へと帰って行った。

 その内の一人、シシレッドに変身する青年、ラッキーだけはその直後にバグスターが三体発生した時にも手を貸してくれた。

 

 この一件を鑑みれば、確かに「別の世界」から人間がやって来るというのは「ありえない」話ではないのだ。

 

「それにしたって、ラッキー達は今の時代の技術じゃ作れないような宇宙船まで持っていたし……。彼女たちはどう見ても、ただの会社員ですよ?」

 

「つっても現にここに彼女たちがいるわけだろ。自分はキュウレンジャーのことはよく知らないけどよォ」

 

 永夢を諭しながら、貴利矢が頭の後ろで手を組む。

 実のところ、彼は「ある事情」でこの『超スーパーヒーロー大戦』事件には関わっていないのだった。

 

「別の世界、ですか……。『並行(パラレル)世界(ワールド)』というやつでしょうか?」

 

「それこそまんがの中の話ですよ。信じたくないけど……。というか! 戻る方法とかどうするんですか!?」

 

 うみこが思案気に呟いた話題にはじめが乗っかる。

 それを聞くと、ひふみが絶望的な表情を見せた。

 

「もしかして……一生……この『世界』で……?」

 

 その一言に、一同は底知れぬ先行きへの不安に口々に喚き始めた。

 

「この世界にもうちらの会社あるんやろか? いやそもそも……あったら『この世界』のうちらが出勤しとるんとちゃう!?」

 

「なるっち~、このままじゃ全員就活やり直しコースだよぉ~~……」

 

「宗次郎……! 早く帰ってあげないと、宗次郎が……!」 

 

 CRが侃々諤々の様相を呈し始めた時、青葉が叫んだ。

 

「皆さん! そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?」

 

 普段は大人しい青葉の怒号にも似た叫びに、彼女を知る面々は驚いて静まり返った。

 

「このままだと、八神さんが……! 八神さんが死んじゃうかもしれないんですよ!?」

 

 その言葉に、その場はいっそう水を打ったように静かになった。

 コウが怪物に変貌し、身体が透けるという異常な状況。

 永夢達の言葉からしても、彼女がゲーム病に感染しているのは疑いようの無い事実だ。

 己の行く末を案じるのも解るが、まずは目の前で消えそうな命と向き合うことが先決だった。

 

「正確には死ぬわけじゃない、あくまで完全にデータ化されるだけだ。彼女のデータもプロトガシャットに保存されるし、何なら私のようにバグスターとしてコンティニューだってできるさ」

 

 その声は、その場にいる誰からも発せられたものではなかった。

 イーグルジャンプの面々はその声の主を捜そうと辺りを見回す。

 それも当然だろう。何故ならその声には、まるで危機感というものが無かったのだ。

 コウの命を軽んじるかのようにも聞こえたその声の主を、すぐには許すことはできそうもない。

 

 一方でCRの面々は、どこか呆れたような表情を見せている。どうやら、その声の主を知っているらしい。

 

「しかし、異世界人とは興味深いね……。私も『超スーパーヒーロー大戦』事件の際には復活出来ていなかったからな」

 

「ゲーム機から……?」

 

 はじめは首を傾げつつ、部屋の隅に置かれていたアーケードゲームの筐体に近づいて行った。

 先程の声は、確かにそこから響いている。はじめは顔を近づけたが、画面は真っ暗で彼女の顔がぼんやりと映っているだけだ。

 

「やっぱ気のせいか。こんなところから人の声が……」

 

「人ではない! 『神』だァァァ──ッ!!」

 

 突然画面が明るくなると同時に、男の顔が画面いっぱいに映った。

 おわっひゃああああ、とはじめは半ば倒れこむように後ろにのけ反り、尻餅をついた。

 

「ヴェ──ハハハハハハ! 随分と賑やかじゃないか! 何やら新種のバグスターウィルスが発生したようだな……? 永夢ゥ! そろそろ私の神の才能が必要になったんじゃないのか!?」

 

「な……な……なんやこいつゥ~~!」

 

「キモッ! いやほんっとキモいんですけど! 無理無理、まじ無理!」

 

 ゆんとツバメは激しく拒絶するが、男はおかまいなしに続ける。

 

「新種のウィルスだろうが何だろうが、私の神の才能を以てすれば何も不可能は無い! ……だから永夢! 私をここから出せェーッ!!」

 

「黎斗! 今真面目な話してるの、少し黙ってて!」

 

 明日那が筐体に駆け寄り男を叱りつける。

 男はふんっと不満げに鼻を鳴らすが、その一言が効いたのか大人しくなった。

 よくよく見れば、画面の中には部屋が広がっている。まるで、男がそこに住んでいるかのようだ。

 いや──もっと詳しく見てみれば、その部屋には何もない。薄暗く、おまけに画面の一番手前にはピンク色の檻のようなものが配置されていた。

 そう、ここは牢獄なのだ。

 

「『アレ』は……いや失礼、『あの人』は?」 

 

 しずくが驚きつつ尋ねた。

 

「この人は檀黎斗さん」

 

「檀黎斗神だァ!!」

 

「元ゲーム会社の社長にして、僕達ドクター達がゲーム病と戦う為の装備の生みの親……。それと同時に、バグスターウィルスの育ての親でもある人です」

 

 永夢は男──檀黎斗を無視して続ける。

 それを聞いた一同は、少し表情を固くした。

 

「どういうことですか? それは」

 

「話せば長くなりますが……」

 

 うみこの言葉に、永夢は黎斗のことを語り始めた。

 

 檀黎斗。

 

 この男こそ、永夢達の物語の諸悪の根源であった。

 

 6年前、『ゼロデイ』と呼ばれるゲーム病による大量の人間の消失事件が発生した。

 衛生省はその原因となったゲームを保有していたゲーム会社──『幻夢コーポレーション』の社長、檀正宗を逮捕し投獄することで、一連の騒動を収めた。

 

 そして正宗の息子であったわずか25歳の青年、檀黎斗が社長に選ばれた後、彼の手を借りてゲーム病に対抗する為の機器が開発された。

 それこそが、幻夢コーポレーションの発売タイトルゲームの力を秘めた“ライダーガシャット”と、それを人体に適応させる為のアイテム、“ゲーマドライバー”だった。

 

 元々、ゼロデイはガシャットの原型となった“プロトガシャット”にバグスターウィルスが感染し起こった出来事ではあった。

 騒動の原因である幻夢コーポレーションの力を借り、騒動の原因であるガシャットの力を使う。まさに、毒を以て毒を制すやり方を衛生省は選んだというわけである。

 

 檀黎斗は衛生省に快く協力し、5年の間にガシャットの研究と先鋭化を推し進めた。

 そして1年前、宝生永夢がゲーム病の存在を知り“仮面ライダー”となった時から、物語は劇的に動き始めることとなる。

 

 当初はドクター達の協力者として振舞っていた彼だったが、その裏では彼自身も“仮面ライダーゲンム“となり、あろうことかバグスターと結託して自らの計略を着実に進行させていったのである。

 

 途中「ネクストゲノム研究所」なる、データ化して消滅した研究者たちの襲撃という第三勢力の介入はあったものの、ドクターライダー達は10本のライダーガシャットに紐づいたバグスター達を攻略し、彼の計画はことごとく順調であった。

 

 しかしながら、いち早く彼の野望に感づいていた九条貴利矢の立ち回りもあり、彼が永夢達を度々襲撃していた謎のライダーの正体であることは白日の下に晒されることとなる。

 彼はこれ以上嗅ぎまわられては厄介と、集めたデータから完成した新システムを使い、貴利矢を始末した。

 

 その後黎斗は会社を出奔し、自らの最終目的、「究極のゲーム」こと『仮面ライダークロニクル』を作る為に動き始めた。

 一度、衛生省に拘留されかけたところをゲーム病に感染してしまい永夢に救ってもらったこともあったが、その際に彼は驚きの真実を語り始めた。

 

 全ては黎斗が仕組んだことであった。

 

 そもそもの始まりは17年前、彼は2000年問題の前後に、コンピューターのバグの中に奇妙なウィルスを見つけた。

 これこそが原初のバグスターウィルスである。

 

 当時よりゲームの開発に携わるほどの賢しい子供だった彼は、このウィルスが人体にも感染する可能性を既に見出していた。

 そして──その「実験台」を探し求めていた。

 

 そんな折、彼のもとに一通のファンレターが届いた。

 それは、彼のゲームへのラブコールと一緒に、新しいゲームのアイディアが書かれたものだった。

 そのアイディアは、彼が驚くほどにどれも斬新なものばかりだった。

 自身の才能に絶対の自信を持っていた彼は、その見事なまでの才能に嫉妬した。

 しかもファンレターを送ってきた少年は自分より年下──わずか8歳だというのだから。

 

 そこで彼は非道とも言える計略を思いつき、それを実行した。「ファンレターのお礼」と称し、差出人にバグスターウィルスの詰まった体験版ゲームを送り付けたのだ。そのファンレターの主こそが……

 

 

「宝生永夢」だった。

 

 

 そして7年前、彼は永夢の中で育ったバグスターウィルスを摘出する為、ある組織に永夢の手術を依頼する。

 その組織の名は、「ネクストゲノム研究所」。

 彼らはバグスターウィルスを摘出するも、その際にデータ化しゲームの世界へと転送されてしまう。そう、彼らがデータ化し消滅した原因すらも黎斗にあったのだ。

 

 ゼロデイも、彼の手で意図的に引き起こされたものだった。

 彼はわざと感染リスクのあった危険なプロトガシャットを使い、実験の為に大勢の人を犠牲にしたのだ。

 

 黎斗は永夢に手を差し伸べてもらったことで、それらの事実を語り詫びた……かのように見えた。

 しかし彼は、永夢とCRを衛生省の手から逃れるための隠れ蓑程度にしか思っていなかった。

 正体が露見して以降、自らの身体とゾンビゲーム“デンジャラスゾンビ”のガシャットを用い「死」のデータ、バグスターのデータを集めていた彼は、その一件の際に最後の死のデータを回収し終わった。

 

 

「私がゲーム病に罹ったのは、すべて計画の内……! 私のアジトが衛生省に嗅ぎつけられてしまったからね。時間稼ぎに利用させてもらった」

 

「16年前から君は……透き通るように純粋だった……! その水晶の輝きが、私の才能を刺激してくれた! 君は最高のモルモットだァ!!」

 

「君の人生は全て! 私のこの手の上で、転がされているんだよッ!!」

 

 

 集めたデータを集約した黎斗は、その時点でのライダー達では誰も敵わない最強の領域へと到達した。

 幻夢コーポレーションは彼に制圧され、最早ライダー達に成す術は無いかと思われた。

 

 しかし、意外なところに切り札はあった。

 

 貴利矢は生前、バグスターウィルスの対抗策として病理学的検知から「リプログラミング」を検討していた。

 遺伝子の書き換えによるバグスターウィルスへの対抗。彼はその為のシステムを、自らのパソコンに遺していた。

 そのシステムをガシャットの雛形にインストールし……永夢はそれを完成させた。

 

 黎斗の失策はここにもあった。

 彼の嫉妬心から永夢が世界初のバグスターウィルスの感染者となったのは前述の通りだが、それにより彼はある能力を身につけていた。

 

「ガシャットを生み出す力」である。

 

 ライダーガシャットはバグスターウィルスの力を使う為、通常は体内に微量のウィルスを投与し抗体を作る適合手術が無ければ扱うことすら出来ない。

 ガシャットとウィルスは強く結びついた関係のある存在なのだ。

 

 そして、世界初の感染者であるが故に原初のバグスターウィルスを持つ永夢には、そのウィルスの力でガシャットを生み出すことが可能となっていた。

 現に貴利矢の没後からすぐ後、彼は“マイティブラザーズXX”なるガシャットを生み出していたのだ。

 

 永夢が新たに生み出したリプログラミングの為のガシャット──”マキシマムマイティX”の力により、檀黎斗は敗北した。

 おまけに、リプログラミングの力で彼の中にあるバグスターウィルスの抗体が書き換えられたことで、変身することすら出来なくなった。

 

 永夢は彼に罪を償ってもらおうと考えていたが、それを阻む存在があった。

 初期には黎斗と結託し、その時点ではバグスターへの考え方の相違から袂を分かっていたバグスターの幹部、パラドである。

 彼は“ゲーム”というものに非常に拘りを持ち、それ故に黎斗の処遇に対する永夢達の考えには賛同できかねた。

 

 

「それじゃあゲームは終われないんだよ。敗者には敗者らしい、『エンディング』ってモンがあんだろ?」

 

 

 そこからパラドが行ったのは、あまりにも恐ろしい方法だった。

 黎斗が集めていた死のデータを、彼は黎斗に浴びせたのだ。

 過剰な死のデータに蝕まれた黎斗は、データ化し崩壊し始めた。

 

「嫌だ! いやだああああああ!! 死にたくない! やだあああああ!」

 

 それはゲームにとりつかれ多くの人々の命を弄んだ男の、あまりに身勝手な断末魔だった。

 

「私は神だ! 私の夢は……不滅だァ──ッ!!

 

 その言葉を最期に、檀黎斗は消滅した。

 

「ちょっと待ってください、おかしくないですかそれ?」

 

 そこまで聞くと、うみこは手を上げ話を遮った。

 

「檀黎斗は消滅した。それは解りました。だったら……あのゲームの中にいるのは?」

 

 当然の疑問だ。

 そう、確かに檀黎斗は消滅した。ならば、今ここにいる檀黎斗と紹介された人物は一体何者なのかという話だ。

 

「もう一つおかしな点が……。今の話を聞くと、貴利矢さんもその檀黎斗に殺されてるんですよね? じゃあ、ここにいるのは?」

 

 青葉も少し不気味そうに貴利矢を見た。

 話通りならば、貴利矢もここにいるのは確かにおかしな話だ。

 

「そうなんです。そこからが、本当に驚くことの連続だったんですよ……」

 

 永夢は続きを語り始めた。

 

 檀黎斗の消滅後すぐ、前述の『超スーパーヒーロー大戦』事件が起こった。

 そして騒動が収束した後、『仮面ライダークロニクル』が発売され、狂気のゲームが幕を開けた。

 

 騒動の首謀者は、パラドとバグスター達だった。

 幻夢コーポレーションの社長に収まっていたバグスター、ラブリカの根回しもあり、『仮面ライダークロニクル』は全国で発売され、大勢の人々がゲームを買い求めた。

 

 人々は"ライドプレイヤー"と呼ばれる擬似的なライダーに変身しバグスターを攻略しようと考えていたが、実際には逆だった。

 バグスター達の提供する『仮面ライダークロニクル』は、バグスターが人間を攻略するゲームだったのだ。

 バグスター達に敗北した人間はデータ化し、消滅していった。

 

 永夢達はこの悪夢のゲームを止めようと躍起になった。

 しかし、幻夢コーポレーションは「消滅した人を取り戻すにはゲームに参加しゲームをクリアすれば良い」と煽り立て、親、兄弟、恋人、友人を取り戻そうと、人々は次々とゲームに参加していった。

 その新たな参加者が消滅すればその親しい人物がまたゲームに参加し、その人が消滅すればまたその人の為に誰かが……という具合で、プレイヤーは加速度的に増えていった。

 

 人類の未来はどうしようも無い泥沼の状況に陥ったかと思われた時、人類側の切り(ジョーカー)となったのが──檀黎斗だった。

 彼は自らが消滅した時に備えて、いくつかのバックアップをデータとして遺していた。

 現に『超スーパーヒーロー大戦』事件の直後、黎斗のバックアップによって引き起こされた攻略不能の無理ゲーの世界の中での戦い、「ゴライダーの一件」により、永夢達は苦戦を強いられている。

 

 そしてバックアップの一群の中でも最も秘策中の秘策であった一体が、人間の遺伝子を持つバグスターとして復活することとなった。

 ……消滅した時点までの記憶も、感情も全て引き継いで。

 

 復活した彼は自分を消滅させたパラド憎し、なおかつ自分の『仮面ライダークロニクル』を好き勝手にされているのが許せないという理由からバグスター側と敵対することを決めた。

 永夢達と相容れることは無いかと思われたが、「あなたが蘇ったのは罪を償うため」という永夢の言葉と、目を離せば何をしでかすか解らないという意味合いもあり、彼はCRに身を置くこととなった。

 この時より、「檀黎斗」の名を捨て、新たな存在となったことにより「新檀黎斗」を自称するようになる。

 

 複雑な心境ではあったが、兎にも角にもCRの戦力が増えた矢先──また新たな別勢力が登場する事となる。

 投獄されていた黎斗の父、正宗がゼロデイの首謀者が黎斗であった事実から、釈放され社長に復帰したのだ。

 おまけに彼は、本来『仮面ライダークロニクル』のプレイヤーが到達する事の出来る最強のライダー、仮面ライダークロノスへの変身能力を身に着けていた。

 彼は初陣でラブリカを完全に消滅させただけではなく、『仮面ライダークロニクル』の運営権限すらも完全に奪い取ってしまった。

 

 何よりも恐ろしかったのは、彼が消滅した人間を管理できる権限を持っていたことだ。

 実は、ゲーム病によって消滅した人々は完全にこの世から消滅したわけでは無かった。

 彼らは感染したゲーム病に対応したプロトガシャットの中に、データとして保存されていたのである。

 そして、檀正宗は自らの手駒として──かつて消滅したある男を、バグスターとして復活させた。

 

「それってまさか……!」

 

「そ。それが自分だったってわけ」

 

 貴利矢が青葉の言葉を引き取る。

 

 その後、貴利矢は正宗に従ったふりをしつつ、プロトガシャットを奪還するという手痛い一撃を与えた後にCRに力を貸すメンバーとなった。

 そして紆余曲折あってライダー達の活躍で追い詰められた檀正宗の自決によって『仮面ライダークロニクル』は終結し、

 

「ここに3人のバグスターがいるってワケさ」

 

「『3人』? 『2人』じゃないですか?」

 

 貴利矢の〆の言葉に、ツバメは首をかしげた。

 先程までの話を整理するなら、ここにいるバグスターは檀黎斗と九条貴利矢の2人のはずだ。

 

「あーそっか、言ってなかったな。実は……」

 

「じゃあ、私から言うね」

 

 ずいと部屋の中心に出たのは明日那だ。

 

「まだ何かあるんですか?」

 

 紅葉が少し棘のある言い方で明日那につっかかる。

 ファーストコンタクトの印象があまり良くなかった二人には、どことなく精神的な距離があった。明日那はそれには答えず少しうつむいた後、

 

「……コスチューム、チェンジ~~!!」 

 

 場違いなほどに明るい声を上げた。

 声と同時にくるりとその場で横に一回転すると──そこには、恰好すらも場違いな存在が立っていた。

 

 それは女性だったが、本当にそれをただ「女性」と表現して良いのか微妙なところではあった。

 まず否が応でも目を引くのが、どぎついピンク色の髪だ。

 まるでイラストのように“つくりもの“じみたショートボブの髪型は、あまりにも精巧“すぎて“不気味さすら覚える。

 服装がまた奇抜中の奇抜であり、パステルカラーで派手に彩られた服には、大きなボタンのような飾りが一面に着けられていた。

 まるでアニメやゲームに出てくるキャラクターが、そのまま現実に現れたかのようなビジュアルだ。

 

 青葉たちは一瞬、明日那が消えて別の人物が現れたのだと思った。

 先程の厳格で真面目なイメージの明日那と、目の前に現れたコスプレ女はあまりにもイメージがかけ離れている。

 だが、「コスチュームチェンジ」という言葉、そして目の前の女の顔立ちが明日那そっくりなことを考えた時、彼女らはその意味を知る事となった。

 

「何を隠そう、明日那は世を忍ぶ仮の姿! わたしはポッピーピポパポ、よろしくね!」 

 

 声色も似ても似つかないほどに明るくはあったが、確かに先程までの明日那と同じ声だ。

 一同は驚くでも声を上げるでもなく、呆気に取られて明日那──否、“ポッピーピポパポ”を見つめていた。

 

「どうしました……? 皆さん」

 

 あまりにも気まずい沈黙に、永夢がおそるおそる尋ねる。

 

「いえ、何というか……」

 

「色々とツッコみどころありすぎて、脳ミソキャパオーバーですよぉ!」

 

 うみことねねが心底疲れたといった表情で返した。

 確かに目の前で起こった光景は、至って普通の会社員の彼女らが唐突に受け入れるには少々情報量が過剰すぎた。

 

「明日那さんもバグスターになった人間だったんですね」

 

「違う! ポッピーは私の最高傑作! 私が産み出した命だ!!」

 

 青葉の一言に、黎斗が素早く噛みつく。

 

「そうなんです。ポッピーは元々、そこの筐体に入っている音ゲーの『ドレミファビート』から産まれたバグスター。僕たちを何度も助けてくれた、心強い“良性”のバグスターです」 

 

 永夢が少し誇らしげに答えた。

 

「でも、バグスターって自分たちが存在する為に人間を消滅させるんですよね?」

 

 それは何気ない一言であった。

 だが、紅葉のその言葉は爆弾を投げつけたかのような衝撃をCRの面々に与えていた。

 

「それは……その……」

 

「大体、急にゲーム病だのバグスターだの仮面ライダーだのって言われても訳が解らないですよ! 細かい理屈なんて今はどうだっていい! 八神さんは!? 八神さんは助かるんですか!?」

 

 紅葉はまた、半泣きになりながら一気にまくし立てていた。

 先程青葉が叫ぶ直前にも、彼女は口々に自分たちの行く末を案じる面々に何か言いたそうな顔をしていた。

 

「助けます。僕たちはその為に仮面ライダーになったんです」

 

「……はっきり言います。信用できないです」

 

「ちょっともも!」 

 

 紅葉の一言に、ツバメが流石に言い過ぎだと声を上げる。だが、彼女の眼は据わっていた。

 

「そこにいるナンクロロ……? さんでしたっけ」

 

「檀黎斗だァ!! ……いや檀黎斗神だ!! 二度も訂正させるな!」

 

「その人が全ての騒動の元凶だって言うなら、何でそこで呑気にピャーピャー騒いでるんですか。おかしくないですか? そんな人と、何だか親し気に話しているあなた達も」

 

 紅葉の言うことにも一理あった。

 CRにおける黎斗のイレギュラーにして特異な存在を、外野の人間が見て簡単に納得できる筈も無い。

 

「それは……! でも今の彼は衛生省に拘留されていて、それで僕たちは監視の意味で……!」

 

「言い訳ですか!? そんなの……!」

 

 だが、その言葉が最後まで言い終わることは無かった。

 ……ツバメが音を立てて、紅葉の頬を張っていた。

 

「なる……?」

 

「いい加減頭冷やしなよ! 八神さんが怪物になったのを戻して助けてくれたの、この人達じゃん!」

 

 滅多に自分に怒らない親友にここまで言われて、彼女はやっと自分が言い過ぎていたことに気づいた。

 

「でも……でも……八神さん、あんなに苦しそうで……! ゲーム病で人間が消滅するなんて聞いたら、落ち着いていられなくて……!」

 

 それが彼女の気持ちの“芯”だったのだろう。

 涙声でやっとそこまで絞り出すと顔をくしゃくしゃっと歪め、彼女はツバメにすがりつき泣き始めた。

 ツバメはそれを抱きとめると、優しく頭を撫でる。

 

「わかるよ……。気持ちは、よーくわかるから……」

 

 そう答えると、ツバメは紅葉を外に連れ出していく。

 

「すいません、ちょっと頭冷やしてきます」

 

 彼女らが去った後には、気まずい沈黙が流れた。

 何か喋ろうと思ったのか、はじめが声をあげた。

 

「その……こんなこと言うのは不謹慎かも、ですけど……。もし八神さんが消滅しても、データになってプロトガシャットに保存されるんですよね? それに貴利矢さんみたいに、バグスターとして復活できるんですよね?」

 

「いや、それは無理だ」

 

 飛彩が厳しい顔をして答える。

 

「プロトガシャットに保存されるのは、あくまでプロトガシャットに対応したゲームのウィルスに感染した場合のみ……。彼女が感染したのは、プロトガシャットの存在しない『ナイトオブサファリ』。保存されない可能性の方が高い」

 

「それに、バグスターとして復活ってのも無理な話だぜ。消滅者のデータを管理できたのは『仮面ライダークロニクル』のマスターガシャットだけ……。マスターガシャットは、壇正宗が自分を消滅させるときに道連れにしやがったからな。データにはロックがかかってるし、一度保存されたらこちらからは今の所手出しできない」

 

 貴利矢が答え終わった時には、はじめは青い顔をして俯いていた。

 自分の言葉がいかに楽観的だったかを思い知ると同時に、今の状況が如何に予断を許さないかが解ったからだ。

 

「それにね」

 

 今まで黙っていたりんが、重々しく口を開いた。

 

「復活できるから消えても大丈夫、だなんて私は思えないわ」

 

「そ、そんなつもりじゃ……! ごめんなさい!」

 

 りんの言葉に、はじめは全く余計なことを言ったとばかりに頭を下げた。

 いいのよ、と返事こそしたが、りんの表情にはまだ複雑なものがあった。

 

「とにかく、今はあのバグスターを倒すことが先決です。バグスターを攻略して患者から分離する“手術(オペ)”をすれば、患者は治りますから」

 

「……色々と気になることもあるが、今はそれしか無いみたいだね。よろしくお願いします、先生」

 

 永夢の提案に、しずくが代表して頭を下げる。

 それに倣って、他の面々も頭を下げた。

 かなり不穏な幕開けではあるが……周りの同意を得て、八神コウに対する患者と医者の関係が、ここに始まったのである。

 

「黎斗さん!」

 

「どうした、永夢」

 

 永夢は真剣な表情で、画面の中の檀黎斗に問うた。

 

「『大門桐子』……。この名前に聞き覚えは?」

 

「『大門桐子』? 大門君がどうかしたか」

 

「知っているんですね!?」

 

 身を乗り出した永夢に、画面の中の黎斗は珍しくたじろいだ。

 

「知っているも何も、彼女は私が開発部のディレクターに推薦したんだ。元々スポンサーからの出向ではあったが、うちに正所属になって非常にいい働きをしてくれたからね」

 

「その大門桐子が、バグヴァイザーを持って現れたんです。八神さんにナイトオブサファリのウィルスを感染させたのも彼女で……。あの会社に用は無い、とか何とか」

 

「小星作なんかが社長になったからじゃないのか?」

 

 小星作というのは、クロニクルの終結後に幻夢コーポレーションの代表取締役に就任した男だ。

 元々ガシャットの開発に関わっていたほか、ゲーム病の感染者になったこともあり、幻夢コーポレーションの社員の中では永夢達と一番の顔馴染みだ。

 

 一度彼は『ジュージューバーガー』なるゲームのガシャットを自作したことがあるが、その一件以降「ガシャットを生み出していいのは私だけ」という黎斗の価値観により、黎斗からは疎んじられている。

 

「ふざけたこと言ってる場合ですか。……その『スポンサー』って?」

 

「ゼロデイの直後で信用度がガタ落ちして株価も下がっていたうちに、衛生省への口利きとガシャットの開発費といった協力を行ってくれた組織さ。人類の進化の可能性を研究する財団、確か……『財団X』と名乗っていたな。カンナギとかいううさん臭い男が来たのを覚えているよ」

 

「『財団X』……」

 

「それより永夢ゥ! 花家大我とパラドはどうした!」

 

「大我さんはガットンに感染した患者さんのゲーム病の治療があったみたいなので……。パラドはニコちゃんとゲームする為に、それを手伝いに行きました。速攻で終わらせて一緒にニコと遊ぶんだーって」

 

「全く肝心な時に……」

 

「連絡しておきますよ。この件、思ってた以上に大きな案件になるかも知れません……。マキナビジョンとハリケーンニンジャの時の規模の戦いも想定しておかないと」

 

 永夢がそこまで言うと、黎斗は少し考えこみたいのか筐体の電源を落とした。

 永夢が画面から顔をそらした時、後ろに青葉が立っていた。

 

「? どうしましたか?」

 

「あの……八神さんのこと、本当によろしくお願いします!」

 

 青葉は改めて深々と頭を下げた。

 永夢はにっこりと微笑み、青葉の両肩に手をやった。

 

「大丈夫です。僕達が必ず治療しますから」

 

「はい!」

 

「えっと……お名前は?」

 

「涼風青葉です! イーグルジャンプでキャラデザとグラフィッカーをやらせていただいてます」

 

「えッ!? 失礼ですけど、今おいくつで……?」

 

「19歳です。高校を卒業してから働き始めたので」

 

「凄いですよ! まだ未成年なのに、キャラデザなんてそんな大仕事!」

 

 急に褒められて、青葉はえへへと笑った。

 

「ありがとうございます。まだまだ勉強中ですけど……。先生こそ凄いですよ、人類を救うために本当に戦うドクターなんて」

 

「いやいや。僕もゲームの戦士にまさかなっちゃうなんて、ウソみたいな話でしたけど……」

 

「イカしてるあのマスク、最高でしたよ」

 

 そこで、青葉は永夢に手を差し出した。

 永夢はその意味を理解し、自らも手を差し出してぎゅっと握る。

 手と手を通して、お互いの体温が伝わる。

 

 ああ、我々は今生きている。

 

 そして、今生きているこの命は、消えゆく命を守る為に。

 

「よろしくお願いします!」

 

 二人は同時にそう言った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 CRでそんな一騒動があっていた頃、大門桐子は夜の繁華街を歩いていた。

 

 彼女は思っていた以上に事がうまく運んでいた為、くきき、と道化師のような声で笑っていた。

 

「サンキューヨンキュー漢検二級! ほんっと~~に! あの()たちを選んで良かったわ!」

 

 そう一人呟きながら、彼女は段々人通りがまばらでうすら寂しい方へと足を運んでいく。

 やがて、小さなスナックやバーが並ぶ通りの裏手に来た時、彼女の耳にドグッ、ボグッという鈍い音が聞こえてきた。

 

 それを聞いた時、彼女は自分の待ち合わせ相手が来ていることを確信した。

 ゆっくりと店と店の間の2メートルほどの隙間に入る。

 そこにはゴミ箱とゴミ袋がいくつも置かれ、入った瞬間生臭さが鼻をついた。

 だが、その生臭さはゴミだけの臭いではない。

 まだ新鮮で、ゴミの中に混じるこの匂いは──

 

 血の匂いだ。

 

 そして、先程から聞こえていた鈍い音が一際大きくなる。その音は、隙間の中心から聞こえていた。

 

「栄クン、お待たせ」

 

 桐子は隙間の中心にいた、しゃがんで何かをしている男に声をかけた。

 男は一瞬怯えたようにびくっ、と跳ねたが、彼女の正体が解るとすぐに落ち着きを取り戻した。

 

「あッ、あッ、ど、どうも大門さん……。バグスターの方は?」

 

「ばっちり。あたしのヤバンナちゃんげっちゅー☆」

 

 彼女はおどけてバグヴァイザーを振ってみせた。

 男は立ち上がると、のそっとバグヴァイザーの画面を覗き込む。そこで、初めて男の姿がはっきりと解った。

 

 まず、背が異常に高い。180、いや190センチメートルはあるだろう。

 しかしながら恵体なのは身長のみで、バグヴァイザーの画面に向けて伸ばした手は驚くほどにほっそりとして、無駄な肉どころか必要な筋肉すらも足りていない。

 ひょろひょろとして背ばかり高いその姿は、どこか動く枯れ木のようだった。

 

 顔もげっそりとしており、ぼさぼさの髪に無精ひげとかなり見苦しい。

 目の前に立つ桐子が化粧もバリバリ、小綺麗で清潔感のあるスーツ姿の為余計にその酷さが際立っていた。

 

「あッ、そしたら、いよいよ、実行、ですね?」

 

「まーね。明日辺り先生と会って、早ければ明後日にはゲームスタート! 『一音ずつ短く区切って』! それはスタッカート! あたしが履いてるのはスカート! 『ちょっとだけよ』!」

 

 ふざけながら、彼女は自分のスーツのスカートの裾を摘んで少しだけ上にすすっと動かし、どことなく誘惑するかのような動きを見せた。枯れ木男は一際びくっと驚く。

 

「あッ、その! 僕は、その、その!」

 

「解ってるわかってる、『僕はフツーのセックスアピールだと勃たないんです』でしょお? ほんっとイカれててサイコーよ、栄クン」

 

 桐子は苦笑いしながら枯れ木男の肩をつつく。

 

「『その娘』が今日のオカズ?」

 

 桐子に言われて、枯れ木男はいたずらを見つけられた子供のように縮こまった。

 

 男が先程までしゃがんでいたところには、女の死体が転がっていた。

 まだ高校生ぐらいの少女で、制服の上着だけが脱がされている。

 身に着けている白いブラウスは、彼女自身の血で血まみれだった。

 

 だが、彼女にそれ以上の性的な着衣の乱れはない。

 スカートや下着に手を触れた形跡は無かった。

 

 その逆に、首から上にかけては酷い有様だ。

 

 口元は唇から右頬にかけての肉が剥ぎ取られ、歯が丸見えになっている。

 切れ味の悪い刃物か何かでやられたのか、切り口はがたがただ。その見えている歯も何度も何度も殴られたのか、何本か欠けたり折れたりしていた。

 鼻も同じようにがたがたの傷を残して削ぎ落されており、ところどころ肉や骨が塊になって残っている。どくどくと傷口から溢れる血が、あぶくを作っていた。

 

 生前はぱっちりとしていたであろう大きな瞳は、左は瞼が大きく腫れ上がり「お岩さん」のようだ。

 右は潰されたのか赤黒い血がこびりつき、ぐじっとした肉の感覚があるだろうなというのが見ただけで解った。

 

 首元や、ブラウスからちらりと見える肩はあざだらけになっている。何度も何度も、殴られ続けた証拠だ。

 何よりも痛々しいのは右側頭部の大きな裂傷で、柘榴のようにはじけている。

 近くには血のついたコンクリートブロックが落ちており、これの一撃で彼女は頭を割られたのが解る。おそらく、これで殴られたのならば即死だったろう。

 

 枯れ木男──斎藤栄一郎は、所謂性的不能者だった。

 

 彼は幼少期より、生き物をいたぶったりいじめたりすることに異常な興奮感覚を覚える子供だった。

 小学五年生の時、クラスメイトの女の子とささいなことから口論になり、遂には彼は相手をぼこぼこに殴ってしまった。

 当時すでに今の枯れ木のような体型だった彼ではあるが、興奮したことで異常なまでに力が出ていた。周りで観ていた同級生たちが担任教師を呼んだことで止められたものの、彼はその時、ブリーフの中をべっとりと精液で汚していた。

 

 これが彼の精通だった。

 

 彼はその後、青春時代を過ごす中で自分が何かを痛めつけたりめちゃめちゃにしたりすることでのみオーガズムに達することに気づいていた。

 ポルノ雑誌をこっそり手に入れて自分の手で刺激したりはしてみたものの、彼は終ぞ手淫でのオーガズムに達することは無かった。

 しかし人並に思春期の性欲はあった為、彼はそれを発散できない苦しみに悶え、頭がおかしくなりそうだった。

 いや──とっくにおかしかった彼に、その表現は適切ではないのかもしれない。

 この異常な精神状態故に、彼は生きているのが辛くなり自殺を図ったことが16歳と19歳の時に二回あった。しかし、どちらも発見が早かったことから一命をとりとめている。

 このことは、彼にとっては「自分は自殺も満足にできない出来損ないなんだ」と却って劣等感を募らせる結果となった。

 

 そして彼は、自らのオーガズムの為だけに他の命を傷つけた。

 最初は猫や犬といった動物相手だったが、次第にそれらでは満足できなくなっていった。

 20歳の時、初めて人を殺した。

 被害者は18歳の女子大生で、まだ入学して二か月しか経っていなかった。

 

 この時から、彼は自分の劣情を満たすためだけに若い女性ばかりを殺していく。

 被害者はいずれも美しい女子高生や女子大生ばかりで、後に捜査関係者は「そんなトコだけは人並だったんだな」と語っている。

 どの遺体もめちゃめちゃに損壊されており、一番ひどい時には全身をばらばらにされて腕、足、頭といった部分がひとつひとつ木の枝に釣り糸でぶら下がっていた。

 最初の女子大生から数えて5人の犠牲者が出て、世間でも異常な死体の連続殺人に恐れおののいていた時──6人目を襲おうとしたところで、斎藤は逮捕された。

 

 事件現場の近くで度々背の高い男が目撃されていたこと、事件当日の足取りがあやしいことから警察でも彼をマークしていた。

 5人目の犠牲者の脚にほんのわずかな体液が付着していたこともあり、それを分析した結果彼のDNAと一致した。

 そして警察が状況証拠から任意同行を求めようとした時にたまたま6人目を襲おうとした為、彼はあっさりと婦女暴行の現行犯で捕まった。

 その後、取り調べに対し彼は今までの犯行を認めてしまった。

 

 メディアは「現代のアンドレイ・チカチーロ」と彼を報じ、裁判では犠牲者遺族からの怒号が聞こえたが、彼はどこか夢の中にいるようなぼんやりとした表情でそれを聞いていた。

 一度、裁判長から「あなたは被害者たちについてどう思いますか?」と問われた時、彼はこう答えている。

 

「あッ、その……彼女らは、僕の、どうしようもない、欲望を、受け止めて、くれたんです。オナニー、する、時の、ティッシュ、みたいな、ものです」

 

 この一言はますます関係者の怒りに火をつけた。

 裁判員裁判でも参加者全員が極刑の方向で話を進め、世論も彼を許さない方向に傾いていた。

 しかし事件は、意外な形で幕を落とす。

 

 ゼロデイが起こり、逮捕の少し前にプロトガシャットのテストプレイに参加していた彼は、ゲーム病に感染し消滅したのだ。

 

「極刑は望んでいたがそれは法の下に決着をつけてこそ」「これじゃあ奴の死に逃げ」と、ゼロデイの収束後も幻夢コーポレーションへの非難は止まなかった。

 衛生省が檀正宗を拘留したことで多少非難は止んだものの、被害者遺族の会からは幻夢を恨む声が大きかった。

 

 そして5年が経ち、『仮面ライダークロニクル』が終息した時──宝生永夢は衛生省との合同会見で、消滅者たちは「亡くなったように見えるゲーム病の症状」にあること、全員がプロトガシャットに保存されていることを発表した。

 いずれは、全員を復活させられるように臨床を重ね尽力していくことも。

 

 会見の直後、斎藤栄一郎も復活できる可能性があると解ると被害者遺族からは「復活技術を確立し次第奴を復活させて裁判の場に出せ」という声が上がった。

 当然ながら衛生省もCRもそれを承認し、今に至る。

 

 だが、彼らは知らなかった。

 

 まだ『仮面ライダークロニクル』が世間を騒がせていた頃、大門桐子は消滅者の復活権限を持つ檀正宗に、彼を復活させてもらっていたのである。

 あまりに危険な人物のために、正宗も当初はそれを躊躇った。

 

「君の優秀な働きぶりは実に評価しているよ、大門君。幻夢コォォポレェェションはやァがて世界一のゲェェム会社となるホワイト企業! 労働にはそれに見合った対価を与えねばなァらない。だがね……彼の存在は君の働きぶりの対価としては、あまりに危険すぎて釣り合わないと思うがね」

 

「そうでしょうか?」

 

「あァ。彼はこのまま絶版にしておくのが、私としても……」

 

「正宗社長。あなたはいずれ、『仮面ライダークロニクル』で全ての命の管理者となるのですよね?」

 

「……何が言いたい?」

 

「マキナビジョンとの商談も控えていますし、これから仮面ライダー達を抑えにかかるのならば、今以上にご多忙となられる筈です。危険な命。そう、あの男は危険な命です。しかし、いや、だからこそ……それを管理できれば、貴方の理想のモデルケースとしては、十二分の役目を果たすのではないでしょうか」

 

 正宗はそれを聞くと、目の前の女の目的の為のプレゼン術に感嘆しにやりと笑った。

 

「本当に君は優秀だよ、大門君。まァ、『タドルレガシー』も『爆走バイク』もいない今……我々には手駒が必要だ」

 

 それから、正宗はプロトギリギリチャンバラガシャットの中にあった斎藤のデータを回収し、バグスターとして復活させた。

 彼は相変わらず異常な人格ではあったが、大門が「栄クン」と呼んで管理することで幻夢コーポレーションの監視下にあった。

 大門は美しい女性ではあったが、斎藤のストライクゾーンからは外れており彼の『ティッシュ』とは成り得なかったのである。

 

 そして今──『クロニクル』が終結し、大門は何かを企んでいる。

 その野望のメンバーとして、彼は選ばれたのだ。

 

「それじゃあ行くわよ。……あ、それともまだイッてない?」

 

「あッ、それは、大丈夫、でス……。大門さんが、来た、時、殴りながら、余韻を、楽しんでた、ぐらい、です」

 

「下着買ったげるから替えといてよ? イカ臭いヤツと一緒に歩くなんてまっぴらごめんよ。『まっぴらごめん』……。『きんぴらごはん』……。なんかお腹空いてきちゃった」

 

「あッあの、バグスターになった、僕らに、必要ですか、そんなの? 歩くとか、食べる、とか? ワープ、できますし」

 

「それ言ったらグロ死体作ってオナッってるのだって必要無いでしょ!? あたしらもう生殖とかそーゆーの飛び越えた存在なんだから」

 

「そッ、それは! その!」

 

「風情よ、フゼイ。必要なくても食べる! 必要なくても歩く! 必要なくても発情! そーいった感覚忘れちゃうと、心までデータのカタマリになっちゃうのよ」

 

「あッ、そ、そう、ですね」

 

「行きましょ、栄クン」

 

 少女の死体を残して、二人は去っていく。月明かりがぐちゃぐちゃになった少女の顔を照らし──潰れた両眼が、二人を恨みがましく見つめているような気がした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 一晩経ち、CRではコウの容態を安定させるべく治療が進められていた。

 

 バグスターを倒すまで、程度はあるにしろ彼女の苦しみは続く。少しでも症状を低減させられるよう、万全の体制が整えられていた。

 枕元には、りんが一晩中寝ずに付き添っている。化粧も落としていないその姿は、疲れと心労で酷いものだった。

 

 イーグルジャンプの面々は、明日那からの衛生省への口利きと計らいでビジネスホテルに泊まっていた。

 衣料品なども買い与えてもらい、いつ元の世界に帰れるか解らない彼女らの為の配慮はかなり行き届いていた。

 

 紅葉とツバメは、あの後しばらく気まずそうにしていた。

 特に紅葉は、元々口数が少ない方ではあるが今は必要以上に喋ろうとはしない。CRでもドクター達に会うのは避けているようだった。

 あれだけの事を言った手前、今更どうすれば良いのか解らないでいるのだ。

 

(素直にごめんなさい、で良いと思うんだけどなあ)

 

 青葉はそう考えながら、病院の前の広場のベンチに座り、コンビニで買ってきたおにぎりを食べていた。

 正直なところ食欲はあまり無かったが、食べなければ身体がもたないという永夢の言葉に従い、CRを抜けて昼食を摂っているのだった。

 

 もむもむと口を動かしつつ空を見上げた時、傍らから声がした。

 

「隣、よろしいですか」

 

 眼鏡をかけた老紳士が、そこに立っていた。にこにことした表情と、柔らかに刻まれた皺が温厚そうな人柄を示している。

 少し石坂浩二に似ているな、いや森本レオか?と青葉は思った。

 

「え、あっ……いいですけど」

 

「どうも。失礼しますね」

 

 老紳士はゆっくりと腰を下ろす。青葉はなぜ?と思った。

 ここ以外にもベンチはいくらでもある。わざわざここに座って相席になる道理は無い筈だ。

 

「『何で隣に座ったの』って思っているでしょう?」

 

 老紳士の一言に、青葉は自分の心の中を言い当てられたかのようでどきりとした。

 

「いえ、その……」

 

「いいんですよ。こちらこそ急に話しかけて……。失礼ですけど貴方、誰か大事な人のことで悩んだりは……していませんか?」

 

「……わかりますか?」

 

「わかりますよ。僕もよく、そんな顔をしていますからね」

 

 老紳士はははは、と乾いた笑いを漏らした。

 

「その、私の尊敬している上司が『ゲーム病』になっちゃって……。このままだと消滅するかもしれないんです」

 

「そうですか、ゲーム病に……。あれは嫌なものです」

 

「おじいさんは誰が?」

 

「僕の娘が若年性のがんでしてね」

 

「がん……」

 

「主治医からはもう助かる手立ては無い、と。私も医者ですしね、解ってはいたんですが認めたくなくて……」

 

 そこで老紳士が見せた表情は、確かに誰かの為に何かを悩む顔だった。

 それは見ていてとても悲しい顔で、自分もあんな顔をしていたのかと考えると青葉は辛くなった。

 

「娘さんは、あとどれぐらい……?」

 

「もって三か月。終末期ケアの為にこちらに転院したところだったんですよ。聖都大付属はがんセンターも臨床研究を進めていますし、あの子の命が何か役に立てばと」

 

 老紳士はふうっと大きなため息を吐いた。

 そして、無言になってしまった青葉を見て余計なことを言い過ぎたかという表情を見せた。

 

「すいません、初対面の人にいきなりこんな話をペラペラと……」

 

「いいえ! 誰かに話すと楽になることって、ありますよね」

 

「ええ。僕もそう思って、貴方が一人で抱え込まないか不安でつい話しかけてしまったんですが……僕の方が話を聞いてもらう側になっちゃったな」

 

 そこで青葉は、立ち上がると老紳士の前に回った。少し驚いて自分を見る老紳士に、彼女は続けた。

 

「娘さんの側にいてあげてください。今おじいさんが話すべきなのは、私じゃなくて娘さんだと思います! 私も……上司の側にいることにします」

 

 老紳士はまだ驚いた顔をしていたが、やがてにっこりと笑った。

 

「そうですね。……そうしますよ」

 

「ごめんなさい、よく知りもしないのに出過ぎたことを……」

 

「いやいや。それでは」

 

 老紳士はそう告げて去って行った。

 青葉はしばらくぼうっとそこに立っていたが、やがて昼食のゴミをまとめると小走りに走って行った。CRに行くために。コウに、少しでも笑顔でいてもらうために。

 

 一方の老紳士は、少し歩いたところで振り返り、青葉が病院の方に駆けていくのを眺めていた。青葉の寒色のツインテールは走るたびにふわふわと揺れ、遠目にもわかった。

 

(ごめんなさいね、お嬢さん。娘の側にいる、ってのは……今は守れそうにないんだ)

 

 そう心の中で呟くと彼は通りに出てタクシーを拾い、郊外の森の近くまでやって来た。

 そこで車を降り、森の中へと進んでいく。やがて2キロメートルばかり歩いたところで、森の中には白塗りの真四角な建物があった。

 彼はその建物の扉に近づくと、ICカードを用いロックを解除し中に入る。

 建物の中も白塗りであり、テーブルがいくつも並んでいた。それらの上には様々な実験器具が置かれており、小中学校の理科室を思い起こさせた。

 

「『先生』! 遅かったじゃあないのォ!」

 

 部屋の隅から、よく通る女の声が聞こえてきた。

 やがて声の主が、物陰からゆっくりと姿を現す。

 切りそろえたおかっぱの髪、びしっとしたレディーススーツ。

 大門桐子だ。

 

「すまないね」

 

「いやいやぜーんぜん! それより、連絡した通りヤバンナちゃんゲットしたわよ! これで明日にも『ゲーム』が始められそう」

 

「……本当にやるのかい?」

 

「なァに? 今さらビビッてんの先生? あたしはともかく、先生はやるしか無いでしょお? 娘さん助けたくないのォォ~~?」

 

 にきき、と笑って桐子は指を老紳士の前でくるくると回した。

 一瞬老紳士の瞳に怒りの炎が燃えたが、すぐに自らに言い聞かせるかのようにそれを沈めた。

 

「あッ、その……僕の、改造手術も、お願い、します」

 

 いつの間にか顔を出していた斎藤が、高身長故に老紳士を見下ろす形で言う。

 

「……解ったよ。すぐに始めるから、データにおなり」

 

「あッ、はい! お願い、します」

 

 斎藤は言うが早いかオレンジ色の粒子となってデータ化し、近くの大型モニターを持つパソコンに飛び込んだ。

 老紳士は上着を脱ぐと代わりに白衣を羽織り、かたかたとキーボードを叩き始めた。

 

「早めによろしくね、先生。とりあえず明日のゲームの前に、デモンストレーションをドクター達に見せたいから」

 

 桐子は作業の様子を見ながら、少し楽しそうに言った。




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